136話:エリス、やる気を出す
術式。主に魔道具や魔術書に用いられるそれは、二種類の言語が存在する。
一つは魔術式。これは遙か昔、異世界の記憶を持って生まれた
そしてもう一つは呪術式。悍ましい生け贄召喚により呼び出された悪魔が伝え教えた術式である。
この二つの術式の大きな違いは、用いられる言語と起動の際に必要な燃料にあった。
魔術式で用いられるのは魔術言語と魔力。呪術式で用いられるのは呪術言語と魂である。
カリーネ曰く、この呪術式の発動に用いられる魂。これが禁忌にあたり、今では使用はおろか、研究すらも忌諱されているという。
「つまり呪術言語は解読不能ってことですか?」
「そう言うことになります」
「まいったな……。それじぁ打つ手がないって事になる」
「そうでもありませんよ? 確かに完全な解析が出来ない以上、制御を乗っ取ることは出来ませんが、一時的に術式を不発に追いやることは可能です」
「具体的には、どれぐらいの時間を稼げそうですか?」
「さて、こればっかりは実際にやってみない事にはなんとも……」
自らの力が及ばなかった事を気にしてか、カリーネは申し訳なさそうに言い淀んだ。
元々カリーネ達ダークエルフを脱出させる為の策だ。ガッカリこそすれ気にする必要は無いのだが、ノエルの役に立てなかったと言うことの方が、彼女にはよほど重大な事らしい。
「せめて一時間でも稼げれば、作戦の立てようがあるんだけどなあ……」
「それぐらいの時間でしたらミスリルを加工して、術式をバイパスする事が出来れば可能かもしれません」
「本当ですか? それなら希望が出てくるな……」
言ってうーんと考え込むノエル。馬車さえ手に入れることが出来れば、倉庫街に隣接する門まで一時間も掛からない。そうなれば、後はどうやって門を潜るかだが――。
「ただし――」
ノエルの思考を遮るようにカリーナが続けた。
「大量のミスリルを手に入れて、更にそれを精密に加工する事が出来れば、ですが」
「そりゃまた……。具体的にはどれぐらいの量が必要ですか?」
「一時間保たせるだけなら30kg、確実性を求めるなら40kgないし45kgは欲しいところでしょうか」
「…………」
ハッキリ言って望み薄だ。稀少なミスリルを一度に40kgとなると、それなりの伝手が必要になる。だと言うのに、今のノエルはダンジョンから出る事でさえ危険が伴うのだ。とても販売元を開拓する余裕などない。
「くっ……、しかし必要であることには変わりないんだよな。キンドーに当たってみるか?」
「それなら私がどうにかするわ!」
突然、投げかけられた声に振り返る。と、そこには感極まった様子のエリスがいた。目にはうっすらと涙を浮かべ、唇もプルプルと震えている。
「エリスか、どうした……。セバールに意地悪でもされたか?」
「あんたの所為よ!」
何故だ? もしかして怒っているのだろうか? いったい何をどう解釈したのだろう。
「セバールから何を聞いた?」
「300年前の話から全部よ。まったく、あんたって子は……」
いまだ感情を抑えきれない様子のエリスがノエルを強引に抱き寄せた。
当のノエルはと言えば、突然のことに身動きがとれずエリスの胸元でフガフガと悶えている。
死ぬ。息が出来ずにバタバタと体をもがかせ、何とか気道を確保する。
「エリス……苦しいから……。少しは手加減してくれ」
「あら、ごめんなさい。でも貴方が悪いのよ? もう……子供のくせに無理して」
てんで話が噛み合わない。これ程までの好意を受ける行いをした覚えがない。ノエルがチラリとセバールに目を向けると、慌てたようにさっと目を逸らす。
――コイツの仕業か!
