137話:大人の権利

 様々な露店や店舗がひしめき合う商業地区。それは中央に位置する教会から見て、東と南に向けて扇状に広がっており、東側には商店街、南側には倉庫街と更に区画が整理されている。

 その中にあって南側付近にコルネーリオ商会はあった。諸外国からの輸出入を主な収入源としている為、倉庫街にほど近い南側の方が都合がいいと言う理由である。


 商会の歴史は意外に古く、創立されたのは今から凡そ200年程前。当時フェルドナンド王国、西部に位置するアイザ山脈の麓。コルネーリオ領を治めていたハージア・フォン・コルネーリオが創設したとされる。

 アイザ山脈は北は聖法国、南は帝国にまで綿連と続く雄大な山岳地帯で、豊富な鉱物資源で名を馳せた裕福な土地柄だった。

 中でも岩塩と精霊銀は他に類を見ない産出量を誇っており、爵位こそ高くはないが中央への覚えめでたい名家でもあった。


 そんなコルネーリオ家が没落の憂き目に合ったのは、偏にその商才故。鉱物資源の恩恵にあずかりたい者。かすめ取ろうとする者。果てや乗っ取ろうとする者や、強奪しようとする者が後を絶たなかったのだ。

 要するに、貴族間の政争に破れた為。結果、国境を越えて命辛々逃げ延びたコルネーリオ一族が、興したのが商会と言うわけだ。


「で? その後はどうなったんだ?」


 ノエルはボコボコに顔を腫らした男の喉元にナイフをチラ付かせた。足下には既に事切れた三体の人間だった物が転がっている。

 どうにも歯切れが悪い。この程度の情報を聞き出すだけで、三人もの人間を殺す羽目になってしまった。ヤクザ者にしては口が堅すぎる。


「どうした? 続きを話せ……」


「テメェはいったい何なんだ……。何の目的でこんな――」


 呪い殺すような視線。それでいて言葉の端々には怯えが浮かび、怒りと恐怖がごちゃ混ぜとなった表情。

 今にも叫び出しそうな男の口元を鷲掴みにすると、ノエルは黙ったままゆっくりと首を横に振った。





………………。

…………。

……。





 両手にこびり付いた血糊ちのりを洗い流しながら、ノエルは次の一手を考えていた。

 コルネーリオ商会は思っていたより、一癖も二癖もありそうな組織だ。

 二百年という時間が、彼らに多くの血族と鉄の掟をもたらした。しかもそれはただのチンピラだと思しき者にまで及んでいる。


――やっかいだな……。


 だが少しだが面白い話も聞くことができた。どうやら連中の強味は鉱物の販売らしい。おそらくは一族にのみ伝え聞かされた秘密の炭鉱でもあるのだろう。

 となれば、一度に大量のミスリルを手に入れるためには恰好の相手だ。


「うっわ……。アンタ容赦ないわね……。もう少し穏便に出来なかったの?」


 先程までノエルのいた路地裏をのぞき込み、エリスは不快そうに口を開いた。


「仕方が無いだろ。俺達のことを知られる訳にはいかないし、かといってじっくり調べるほどの時間もないんだ。もちろん他に妙案があるってんなら聞くが?」


 ナイフをインベントリに仕舞うと、無視するように歩き出した。今夜はあと数人ほど片付ける必要がある。言い争いをしている暇はない。


「だとしてもよ! 害もなければ恨みもない相手を、自分達の利益のために手に掛けたのよ? なにも感じないわけ?」


「そりゃ俺にだって思うところはあるさ。だがな、他に上手い方法がないのも事実だし、街の人間からすりゃヤクザ者なんているだけで十分害悪だろ? あまり気にするな」


「…………」


 未だにあーだこーだと高説を垂れるエリスにウンザリしながも、ノエルは一々頷いてみせた。


 相手が誰であれ一般人のノエルに人の行いを裁く権利など無い。そんな事は初めから分かっている。

 だから――これはきっと許されない行いなのだろう。が、だからどうしたと言うのだ。

 必要だからやった、ただそれだけのこと。この世界は残酷で、少しでも弱さを見せれば骨までしゃぶり尽くされる。ノエルはその事を身を持って体験し、よくよく理解していた。

