6話:魔女の手紙と母の涙

 流れる雲を眺める。折吹く風が頬を撫でる。

 こうして寝ころんで眺める空は、日本と変わらぬ景色だった。


「モクモクと立ち上る煙さえ無ければなっ!」


――痛む体を起こし立ち上がる。

 当たりに漂う焦げ臭さが、ここは危険であると警報を鳴らし続ける。


「あぁ、まだ休む訳にはいかねぇぞ」


 ノエルは馬車の幌を結んでいた縄を解いて、のびた3人の男達の元へ歩いていく。

 

 もしも自分が力尽き倒れた後にこの男達が目を覚ましら……。

 考えただけでもぞっとする、急いで縛り上げて置かなくてはならない。

 

 クタクタの身体を引きずるようにたどり着くと、先ずはスキンヘッドの男を後ろ手に縛り上げる。

 続いて火の玉男、最後に奴隷商を縛り背中合わせに座らせるとグルリと3人を一塊に縛っていく。


「ふぅ、これでいいかな? ん~念のためコイツは足も縛っておこう」


 今ここでこの男に暴れられれば間違いなく自分は勝てないだろうと、スキンヘッドの足下へ回ると2重3重に縛っていく。


「さて……。次は……、どうしよう……」


 目の前に並んで寝かされている子供たちを見て途方に暮れてしまう。

 今なお燃えさかる火の手が、周りの倉庫に飛び火すれば二時災害になる。

 そうなる前に子供たちを安全な場所まで運ばなくてはならない。

 馬車に乗せて運ぶのがもっとも効率的なのだが、生憎とノエルは馬車など運転したことがない。

 かと言って一人一人運んでいたら、辺り一面火の海の中に子供達を置き去りにすることになる。


 方法は……、ある。全員を助ける方法が……。

 しかしそれをすればノエルが普通の子供ではない事が白日の下に晒されてしまう。

 只でさえ家に居づらいのだ、下手をすれば追い出されてしまうかもしれない。

 自分が転生者であると告白していいのは、よほど恵まれた家族の元に転生してきた場合に限るのだ。


 しかしマイケルを含めて総勢10名の子供たちを前に決断する。

 ”やるしかない”と……。

 10歳にも満たない子供を見殺しにしては、流石に自身の心が持たないだろう。


「しょうがない……よな」


 馬車を使って一度に全員を運ぶ。

 ただし手綱を握るのはノエルではなく奴隷商の男だ。

 

 パンッと頬を叩くと早速動き出す。

 時間がないのだ急がなくてはならない。

 

 馬車の荷台へ向かうと幕を開ける。

 先ずは荷台の檻を開けるか下ろすかしなくてはならない。


「あぁ、鍵がない。あのオッサンが持ってんのか?」


 振り返ると朝日が目に映る、眩しさに目を細め左手を日の光を遮るように上げる。

 何かがくる――遙か東に黒い点が見えた。

 やがてそれはぼんやりと輪郭を表し、馬にまたがった人である事がわかる。


「……騎士か?」


 十数頭の人馬が連なって、土煙を上げながら猛スピードでこちらに向かってきている。

 朝日を背に受け浮かび上がったその姿は、まるで遙か昔に絵本で見た勇者達のように見えた。



◇―――――――――◇



――疲れた体に鞭を打ちノエルは歩き続ける。

 いい加減横になりたいとふらつく体を何とか支え家路を歩く。


 あの後――子供達は駆けつけた騎士達に無事保護された。

 その様子の一部始終を隠れて確認すると、そっと退散することにしたのだ。


――公園が見えてくる、どうやら村の東まで来たらしい。

 太陽は既に頭上へ上り、正午を回っていることを示していた。


「眠い……」


 フラフラと民家の壁に寄りかかるとズルズルと背中を滑らせ尻餅を付く。


 痛む体が休めと言っている。ふらつく頭が寝ろと言っている。


――その要求に従い目を閉じる。


「もう、ゴールしてもいいよね? パトラシュ……」

 

「勝手に人の家をゴールにするんじゃないよ」


 ひどく重たい瞼をこじ開けると、そこには白髪交じりの黒髪の老婆が立っていた。


「ヤバイ……、魔女だ……。食われる……」


「…………」


――そこでプツリと意識が途絶えた――





◇―――――――――◇

 



 降りしきる雨の中うつ伏せに倒れると痛みと絶望で顔が歪む。

 冷たいアスファルトに雨と共に真っ赤な血が広がっていく。


(最悪の終わり方だな……)

 

 いつかこんな日が来る予感はしていた。

 それでも見捨てることは出来なかった。

 

 ズルズルと良いように使われ続け、奪われ”殺された”

 俺がもっと俺自身を大切にしていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 

 それでも。そうだったとしても。

 

――こんな終わり方はあんまりだ。


「と、父さん……」


 そう呟くと口から血の泡を吹く。

 もはや喋ることも叶わない。


「すまない……。許してくれ……」


 非道い言いぐさだ。

 この期に及んで許しを得ようと言うのか?

