130話:賭け金
――それでは皆様、ただ今よりオーダーを承ります。
ノエルは弧を描くように、ゆっくりと両手を広げてクルリと回る。
出来れば全員にベットさせたい。見下したその目を、下卑た口元をへの字に歪ませてやる。
しかし貴族達から声は上がらない。誰かが口火を切るのを待っているか、それともここまでして無視されるノエルの様をあざ笑いたいのか。
数秒。沈黙が支配し、クスクスといった嘲笑が飛び交い始めた頃。
「では儂はマガークに賭けようかのう」
レーゲンシルムが手を挙げた。周囲の貴族達はギョッとした顔で彼を眺め、同国の者達からは馬鹿げたことだと苦言を呈される。
しかしレーゲンシルムはしれっとした顔で、彼らに言った。
「しかしディーゼル家の嫡子どのは大変じゃのう。なにせ賭け金が増えれば増えるほど大損する羽目になるのじゃからのう……」
貴族達の目の色が変わる。他者を蹴落とし、利益を貪る餓えた獣が顔を出す。
公の場で、ディーゼル家に恥をかかせようとする者。それを阻止し、取り入ろうとする者。ノエルが手にしている謎の小箱を狙う者。
三者三様の思惑が浮かび上がってくる。
――醜いな。
豪華な衣装に身を包んだ醜悪な者達の群れ。ノエルは込み上がってくる胸のムカつきを押し殺しながら、今一度ベットを募った。
レーゲンシルムを見ると、目配せするように微笑んでいた。
ノエルの思惑を察しているのだろうか? 食えない爺さんである。
しかし、おかげで二度目の誘いは盛況に盛況を博した。次から次へと金貨が舞い込み、ノエルが手にした御盆の上に積みあがっていく。
さらに以前、大量に買い揃えたわら半紙で台帳を作ると、名前と金額を記入していく。と、ここに来て遂にノエルへ賭始める者が現れた。
ヘインズが属するフェルドナンド王国の者達だ。おそらくはディーゼル家に貸しでも作ろうと言うのだろう。もしくは小箱を手に入れる事で、ディーゼル家の弱みを握ろうとしているのか。
ヘインズがノエルから小箱を手に入れる手段は、この場においては二つだけ。
一つはノエルが負けること。ただし、死んでしまえば配当金は先ほど受けた賭金と小箱しかないため、必然的に取り合いとなる。
それを阻止するためにヘインズが配当金を肩替わりし、代わりに小箱を手に入れる。
二つ目はノエルが勝った場合。これがもっとも難関だ。なにしろこの次点でノエルは大金をせしめた事になる。
多少の賭け金では、ノエルは破産しない。が、破産させなければ小箱を差し出させる事が出来ない。
故に、ノエルの勝ちに賭ける者が現れる。それも負けに賭けられる金額よりも多くの金貨を積み上げる必要があった。
まさに泥沼。ノエルの仕掛けた罠に、見事に足を絡め取られていく。
その場にいる者達は自身が求める利益を追求しようと熱くなり、いつからか歯止めが利かなくなりつつあった。
手持ちの金貨以上の金額を賭けるため、身につけていた高価なアクセサリーや魔道具を差し出すもの。
また、借金の申し出や信用手形を切ろうとする者まで現れる始末。
しかしノエルはそれを受け付けない。この世界は未だに現金主義が基本なのだ。
それに、今更貴族なんてものを信用する気になれる訳がない。
手形や借金などもっての他だ。
「どうしてもと言うのであれば、お手持ちの物をお売りになっては如何ですか? そうですね、この場でもっとも現金を持っておられる方は、おそらく……」
と、語尾を濁して視線を走らせた。その先にはディートがひきつった顔でノエルを見ている。
コホンッ、と咳払いを一つ。次にディートは、セバスを呼びつけ指示を与えた。
途端に使用人達が慌ただしく動き始め、即席の換金所と受付が出来上がる。
見ると自身の従者に耳打ちを始めた者達も見受けられた。おそらくはフェアリー・ベルに居を構えている者達なのだろう。家に金を取りに行かせたようだ。
