128話:決闘場へ
「時におぬし、儂のところに来る気はないか?」
「いきなりですね……」
「イグニス王国は魔法使いにとっては住みやすい国じゃ。それに多少の義務は発生するものの、おぬしはまだ子供じゃからのう、特に窮屈な思いはせんじゃろう」
「魔法王国……ですか……」
正直に言って興味はある。いまだ未取得の属性魔法に錬金術や魔道具作成。
魔法に重きを置く国の景色など一度はお目に掛かってみたい。
「考えておきます」
「ふむ、今はまだ答えられんか。致し方あるまい」
レーゲンシルムと握手を交わし、その場をあとにする。
今後の身の振り方を考えるにしても当面の問題を片付けてからだ。
明日の決闘を乗り切り、セバール達を脱出させ、ランスロットに一矢報いる。すべはそれからだ。
「よし、帰るか」
………………。
…………。
……。
翌朝。もはや習慣ともなったアナベルとのやり取りの後、教会を出てグッと伸びをする。
決闘は正午丁度に行われるため、十時までには領主館に着かなくてはならない。
アップがてら軽くジョギングしながら向かうことにした。
護衛の三人は少し離れて後から続き、ノエルも程々の速度で走っていく。
午後になるまで乗り切れば、ノエルにとって当面の危機はなくなる。そのため、彼らとは今日で最後となる予定だ。
夏も終わりに近づき、時折吹く涼しげな風を堪能しながら、約二時間半ほど走りつづけて領主館へとたどり着く。
ノエルは、ふぅと息を吐くと汗ばんだ顔を拭い、節々を伸ばすように体をひねる。と、少し置いてぜぇぜぇと息も絶え絶えの三人が到着した。
これからの事を考えて、些か気持ちが高ぶっていたのか速度を上げすぎたようだ。
ノエルは護衛の三人に別れを告げると、軽く会釈して屋敷の門へと足を向けた。
ゴシック調の城を思わせる大きな建物。その周囲をぐるりと囲んだ高い塀。分厚く、見るからに重厚そうな鋼鉄の門構え。
その中に一歩でも足を踏み入れたなら、もはや後戻りは出来ない。普通ならば二の足を踏んでも可笑しくない状況。
しかしながら、ノエルの足取りは場違いな程に軽い。ここに至るまでに通ってきた道が、修羅場が、今まさに潜ろうとする門を小さく見せていた。
「さて、行きますか」
門番に連れられてディートの待つ執務室へと通される。待ちかまえていたのは三人。
ディート・フォン・ランスロットと執事のセバス、それに騎士団長のベルンハルト。
セバスはディートの背後に控えるように立ち、ベルンハルトは傍らに護るように立っている。
「取りあえず座りたまえ。少し話をしよう」
「はい、失礼します」
ノエルはディートに促されるまま向かい合うように腰掛ける。と、チリチリと焼け付くような気配を感じた。平静を装いながらも、チラリと周囲に視線を走らせる。
姿こそ見えないが、壁一枚を隔てた向こう側に何者かの気配を捉えた。数は四人。内一人は、明らかにノエルに対して殺気を飛ばしている。
おそらくはジェニファーだろう。無理もないと思いつつもノエルは内心、面倒だとため息を吐いた。
「しかし君も随分と災難だねえ。レリックの神童といれたマガーク男爵と決闘する羽目になるなんて」
どの口で言ってやがる。と、言いたい気持ちをグッと堪え、ノエルは渋い顔で返した。
「どうしてこんな事になってしまったのか、私にもよく分からないんですよ……。正直なところ、何度も逃げ出そうと思いました」
「だろうね。だが君は逃げずにここへ来た」
「はい……。何度考えても逃げれる気がしなかったので。ただそれだけです」
ディートは終始微笑む様に穏やかな口調で話している。腹の中では何を考えているのか分かった物ではないが……。
「本来ならば私としてもどうにかしてあげたいところだが、貴族の決闘というのは面倒でね。立場上、手を出す事が出来ないんだ」
しれっと無関係を装いつつノエルを案ずる素振りを見せる。
――やっぱり俺はコイツが嫌いだ。
