27話:鬼目の殺し屋 VS 鷹目の神子

 呼び止める声を無視して、木々を渡り森を目指す。

 ケイジの事は、以前ゴルドー達に調べさせたはずだ。

 怪しい所も不自然な所もなかった筈だ。完全にしてやられた。

 まさかコイツが間者だったとは……。


「おい! いい加減、人の話を聞け!」


「…………」


――魔の森まで残り3km。


 ノエルはエンチャントの出力を上げ、宙を駈けるように速度を上げた。

 森の中は魔物で溢れかえっている。そこまで行けば追跡どころではないだろう。

 逃げきれる――そう思った矢先、突如前方に雷が落ちる。


――ズガガァン


「なっ! あぶね」


 空中で身をよじりり、風魔法で進行方向を変える。

 木々を蹴り振り返った先には、落雷を受けて燃え上がった大木の姿が映っていた。


「止まらねぇなら、次は当てるぞ?」


「…………」


 後方から膨れ上がる魔力を感じ、仕方なしに足を止める。

 いくら逃げ足に自信があるとは言え、雷を避けきれるとは思えない。

 ケイジが何を企んでいるのかは分からないが、今は話を聞くしかないだろう。


「……何の用だ?」


「何の用だ、じゃねーだろ……。お前ザンバを殺しやがったな?」


 ノエルは話をしながらも魔力を練り上げ、待機魔力弾丸補充してリロードいく。

 身体強化もかけ直し、戦闘準備を整える。

 逃げ切れなと言うのなら戦うしかないだろう。

 実の父親に殺されるなんて二度とごめんだ。


「返り討ちにしただけだ。死ぬのが嫌なら、初めから人に殺意を向けるな」


「ガキの台詞とは思えねぇな。ジルフから聞いた時はまさかと思ったが、お前本当に神子みこなのか?」


 『神子みこ』その一言が疑念を確信に変えた。

  どうやら考えていた以上に、ノエルの立場は厄介な事になっているらしい。


 いったい彼らがどれほどの戦力を有しているのかは分からないが、折角手に入れた第2の人生を、他人の勝手な悪意に奪われては堪らない。

 ノエルは意識を集中し、周囲の気配を探る。

 しかし、辺りに他の属性魔力は感じない。

 ケイジは単独で動いているのだろうか?


「仲間はどうした?」


「あぁ、連中なら北の街道を封鎖しているはずだ。まさか森を越えようなんて馬鹿が居るとは思わんだろ?」


「なら、何故お前はここに居る?」


「俺は昔から勘が良いんでね」


 ニヤリと不快な笑みを浮かべて、こめかみを指でトントンとつつく。

 その姿は、いつかの役者気取りのザンバを思わせた。


「……復讐か?」


「あ?」


 底冷えするような冷たい目でケイジを睨みつけると、インベントリから弓を取り出す。


「インベントリ……」


「そう慌てるな、別に仕返しに来たわけじゃねぇんだ」


「なに?」


「どうだノエル、俺と組まねぇか?」


 両腕を広げ、大げさな身振りで告げるケイジに眉をしかめる。

 一々癪に障る物言いに、何か意図があるのだろうか?

 相手の思惑に飲まれぬように気を張ると、ノエルの口数はおのずと少なくなっていく。


「…………」


「なぁノエル。お前、神子みこ何だろ? それだけでも教えてくれや、なっ?」


神子みことは何だ?」


「何だ、知らねぇのか。いいか、神子みこってのはな、こことは違う別世界の知識を持って生まれてくる子供のことだ。知識の偏りは様々だが、そのどれもが有用で莫大な富を生み出す事になる。解るか?」


 偏りの有る知識――ケイジは確かにそう言った。

 だとするならば、前世の記憶を丸ごと持って転成した自分は、果たして神子みこなのだろうか?

 ノエルの中に新たな疑念が生まれた。


「知識? 漠然とした知識を、断片的に持って生まれてくるって事か? だとしたら俺は神子みこでは無いな。お前の勘違いだ」


「そんな訳有るか! もう一度だけ聞く【お前は神子みこだな?】」


 突然の古代語による質問に、ノエルは答えを返せなかった。

 古代語には言霊が宿る。もし、ケイジの質問に古代語で嘘の返答をすれば、ノエルは全ての魔法を失ってしまうのだ。

 未だ自身が神子なのか疑問はあるが、ケイジの話を聞く限りその可能性は否定できない。


「…………」


「魔法を使えるお前が、古代語を知らない筈がない。答えられ無いという事は、つまりはそう言う事なんだろ?」


「……だとしても、お前と組むつもりは無い」


 欲にまみれ、黒く濁ったケイジの目を睨みつけると、ノエルはハッキリと言い放つ。

 この男と歩む未来に、自身の幸せを思い描くことは出来ない。

 ならば答えはノーだ、こればかりは譲れない。


「言っとくが、神子みこであるお前に平穏な未来など何処にもないぞ?」


「どう言う意味だ?」


「この大陸は300年置きに大戦が起きる。そして大陸各地に神子が生まれるのも300年置きとされている。お前なら理解出来るだろ? その意味が……」


神子みこが持つ知識の奪い合いか……」


 俯き、顔をしかめるノエルの様子にニヤリと笑みを浮かべる。


「気づかない振りをするのはやめろ。ノエル……」


「…………」


「知識の奪い合いで、大陸全土を巻き込んだ大戦に発展するわけが無いだろ?」


――止めろ、聞きたくない――


「世界中の国々が欲しがる、神子に隠された真の力……」


――止めろ……止めてくれ――





――勇者召喚をな!





