141話:夕餉の一幕

「そろそろ聞かせてもらえんかのう?」


 そう話を切りだしたのはセバールだった。


 夕飯時、食卓を囲んでいるのはノエルを始め五人面々。

 セバール、エリス、カリーネ、リリー。いつもの顔ぶれだ。

 因みにナインは早々に食事を終えたのか、なぜだか毎度ノエルの横に陣取っているリリーの太股で気持ちよさそうに寝入っている。


「あぁ……、正直な話し、結構行き当たりばったりな作戦だから、言った通りになるかは分からんけどな」


 ノエルは何故か甲斐甲斐しく世話を焼くリリーに、無言で差し出されたお茶を受け取ると、どこから話したものかと頭を巡らせた。


 現在、ダンジョン内ではノエルの指示を受けて、エイダとシスルを筆頭に最下層に向けて攻略が進められている。

 ダンジョンは魔物が蔓延る危険な場所。しかし同時に様々な恩恵も与えてくれる。これを利用しない手はないと考えたからだ。

 なにしろセバール等ダーク・エルフ達は、300年もの長きに渡りずっとダンジョンに囚われてきた。その為、いざ外の世界に出たとしても先立つものが何も無いのだ。

 その後の生活のことを考えれば、金になりそうな資源は出来る限り集めておくべきだろう。

 

 そこでノエルは彼らにダンジョンの攻略を提案した。最終的には今いるダンジョンを事になる。彼らにとっては、今は亡き主君との思い出の土地かもしれないが、割り切ってもらうしかない。最下層にあるダンジョン・コアを手に入れることが出来れば、ここを出た後でもかなりの間食いつなぐことが出来るはず。


