133話:狸寝入り
渇いた破裂音と共に大地が爆ぜた。青々とした芝生が捲れあがり、土煙が上がる。
先ほどから照準が滅茶苦茶だ。ノエルへ向けてまともに飛んでくる石槍はどんどんと減っていく。
大きさも形もまちまちになり、もはや見る影もない。
――本当に限界なのか?
見るとマガークは、表情にこそ覇気が浮かんで見えるが、膝はガクガクと震え、立っているのがやっとといった有様だ。
限界が近いのは間違いないだろう。しかし、その様子を確認しても、ノエルは一向に構えを解く様子はない。
いや、むしろ警戒心はどんどんと上がっていく。マガークは何かを企んでいる、ノエルはそう確信していた。
一見不格好に見える魔法の構築や、狙いが定まらず明後日の方向に飛んでく石槍。恐らくこれはブラフだろう。
何故なら一度に生成される石槍の数が全く変わっていない。
それは魔力を練り上げ、圧縮し、解放する。この一連の動作がしっかりと出来ている証拠だ。
と、なれば、この行動にも意味があるはず。限界であると思わせて隙を突くつもりだろうか?
――何がマジメだ。随分と役者じゃないか……。なぁ、マガーク。
張り続けている結界障壁へと魔力を注ぎ込んで更に強化していく。
この程度で壊れることはないが、念には念を。何かを仕掛けてくると分かっていて手を抜けるわけがない。
この決闘においては、掠り傷ひとつ負いたくはない。これはノエルの意地だった。
ノエルを中心にして、辺りは爆撃痕が広がっている。そのせいで次第に吹き上がった土埃が視界を奪い、互いの位置を把握するのには魔力関知を使うほかなくなっていた。
「これが狙いか……? だとしても悪足掻きにしか思えないな」
怪訝な顔でノエルが漏らす。
その時――不意に全ての攻撃が止まり、鉄火場を静寂が支配した。
今現在ノエルの視線は3m先も見通せない程に悪い。だが確かにマガークはそこにいる。
集中力をあげ、探るように相手の魔力に耳を傾けるが、とくに変化もない。これで終わり? そんな馬鹿な。
「――っ! 上か!」
足下を覆った影に気付き、とっさに頭上を見上げる。そこには、いつの間にか巨体な水球が今まさに落下しようとノエルに迫っていた。
ノエルは予め用意いていた魔力を解放。瞬時に頭上に結界障壁をてんかいした。
水球は力無く、ふよふよと重力に従い落下するが、結界に阻まれ、傘を差した時のようにノエルを避けて周囲へと降り注ぐ。
なぜだ? これほどまでに接近されるまで気付けなかったのはおかしい……。
それにこれはノエルがマガークを挑発するために、先に見せた虚仮威しの魔法。
――まさか!
ノエルは、ハッとしたようにマガークに視線を飛ばす。
そこには土煙の中、ボンヤリと黒い影が浮かび上がっていた。
――バチリと閃光が光り、黒い影が雷雲の如く揺らめく。
「雷属性か!」
水球の直撃こそ避けたものの、ノエルの足下は水浸し。これでは結界は役に立たない。このまま雷撃を食らえば……。
バチリと乾いた音が耳に届く。もはや考えている時間はない。
「これで終わりだぁぁぁっ!」
マガークが吼える。
「ナイン!」
呼応するようにノエルが叫ぶ。
――刹那。金色の光が枝葉の様に横へ伸び、眩いばかりに辺りを照らすと、ノエルの叫びは、切り裂くような雷鳴にかき消されていった。
………………。
…………。
……。
時間にして約一分ほど経過した。周囲の者達は息を呑み、言葉一つ発する事なく見守っている。
しかし、先程から戦闘音はおろか、物音一つ聞こえてこない。
最後に見聞きしたのは、つんざく雷鳴と眩く光る黒雲。それ以降、完全に沈黙してしまっている。
だが、誰一人動くことが出来ない。土煙が視界を遮り、そのため状況がまったくわからない。
さらには先に一度、ノエルにあらぬ疑いを掛けた経緯も相まって、サンドやヘインズもどうした事かと考え倦ねていた。
「どうなっておるのだ?」
業を煮やしたのか、最初に口を開いたのはレーゲンシルムだった。
