127話:生存チケット
ノエルは腹を決めた。一仕事終えたら町を出よう。
そのためにはまず明日の決闘を乗り切ることだ。理想は引き分け。次点は生き残った上で相手に勝ちを譲る。
ルールにもよるが、どちらか一方の死が絶対条件である場合はそうもいかない。
最悪いのちを奪うことも視野に入れなくては。
「ここにおったか、探したぞ?」
「え?!」
ギルドを出ると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
見ると護衛の三人は青い顔をしながらも、ノエルを護るように立ちふさがっている。
「レーゲンシルム公爵様?」
「うむ、久しいの」
ノエルを待ち構えていたのはレーゲンシルム。記憶が正しければ、ランスロット家のパーティーの時に、暴走するマガークを諫めていた老人。
学園長とも呼ばれていた人物だったはずだ。突然の大物の登場に取り乱す。
公爵ともあろう者が自ら訪ねて来るぐらいだ。それ相応の理由があるのだろうが……。
「シャクナさん、その方は大丈夫です引いてください」
「しかし……」
「本当に大丈夫ですから下がってください。と言うか何かあったらランスロット様にもご迷惑になりますよ?」
ノエルは慌てて前に出ると、腰の柄物に手を掛けたままの三人を押し止める。
どんな理由であれ公爵に刃を向けるなど許される訳がない。ましてやシャクナ達三人はノエルの護衛。
責任を取らされて首ちょんぱは流石に笑えない。
「むっ……、分かりました。そこまで仰るのなら従いましょう」
「えぇ、そうして下さい。出来れはそのまま下がってください。はいバックバック」
「バック?」
「いいから下がってさがって!」
グイグイとシャクナを押して下がらせる。と、改めてレーゲンシルムへ向きなおり苦笑いを浮かべた。
「レーゲンシルム公爵様、申し訳ありませんが護衛の方に殺気を抑えるように言って頂けませんか?」
「おおっ、そうかスマンすまん」
レーゲンシルムが軽く右手を掲げると、護衛の魔導師達が一歩下がる。
が、未だに刺すような視線を感じる。先日の襲撃結果が尾を引いているのだろう。
(まいったなぁ……。俺が恨まれるのは筋違いだと思うんだがなぁ)
ノエルからすれば綿畑での一戦は、あくまでも襲われたから応戦しただけだ。
しかも魔導師達に直接手を下したのは自分ですらない。にもかかわらず、戦意を向けられても困ってしまう。
「でだ、少し話をせんか? なに、悪いようにはせんよ。のぅ?」
と、チラリとレーゲンシルムが後ろを見やると、護衛達の魔力が膨れ上がった。
ピクリと眉を歪めたノエルが護衛達を見渡す。数は五人。見たところ五人の内、一線級はわずか二人。残りの三人はやや劣るといったところか。
ノエルはこっそりと属性魔力をナインに与えながら二人の魔導師を睨みつける。
見覚えがあった。ノエルを襲ってきた魔導師達のリーダー各。
なるほど、どうやらレーゲンシルムは隠す気も取り繕う気もないらしい。
「ご用は何でしょうか?」
「ふむ、動じんか。つまらんのう。まぁよい、ここではなんじゃ馬車の中で話そうか」
「……分かりました」
道を開けるように護衛達が左右へ分かれると、ノエルを促しレーゲンシルムが踵を返した。
ノエルとレーゲンシルム。二人は馬車に乗り込むと向かい合うように腰を下ろし、しばし沈黙が続く。
ノエルは動じた素振りもなく真っ直ぐレーゲンシルムを黙ったまま見つめる。
話があると訪ねてきたのは相手の方だ。おおその予想はつくが、どう切り出して来るのかで対応は決まってくる。
「中々に肝が座っておるのう」
「無知なだけですよ」
「真に無知な者は自分をそんなふうに卑下したりはせんよ」
レーゲンシルムは愉しげに微笑んだ。強引な手段で来ると思ったが意外とそうでもないらしい。
ノエルはほっと息を吐くと愛想笑いで返す。
「先日の件じゃ。おぬし《例の物》を持っておるんじゃろう? それを譲ってもらいたいんじゃが。なに、無料でとは言わんよ。言い値を払おう」
途端、ノエルが顔を歪ませる。レーゲンシルムがいきなり要件から入ったからだ。
昨日の襲撃の事などなんとも思っていないようだ。なんとも貴族らしい事で。
「先日……と仰いますと?」
ノエルはしれっと惚けてみせる。これは取引だ。まずは立場を明確にしたい。
受けるかどうかは自分次第。そう言う流れに持って行く。
「お主は自分がどういった立場におるのか分かっているのか?」
「勿論です。今がまさに生死の境目。分水嶺って奴でしょうね」
「なるほど、分かって言っておるわけか……。望みはなんじゃ?」
レーゲンシルムの目の色が変わる。大物然とした態度から一転、歴戦戦士のような鋭い眼差し。
――こちらの方が本質か……。
ノエルは負けじと目を逸らすことなく口を開いた。
「先に仕掛けたのはそちらですよ? 公爵閣下。私としては恐ろしさのあまり、ランスロット様に庇護を求めるか迷っている次第でして」
取引をしたければ先ずは昨日の件から話そうか。でなければ例の物はランスロットに流しますよ?