ノエルは改めてそう感じた。当初は領主という立場上、綺麗事だけではままならない現実もあるのだろうと思っていた。
まぁ実際そうなのだろうが、薬師ギルドの一件で見方が変わって以来どんどんと冷めた目で見るようになっていった。
今現在もそうだ。素知らぬ顔で、自己防衛とも取れる予防線を張っている。
地位も名誉も、金も権力も、武力すら持ち得る大の大人が子供相手に何をやっているのか……。
初めて触れた貴族社会の豪勢さに気圧され、本質を見失っていてのかもしれない。
ノエルの前で優雅にティーカップを傾けるディートは、慎重に慎重を期し、騎士団長を傍らに置きさらには複数の護衛で取り囲む徹底ぶり。
子供相手にここまでやって、ようやく安心を得られるほどの臆病さ。それでいて高見から見下すような驕った態度を隠すこともしない。
ノエルは自分の目が曇っていた事をハッキリと悟った。狡猾で利益主義、それでいて臆病で薄っぺらい中年男。
今、ノエルにはディートがそう写っている。
だがディートは勘違いしている。この程度の護衛では身を守れない。
単純に、後先考えずに事をなすならば――確実にディートを殺せる。
ノエルにはそう言いきれる自信があった。だからだろうか、こんな状況下だというのに、ノエルは幾分か心も軽く余計な緊張もせずに済んでいる。
「お気遣いありがとうございます。なんとか生き延びられるよう最善を尽くしてみます」
「そうか……、私もそう願っているよ。ところで君は貴族が行う決闘の流儀については知っているね?」
「いえ、互いに足を止めての魔法の撃ち合いだと聴き及んではいますが、それ以外にはなにも」
「ふむ、では少し説明しておこうか」
「よろしくお願いします」
ディート曰く――。
決闘には大きく三つの種類があると言う。
一つは魔法使い同士の場合。二つ目は魔法使いと魔法を使えない者の場合。
そして最後の一つが魔法を使えない者同士の場合だ。
今回は一つめの魔法使い同士の決闘にあたる。
主なルールは互いに15m以上離れ、半径1.5mの円の上に立ち、立会人による開始の合図で魔法の撃ち合いが始まる。
勝利条件は生き残ること。敗北の判定は円の外に出る、気を失う、死亡するの三つ。
また、決闘時には武器や魔道具、魔術などの使用は禁止とされ、違反の際は即座に反則負けとなる。
因みに聞いたところによると、途中で敗北宣言をしたとしても相手が突っぱねた場合は続行となるらしい。
加えて聞くと、ディートは今まで何度か決闘を見ているらしいが、その全てがどちらかの死亡による決着だという。
全力の魔法をまともに受ければその次点で命に関わるため、当たり前と言えば当たり前の事ではある。
が、今回に限っては、ノエルは相手を死なせるわけにはいかない。
15歳にして男爵位を継いだマガークは、公爵家の嫡男でもある。当然、将来は家を継ぐ立場にあるため、死なせてしまえば不味いことになるのは目に見えている。
頭の痛い事ではあるが、つい昨日、やってみせると公言したばっかりだ、やるしきかない。
不可能ではない。ノエルにはそれを可能にする自信があったし、マガークとの力量差も折り込み済みだ。
ただ、今まで目を付けられないように隠してきた力を見せる必要が出てくる。
思うところがあるとすればそれぐらいか……。
ディートからの説明を聞き、作戦を立てる。レーゲンシルムの言いようでは、マガークは融通が利かない性格らしい。
だとすれば、おそらくは降参しても無駄だろうし、逆も同じはず。と、なれば殺す訳にはいかない以上、死なない程度に叩きのめすか意識を奪うかしかない。
うーん、と考えながら出された紅茶を傾ける。
「あっ、美味しい……」
「ふっ、それだけの余裕があるとはたいしたものだな。件の英雄殿の弟子の力を見るのを楽しみにしておこうか」
「最善をつくします」
妙に乾いた空気の中、遂に時刻は正午を迎えようとしていた。
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