132話:ノエル VS マガーク
「空間魔法だと……」
不意に誰かが呟いた。氷槍による連撃は、休むことなく五分以上も続いていた。
いよいよどちらかの魔力が尽きる頃だ。観戦している貴族達は固唾を飲んで見守っている。
と、言うより待っていると言った方が正しいだろうか。彼らは貴族相手に不遜な態度をとり続けている、ノエルの死を知らぬ間に待ち望んでいた。
今現在の状況を鑑みても、大方の予想はマガークが有利と見ている者が多いい。
理由は二人がそれぞれに選んだ魔法の属性にある。燃費が違うのだ。
通常、魔法とは、火・風・水・土の基本四属性がもっとも魔力消費の効率が良いとされている。
続いて氷・雷・光・闇の上位属性となり、空間や召喚などの特殊属性は魔力消費がもっとも多く、多用される事は殆どない。
つまり、現状ノエル側が不利と言うことになるわけだが……。
観衆の視線がノエルに集まる。
「何故あの者は倒れないのだ?」
「あり得ない……、平民如きがこのような……」
「何か
「なるほど、狡賢い平民の考えそうな事だ。審判!」
貴族達は納得がいかないとばかりに顔をしかめ、それでもノエルから目を離せずにいた。
そんな時、ついにマガークが膝をつく――。
「参ったなぁ……、息切れですか? もう少し続くと思ったのですが」
「ば、馬鹿を……言うな……。この程度、どうと言うことはない!」
魔力切れが近いのか、マガークは片膝を突きゼーハーと肩で息をしている。
完全に無防備な状態だ。攻撃するには絶好の機会。にも拘わらず、ノエルは一向に動こうとしない。
――自分の方が格上だと……そう言いたいのか?
マガークは奥歯を噛み締めた。額からは脂汗が流れ、ガンガンと酷い頭痛に襲われる。
見ればノエルは見下ろすように、ただマガークを見つめていた。
「ふざける「待て!」――っ!」
立ち上がろうとするマガークをサンドの待ったが押しとどめた。
周囲を見渡すと、観戦していた貴族達が口々にノエルを罵っている。
――どう言うことだ? 何が起きている?
マガークはふらつく頭を抑えて立ち上がった。が、サンドはマガークを素通りし、ノエルの元へと歩いていく。
ますます意味がわからない。
「邪魔をして済まないね。実は一部の者達から、君が不正をしているのではないかと言う声があがってね」
「不正? 冗談でしょう? いったい何をどうしたって言うんですか?」
「ふむ、実は君が魔道具を使用しているのではないか、という疑惑が持ち上がっていてね。すまないが、少し身体検査をさせて貰えるかな?」
「えぇ、構いませんが……」
ノエルはふてくされた様に両手を上へと掲げた。サンドはペタペタとノエルの身体を弄り、ポケットの中も確認していく。
どうやら彼らはノエルの実力の方が、マガークよりも圧倒的に上であるという事実を認めたくは無いらしい。
魔力量が勝敗を決めると言うことは、貴族の血よりも平民の血の方が優秀。そんな事はあってはならない。そんな所か――。
――無様なものだな……。
ひとり心の中でそうごちた。ノエルはマガークの事を大勢の貴族達の前で、煽り、嘲り、見下した。
その様子を目の当たりにした彼らは、まるで自分達が馬鹿にされたように感じたのだろう。
その証拠に、彼らはいまだにノエルのことを口汚く罵っていた。
平民風情がだの下賎な輩などと宣っている。要するに身分の低い者が図に乗るなと言うことだ。
しかし、だ……下賎とは、品性を欠いた者のことを指す。
――まさに今のお前らの事だろうに……。
むろん、全員が悪言を口にしている訳ではない。ないが、我関せずと口を噤んでいる者も、結局は同じこと。大した違いは無い。
「もう良いですか?」
「あぁ、おかしな所は無かった。私が保証しよう」