 モラルを逸脱した人間に対し、良識を持って接することの愚かさを……。


「いた、アイツ等だ……」


 小言を聞き流すこと一時間。商店街の奥、中央広場のほど近くで、ノエルはお目当ての相手を見つけ、物陰へと身を隠した。

 ひぃひぃと喚き散らす初老の男を店から引きずり出し、数人の男達が暴行を加えている。

 耳を澄まし聞こえてきてのは『借金』『所場代』『娘』――どれもこれも不穏な言葉ばかり。

 チラリと横を見ると、エリスは今にも飛び出しそうに身を奮わせている。


「おい! 余計な事をするなよ?」


「だけど……」


 立ち上がろうとするエリスの腕を取ると、強引に座らせる。いい加減にして欲しい。ここに来て勝手なことをされては作戦が水の泡だ。


「そんなんでよく今までやって来れたな……。目的を見失えばアンタの同胞は助けられないんだぞ? それでもいいのか?」


 二つの組織は確実にランスロット家と繋がっている。そのため、本来ならば取引の場にノエルが出て行くのは悪手でしかない。

 しかし、かと言ってエリス一人に任せるのには些か荷が重すぎた。純度の高いミスリルインゴットを40kg。この取引は間違いなく戦略物資級。となればいざという時の為にもバックアップが必要不可欠になる。そのための幻視魔法であり、この作戦だった。


「分かってるわよ。でも……ノエル君、あなたはまだ子供なのよ?」


 エリスは今にも泣き出しそうな顔で、ノエルを見つめている。


「あぁ……、そう言う事か……」


 言ってノエルは天を仰いだ。忘れていた――エルフは子供に甘々なのだ。

 恐らくは教育上よろしくないとでも考えているのだろう。


――思い違いにも程がある。


「エリス、俺は転生者だ。その事は以前から分かっていた事だろ?」


「えぇ、知っているわ。でも、それとこれとは別の話よ」


「別なんかじゃない。俺が子供なのは見てくれだけだ。分かるだろ?」


 諭すように語って聞かせるノエルに、エリスは悲しそうに首を振った。


「ノエル君……、キミは思い違いをしているわ」


「そんなことは「あるのよ」――?!」


「貴方だけじゃない、この世界にいる生きとし生ける全ての人々には、皆等しく前世があるの。キミとの違いは記憶があるかどうかだけ。たったそれだけなのよ?」


「その記憶が重要なんじゃないか!」


 話の通じないエリスに、イライラしたように声を荒げた。


「そうかしら? そんなもの他人の日記を丸暗記しているのと対して変わらないわ。それに君はその記憶が本当に自分の前世のものだって証明できる?」


「…………」


「ねぇノエル君。キミは確かに転生した。私や他の皆みたいにね。そしてアナタは生まれてから七年とちょっとしか経っていない、正真正銘の子供なの。大人である私には、アナタを守る義務と権利があるわ。分かったわね?」


 真っ直ぐ、ノエルの瞳をのぞき込む。大人が子供を心配するように。母親が我が子に言って聞かせるように。その瞳は優しく、ただ真っ直ぐにノエルを見つめていた。


――お手上げだ。これはもう何を言っても通じない……。


「分かった……。でも今更作戦は変えられないぞ? とうすんだ?」


「私がやるわ!」


「出来るのか? さっきまでびぃびぃ五月蠅かったくせに……」


 ノエルはふてくされた様に頬を膨らませる。びびって失敗でもしたらどうなるか、本当に理解しているのだろうか?


「ふっ、愚問ね。あんなチンピラに優しくするほど、私は甘くはないのよ?」


「どうだか……、あっ! まてっ、勝手にいくな!」


 ノエルを無視してツカツカと前を行くエリス。慌てたように呼び止めなから、その後を追いかける後ろ姿は、確かに子供のそれだった。


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