95話:ダンジョン 1日目――その2

 白炎の成功に気を良くしたノエルは、続けて別の案も試すことにした。

 先に完成させた魔法はかなり強力なものだ。しかし弱点もあった。

 一つの待機魔力で一発しか作り出せないこと。

 事実、ノエルは一つの待機魔力で九つの水球を作り出せるし、以前見たザンバは六つの火球を作り出していた。

 この差はかなり大きい。

 切迫した戦況の中では、魔法を構築できる時間は限られてくる。

 一発外した途端に危機的状況なんて事もあるだろう。

 現状、ノエルが所持している攻撃力の高い魔法属性は火属性のみ。

 となれば、この弱点を克服しなければ使い物にならない。


 そこで考えたのが火球を圧縮して撃ち出すことにより、着弾時に弾けて飛び散るナパーム弾だ。

 ただし、先の白炎のように粘りけがあると、飛び散る範囲もたかがしれてしまう。

 そこで今度はサラサラとした液体のような溶岩をイメージする事にした。

 例えるならば水風船を投げつける様なイメージだ。

 これならば当てるのが難しい状況でも、足下に投げつける事で、高確率でダメージを与えられるのではないか。

 そう考えたノエルは、早速とばかりに魔法の構築に取り掛かる。


 溶かす岩石は粘り気の低い玄武岩。その温度は1200℃まで達する。

 性質は塩基性の為、二酸化珪素を減らす。

 更に表面は黒く、ひび割れた隙間からは炎が立ち上る。


 そうやってイメージを固めると、やがて浮かび上がるように火球がその姿を現す。

 と、ノエルはくしゃりと顔をしかめた。


 掌の上で浮かんでいるは、野球の軟式球ほどの大きさで。色は黒。

 おまけに陽炎のように立ち上る炎まで、何故か真っ黒な黒炎だった。


 妙だ。核となる球体が黒いのはわかる。

 しかしながら炎までも黒一色になると言うのはどういう事だろうか。

 そもそも黒く見える炎ならわかるが、まんま黒い炎なんて見たことがない。


 使用した属性も火属性のみだった筈だ。

 闇属性で光を吸収するなんて演出はしていない。

 思えば先の白炎の時もそうだったが、色のグラデーションのような複雑なイメージは反映されにくいのかもしれない。


「ふむぅ……。なんかエラい禍々しいのが出来たな。これどっちかって言うと悪役の魔法じゃないか? もしくは……中二病」


 見た目はヘンテコたが、大事なのは使えるか否かだ。

 ノエルは掌をかざし、黒い火球をジャイロボールのように回転させて撃ちだした。

 重力の影響をほぼ受け無いのなら、真っ直ぐ高速で撃ちだした方が効果的な筈だ。


 思った通り、黒い火球は真っ直ぐに飛んでいき、10mほど先にある壁に当たると、弾けるように周囲へ飛び散った。

 床に壁、はたまた天井にまで飛び散った黒炎がメラメラと燃えている。


 これまた想像以上に強力な魔法だ。

 1200℃もの黒炎が、周囲に飛び火するなんて狙われた方はたまったものではない。

 見た目、威力、効果。どれをとっても凶悪だ。


「白い火球に黒い火球……。いい……実にいい……最高にファンタジーラノベっぽいぞ!」


 恥ずかしいので口にこそ出さないが、ノエルは自身が作り出した魔法に名前を付ける事にした。

 黒炎、白炎と……。口には出さない、絶対にだ!


 ふひひっと、やや気味の悪い笑みを浮かべたノエルが遂に足を進め始めた。

 


――さて、次はいよいよ実践だ。




………………。

…………。

……。




 構えていた弓を短槍へと持ち替える。

 せっかくだ、魔法主体で攻略といこう。

 身体強化をかけ直し、待機魔力の幾つかをあらかじめ火属性へと変換しておく。


 そうやって戦闘準備を維持したまま足を進め、十分ほど経過した頃、微かな魔力反応を捉えた。

 数は三つ。ノエルへ向かって集団で近づいて来る。

 聞いていたとおりならば、おそらくはゴブリンだろう。


「三匹か……。なら、まずは黒炎だな」


 曲がり角、10m手前の位置で待機し、黒炎を発現させる。

 感じる魔力に属性の気配はない。それでも感知出来るほどの距離。

 おそらく、もう直ぐそこまで来ている。


 先の角を曲がり、直に来るであろうその方向に黒炎の照準を合わせる。


 人差し指と中指を突き出して片目を瞑る。

 せっかくの不意打ちだ。まずは足下ではなく直接狙ってみよう。


 耳に届く「ギィギィ」と言う鳴き声が、徐 々に大きくなる。


 と、次の瞬間――ノエルは黒炎を撃ち出した。

 高速の黒炎が最初に現れたゴブリンの顔面をとらえて弾ける。

 辺りに黒炎が飛び散ると、続いてやってきた二匹のゴブリン達に飛び火する。

 