不機嫌さを露わにしたノエルに、サンドが頷く。しかし、それでは再会――とは行かない様子。
不正なしとの結果に、納得がいかない貴族達が騒ぎ立てる。
「待ちたまえ、例え身に付けていなかったとしても、その者は空間魔法の使い手だ。調べられる前に隠すことだって出来たのでは?」
「そうだ! もっとちゃんと調べたらどうだ? 神聖な決闘を汚せばどうなるか、その平民に教えてやれ!」
まるで収拾が付かない。白熱していく彼らを見て、ノエルはヤレヤレと空を仰いだ。
――まいったな……。あまり長引くとせっかく削った魔力が回復してしまう。
見るとマガークは目を瞑り、瞑想をして魔力の回復を謀っている様子。
あまり時間は掛けられない。ノエルは仕方なしと貴族達に向かって大声を張り上げた。
「そこまで仰るならば、いまここでハッキリと身の潔白を証明して御覧に入れましょう」
「何をする気かね?」
怪訝な顔でサンドが問う。
「簡単な事ですよ。【私、ノエルはこの度の決闘に置いて一切の不正をしておらず、また再会したさいにもルールに則り公正に期す事を誓う】」
古代語での宣誓。これをされてしまえば是非もない。その場にいた誰もが押し黙るしかなかった。
ノエルは騒ぎ立てていた人々を一瞥すると、サンドへと向き直る。
「これで私の身の潔白は証明された。そうですよね?」
「そ、そうだな……再会しよう。陣に戻ってくれ」
指示通りに陣へと戻り、再開の合図を待つ。見るとマガークは既に息を整えていたようで、先程より幾分か顔色も良くなっている。
「始め!」
開始の合図は直ぐに出された。しかしマガークに動く気配はない。勿論ノエルにも攻撃の意志は感じられない。
どう言う事だろうか? ノエルは自身の思惑がバレたのかと舌を鳴らす。
「認めるよ、私は君を過小評価していた。いや、違うな……。君は強い、少なくとも私よりは……」
「急にどうなさったんですか? もしかして棄権なさりたいのですか?」
ノエルは打って変わった様にしおらしくなったマガークを見て、不思議そうな顔を向けた。
どうあがいても棄権は出来ない。これはそう言うルールだ。ならば覚悟を決めたと言うことだろうか?
「そうじゃない、そう言う事ではないんだ。私の勝利は揺るがない。何故ならそれが私の義務だからだ」
「すみません、仰っている事の意味がよく分からないのですが……」
「つまりだ……ここから先は死に物狂いで行かせてもらう!」
マガークの魔力が立ち上ると同時に、数十にも及ぶ石槍がノエルに襲いかかった。
予め用意していたのだろう、取り留めのない会話で意識をずらし、隙を突くように攻撃を放つ。融通の利かない真面目な人間らしからぬ奇襲だ。
――成る程、おまけに使う属性を土に変えて魔力消費を抑える作戦か。
石槍の魔法は基本属性のため、消費魔力こそ少なくて済むが、氷槍よりも小さく一撃が軽い。
現に展開されたノエルの結界障壁で、全て防がれている。
――何か別の思惑でもあるのだろうか?
ノエルは注意深くマガークの挙動を観察する。顔色が悪い、先の瞑想程度では回復しきれていないようす。
見ると唇は紫色に染まり、指先も小刻みに震えている。明らかに魔力欠乏症の症状がでている。
直に頭痛や吐き気に襲われ、思考力すらも奪われるだろう。
――どう見ても満身創痍だな。
先の啖呵はただの痩せ我慢だったのだろうか?
バチバチと障壁に当たっては砕け散る石槍を前に、推測を続けていると、稀に大きく弾ける石槍が目に付く。
――何がしたいんだ?
ノエルは想定外の事態に備える為、ここに来て初めて腰を落とすよにして構えを取った。
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