138話:人喰い毒蛇、ルドワ・コルネーリオ

「くそっ……舐めやがって……」


 部下から上がってきた報告書に目を通し、ルドワ・コルネーリオはギリリと奥歯を噛み締めた。

 一週間。たった一週間の間に、合計18人もの部下達が物言わぬ屍と成り果てた。

 これはルドワに、いや――コルネーリオの一族に対する宣戦布告である。

 この街、フェアリー・ベルにおいて、コルネーリオの名に泥を塗ろうとする者が現れた。


――あってはならない事だ。


「それで、その捕らえた不審人物とやらはどうした?」


「はい、身柄は地下牢に入れてあります。念のために見張りを三人ほど付けておりますので、逃げられる心配もないかと……」


「そうか……、まずはその者を捕らえた状況と略歴を話せ」


 オールバックに纏めた黒髪を撫でつけ、黒みがかったダークブラウンの瞳をギラ付かせる。

 じっとりと舐めるように睨み付けられたのは二人の男。ルドワの右腕と称されるジジンとその部下で若頭のダーオ。

 毒蛇の異名をもつルドワに睨みつけられた二人は、息を飲み冷や汗を垂らす。部下と言っても、この三人は血の繋がったれっきとした家族である。

 ルドワから見てジジンは弟に当たり、ダーオは甥に当たる。そんな身内の二人ですら身を堅くしてしまうのだ。毒蛇の異名は伊達ではない。


「はい……、昨夜、行方が分からなくなっていた部下の内三人が、倉庫街で遺体となって発見されました。その際、付近で全身をずぶ濡れにした怪しい男が倒れていたため拘束。その後に尋問を始めたのですがどうにも要領を得ず、拷問の許可を頂に参ったしだいです」


「許可? なぜ直ぐに取りかからなかった?」


「それが……」


 言いよどむジジンを見て溜め息を吐く。いつもこれだ……何奴も此奴も目を合わせただけで萎縮してしまう。

 実の弟ですらこの有様。舐められるよりはましかもしれないが、これでは会話もままならない。


「勘違いするな。別にお前らに怒っている訳ではない。気にせずに続けろ」


「はい……、どうも捕らえた男が言うには、自分はリッジ・ファミリーの構成員であると……」


「なに? それは本当か!」


 拳を机に叩き付けると立ち上がる。これは大事になった。リッジ・ファミリーとは互いに不干渉を貫いてきたはずだ。ここに来て突然こちらに喧嘩を売ってくる様な真似をするとは考えづらい。

 しかし状況からみて、まったくの無関係とも思えない。


「「す、すいません!」」


 突然、興奮気味に立ち上がったルドワに、二人は怯えたように後ずさる。

 

「……なぜ謝る?」


「「…………」」


 とにかく、その捕らえた男とやらに直接聞いてみるしかない。もしもソイツの証言が事実なら――


「戦争になるかもしれんな……」




………………。

…………。

……。




 コルネーリオ商会、地下深くに作られた薄暗い部屋。そこは一辺15mもある広い空間で、床・壁・天井ともに分厚い石が敷き詰められており、薄暗く、時折滴る地下水が反響音で不穏な音を奏でている。

 そんな地下室の中央。ポツンと備え付けられた鋼鉄製の椅子に、男は縛り付けられていた。


 どうしてこんな事になったのか、訳が分からない。昨晩、男は周辺の見回りを言いつけられ、倉庫街を歩き回っていた。

 その時に聴いた呻き声。無視すればよかった。そうすれば、今頃自分はいつもの酒場で、仲間達と――。


 

「――どうなってやがんだ……ちくしょう!」


 さんざんドツキ回されたせいで、顔が焼けるように痛い。聞かれた事は、全て包み隠さず話していると言うのに、連中は同じ質問ばかりを繰り返す。


――白痴野郎共め!