「随分と派手なことをやらかしてくれたねぇ、ノエル君。正直私は君の正気を疑うよ」
指輪にネックレス、懐中時計に魔道具。手持ちの物を次々と持ち寄る人々にため息を付くと、ディートは呆れた様子でノエルに口を開いた。
「私にとっては謂われのない決闘なんですよ、これは。命と言うチップを乗せるのですから相応の対価を期待したい。そう思うのは狂っているでしょうか?」
場を支配する熱気に当てられ、気でも高ぶったのか珍しくノエルの声色が上がっていく。
「あぁ……、狂っているよ。君は逃げるべきだった。それが出来ないのならせめて誰かに頼るとかね」
「いったい誰に頼れと?」
「君はずっと教会にいたのだろう? ならばそのまま教会に逃げ込めば良かったんじゃないのかい?」
「…………」
ディートは隣に佇むノエルを見下ろすと、真っ直ぐその目を見つめている。
子供を見る目ではない。得体の知れない何か。ディートにはノエルがそう映っていた。
命の危険に晒されるような状況に陥った場合、通常子供はどういった反応を示すだろうか。
普通ならば泣きわめくか逃げ出すか、もしくはその時もっとも近しい大人に
親もいなければ後ろ盾もない。それこそノエルは野良であり孤児として認識されている。
だから尚のこと、ディートはノエルが薄気味悪かった。
「まぁ、私が言うことでも無いんだろうがね。忘れてくれたまえ」
ディートはノエルから視線を逸らすと、目の前に積み上げられた金貨の山に驚いた。
買い取っている以上、損をしている訳ではないのだが、手元の現金が一度に減るのは痛い。今更ではあるが……。
「さて、これで終わりかな。それにしてもコレほどとはな……」
「予想以上ですね……」
感嘆の声を上げるディートに、やや引き気味のノエルが頷いた。
「これが今の君の価値と言うことだろう。せいぜい暴落しないように頑張りたまえ」
「そうします」
準備は整った。ノエルは踵を返すとマガークへと向き直る。見るとマガークは眉をつり上げ、憤懣遣る方ないようすで佇んでいる。
無理もない。一連の騒動の末、道化の役目がノエルからマガークへと移り変わったのだ。さぞかし腹の立つことだろう。
「決闘とは神聖なものだ。それを汚した覚悟は出来ているんだろうね?」
「貴族の流儀を下々に説いても意味はありませんよ?」
殺気立ったマガークに、ノエルは小声で応戦する。他の誰にも聞かれないよう、やや顔を伏せ挑発的に微笑んでみせる。
恥をかかせ、煽ることで冷静さと容赦を削り取っていく。
聞いたところによると、マガークは融通の利かない生真面目な性格らしい。後先が考えられなくなるまで焚き付けてやれば、子供相手にでも全力を出すだろう。
「そうか……意味がないか……。言葉の通じぬ野鼠に情けも容赦もいらんな?」
「情けや容赦なんてものは、強者側が考えることだと思いますがね……。失礼、つい本音が」
「――っ! 貴様!」
まさに一触即発。決闘開始前に場外乱闘に発展するかと思われたその時、ヘインズが二人を分かつ様に割り込んだ。
「そこまでにしようか。どの道これから殺り合うんだ、慌てなくてもいいでしょう。ここまで来てルール違反で決着なんて目も当てられないよ?」
「くっ、いいだろう。とっとと始めようじゃないか」
「いつでもどうぞ」
顔を赤らめて意気込むマガーク。対するノエルはそれをあざ笑うように苦笑する。
マガークの魔力が膨れ上がった。完全に頭に血が上っている。
――自称マジメは大抵ちょろい。
ノエルは内心で舌を出した。これでやりやすくなった、と。
「両者陣の中へ」
立会人としてヘインズが二人を促す。ノエルとマガーク、相対する距離は凡そ15m。
互いに睨み合い、魔力を練り上げていく――。時間だ、決闘を始めよう。
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