134話:執事は静かに嗤う

 ノエルはしてやったりと、ポケットの中で拳を握る。辺りの者達がざわつく。ノエルのした事は詐欺と一緒。しかも騙した本人は平民で、騙された側は貴族ときている。本来ならば、正気を疑う行為だ。


「ハハハハッ……。確かにそうみたいだね」


「白々しいのう。分かっていて、相討ちを宣言しとったろうに」


「レーゲンシルム公は野暮なことを言うなぁ。僕はいつだって楽しい方を選ぶと決めているんですよ」


 いつの間に意気投合したのか、ヘインズとレーゲンシルムが楽しそうに掛け合いを始めた。ノエルとしては、まさか嵌めた相手が面白がるとは思っていなかったため、些か困惑気味。しかし事の成り行きを見守っている他の貴族達は、苦虫を噛むように表情を歪めていた。まぁいい気味だ。


「まぁ何れにせよ、これで決着と言う事かね?」


 様子を伺いに来たディートがノエルを見下ろしている。思えばディートもマガークの勝ちに大金をつぎ込んでいたはずだ。見ると愉快でも不快そうでもない淡々とした物腰。心の内を隠しているのか、それとも差して興味がないのか。どちらにしても――。


「出来ればそう願いたいですね。仕切り直して再戦などと言われたら、流石に今度は逃げますよ?」


「まぁ、そうだろうね」


 と、口角を上げる。そんなディートを見て、ようやくノエルは肩を撫で下ろした。

 ヘインズ、レーゲンシルム、ディートの三人が三人共、揃って引き分けの判定を認めた以上、他の者達は口を出せなくなる。彼らの影響力は、それ程までに大きい。

 実際、気付いているかどうかは分からないが、ノエルの本当の目的は、三人を共犯者に仕立て上げることだった。いいようにカモにされた貴族達が、腹を立てて仕返しをしようとしても、ノエルが行方を眩ませればどうなるか。

 その矛先は間違いなく三人へ向かうだろう。これがどういう結果をもたらすかは不明だが、元々ただの嫌がらせだ。知ったことではない。


 それはそれとして――マガークはあのままで良いのだろうか? 未だに倒れたままだと言うのに、駆け寄る者が一人もいない。

 

――不憫な……。


「あの……レーゲンシルム公爵様、マガーク男爵様を放置したままで宜しいのですか?」


 ノエルがおずおずと口にする。


「構わんよ、どうせ死にはせん。それに、あヤツににとってはいい薬になったじゃろう。まぁ、目が覚めたときには死ぬほど苦しい思いをするだろうがのう」


 マガークを一瞥するとレーゲンシルムは苦笑いで答えた。その時、ほんの少しだが魔力の揺らぎを捉えた。一応の動揺はしているようだ。悔しがっていてくれると尚良い。でなければ仕返しの意味がない。


 と、彼は不意にノエルの手を取りその場から距離を取ると、小声で耳打ちを始めた。


「そんな事より、はどうなっとるんじゃ?」


 例の物?――あぁ、アレか、とノエルはインベントリから銃器型の魔道具を取り出す。


「約束の物です。どうぞ、お納めください」


 せっかちと言うか、欲望に忠実だなぁと、ノエルは妙な関心を覚えた。せめて先にマガークを保護してあげればいいのに……。大事な生徒ではなかったのだろうか?


「さて、それでは私はこれでお暇します。問題ないですよね?」


「うむ、儂は問題ないぞ。お主らはどうじゃ?」


 貰う物をもらったら要無しとばかりに、レーゲンシルムが答える。やっぱりこの爺さんは好きになれん。せめてもの腹いせに大金をせしめたから良しとしているが……。


「そうですな、私も構いませんよ。ノエル君、今回はこんな事になってしまったが、私は君を気に入った。いつでも訪ねて来たまえ、歓迎しよう。それに君が来れば、きっとアリスも喜ぶはずだ」