「セバール……」
「知らん、ワシャ知らんぞ!」
セバールは途端に踵を返して逃げるように小屋から飛び出した。一体全体何を吹き込んだのか、後でじっくり聞かせて貰うとして――。
「はぁ、まぁいい。それで? 私に任せてなんて言うからには、何か宛があるんだろうな?」
「なぁに、その人を疑うような言い方は。だーれーがっ、大量の小麦を短期間で仕入れてきたと思ってるの?」
「そういやそうだったな。で? どんな伝手なんだ?」
「裏技よ、裏技!」
この街には、数多くの野良達を牛耳る組織が二つ存在する。それがリッジ・ファミリーとコルネーリオ商会である。
そして今回、エリスが小麦の買い付けに利用したのが、コルネーリオ商会だと言う。
聞くところによると、コルネーリオ商会は、一商会としては決して規模の大きいものではなく、むしろこの街では飲食店などを相手にチマチマとした商いをする小規模な所らしい。
にも関わらず、あれほど大量の小麦を取引出来たのにはむろん訳があった。
彼らは自分たちの配下である野良達を使い、山羊のミルクから御禁制の薬。果てや戦略物資まで密輸入しているという。
「大丈夫なのか? そんな連中を信用して……」
「確かに信用の置ける相手ではないわ。でも大丈夫よ、いざとなったら拳で解決しちゃうから!」
エリスは満面の笑みで拳を掲げた。完全に脳筋の発想である。
「それは大丈夫とは言わねぇよ?!」
些かどころか、とてつもなく不安ではあるが、取り敢えず先が見えてきた。
先ずは野良連中との取引の問題点を洗い出し、改めて作戦を練る必要がある。
「他に宛もないしな……。仕様がない、それで行くしかないか」
「何よ、なにか心配な事でもあるの?」
「あぁ、いくつか不安要素がある――」
と、不思議そうに首を捻るエリスに、ノエルが語り出した。
まず第一に、連中にミスリルを用意出来るのか? 出来るとして量はどれぐらいだ? そもそも相手はヤクザ者だ。金だけ取ってとんずらするぐらい平気でしかねない。
それに何よりも組織だった野良の連中は、領主であるランスロット家と繋がりがあるのではないだろうか?
だとしたら、少しでも下手を打てば身の破滅に繋がりかねない。
そこまで言ってノエルは唸るように考え込んだ。この取引を確実に成功させるには、裏切りを防ぐ何かが必要だ。
真っ当な商人が相手なら金を積めばどうにかなりそうなものだが、なにせ連中は日陰者。正攻法ではどうしたって不安が残る。
「なぁエリス、一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「リッジ・ファミリーってのはコルネーリオ商会とはどういった間柄なんだ?」
「あぁ、そっちを気にしてたのね。それなら問題ないわよ? 二つの組織は完全に別物だもの」
「別物? 何でだ? 同じ野良なんだろ?」
「野良と言っても色々いるのよ。落ち延びてきた貴族や騎士達と、焼け出されてきた農民や町人達ではどうしたって相容れないわ。分かるでしょ?」
なるほど、と、ノエルは頷いた。野良にまで落ちた経緯は色々あるだろうが、以前まで搾取する側とされる側だった彼らが、等しく全てを失った状態で手を取り合う様子は想像ができない。
――使えるな……。
ノエルはニタリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「よし、作戦が決まったぞ!」
「本当? いったい今度は何するつもり?」
エリスがワクワクとした表情で話の先を促すと、ノエルは思い出したかの様に舌打ちをした。
「やっぱりだめだ、俺がオレだとバレない様にする手段を考えないと……」
ノエルは自身が逃げ出してきた事をすっかり忘れていた。この問題をどうにかしない限り、人通りのある日中はまともに外も歩けない。
「それなら私に任せなさい! ほら、行くわよ!」
「え? 行くってどこに?」
エリスはひょいっとノエルを抱き上げると、鼻息荒く部屋を取びだした。
「修行よ修行!」
「いったい何の?」
「何って幻視魔法に決まってるじゃない」
「いやいやアレは一朝一夕で出来るものじゃないってセバールが言ってたぞ?」
「大丈夫、死ぬ気でやれば三日で覚えられるわ!」
「マジか!?」
「ノエル君」
「何だ?」
「死なないでね?」
「えぇぇ…………」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます