139話:交差する企み
商店街の屋根の上。伏せるようにしてリッジ・ファミリーの屋敷を監視していたノエルは、満面の笑みで戻ってきたエリスを見てドン引きしていた。
本人は、『どお? 言いアイデアでしょ?』とでも言いたげな表情。
――バカなのかな?
「何してくれてんの? 怖すぎるんだが……」
「え? でも嫌がらせをするならコレぐらいしないと、ねっ?」
「ねっ? じゃねぇよ! 玄関先に大量の血液をぶちまけるとか、イカレ過ぎだろ……。サイコパスなのかな?」
「えぇ……、でもでも、イタズラと言ったら妖精じゃない? デュラハンとか?」
「なんで数ある選択肢の中から選んだ妖精が、よりにもよって
「むぅ……」
自分は悪くないとばかりに頬を膨らませる。これには思わず頭を抱えるノエルだったが、ここに来るまでのエリスの仕事っぷりは中々のもので、あまり強くも出られない。
二人はここ一週間もの間、コルネーリオ商会の構成員を捕まえては、尋問とは名ばかりの拷問を繰り返していた。が、あまりにも彼らの口が堅く効率が悪い。
さてどうしようかと悩んでいた矢先、エリスがとある薬を差し出してきた。
胡蝶の蜜と呼ばれるそれは、微かに薄紫に色付いたドロリとした液体。元々はポーションの中に数滴ほど垂らして、麻酔薬として使われる薬品である。しかし、服用を誤れば麻薬として作用する特殊なものだった。
ノエルは勧められるがままに、使用を決めた。すると、即効性なのか、すぐに朦朧となった男達は、打って変わったようにポツリポツリと口を割り始めたのだ。
そのお陰で、かなり込み入った商会の内部事情が多く手に入った。
また、当初ノエルの行いに抵抗を示していたエリスだったが、それはあくまでもノエルの手を汚すことを良しとしなかっただけ。
自身が汚れる分にはまるでお構いなしの脳筋は、嬉々として拳を振り上げていた。
更に、ややお節介なこのエルフは、こと戦闘に関しては頼りになる逸材であることも分かった。
そもそも幻視魔法が使える次点で、精霊魔導師であることは分かっていたことだが。それに加え、いかにもではあるが格闘術の使い手であり、素人のノエルから見ても圧倒的な技量が見て取れた。
おそらく、今のノエルが正面から挑もうとすれば、勝つことはおろか逃げることすらままならないであろう。
ともかく、勝手な暴走さえ気を付けていれば、十分に頼りになる相棒と言えた。
「あっでもほら! かなりの騒ぎになってるわよ? ドッキリ大成功ね!」
「ありゃどう見ても怯えているだけだろ! あと別にこれはドッキリじゃねぇからな!」
満足げに胸を張るエリスを見て、頭を抱える。これは多少面倒でも、細かく指示を出した方が良さそうだ。
「で、この後はどうするの?」
「あぁ、連中の頭が沸騰するまで、毎日嫌がらせを続ける予定だ」
「何の意味があるのよ……」
「火種を撒くんだよ。コルネーリオ商会とリッジ・ファミリーの間にな」
「スッゴい悪い顔してるわよ? でも何だか楽しそう……ふふふっ」
………………。
…………。
……。
「ふむ、それで? 犯人とやらは突き止めたのか?」
男の話を、一通り黙って聞いていたルドワが投げかけた。ハッキリ言って眉唾だ。聞いた限りでは、姿すら見たことのない何者かが、七日七晩リッジ・ファミリーの本拠地に休みなく嫌がらせを続けていたという。
器物破損にボヤ騒ぎ。壁を落書きされた挙げ句、中には簀巻きにされて逆さに吊された者までいるらしい。
それだけの事をされて、誰一人犯人を目撃していなどと言う事が有り得るだろか?
それにこの何者かは明らかにファミリーに対し、敵愾心を持っているにも関わらず、だれ一人として命を奪われた者がいないのだ。
こんな馬鹿げた話をいったい誰が信じると言うのだろう。舐められたものだと、ルドワは顔を顰める。
己の身可愛さに吐いた嘘にしても出来が悪すぎた。
「いや、だからソイツをひっつかまえる為に見回りをだな」
「それは可笑しいな。狙われたのは何時も同じ屋敷なんだろ? ならそこに張り付いていれば、どこの誰が犯人かなのか直ぐに分かるだろ?」
「見えないんだよ、いつも気が付いたら屋敷を荒らされていて……」
「もういい、聞くに耐えん……」
それだけの事をしでかして置いて、だれ一人殺さない?
――ふざけるな! そんな馬鹿げた事があってたまるか、こっちは既に18人も失っているんだぞ!
ルドワは男の物言いに興味を失ったかのように背を向けると、甥であるダーオに指示を出した。
ジジンは商会頭、ダーオは荒事専門の若頭、そしてルドワは一族を束ねるボスとして裏から全てを牛耳る。それが彼らのあり方だった。
「ダーオ、鍵屋を呼べ。これ以上は時間の無駄だ」
「本当によろしいんですか?」
「構わん。与えた機会を不意にしたのは彼本人だ。何をしてもいい、必ず吐かせろ!」
苛立ちを隠さぬ物言い。ルドワの腹は決まったようだ。後ろに控えていた二人は、互いに視線を交わすと頷いた。
賽は投げられた。ならば、一族の汚名は晴らさねばならない。
「分かりました……」
一人、その様子を眺めていた男が慌てふためく。
嘘など吐いていない。隠し事もしていない。なのに何故こんな事になる?
それに何だ、鍵屋と言うのは……。そんな者を呼んでいったい何を?
「なぁ、俺はちゃんと正直に話したよな? なぁ、おい! 鍵屋って何だよ、なにする気だよ、おい!」
泣き叫ぶ様に声を荒げる男の髪を、ジジンが鷲掴みにする。ルドワからの命が下った以上、この男は死人と同じ。一切の遠慮も慈悲もない。
強引に上を向かせ、怯えきった瞳をのぞき込む。そうやってたっぷりと間を取り恐怖を煽ると、平坦で冷ややかな声で答えた。
「お前のその堅く閉じた口を開かせる
「な、何で……、言われたとおりに全部話したのに……」
男は恐怖に身を震わせ、絶望に言葉を失った。最後の望みは絶たれた。これより先に願うのは、如何に楽に死ねるか。涙がこぼれ落ちる。どうしてこんな事になったのか。その身を硬く縮こませ男はただ、自身の未来を哀れむことしか出来なかった。
………………。
…………。
……。
コルネーリオ商会の地下深くで、一人の男がこの世の地獄に絶望している頃。
一人の騎士が商会へ現れた。彼の名はベルンハルト。ランスロット家が有する騎士団で、団長を務める男である。
入り口へと差し掛かると軒先を清掃していた下男に目配せする。すると、慌てたように頭を下げ建物内へと走り去る。ベルンハルトはその様を一瞥すると、気にした素振りもなく商会内へと足を踏み入れた。
勝手知ったる。幾度となく訪れている場所だ。目的の人物がどの階のどの部屋に居るのかは分かっている。
忌々しい話ではあるが、この悪徳商会はランスロット家の息のかかった子飼いの組織である。
フェアリー・ベルと言う巨大な都市に、スラム街が無い理由。それがこれだった。
野良という潜在的な犯罪者集団を束ね、コントロールする事で、最悪の事態を避けて治安を維持する。
その為の手段であると分かってはいる。いるが――ベルンハルトにはどうにも納得がいかなかった。
街を護るのは騎士の役目。その頂点に立つベルンハルトが気に入らないと思うのも無理からぬ事ではある。
「邪魔するぞ」
ノックもせずに扉を開ける。これもいつものこと。ヤクザ者相手に礼儀などいらん。
些か不本意ではあるが、主からの命令。早々に役目を果たすとしよう。
「あなたは何時も急ですね。騎士団長殿」
「貴様に気を使わねばならぬ道理は無いのでな。それより毒蛇、貴様に仕事だ」
「いきなりですか……。まずは座って下さい。今、お茶を出しますので」
「いらん!」
言うが否や、ベルンハルトは懐からとある人物の人相書きを取り出すと、机の上へと叩きつけた。
「貴様にはこの少年を捜してもらう。生死は問わん必ず見つけ出せ!」
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