 朦朧もうろうとする意識の中、これまでの人生が走馬燈のように頭の中を駆けめぐっていく。


――我ながら酷い人生だったな……。

 

 辺りを真っ赤な血に染めて最早その体に降り注ぐ雨粒の感覚すら感じなくなっていた。


 (眠い……もういいや……どんな終わり方でも、終わりは、終わりだ)


 そうすべてを諦めて尚、まぶたを閉じてそっと願う。


 どうか……もしも、次の人生があるのなら……。

 次こそはもっと自分を大切にしてほしい。



――祈るように、自身に願った――





「うわぁぁぁ!」


 ノエルは勢いよく体を起こすとベットから飛び起き身構える。

 状況がわからない……。

 未だボーッとする頭を何とか叩き起こすべく2度3度と横に振る。

 ここはどこなのか。いったい何が起きたのか。今自分はどんな状況に置かれているのか。



――魔女を見た。

 自分は気を失った。その時、魔女を見た……気がする……。


 窓を見ると外は既に日が落ち掛けており、辺りは夕暮れ色に染まっていた。

 窓が開いているという事は別段拘束されているわけではないだろう。

 そう判断すると警戒を解き辺りを見渡す。


 殺風景な部屋だった。普段自身が寝泊まりしている部屋と同じぐらいに。

 木製のベットとクローゼット、それ以外は何もない広さにして八畳ぐらいの部屋だった。


「まいったな……。ここはどこなんだ?」


 窓から身を乗り出すように辺りを見渡すと遠くに公園が見える。

 誰も居ない静まりかえった公園で、夕日を浴びてオレンジ色に染まった遊具がもの悲しさを演出していた。


(あぁ、あの時ユーリを預けた婆さんの家か……)


「ユーリは無事なのか?」


 ドアノブに手を掛けガチャリと回して扉を開ける。

 廊下の壁は部屋とは違い煉瓦作りになっており、窓から差し込む夕日で赤く暖かい雰囲気を醸し出している。

 廊下に出て辺りを見渡すと、下に降りる階段が見えた。


「あれ? ここって平屋じゃなかったか? 2階があったのか」


 足音を立てないようにゆっくりと階段を降りていく。

 拘束されていた訳では無かったが、あの時見た老婆が味方であると決まったわけではない。

 大した理由も確信もなく、諸手を上げて他人を信用するのは馬鹿のやることである。

 ノエル自身前世では散々な目に遭い、それこそ死を持って学んだ実体験なのだ。


 階段から降りきる間際、顔だけを出して様子を伺う。

 何かの作業場であろうか床は石畳になっており、壁一面に並んだ本棚にはギッシリと本が詰まっている。

 本棚の間にあるガラス戸の付いた棚にはビーカーやフラスコの様なガラス製の容器が並んでいて、天井には漂ってくる香りからしてハーブであろう草花が釣り下げられていた。

 そして一際目を引いたのは部屋の中央にある大きな釜である。

 その大きさは凡そ高さ1m幅80cmほどで、ノエルが入ってもまだまだ余裕がありそうな程だ。 


「まさか……。ユーリは喰われたのか?」


「食べるわけ無いだろ、あんな不味そうなもの」


 ハッとして振り返るといつの間にか老婆が後ろに立っていた。

 瞬時に階段を飛び降り待機魔力を解放させる。

 十分に警戒はしていたはずだ……。

 それにも関わらず音も気配もなく突然現れた老婆に警戒を強める。


 そんなノエルの様子を、老婆は両手を後ろに組み目を細めて眺めていた。


「何してんだい? あんたは」


 何事もなかったかのように無防備に階段を降りると、ノエルの横を素通りして行く。


(あれ? 何だ? どういう事だ?)


 気配もなく突然現れたと思うと、無防備に自身の横を素通りして行った老婆に首を傾げる。


「あのユーリって子ならとっくに自分の家に帰っていったよ」


「本当?」


「嘘なんかついてどうするのさ。大体アンタが勝手に連れてきたんだろうに。人を人攫いみたいに言うんじゃないよ」


「んっ、確かに……」


「そもそもアタシは家に帰ったら誰か大人を連れて来るように言った筈なんだがねぇ」


「あっ」


「あっ、じゃないよまったく……。それで、もう傷はいいのかい?」


「ん?」


 老婆に言われ自身を見下ろすと、着ていた服の所々が焦げて穴が開いておりすすと土で汚れている。

 気が付かない内に随分と酷い格好になっていたようだ。

 しかしその格好とは裏腹に、風に当たる度ヒリヒリと痛んだ体には傷は疎か火傷の後すら残っていない。


 なぜだ?もしかして自分は随分と長い間眠っていたのだろうか?


