131話:血統と決闘
魔法使い同士の決闘。それは互いに一歩も動かず魔法を放ち、同時に防御を繰り返すという魔法による試し合いに近い。
そんな特殊な殺し合いの中、いったいその優劣はどうやって決まるのか。
基本技能たる魔力操作の熟練度。覚えた属性魔法の数。
発動時間――発射速度――命中率。
考え得る要素は数あれど、もっとも優劣がハッキリと現れるのは潜在魔力量ではないだろうか?
ノエル自身、ルール説明を受けた際、真っ先に思い至ったのがコレだった。
そして同時に察した。これは決闘というより血統なのだと。
魔力操作の習熟、古代語の習得、属性魔法の獲得。そしてそれらを十全に扱うための技能。
これらは後天的に努力次第で獲得することが可能な技術だ。
しかし、単純に潜在的な魔力量に関しては血統に寄るところが大きい。
そのため、貴族社会ではより強い者を取り込むように婚姻相手を決めることが常識とされてきた。
無論、努力次第で魔力量を増やすことも可能手はあるが、こればっかりは才能には勝てない。
血筋により勝敗が決まる決闘。ならばこれは血闘である。
先程からのヘインズの物言いや、負けるはずがないというマガークの態度。
平民が貴族に勝てる道理はない。と、彼らは信じて疑わない――。
「両者、構え!」
サンドの掛け声と共に、その場がシンと静まり返る。
ノエルとマガーク、二人は共に魔力を練り上げて発動に備える。
さらにマガークは両腕を前へと突き出し構えをとった。その表情は自信に満ち溢れており、余裕さえ感じられた。
対してノエルは終始相手を舐めきった態度を貫いている。
その顔はニヤニヤとした笑みを浮かべ、両手は今もポッケの中。
「構えは取らないのか?」
「必要ですか? それ……」
相手を侮辱するようなノエルの態度に、サンドは思わず口を開いた。しかし返ってきたのは更なる侮蔑の言葉。
取るに足らない相手とでも言いたげに肩を竦めている。
マガークの魔力が立ち上った。先程まであった筈の余裕が消え失せ、怒りに顔を歪ませる。
見れば顔色まで真っ赤に染まっていた。
――良いぞ、もっと怒れ。
ノエルは内心呟いた。格下だと見下していた相手に軽んじられたのだ。荒ぶるのは当然の事。
だが、まだ足りない。怒りを増幅させ、殺意を掻き立てたいのだ。
「そうか……、好きにしろ」
サンドはそう口にすると、右手を上へと掲げて振り下ろした。
「始め!」
開始の合図と共にマガークの魔法が放たれた。
発動時間から発射までが瞬時に行われ、ノエルの視界を埋め尽くす程の魔法が高速で飛来した。
対してノエルは自身に迫り来る轟々と燃え盛った火球を眺めている。終わった。その場にいる誰もがそう思った。
無数の火球が着弾と共に弾け飛び、青々とした芝生を焦がしてゆくと、辺りは噎せ返るような煙と臭いが立ちこめる。
マガークはふぅ、と一つ息を吐き構えをといた。勝敗は決した。
思えば勝負になど成っていなかったのだ。それなのに何を勘違いしたのか、彼は神聖な決闘場を賭博場へと作り替え、あまつさえ金儲けを企んだ。
――そんな事さえしなければ、死ぬことはなかっただろうに……。
正直に言えば罪悪感は、有る……。が、後悔はない。この決闘は、自分に課せられた義務だった。
彼には悪いが役割を真っ当しただけに過ぎない。
マガークがチラリとサンドを見ると、コチラへと歩いてくる姿が見えた。勝敗を宣言するためだろう。
こんな茶番はウンザリだ――マガークは目を閉じその時を待った。
サンドが足を止めた。微かに、ほんの僅かだがノエルが要るはずの陣から魔力を感じたのだ。
――まさかな……。
目を細め、確かめるように視線を飛ばす。
――瞬間。膨大な魔力が立ち上った。
「で? これで終わりですか?」
幼い少年の声、ノエルだ。予想を裏切られた観覧者達がどよめく。
そこには着ている衣服にすら汚れ一つ無い無傷のノエルの姿があった。
「ぞ、続行!」
