135話:錬金術師カリーネ

「さすが自称腕利きの行商人。思ったよりも早かったじゃないか」


「それは嫌みかしら? 言っておくけど、これでも随分と無理してかき集めたのよ? そこいらの商人なら、最低でも一ヶ月以上かかるところを二週間よ? たったの二週間!」


「わかった分かった。感謝してるって、だからそう声を荒げるなよ。警備兵が来ちまう」


 マガークとの決闘から、すでに二週間がたっていた。ノエルはあの日、領主館をヘインズと共に後にすると、その足でダンジョンへ逃げ込んだ。もちろんヘインズと別れた後であるが……。


「まぁいいわ。それで、いったい何を企んでいるの? いい加減教えてくれてもいいんじゃないかしら?」


「あぁ、そうだな。だがその前にに会わせたい連中がいるんだ。説明はその時にするよ。今話したところで、どうせ二度手間になるしな」


「何だかもの凄く嫌な予感がするんだけど……」


「そんな事はないと思うぞ? アイツ等に会えば、寧ろエリスは俺に感謝するだろうよ」


「意味深な言い方ね……。まぁいいわ、さっさと案内しなさい。それと、年上を呼び捨てにするのはどうかと思うわよ?」


「嫌なこった。俺に敬われたいなら、それなりの立ち振る舞いをするんだな」


 ノエルはあしらう様にヒラヒラと片手を振ると、ダンジョンへ向かって歩き出した。

 エリスのおかげで、取りあえず必要な食料は手には入った。残りは武具と移動手段だが、これに関してはヘインズに期待するしかない。例の宝石箱目当てにどこまでしてくれるのか未知数ではあるが、こればっかりは蓋を開けてみないことには分からない。とにかく――いま出来ることをするだけだ。




………………。

…………。

……。




  間抜け面とはまさにこの事。ダンジョン内に招かれたエリスは、ダーク・エルフ達を前にポカンと大口を開けている。


 当初ノエルはとある勘違いをしていた。それは、エルフとダーク・エルフが犬猿の仲であると決めつけていた事だ。

 そのため、今の今まで彼らの事を秘密にしていたのだが、今後のことを考えると、どうしてもノエルだけで全ての準備をするのには無理があった。そこでエリスを仲間に引き入れたいとセバールに相談した結果、二つの種族には何のわだかまりも無いことが判明した。

 そもそもダーク・エルフと言うのは、他の種族が勝手に言っているだけで彼らからすれば同じエルフだという。


 セバール曰く『肌の色に違いがあっても、ヒューマンはヒューマンじゃろ? 同じ事じゃよ』とのこと。


 なるほど確かにそりゃそうだ、と、ノエルは早速エリスを巻き込むことにした。

 なにしろエルフは決して同族を見捨てない。ならばエリスはこの作戦には願ってもない相手なのだ。


「初めましてエリス殿。儂は一族の長を勤めておるセバール。皆からは長老と呼ばれておる、エリスどのも気軽に呼んでくだされ」


 好々爺然とセバールが微笑むと、我に返ったのかエリスが慌てて頭をさげる。


「こ、これは長老様。私はエルフ・ガルムがワルドの子。名をエリスともうします。このたびは思いかけず皆様方とお会いできたことを、えぇと、その……」


 あまりの出来事に動揺したのか、エリスはしどろもどろになりながらあたふたしている。その様子から、ノエルはこの後の説明が面倒なことになりそうな予感を覚え、セバールに丸投げして予定を繰り上げることにした。

 以前に描き写してきた魔法陣を錬金術師に解析依頼していたのだ。そろそろ結果が出ているはず。


「セバール、悪いが後は任せていいか? 俺は一足先にカリーネに会いに行ってくる。そろそろ結果が出る頃合いだしな」


「ふむ、分かりました。エリス殿への説明は儂がやっておきましょう。主様はご自由になさって下さい」


「おう、んじゃまた後で!」


「ちょっ、ちょっと待って! 主ってどう言うこと? 何がどうなってるの? ねぇ、ねぇってばぁ!」


 ひとり混乱するエリスを置いて、ノエルは錬金術師の元へと向かった。


 彼女の名はカリーネ。聞くところによると、一族の族長をしているセバールよりも年上の知恵者だそうだ。

 因みに正確な年齢は不明。年を尋ねるのは禁忌らしい。なんでも禁忌を犯すと寿命が縮むらしいので聞いていないとのこと。

 実際に聞いたところでそんな事になるとは思えないが、なにせここはファンタジー世界。有り得ないことが平然と起きたりするから侮れない。


 閑話休題。

 当初の予定では、一晩もあれば解析は終わる。との話だったのだが、どう言うわけか延び延びになり今日まで掛かってしまった。

 宙に浮かぶとやらをどうにしなければ、街からの脱出の目処も立たない。

 現時点でも幾通りかの作戦を考えてはいるが、どれも決定打に欠ける。その辺のことも含めて、今日中に答えを出したいところ。


「ノエルです。カリーネさんいらっしゃいますか?」


「はいはい、おりますよ。どうぞお入りください主様」


「お邪魔します」


 おんぼろの丸太小屋へと招き入れられると、途端に鼻を突く薬品の臭いに顔をしかめる。

 錬金術に使う、鉱石だの薬草だの毒草だのを煮詰めた臭い。ここに来る度に嗅いでいるが、とても慣れそうにない。


「まぁまぁ、主様……申し訳ありません。すぐに換気いたしますので」


「あーいやいや、大丈夫ですよ。私がやるのでそのまま座っててください」


「それはそれは、申し訳ありません……」


「気にしないで下さい、大した手間ではありませんから」


 老齢のためか足腰も弱っているらしく、立ち上がるのも一苦労。そんな彼女のためにに世話係を言いつけた筈なのだが――。


「そう言えばキンドーはどうしました? 今はいないようですが」


 窓を開け、風魔法で換気を促す。取りあえずこれで大分ましになる。

 さらにノエルは、足下に散らばった紙束を拾い集めながらカリーネを伺った。

 彼女は甘い。高齢のためか、キンドーを子供扱いしている伏がある。ノエルにはどう見てもオッサンにしか思えないが、ダーク・エルフであるカリーネからすれば違うらしい。


「ここの所ずっと作業に没頭してましたからねぇ。あの子もきっと疲れているのでしょう」


「もしかして寝てるんですか? あの野郎……」


 どうやら老体に鞭を打ってまでカリーネが頑張っている間、キンドーはぐーすかと眠っていたらしい。

 頭に来たノエルが叩き起こそうかと考えていると、カリーネは悲しそうに口を開いた。


「主様、お気持ちはわかりますがお考え直しくださいませんか? 確かにあの子のしたことは、決して許される事ではありません。ですが、聞けばあの子には他に選択肢が無かったように思えるのです」


「まぁ、そう言われればそうなんですが……。にしてもなぁ……」


 と、ノエルか思い悩んでいると、気を逸らすかのようにカリーネは続けた。


「そんな事よりも主様、魔法陣の解析結果をご報告したいのですがよろしいですか?」


「え? あっあぁ、そうでしたね。よろしくお願いします……」


「はい、ではまず結論からもうしますと、分からないと言うことが判明いたしました」


「ん? 何ですかそれ、謎掛けか何かですか?」


 意味が分からない……。お手上げと言うことだろうか?


「いえいえ、そうではありません。どうやらこの魔法陣は禁忌の術式が用いられているようなのです」


「と、言いますと?」


「呪術です。分かりやすく言えば呪いですね。これはですね、主様――」




――悪魔が用いる術式なんですよ――

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