 奴らは一分前の出来事すら覚えておけない能無し野郎だ。

 鉄臭い口内に舌を這わすと、違和感を感じていた奥歯がポロリと抜けたのが分かった。


――ちきしょう……ツイてねぇ……。


 男が今にも泣き出しそうに顔を歪めたその時――甲高い不協和音を響かせながら、重い鋼鉄製の扉が開いた。

 入ってきたのは三人の男達。内、二人の男には見覚えがあった。さんざっぱら自分を殴り飛ばした相手だ。見間違える筈もない。

 問題は連中が連れてきたもう一人の男だ。


――アイツはヤバい……。


 ブルリと身体を震わせる。あの目……、まるで感情を失ったような冷たい目。噂どおりの狂人の目だ。


「毒蛇さんかよ……」


 諦めにも似た感情が沸き上がる。毒蛇の噂は知っていた。この街で、裏街道を生きるものなら誰もが一度は耳にする異名がある。その中でも飛びっきりにイカレた男がいた。


――よりによって毒蛇を連れて来やがるとは……。


「お前か……、家の連中を随分と可愛がってくれているそうじゃないか」


「……なんの話だ? 俺は何もしちゃいねえ。そっちの二人には何度も言って聞かせた筈なんだがな……」


「ふむ、あくまでもしらを切るか……、なかなか肝の据わった男だ。では質問を変えようか?」


 冷や汗が止まらない。コイツの言葉はまるで呪詛だ。吐きかけられる度に呪いに侵されていくようだ……。


「お前がリッジ・ファミリーの者だと聞いたんだが、それは事実か?」


「あぁ、事実だ。いいか、俺に手を出すって事は、ファミリーに喧嘩を売るって事だ……。分かってんだろうな?」


 震え、上擦った声で啖呵を切る。いまだ鳥肌が止まらないが、弱気になるわけにはいかない。もしも取るに足らない相手だと思われたら――。


「…………」


「どうした? 聞こえてんだろ? 人喰い毒蛇さんよぉ」


「なに?」


「聞いてるぜ? あんたは拷問した相手を生きながら踊り喰いにするんだってな?」


「………………」


 言われたルドワが眉を寄せる。動揺でもしているのか後ろへ控えていた二人へと視線が泳いだ。


「どういう事だ?」


「「す、すいません!」」


「なぜ謝る……」


 ルドワに睨まれた二人はおののき後ずさる。


――やっぱりだ……コイツはイカレてる。


「部下ですら脅えてるじゃねーか。あんた正気か? 戦争でもおっ始めるつもりか?」


「参ったな……。俺は人間など喰わんぞ? まったくどうしたらそんな馬鹿げた噂話を信じることが出来るんだ?」


「そりぁアンタらだって同じだろ。俺の話を聞きゃしねぇじゃねえか!」


「確かにな、お前の言うとおりかもしれん」


 風向きが変わった? ヤレヤレと肩を竦めたルドワを見て、ここぞとばかりに畳み掛ける。


「だろ? 俺を解放してくれ。これは不幸な行き違いなんだ。分かるだろ? なぁ……」


「無理だな」


「――なっ! 何故だ! 俺が信用できないってんなら、レッジの親分に問い合わせたらいいじゃねーか! そうすりゃ白黒ハッキリするだろ?」


「そう言う問題ではない」


「じゃあ一体……」


 ルドワは身を屈めると、諭すように男の目を覗き込む。話が出来過ぎている。

 部下が殺された場所に、通りかかり、その場で気を失った。しかも禄にその時の状況を覚えていないと言う。


――偶然? 有り得ないだろ。


「ちっ違うんだ、これには事情があるんだ。頼む聞いてくれ!」


「良いだろう、話してみろ」


「俺達はオヤジに周辺の見回りを命じられていたんだ。だからあの夜にあの場にいたのは、たまたま俺の持ち回りが倉庫街だったってだけなんだ。頼む、信じてくれ!」


「見回り……ねぇ……。何故そんな事をしていたんだ?」


「嫌がらせを受けていたんだ……」


 男は観念したかのようにポツリポツリと話し始めた。


 事の発端は今から一週間ほど前。ファミリーが拠点に構えていた建物の玄関に、何者かが血液らしき赤い液体をばらまいた事から始まった。



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