 と、まぁではあるが、セバール達は納得してくれた。

 問題はここの所ノエルが行っている作戦について――。


「とは言えミスリルを買い付けるのにしては、些か穏やかではないと思うがのう。主殿とエリス嬢がしていること。その理由ぐらいは話してくれんかのう……」


「そうだな……、エリスにも言ったんだが、あくまでも可能性を積み重ねただけの、行き当たりばったりな話だと思って聞いてくれ――」


 言ってノエルは語り出した。

 聖なる鐘、その呪術的効果を打ち消すために必要な物がミスリルである。

 しかもその量は、高純度のインゴットが40kg。とてもまともな手段で手に入る量ではない。


 どうしたものかと考え倦ねていたところ、エリスに勧められたのがコルネーリオ商会だった。

 彼女曰く、何事にも表と裏があり、この街での裏の顔を利用すればいいと。


 少しばかり不安もあったが、他に選択肢が無い以上はやむを得ない。と、ノエルは話に乗ることにした。

 しかし事は慎重を要した。なにせ物がものだ、失敗が即破滅に繋がることは想像に難しくない。


 そこでノエル達が先ず初めにしたことは情報収集である。コルネーリオ商会の手の者を数人ほど捕らえると、強引な手段を用いて内部情報を聞き出した。


 そうして得た情報によると、やはり彼らはランスロット家と繋がりがあったと言うこと。

 更に言えば、彼らはまるで飼い犬のような扱いをされていると言う。

 裏の商いで身を立てているコルネーリオと、よりヤクザ者らしいしのぎを主な生業とするリッジ・ファミリー。

 この二つの組織がともに街の裏を牛耳り、その頂点にいるのがランスロットと言うわけだ。


 とは言え実際のところ、ノエルには初めから大方の予想は付いていた。

 この専制君主制の世界で、巨大な裏組織の存在など上に立つ者が許すはずがない。法律すら自由自在に操る領主によって、問答無用で蹂躙されるに決まっている。

 それでも存在が許されていると言うことは……、まぁ、そう言う事なのだろう、と――。


「では打つ手が無いのでは?」


 言って首を傾げたのはカリーネだった。暫くの間、徹夜続きだったせいで、憔悴気味だった彼女も、ここの所大分元気を取り戻したらしい。

 年の割には大盛りの食事をペロリと平らげ、すかっかり顔色も良くなって見えた。


「とは言え連中も人間だからな。犬のように扱われ続ければ心中穏やかじゃないだろうさ」


「なるほど……、主様はそこを突くおつもりですね?」


 悪巧みに興じる老獪な一面が顔を出す。どうやらカリーネはこの作戦に意外と肯定的らしい。

 ノエルは一度頷いてみせると、話を続けた。


 まず当たり前だが、連中にランスロット家へ弓を引かせる事は不可能だろう。死ねと言われて死ぬやつはいないのと同じだ。

 そこでノエルは手始めにコルネーリオ商会とリッジ・ファミリーの間に火種を作ることにした。

 常日頃から溜まりに溜まった不満や鬱憤をぶつける相手を作ってやる。それだけで連中は勝手に事を始めるはずだ。


「しかし奴らも馬鹿ではあるまい? 誰かに仕組まれていると勘付いたりはせんのか?」


 と、セバール。こちらは恐らくノエルの身を案じての事だろう。セバール達ダーク・エルフは、全員が全員ノエルを主と称してはばからない。自らの預かり知らぬところで、護るべき主が危険に晒される事を危惧している。

 特に故老の者に多く見られた反応だ。少々鬱陶しくもあるが、悪い気もしない。誰かに心配されるなど、ノエルとっては久しいことだった。


「いや、二つの組織は元々仲が悪いらしい。それをランスロットが無理矢理押さえ込んでいる状態らしいんだ。炎ってやつは乾燥している場所ほどよく燃え上がるからな。ほっといても燃え広がると思うぞ」


「ふむ……、ではそれまでは、このまま様子見かのう?」


「いやいや、ここまでが下準備で、作戦の肝はここからさ――」


――ノエルが何故こんな回りくどい事をしているのか。

 その理由は、偏にコルネーリオ商会へ取り入るためである。二つの組織の間で戦争が起きればランスロットも黙ってはいまい。

 しかし、既にコルネーリオ側は多数の死者を出している。堪え忍ぶには血を流しすぎた。程なくして間違いなくドンパチが始まるだろう。


 そしてそれはコルネーリオ側にとって不利な状況を作り出す事になる。彼らが戦争を始めたと同時に、ノエル達がコルネーリオの構成員を闇討ちする予定だからだ。

 そうやって人数を減らされ、いよいよとなった頃、ノエルがルドワ・コルネーリオに囁く。


『俺を用心棒として雇わないか?』


 力さえ見せつけてしまえば、彼らも断ることは出来ないだろう。そしてその報酬にミスリルインゴットを要求する訳だ。


「それは前にも聞いたけど、何でそこまでする必要があるのよ。普通に売ってくれって言えば良いんじゃないの?」


 口いっぱいに食べ物を含んだエリスが、ゴクリと飲み込むと口を開いた。


「ちゃんと聞いてたか? 奴らはランスロットと繋がってるんだ。何も考えずに、アホ面下げて戦略級の物資の取引なんて持ちかけたら、速攻でチクられるだろうが! まったく……」


 呆れた様に眉間を抑えるノエルをよそに、未だにエリスは『んんっ?』と、首を捻っている。

 脳筋に期待してはいけない。ノエルは改めて戦闘以外でエリスに期待するのは止めようと心に決めた。


「なるほどのう……。主殿は随分とあくどい事を考えなさる。これではどちらが悪党か分からんわい」


 呆れたようにセバールが顔をしかめる。が、ノエルはどこ吹く風といった様子で、ひょうひょうと答えた。


「はっはっは、そんなに褒めるなよ」


 言ってケタケタと笑い声を上げるノエルを見て、エリスを覗いた一同は、一斉にため息を吐いた。今度の主はとんでもない悪童だと……。


「ん? 何、どういうこと?」


「気にするな、全て順調ってことさ」


「なんだかそこはかとなく馬鹿にされてる気がするんですけど?」


 山盛りになった皿を掲げ、エリスがひとり抗議の声をあげたのだった。


 

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