 顔面に黒炎を受けたゴブリンは、顔を両手で被うようにしてもがくと、断末魔さえ上げずに崩れ落ちた。

 対照的に後から現れた二匹の方は奇声を上げている。


 その身に降りかかったのは小さな黒炎。

 しかしその温度は1200℃の高温だ。

 それも其処彼処に飛び散り、その血肉を焦がしていく。

 そうなればたまらず二匹は、燃える手足を払いながら踊るように足をバタつかせる。


 もはや戦闘意志すら飛び去った二匹へ向けて、ノエルは両の掌を突き出した。

 その先にはすでに二つの白炎が燃えさかっている。

 ゴブリン達が絶叫を繰り広げてくれていた為、未だ構築に時間の掛かる白炎を作り出す余裕ができた。


 すかさず狙いを定め、撃ち出す。と、二匹ともに着弾。

 当然だ、二匹は痛みでノエルを見てすらいなかってのだから。


「うわぁぁ……エグ過ぎるだろ……」


 ものの見事に両者の胸元に命中した白炎は、へばり付くようにして下へ垂れていく。

 その様は、まるで燃え盛るエプロンを掛けて踊り狂う狂人。

 ギィギィと喚きながらへばり付いた白炎に身体を焼かれ、立ち上る炎で喉を焼かれる。

 たまらず転げ回り、程なくして命が燃え尽きた。


 凄まじく強力で恐ろしいまでに残酷な魔法。

 この魔法は、あまり人に見せない方が良いかもしれない……。


「でも、おかげで今まで気付かなかった特性が分かったな」


 集団か単体かだけでなく、対象の大きさによっても使い分けた方が良いかもしれない。

 黒炎は単純な威力こそ高い物の、派手に飛び散るために燃え上がる面積が小さいのだ。

 おそらくどんなに大きくても、人型の魔物が精々だろう。

 それに距離も遠距離向きだ。飛び散る方向を制御出来るわけでは無いのだから、当然近すぎれば術者も危険さらされる。


 対する白炎は中距離から遠距離向き。

 着弾後の効果から見て大型の魔物に向いていそうだ。

 それに思わぬ副次効果も発見できた。

 白炎と言ってはいるが、その見た目は半透明の磨り硝子に近い。

 その為、高速で撃ち出すとかなり視認しづらい。

 とくに日の高い日中の野外などでは、より効果を期待できそうだ。


 後は何度も使い続け、考えるまでもなく発動出来るようになるまで練り上げるだけだ。

 考えはまとまった。直ぐにでも始めよう。


 ノエルは転がった魔石を拾い上げると、歩き出した。


 ダンジョンの魔物は命を落とすとダンジョンに喰われる。

 それは人間も例外ではない。

 実際に確認したところ、凡そ三分ほどでゴブリン達は消え去った。

 因みに放っておけぱ魔石も喰われるが、それには十分ほど掛かる。

 その時差があるために、まるで魔石がドロップ品のようにその場に残るのだ。


 気配を感知する。今度は五つの魔力反応。

 槍をしまい弓を取り出す。待機魔力を変換し、七つもの黒炎を浮かべる。

 やはり魔力効率は悪い。使った分は出来る限り逐次練り直しリロードた方が良さそうだ。


 道は一直線の一本道。まだかなり距離があるが相手もノエルを認識している。

 ノエルは一人。それも未だ子供の身。

 ゴブリン達からすれば、さぞかし美味しい獲物に見える事だろう。

 自らの存在を誇示するかのように雄叫び上げる。

 手にした棍棒を掲げて振り回し、足を踏み鳴らす。


 それは悪意の音色。獰猛な魔物の本質。

 逃げまどう獲物を狩たいと言う歪で残虐な欲求。


――癇に障る。苛つく奴らだ。


 ノエルは浮かべていた黒炎を頭上へと移動させると、矢を番えてゆっくりと弓を引き絞った。


 その顔には知らず知らず、獰猛な笑みが浮かび上がる。


「お前らが狩られる側で、狩るのは俺だ。勘違いするなよ? 猿公えてこうが!」




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