ノエルが言っているのはそう言う事。勿論、レーゲンシルムも直ぐに察する。
が、そうそう上手く乗ってはくれない。元々立場が違うのだ、当然そうなる。
方や流れ者の孤児、方や貴族で公爵。両者が対等に取引をするなぞ普通はあり得ない。
が、今回に限ってはそうとも言い切れない。なにせ物がモノだ。
魔法は疎か、身体強化すら禄に使えない者達に自国の魔導師達が圧倒された。
魔法至上主義を掲げるイグニス王国がその事実を捨て置くわけがない。それこそノドから手が出るほど欲しいことだろう。
「ふむ、今のはマイナスじゃな。おぬしも魔法使いを名乗るなら、言葉の力を甘く見てはいかん。より確信から遠い言葉を選んで紡ぐもんじゃ。最初の一手で殴り掛かってくる奴がおるか。距離を取らんか距離を」
「へ?」
ノエルは予想外の返答に目が点となった。気が付くとレーゲンシルムの表情も鋭さが消え、余裕の笑みを浮かべている。
――こんの爺……。おちょくりやがって……。
「何分未だ若輩の身。ご容赦下さい」
「ほっほ、よいよい。切り替えが早いのはプラスじゃの。して、次はどうするんじゃ?」
まるで教師と生徒のやり取り。レーゲンシルムは始めからノエルと舌戦をするつもりは無かったのか、それとも単純に見下しているのか判断に困るところ。
「取引がしたい」
「性急じゃのう。じゃがいいじゃろう。あまりイジメてもなんじゃしのう。要求はなんじゃ?」
完全に出鼻を挫かれた。出来れば相手から条件を出させたかったが、こうなってへ仕方がない。
ノエルは話を二段飛ばしで進めることにした。交渉が失敗するときは得てしてミスを取り返そうと固執することにある。
一つ目のカードは失った。ここはキッパリ捨てて次へ進める。
「ズバリ言いますと、私の命の保証が欲しい。これが絶対条件です」
「随分と大盤振る舞いじゃのう。要求はそれだけか?」
「いえ、品物の受け渡しを、明日の正午過ぎとさせて下さい」
「なるほど、それをもって保証とするわけじゃな?」
「はい」
現在、ノエルにとっての一番の脅威はマガークだ。勝っても命の危険に晒される危機的状況。
どうしてもここで落とし所を見つけておきたい。
「いいじやろう……、ただしこちらも条件を出させてもらうかの」
「なんでしょう?」
「マガークの命の保証じゃ。あれは儂の生徒でのう。なまじ才能があるが故に真っ直ぐで融通がきかん。当日は少々無茶をするかもしれん。だが、殺すな。それたけじゃ」
「分かりました。ならば引き分けで終わらせます。それでどうでしょう?」
「出来るのか?」
「やってみせます」
自信ありげに言い切ったノエルを見て、レーゲンシルムは頷く。普通に考えれば単純に対価としては安い。
だが取引に応じさせる事自体が難しい相手だ。こればっかりは仕方がない。
「いいじゃろう」
「ありがとうございます」
ここに来て、ノエルはようやく生き残るためのチケットを手繰り寄せる事に成功する。
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