 解っていた……。

 神子が転生者の呼び名であると分かった時からずっと……。


 魔導書には、空間属性など特殊属性と呼ばれる属性が存在する。

 その中でも最も異質な属性、それが召喚属性だ。

 この世界の魔法は、読み・詠み解き・理解し・取り込む、事で属性を手に入れる事が出来る。

 しかし、召喚属性に限っては読む事は出来ても、読み解く事は出来ない。

 異世界を知る転生者みこ以外には……。



「賢いお前なら分かるだろ? どこにも逃げ場が無い以上、俺と組む以外に道が無いって事が……」


「断ると言った筈だ!」


「正気か? 自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 ノエルは淀んだケイジの目を睨みつけると、矢筒から2本の矢を抜き出した。


「【俺の正気は俺が決める。俺の行く道は俺が決める。お前じゃぁない!】」


 古代語での返答。それはノエルの覚悟であり、決して覆る事の無い意思表明であった。


――瞬間。

 向かい合う二人の魔力が膨れ上がる。

 先に動いたのはケイジであった。

 5つの石槍のうち2つをノエルに向けて放ち、さらに2つの石槍が逃げ場を塞ぐように左右に放たれる。

 ノエルは、木の枝の上から真っ逆さまに落ちるように回避すると、その体勢のまま弓を放つ。


――シッ。


――ドドッドン


 石槍がけたたましい音を立て木々を貫く。

 ケイジの後ろに浮かぶ石槍は残り1本、ノエルは体を捻り木を蹴り横へと飛ぶ。

 狙い澄ましたように飛んでくる石槍を、体を仰け反らせるようにして躱すと、すぐさま木の裏へと身を隠す。

 正面から戦う必要はない。好都合にもここは林の中、身を隠す場所はいくらでも有るのだ。


――シッ、シッ。


 続けざまに矢を射っては木の裏に身を隠す。


――キンッ、キンッ


 いくつもの矢を射るがケイジはそのことごとくを切って捨てる。


「おい、なんだそりゃ……。ガキの遊びに付き合ってる暇はねーんだがな」


「言ってろ! 数打ちゃそのうち当たるんだよ!」


 射ては隠れ、射ては隠れを繰り返し、立ち並ぶ木々を盾にするように林の中を走り回る。

 最も警戒すべきは雷魔法の一撃だ、足を止めて狙い撃ちされる訳にはいかない。


――ドンッ、ドガンッ


 走り回るノエルを追いかけるように石槍が迫り、大地が弾け木々を貫いていく。


 冷や汗が止まらない……。

 ケイジの放つ石槍は、以前見た石槍使いのそれとは、速度も威力も段違いだった。

 例え急所を外したとしても手足に当たれば四肢欠損、出血死は免れないだろう。

 上級ポーションもあるにはあるが、精々指先や抉れた欠損部分を直す程度だ。

 一撃だって貰うわけにはいかない。


――シッ。


――ドンッ、キンッ


 木々を盾に走り回りながら、徐々に森へと近づいていく。

 落葉樹の多い林部分とは違い、魔の森はその殆どが緑葉樹に覆われている。

 何とか森まで誘導できれば月の光すら届かぬ闇の中だ、ゲリラ戦に持ち込めるかもしれない。


 到底当たるとは思えない矢を射続けるノエルに、遂にケイジが痺れを切らす。


「いい加減にしやがれ、そんな物が当たるわけ無いだろうが!」


 途端――ケイジの魔力が膨れ上がる。

 この魔力には覚えがある――雷撃だ。

 森まで残り200m弱、流石にたどり付けないかと、ノエルはここで覚悟を決める。

 作戦は練った。布石もうった。後は実行するのみだ。


――ザザザッ……


 落ち葉で足下を滑らせながら振り返る。

 左手には魔導弓、右手の矢は既につがえてある。

 ノエルは、風属性と水属性を解放し、猛禽類の如き鋭い眼差しでケイジを捕らえていた。


 二人の距離は約20m、この距離で雷撃を交わせる者などいない。

 その油断がケイジにほんの僅かな隙を作る……筈だ。


 その左てのひらをノエルに向け、先程とは打って変わって感情すら抜け落ちた表情のケイジが口を開く。


「これで最後だノエル……。俺と組め……」


 解放した風属性の魔力を、構えた弓と矢にそそぎ込むとニコリと微笑む。




「いいよ!」


「えっ?!」

――シッ。


 虚を突かれ、思わず惚けたその一瞬に射られた矢がケイジへと迫る。

 反射的に体を捻り迫り来る矢を斬り伏せようとするが、想定外の射速に空を切る。


――ドスッ

「くっ!」


 放たれた矢が左肩へと突き刺さり、体ごと後方へと押し出される。

