96話:ダンジョン 1日目――その3

 ブンブンと棍棒を振り回しながらニヤつくゴブリンに狙いを定める。

 初撃は弓で、残りは魔法で始末する。まずは先頭を歩くアイツだ。

 獲物を嬲るような目つきが気に入らない。


 魔導弓に火属性を注ぎ込み、矢には風属性を。

 火属性を注ぎ込んだ瞬間から弓の引きが重くなった。

 初めて使ったが、単純に弓の威力を底上げする効果かあるらしい。

 相性は良さそうだ。


 距離にして20mちょっと。あと5mは引きつけたい。

 矢先の狙いを付けたまま頭上の黒炎を左右に展開する。

 狙うは一点、敵中央。うまくいけば、一瞬でコイツらの醜悪な面を泣きっ面に変える事が出来るだろう。


 残り18m……17m……16m……今!


――シッ。


 短く息を吐き矢を射る。風を纏った矢は、音もなく高速で飛んでいくと、やや遅れて黒炎が後に続く。

 と、狙いに寸分違わず眉間に矢が刺さる。くぐもった鈍い音。

 射抜かれたゴブリンはその音を耳にすることすら叶わず事切れる。

 しかし矢は止まらない。勢いのまま死体を引きずり、後続のゴブリン達をかき分けるようにして漸く動きを止めた。


 物言わぬ死体と化した倒れた仲間に、ゴブリン達の視線が集まる。


――刹那。漆黒の花が咲き乱れた。


 

 左右から三角形を描くように放たれた黒炎が、互いにぶつかり合い弾けたのだ。

 突差のことに身をよじり、両手で庇うように構えるゴブリン達。

 しかし、そんな彼らに容赦なく黒炎は降り注いだ。


 ダンジョン内を絶叫が木霊する。踊るように暴れながら、自身を焦がす炎を消そうともがく。

 そこへ次々と白炎が放たれると、そこは正に地獄絵図。

 一匹、また一匹とゴブリン達は身体を丸めるようにして倒れ伏せ、焼け焦げた肉塊へとその姿を変えていった。

 それは、まさに一方的な蹂躙だった。


「やっぱりゴブリン程度なら問題なさそうだな。後は知能の高い相手にどれくらい通用するか、だな」


 死体が消え、残った魔石を回収する。先を急ごう、時間は限られている。


 その後も順調に足を進める。遭遇する魔物はとれもゴブリンで、数は3匹から5匹程度。

 黒炎からの白炎のコンボで殲滅し、安定した戦闘を繰り返す。

 とくに脅威になり得る集団はいなかった。


 六階層、七階層、八階層と下り、足を進める。

 と、聞いていた情報どおり罠もなく、やや退屈ぎみになった頃。

 少しばかり毛色の違うゴブリンの集団が現れた。


 数は五匹。うち四匹は代わり映えのないゴブリンだったが、先頭を行く個体がやけに体格がよく、手にしている武具も丸い小盾に片手剣と異彩を放っている。

 ライトノベル風に著すならゴブリンソルジャーと言ったところか。


――だが、やることは変わらない。


 黒炎を放ち、白炎で仕留める。

 武具を手にしていても、ゴブリン達は殆ど裸のようないでたちだ。

 もとより黒炎は小盾程度で防げる様な代物ではない。


 結局、今まで通り呆気なく殲滅し、魔石を拾って先へ進む。

 その後、八階層から九階層へと降り、漸く目的の場所へ着く。

 見上げるほど大きな扉の前に立つ。おそらくこの先はボス部屋だろう。

 魔力にはまだまだ余裕はあるし、体力的にも余力は十分だ。


――このまま行くか? 


「うーん、どうすっかなぁ……」


 と、少し悩む。


 リリーの話では魔法を使えるゴブリンが一匹に、剣持ちが二匹、他は棍棒持ちのゴブリンが七匹。

 と、合計十匹のゴブリンが待ちかまえているらしい。


「やっぱり休憩してからにするか……」


 ただのゴブリンなら十匹程度、ものの数ではない。

 だが、魔法を使えるとなると話は大分変わってくる。

 以前戦った時もそうだったが、他のゴブリンと違い、瞳に知性の光が垣間見えた。

 それに森で戦った猿の魔物。後で調べたところフォレストエイプと言うらしいが。

 あの集団を統率する知性は、それだけでかなりの脅威だ。


 扉の前に腰掛けて、ボリボリと干し肉にかじり付く。

 食べ慣れた味だ。不味い……。

 今度から自分で干し肉を作ろう。香辛料をたっぷり使ったやつを。


 カチカチの黒パンを砕き胃の中に流し込むと、短槍を取り出し立ち上がる。

 結局、十五分ほどしか休んでないが大丈夫だろう。

 何より戦いたくてウズウズする。


 身体をぐるぐるとほぐした後、深く深呼吸をする。


――よし、行くか!


 待機魔力の全てを使い黒炎を20発浮かべると、魔力を練り直して補充リロードしておく。

 いよいよ初のボス戦だ。俄然ちからが入る。


 更に深呼吸を一つ、大きく息を吐くと、勢いよく扉を押し開いた。


 中はかなり広い。半径25mは在ろうかという真円の空間。

 まるでコロッセオの様にも見える。


――いた!


 中央、やや奥側に、ノエルを待ち受けるように隊列を組んだゴブリンの一団が目に入る。

 先頭の中央に盾を構えた二匹。更に、その両サイドには棍棒持ちのゴブリンが一匹づつ立ち。

 四人二列の隊列を組んでいる。

 そして護られるようにボスと思しき個体がやや離れて後ろに立ち、その横には槍持ちか、はたまた従者か、一匹のゴブリンが控える様に傍らに立っていた。


 勝った――ノエルはゴブリンの一団を視界に捉えた瞬間、そう確信した。


 室内に突入した瞬間、ノエルは迷いなく真っ直ぐ一直線に走り出す。

 隊列を変えられる前に先手を打つ。

 背後に控えるゴブリンからは風属性の魔力を感じる。

 間違いなくあれがボスだろう。

 おまけにあの隊列。かなり統率が取れていると見て間違いない。


 こちらの手の内を見せるなら、初手で戦況を決めたい。

 それこそ覆せない程、完膚無きまでに……。


「しゃぁぁおらぁぁっ!」


 自身を鼓舞するように大声を張り上げると、風を纏って飛び上がる。

 狙うは中央、棍棒持ちのゴブリン二匹。


 風を纏い、高く飛び上がったノエルがボスに向けて槍を投擲すると、続けざまに10発の黒炎を中央へと放つ。

 案の定ボスは風を使い槍を反らそうと魔法を放つ。

 が、それは端から折り込み済み。陽動でしかない。

 まんまと槍を反らして明後日の方向へ飛んでいくのを確認すると、ボスゴブリンはニヤリと笑んだ。


――刹那。黒い火花が迸る。


 バシュっと渇いた音を立て、次々と花が咲き乱れると、絶叫と混乱のダンスが始まった。

 いくら盾を構えようが背後からの攻撃を防げるはずもなく。

 四人二列の隊列を組んでいた八匹のゴブリン達は、続く白炎に次々とその命を散らしていく。


 その様子を唖然と眺めていたボスゴブリンが雄叫びを上げる。


「ぎぃぃぁぁあああっ!」


 魔力混じり、殺気混じりの怒声を上げると、控えるように立っていたゴブリンから槍を引ったくるべく手を伸ばす。

 すると、トンっと言う音と共にボスの前に、従者のゴブリンが糸の切れた人形の様に倒れ伏せる。


「ぎゃっ?!」


 ボスゴブリンは槍を片手に怯んだ様子で後ずさる。

 見ると倒れたゴブリンの額には矢が深々と突き刺さっていた。


「どうしたよ……余裕の笑みが消えてるぜ?」


 ノエルは弓を仕舞うとナイフを取り出し、黒炎と白炎を浮かべた。

 ボスゴブリンの顔が歪む。怒りと恐怖とが綯い交ぜになった困惑の色。

 だが、その瞳からは未だ闘志がギラリと伺える。

 それでこそだ。そうでなくてはやりがいがない。


「ギギギギギィ……」


「おう、行くぜ?」


 ドタドタとボスゴブリンはノエルに向かって走り出した。

 ノエルは大きく後ろへ飛び去ると、黒炎打ち出し、時間差を付けて白炎を放つと自身も前へと地を蹴った。


 対するボスゴブリンは、風を使って黒炎を反らすと、白炎を交わそうと身

を捻る。


「ギィィァアッ!」


 気合い一突き、高速で接敵してくるノエル目掛けて、手にした槍を突きだした。

 が、無情にも穂先は空を穿ち、握っていた手首が宙を舞う。


 踏み込み、ナイフを切り上げたノエルは、勢いもそのままに身体を入れ替えて背後へと滑り込む。

 ボスゴブリンは槍を失い、つんのめるように多々良を踏むと膝を突く。


「ギィェエァァッ!」


 瞬間。ボスゴブリンは死を覚悟した。しかし彼はそれを受け入れなかった。

 彼を司る野生が、死を受け入れることを拒否したのだ。


――絶叫。死に際の断末魔にも似た雄叫びを上げると、唯一残った左手を、勘に任せて背後に振り抜いた。

 その時、彼の視界はうっすらと光り輝く白い炎に覆われていた。


 ブンッとナイフを振り抜き血を切ると、ノエルは周囲を見渡した。

 見る限り、すべのゴブリンは死んでいる。伏兵も居ないようだ。


 戦闘開始から約三分足らずでの敵戦力の殲滅。まぁ、合格点だろう。

 欲を言えば最後の近接戦は余計だったが仕方がない。


――それよりも……。


 ノエルは、自らの前に浮かび上がった魔法陣を眺めていた。


 ダンジョンでは、ボス討伐の報酬として、時折宝箱が召喚されるのだ。

 つまり……。


 拳を振り上げ、ぐっと握り込む。


「よっしゃ、ドキドキワクワクの宝箱タイムだぜ!」

 


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