 と、ディート。相変わらず素知らぬ顔でしれっと言ってのける。しかも最後にアリスの名を出し、レーゲンシルムへの嫌がらせも忘れない。

 見れば、案の定レーゲンシルムは露骨に不快な表情を浮かべていた。


――止めてくれ! ノエルは叫びたい気持ちをグッと抑えた。

 ようやく落ちが付いたというのに、これ以上ひっかき回されては敵わない。


 元々の発端は、ノエルとアリスの関係をマガークが邪推した事から始まったというのに。

 そう言えば――。


「一つ確認してもよろしいですか?」


「なにかね?」


「今回の一件が、お二人の今後に影響を及ぼす、なんて事はありませんよね?」


「それは無いと断言しておこう。元々それとこれとは別の話だからね。心配には及ばないよ」


 どっちがそれで、どっちがこれかは解らないが、問題ないならそれに越したことはない。しかし、だとすれば結局この決闘には、始めから大した意味は無かったと言うこと。本当に迷惑な話だ。


 ノエルはようやっと肩の荷が降りたかと、深く息を吐いた。


「それでは私はこれで……」


「ちょっと待って貰えるかな? せっかくだから帰りを一緒しないかい?」


 終始不満顔の貴族達が、爆発する前に急いで逃げよう。ノエルは礼に失すると分かりつつも、その場を後にしようと踵を返す。が、続く声に呼び止められてしまった。

 ポンッとノエルの肩を叩いたヘインズが、ニコリと無機質な笑顔を浮かべている。

 場所を変えて話そうとでも言うのだろうか。是が非でも例の箱を手に入れたいらしい。


 だがそれは、ノエルとしても願ったりだった。とある物をどうしても必要だが、入手手段が思いつかない。そんな悩みを解決するいい機会だ。


――ヘインズなら何とか出来るだろう。


 突き刺すような周囲の視線を一身に受け、ノエル達ふたりは屋敷を後にした。




………………。

…………。

……。




 数時間後、訪れていた者達もすっかりいなくなった庭園。先に決闘が行われていたその場所で、ディートは荒れ果てた大地を眺めていた。


「あの小僧が最後に放った魔法の正体がわかるか?」


「はて、どちらの小僧でしょうか?」


 執事のセバスが惚けたように口にした。ディートは護衛達すら排し、セバスと二人きりになる必要があった。彼の裏の顔……いや、本来の姿を知るものは少ない。少なくとも今現在はディート一人っきりになってしまった。


「英雄の弟子の方だ」


「水魔法でしょうな」


「そんな事は分かっている。あれ程の魔力の高まりを感じ取れぬ魔導師はおらん。私が聞いているのは「純水でしょうな」……純水?」


 セバスが妙なことを口にした。言っている意味が分からないのか、ディートは首を傾げるばかり。


「不純物を取り除いた純度の高い水のことにございます。あれは電気を通しませんからな」


「お前なら同じ事が出来るか?」


「結論から言えば可能です。ですがそれは私が精霊魔導師だから出来ること。しかしあの少年からは精霊の気配を感じませんでした」


「ふむ、それで?」


「落雷の如き刹那の時間で多重結界を張り、巨大な純水を作りだして身に纏う。それを同時に行おうとすれば、精霊の力なしには些か無理があるかと」


「そうか……では決まりなのだな?」


「はい、間違いなく彼は転生者でしょう。それもとびきりの素材かと……」


 柄にもなく、セバスが嬉しそうに答える。よほど興奮でもしているのか、セバスの魔力が膨れ上がる。


「随分と嬉しそうじゃないか。自慢の幻視魔法が揺らいでいるぞ?」


「おっと、これはお見苦しいところをお見せいたしました」


「構わんよ、どうせ今は私とお前しか居ないのだからな」


「それで、どうなさるおつもりですか?」


「無論、手に入れる。だがアレは私に仕えるような真似はせんだろう」


「では素材にいたしますか?」


「あぁ、それが良かろう」


「かしこまりました。ですが……、捕獲の際に激しい抵抗をうける場合がございます。その時は――」


「構わん、すべてお前に任せよう――」




――ユリウス――




 

 

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