97話:ダンジョン 1日目――その4
空間魔法による結界障壁を張り、風をまとう。
ダンジョン内に召喚される宝箱には、まれに罠が仕掛けられている事がある。
そしてそういった宝箱に限って貴重な品物が納められている場合が多いらしい。
十回層という場所柄、おそらく何の変哲もない宝箱だとは思うが、命はひとつ、安全第一だ。
風魔法で毒を警戒し、結界障壁で物理的な罠に備える。
そうやって身構えながら、手にしている槍の穂先で宝箱の蓋を掬い開ける。
「…………」
ややビクビクしながらも何とか宝箱を開けると、ほっ、と立ち上がる。
思った通り罠はなかった。つまり残念ながら中身も大した物ではないと言うこと。
「鉈か?」
くすんだ色をした鉄色の鉈を取り出す。
刃渡りが50cm、肉厚で刃先が反り返り、持ち手はやや細く木製で出来ていた。
柄には滑り止めがなく、ツルツルとしていてそのまま使えばすっぽ抜けそうだ。
「意外と当たりなんじゃないか? 持ち手も細いし、何か巻いて滑り止めにでもするか」
インベントリからボロ布を取り出して細く切り裂いていく。
ぐるぐると巻いたあと固く結ぶと、握りを確かめるように振り下ろした。
「うん、悪くない。十分使えそうだな。まぁ鞘が無いのが難点だが、そこはインベントリに入れておけばいいか。に、しても不思議な刀身だよなぁ、これ」
かざすようにして刀身を眺める。
鱗のような、木目の様な変わった紋様が浮かび上がっている。
それは以前どこかで目にした事のある……確かダマスカスだったか……?
「レアなのかどうなのか分からんな」
まぁ使えればいいだろうとインベントリに投げ入れる。
子供相手に武具を売ってくれる者は少ない。
手には入っただけでも十分だ。
――先へ進もう。本命はこの下、十一階層からだ。
扉を開き、階段を下りていく。
ここから先はいよいよ出てくる魔物が変わってくる。
オークだ。この先二十回層まではオークが主となり、時折ゴブリンが混ざるらしい。
「オークか……。何とかなるだろ、多分」
ノエルは少しばかり不安げに先へ続く道を見つめた。
実際にオークを目の当たりにした事はないが、大凡の想像はつく。
二足歩行の人間に近い体つき。身長が高く筋骨隆々で頭部が豚の姿をした魔物。
そんなものを思い浮かべたおかげで、あの忌々しい魔の森を思い出す。
嫌な既視感に苛まれながらも足を進めること五分。
この階層に来て、初めての魔力反応を捉えた。
既に魔法は構築済み。黒炎6個に白炎3個がノエルの背後に浮かんでいる。
作り出した魔法が、やや過剰気味なのは先の既視感のせいだろう。
嫌な予感がしてどうにも落ち着かないのだ。
近いてくる影はひとつ。未だ100m以上先だが、相手も認識しているのか、真っ直ぐノエルに向かってやってくる。
「あれがオーク? 思ってたのと大分違うな……」
近いてくるオークは、確かに二足歩行ではあるし頭部も魔物そのものだか、首から下までも異形の様子を呈していた。
――想像と大分違う。
口元からは二本の大きな牙が生えており、上に向かって反り返っている。
その様はまるで豚と言うよりイノシシに見えた。
さらに肩口から胸元までは茶色い毛皮で被われており、へその下から足下までも同じように毛皮で被われている。
よく見ると足も蹄があり、人間の足とは作りそのものが違う。
例えるするならばRPGに出てくるミノタウロスの頭をすげ替えた感じだろうか。
と、まぁ身長は2mで筋骨隆々としている事以外は、想像とは大分違っていた。
「良かった。これなら嫌な思いをしなくてすみそうだ。んじゃ、始めますかね」
短槍を仕舞うと、弓を取り出し矢を番える。
相手の大きさや感じるプレッシャーから言って、出来れば接近戦は避けたい。
多少強引でも遠距離戦に持ち込んだ方が良いだろう。
炎と風の魔力を注ぎ込み、弓を引くと矢先の狙いを定める。
体躯からいって力はありそうだが身のこなしはどうだろう?