 更に続けざまに射られた矢が右太股に突き刺さると、ケイジは練っていた魔力を土属性へと変換し土壁を出現させる。


――ドスッ


 片膝を付き、痛む体に顔を歪ませながら見上げると、貫通寸前の矢尻が土壁から顔を覗かせていた。


「ぐっ……。くそ、あのガキめ! 始めからこれを狙っていやがったのか……」


 自身に突き刺さる矢を中程から切り飛ばすと、顔をしかめて立ち上がる。


「平凡な矢の連続からの、虚を突いての高速の一矢とはな……。やってくれる……」


「だから数打ちゃ当たるって言ったろ?」


 言いながらも二人は壁を挟んで魔力を練り上げていく。


「インベントリ!」


 ノエルは気合いを入れるように叫ぶと弓を仕舞い、右手にナイフを握る。


――先程の一矢で仕留める筈だった……。

 ケイジの余りの反応の良さに舌を巻く、しかしここは前に出るべき時だろう。

 下手に背を見せて雷撃を喰らえば一溜まりもない。


 それに、布石はもう一つ・・・・打ってあるのだ。


 2度3度と手にしたナイフを振ると、目の前に巨大な水球を出現させる。


(結局最後は、又チキン・レースだな。……ったく)


 眼前の水球を通して見える、土壁の向こう側から膨大な魔力が立ち上る。

 恐らく相手は、次の一撃で決める腹積もりなのだろう。


 微かに崩れた土壁を目の端で捉えると、ノエルは地を蹴り突進した。


「うおぉぉぉぉ!」

――ダンッ


 大地を蹴り上げ土壁を飛び越えると、右手の剣を構え左掌をノエルへと向けるケイジに向かって落下していく。


「死ねや糞ガキィィィッ!」


 壁を挟み待ち構えていたケイジが叫ぶと、左手より雷撃が放たれ低くけたたましい音が辺りに轟く。


――ズガガガガァァン!


 眩いばかりの閃光の中で、超至近距離での雷撃が決まり、ケイジは思わずニヤリと笑う。


――ザッパァァン

「しゃぁおらぁぁっ!」


「なっ?!」


 確かに雷撃が直撃したかに見えたノエルが、水飛沫を上げながら水球を突き破りケイジへと迫る。

 それは不純物を取り除き、純水になるまで練り上げられた水球を盾にした一か八かの特攻だった。


「っらぁぁ!」


「おおぉぉぉ!」


 二人は互いに刃を振り上げ、殺意を乗せて振り下ろす。

 身長185cmと120cm、ナイフと片手剣、圧倒的なリーチの差の中繰り出された斬撃は、当たり前のようにケイジがノエルの喉元を捉える……

 かに、思えた――


――キンッ


――甲高い音を立ててケイジの斬撃が弾かれる。

 それは、空間魔法により作り出した不可視の障壁、結界だった。

 ノエルはここに至るまで『インベントリ』と、唱える必要のない呪文を唱え続けてきた。

 全てはこの一撃を当てるために……。


「うらぁぁぁぁあ!」


 振り下ろされたナイフがケイジの額から左目を通りザックリと切り裂く。

 返り血でその顔を真っ赤に染めながら着地したノエルは、左手で柄を押さえて体ごと突進する。


「しゃぁぁぁ!」


 突き出したナイフがケイジの鳩尾辺りに突き刺さる。

 更に左の掌底で刃を押し込む。


――ゴンッ

「「ガッ」」


 低く、鈍い音が響きわたる。

 それは、苦し紛れにケイジが頭突きを放った音だった。

 脳が揺らされ、視界が歪み足がもつれるが、歯を食いしばり地を蹴ると両手を振り上げる。


「ギリッ。こなくそぉぉぉ!」

――ザッ


 血を吐き、2歩3歩と下がるケイジの頭上にノエルが迫る。

 その振り上げられた両手には、いつの間にか矢が逆手に握られていた。


「ぉぉぉ!」

――ザシュ


 両目を大きく見開き言葉にならない声をこぼすとそのまま仰向けに崩れてゆく……。


「ばげも……」

――ドサッ


 ふらつきノエルはその場に尻餅を付くと、笑うように震える膝を何度も叩く。

 再び歯を食いしばり立ち上がると、2度3度と頭を降りケイジの元へと歩きだす。

 見るとその額には深々と矢が突き刺さっている、流石にもう死んでいるだろう……。


 チラリと一瞬ケイジの顔を見やるが、直ぐに胸元に刺さったナイフを抜き去り、その場を後に森へと歩き出す。

 感傷に浸っている暇はない、追っ手は他にもいるのだ。

 真っ赤に染まった返り血をゴシゴシと袖口で拭うと、その目の端に、ほんの少しだけ涙が滲んでいるように見えた。




――ままならねぇな……――

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