立会人であるヘインズに詰め寄ると、状況確認を要求する。
「さぁ、こう視界が悪いと何がなにやら。下手に間に入って、雷撃を貰いたくはありませんしね」
「何を言うとるか、それが立会人の役目じゃろうに。とにかく当人達に呼び掛けて、返事がなければ目視で確認するしかあるまいて」
「アレだけの激しい爆裂音の中にいては、耳が利かなくなっているかもしれませんよ?」
「確かに危険かもしれませんね。では、私が確認してきましょう」
今しばらく待つべきだと主張するヘインズに、確認を急かすレーゲンシルム。
そんな互いに引かない問答に線を引いたのはサンドだった。
サンドはもともとヘインズの護衛役としてここに着ている。ならばその役目は自分が適任だと前へ出た。が、レーゲンシルムはそれを押し止めると、風魔法による突風を吹かし、土埃を振り払った。
「構わん、儂がやる。ほれ!」
「あーぁ、勝手に決闘場を台無しにして、戦況が変わっても知りませんよ?」
ヘインズは呆れ顔で肩をすくめた。未だ勝負が着かず拮抗状態だった場合、意図的に現状を変化させては勝敗に関わるおそれもある。
だからこそ手を出さずに見守っていたというのに――。
「問題ない、見ろ。どうやら決着が付いたようじゃぞ?」
言われてヘインズが振り返る。と、そこには力なく倒れ伏した二人が横たわっていた。
「この場合どうなるんです?」
「引き分けじゃろうのう。あの坊主が本当に気を失っているのなら――の、話じゃがな」
ヘインズの問いにレーゲンシルムが答える。引き分け――そんな事があるだろうか?
マガークはおそらく魔力欠乏症による一時的な失神状態だろう。だがノエルはどうだろうか……。あれだけ魔力を消費して尚、その態度はひょうひょうとしたものだった。それに雷撃をまともに受けたのなら、気絶どころの騒ぎではないはずだ。
しかし見たところ怪我を負っている様子もない。さて、どうしたものか……。
「ノエル君、キミ本当は意識があるんじゃないのかい?」
ヘインズはノエルの前にしゃがみ込むと、誰にも聞かれぬよう小声で呼びかける。
「…………」
返事がない……。だが微かに口元が微笑んで見える。バレても構わないと言うことだろうか?
どうやら彼は貴族の誇りという奴を、おちょくって遊ぼうとしているらしい。
ヘインズはここに来てようやくノエルの企みに気が付いた。
「はぁ……、まぁキミがそれで良いなら、僕は別に構わないけどね。そっちの方が楽しそうだし」
ヘインズは、クツクツと笑いをかみ殺しながら言った。あまり延ばしても興醒めだ、そろそろ終わりにしよう。
ヘインズは、倒れ伏すノエルとマガークの間に立つと、決闘の終わりをつげた。
「この勝負、両者ともに前後不覚のため、相討ちとする」
ヘインズの宣言に、貴族達がガヤつく。誰も彼もが納得いかない様子。
だが表立って異を唱える者は一人もいない。立会人が宣言した以上、この場ではどうあっても結果が覆ることはないのだ。
それでも気に入らない者は、王国へと審議申し立てをするしかない。それが通れば後日調査が開始されるが、流石にそこまでする者はいないらしく、眉をしかめるのみで皆押し黙っている。
――その時。
「いやぁ……引き分けですか。参ったまいった」
しれっとした顔でノエルが立ち上がった。チロリと舌を出す。イタズラが成功した時のような、子供らしい屈託のない笑顔。
「やっぱり、随分と思い切ったことをするなぁ……君は」
ノエルにだけ聞こえるように、ヘインズが言う。呆れたような、それでいて楽しそうにニカッと笑う。
微妙な空気が流れる――が、そんな事はお構いなしのノエルは、人差し指をピンと立てると閃いたとばかりに口を開いた。
「勝者も敗者もいないなら、賭は私の一人勝ちって事ですね?」
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