出来れば力自慢の鈍重であって欲しいが……。
――シッ。
オークとの距離が50m程に縮まった頃、遂にノエルは矢を放った。
エンチャントを施された矢は更に風を纏って速度を上げる。
狙いは胸元。もっとも交わしづらいと思える箇所。
当たってさえくれれば良いという判断だった。
オークは迫ってくる矢が思いのほか早かったのか、身体を捻るが交わしきれず左肩を貫く。
瞬間。風属性の魔力が膨れ上がり、渇いた音と共に弾けた。
随分と頑強な身体のようだ。
ゴブリンの時は頭部ですら破裂したように弾け飛んだと言うのに、見ればオークの肩口は少し抉れた程度でおさまっている。
ただ、この距離で放った矢が交わせないのなら動きはそれほど速くはないのだろう。
問題なく勝てる筈だ。
続く二の矢を番えて即座に放つ。
三の矢、四の矢、出し惜しみ無しで射る、射る、射る。
オークは避けようとするが、次々と放たれる矢に対処しきれず身体中を血に染めていく。
「ブモォォォォ!」
頭に血でも上ったのか、雄叫びをあげたオークが地を蹴り突進を始めた。
両手を顔の前で十字に構えると屈むような体勢で迫ってくる。
――速い。
なるほど流石は猪だ。走る速度はかなりのもの。
ノエルは弓をしまうと、先ほど手に入れたばかりの鉈を取り出し、同時に用意していた黒炎を全て撃ち出した。
見るとオークは血走った目でノエルを睨みつけ、黒炎などお構いなしで走ってくる。
まるで特攻だ。完全に我を忘れている。
対するノエルはおののいた様子もなく、これ幸いとオーク目掛けて残りの白炎を放つ。
一つは顔、二つは胴体。放たれた白炎がオークに着弾すると、突如として前のめりに倒れ伏せ、そのまま地を滑るようにして動きを止めた。
――死んだのか?
ピクリとも動かないオークを暫し観察しつつ後ろへ下がる。
その際、魔法の構築も忘れない。
もし死んだのなら3分程で死体はダンジョンに喰われるはずだ。
下手に近いて死亡確認をする必要はない。
ただ先程の倒れ方は些か唐突だった。
焼け死んだと言うよりは別の何かで命を刈り取られたといった感じだ。
「むっ、死んでたか……」
オークがダンジョンに喰われ始めている。間違いなく死んでいる。
――となると死因はなんだ?
考えられるのは、炎に巻かれた結果の窒息死。
もしくは――。
「痛みによるショック死か……」
だとすると少し戦い方を考える必要が出てくる。
今の一戦から鑑みるにバーサーカー状態のオークは、命が尽きるまで捨て身の攻撃を仕掛けてくるようだ。
今回は一体だけだったからどうにかなったが、これが二体、三体と増えた場合対処しきれない可能性がある。
「と言ってもなぁ……怒らせる前に倒すしか手はないよなぁ。瞬殺か。出来るかな?」
浮かべていた黒炎を減らし白炎の数を増やす。
怯んだ瞬間にとどめを刺そう思っていたが、それが無理となった今、黒炎はあまり意味をなさないだろう。
あれやこれや考えつつも気配を探りながら足を進める。
と、程なくして次の気配を感じ取った。
感じる魔力は二つ。これからは他の魔法も出し惜しみ無しでいこう。
少なくともオークは雑魚と呼ぶには危険すぎる。
案の定、現れたのは二体のオーク。
武器は持っておらず、特に威嚇してくるでもなく悠然と歩いてくる。
さっきよりは距離を縮めてから攻撃を仕掛けるしかない。
避けられでもしたら事だ。
手にした鉈を握りしめ、狙いを定めるように左手を突き出す。
50m、40m、30m、25m……ここっ!
黒炎を二体のオークの顔目掛けて放つ。
と、一拍ほど溜め、時間差を付けてから白炎を全段撃ち出す。
黒炎をまともに受けたオークは、目を潰されたのか顔を抑えてうずくまっている。
コイツは後回しでいい。
ノエルは黒炎を交わしたオークへ向けて走り出した。
少し試したいことがある。
一対一の状況を作れた今の内に試してみよう。
「ブモォォォォ!」
「しゃぁ、行くぞこらぁあ!」
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