サンドが大声を張り上げる。しかし二人は動かない。
ノエルはいまだ両手をポケットに突っ込んだまま眠そうな目で前を見据え、マガークはと言えば、開いた口が塞がらないと言った様子。
「防御……したのか……」
「足りないなぁ……。そんな力押しだけでは私は届きませんよ? 魔法使いならもっと頭を使って工夫しないと。ねぇ? マガーク男爵様?」
言って嘲るようにニヤリと笑ったノエルの前に、50を超える水球が姿を表す。大きさはバスケットボールほど。
それは圧縮すらしていない只の水の玉。それらが一斉にマガークに向かって放たれた。
「舐めるな!」
反射にも等しい速度でマガークが土壁を発動すると、バシャリと力のない音が続いてく。
――おかしい……。
あれだけの法撃を全て受けきった者が放った攻撃にしては軽すぎる。
これでは只の水遊びだ……。
「属性魔法の中でも水というのはかなり特殊な属性だと思うんですよ。質量のある属性の中で、もっとも変化にとんだ魔法。そうは思いませんか?」
「いったい何が言いたい?」
マガークは土壁越しにノエルを怒鳴りつけた。見えなくても分かる。馬鹿にしたような声色。
まるで教師が生徒を指導する時の……、授業でもしてるつもりか?
――この私に?
「放たれた後も様々な外的要因に反応し……。そう、例えば水球同士をぶつけ合えば、その場で弾け、さらに重力に従い降り注ぐ――とかね」
「――っ! 貴様……」
マガークの頭上でぶつかり合った水球が、豪雨のように降り注ぎ、その身を濡らした。
ただ相手を濡らすだけの魔法。もちろんそれ自体に攻撃力などまるでない。
おちょくられている。マガークは激しく激高した。
待機魔力を氷り属性へと変換。瞬時に氷槍を作り上げる。
「貴様……、やってくれたな……」
地を這うような憤怒の声振り。そんな殺意剥き出しのマガークに、ノエルは相も変わらず淡々と語った。
「頭から水を浴びせ掛けられ、足下も水浸し。さて、いま私が雷魔法を放ったらどうなると思いますか?」
「――っ!」
「まぁ、私は雷属性を使えないんですけどね」
「ふ……ふざけるなぁぁぁぁっ!」
とっさの脅し文句に一瞬慌てたマガークだったが、続いて出た言葉に思わず我を忘れて雄叫びを上げた――。
眼前の土壁がボロボロと崩れ始める。練り上げられた魔力の全てを攻撃に回し、つぎから次へと氷槍放たれる。
まさに息をも付かせぬ連撃。肉片の一片たりとも残さない。そんな激情を隠すことすら忘れ、本能のままに砲撃を放ち続ける。
「死ね、死ね、死ね、シネ、しねぇぇぇ!」
漸く尻に火が付いたか……。ノエルは自身に放たれた氷槍を結界障壁で弾きながら胸を撫で下ろした。
随分と悠長な相手だと思う。本当なら既に三回は殺せていた。相手の力量を計れないから、自分の危機にも気が付かない。
恐らくはまともに戦ったことが無いのではないだろうか。大方、格下相手かルール有りきの試合形式ぐらいで、所謂鉄火場を知らないのだろう。
開始早々に手を抜いた攻撃、次に防がれた事に驚いて無防備をさらし、今は我を忘れている。
――まぁ煽ったのは俺なんだけどな。
と、ノエルは内心で舌をだした。
数分にも及ぶマガークの攻撃は今なお続いている。
物量による圧倒。このまま続けていれば、いつかはノエルの魔力が底を着くだろう。そんな憶測が煤けて見えた。
大間違いである。ノエルは闇属性を使い、自身の潜在魔力量を少なくなるように隠蔽している。その為、マガークは自分の方が上だと勘違いしていた。
始まりからしてズレている。オマケにノエルは契約精霊であるナインからも魔力を借り受けることが出来るのだ。持久戦で負ける道理は無い。
これは1対1ではなく、1対2の戦い。ノエルは密かにほくそ笑む。
仕返しはここからだ。せいぜい大恥を掻いて貰うとしよう。
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