トンッ、トンッと飛び跳ね両腕をぐるぐると回すと小さく頷く。


「んっ、問題ない」


「そうかい、それなら良いさね」


 老婆はそう言ってニコリと微笑んだ。


「失礼な事を言ってごめんなさい。それと助けてくれてありがとう」


 そう言って頭を下げたノエルを見て、老婆は黙って微笑んだまま頷いた。



◇―――――――――◇



――大きなマグカップの様な木製のコップに暖めたミルクを注ぐと、席に座り辺りを落ち着き無くキョロキョロと見回しているノエルの前に置く。


「ほら、ホットミルクだよ。熱いから気を付けて飲みな」


 言われて手に取ったホットミルクに「フゥー、フゥー」と息を吹きかけるが、ジッと見つめたまま一向に口を付けようとしない。

 そんなノエルを見て老婆は軽くため息を付いて言った。


「別に変な物は入っちゃい無いよ、安心してお飲み」


「……ありがとう」


 漸く口を付けたノエルを見ると、老婆は自身も手に持ったミルクに口を付ける。


「あんたのその警戒心は、一体何処からきているのかねぇ……」


「…………」


 ふと漏らした老婆の言葉にノエルは敢えて聞こえない振りをした。

 下手に自分の事を話せば必ず何処かでボロが出る。

 そう判断したノエルは、今日までずっと無口な子供の演技を貫いてきた。

 ラノベで読んだ転生主人公達の多くは、うっかり口にしたその一言で要らぬ厄介事に巻き込まれていく。

 そんなテンプレフラグを拾っていては命が幾らあっても足りない。

 拾うのは得する幸せフラグだけで良いのだ。


 老婆は諦めたように「はぁ……」と溜息を付くと、ノエルの前に一通の便箋びんせんを差し出した。


「家に帰ったらこの手紙をマイヤに渡しておくれ」


 受け取った手紙を頭上で透かすように見つめると小さく頷く。


「今度は忘れるんじゃないよ、いいね?」


「んっ、問題ない」


 コツッと微かな音を立ててコップをテーブルに置くと、飛び降りるようにして椅子から降りる。

 長居は無用だ、ボロが出る。ノエルはそう判断し、とっとと退散することにした。


「んっ、帰る」


「そうかい……。今度こそまっすぐ家へ帰るんだよ?」


「お婆ちゃん、ミルクありがとう」


「いいさね、またいつでもおいで」


「んっ」




――家路の中、公園の入り口を横目に老婆の言葉を思い返す。

 『――今度こそ――帰るんだよ?』老婆は確かにそう言った。

 ノエルの心に言いしれぬ不安が広がる。もしかしたらバレているかもしれない。

 老婆から手渡された手紙を夕日にかざすようにして見つめる。


 もしこの手紙の内容が自分が転生者であると知らせる内容だったら?

 その可能性は十分に考えられる。しかし渡さない訳にはいかないだろう。

 あの老婆には散々世話になっているし、手紙を握りつぶした所でいつかは口伝てに伝わる事になる。


「はぁ……。最後の最後で油断したって事かな?」


 そう諦めて呟くと、家路へと歩く足がやけに重たく感じられた。




◇――――――――――◇




「――ただいま」


 家に入るが予想通り誰からの返事もない。

 少しばかり寂しくはあるが、ボロボロになった衣服を見られないで済むのはむしろ好都合だと急いで自室へ向かう。

 ノエルの着ている衣服は、そのほとんどがマイケルのお下がりだった。

 その為どれもこれも、ほんの少しだけサイズが大きいのだ。

 ズボンを履き替えシャツを着てセーターを頭から被ると、焦げてボロボロになった衣服を丸めてベットの下に隠す。


「さて……、手紙を渡しに行くか……」


 重い足取りで部屋を出ると、おそらくはキッチンに居るであろうマイヤの元へ向かう。

 キッチンからは何やら美味しそうないい香りが漂ってくる。

 考えてみればノエルは昨日からは何も口にしていない事に気付く。

 どうやら今日はシチューのようだ、大きな鍋を前にマイヤがお玉でかき混ぜている後ろ姿が見えた。


 グーとなったお腹をさすりながらマイヤの元へ行くと「んっ」と言って手紙を差し出す。


「ノエル! あなた今まで何処に行ってたの? 心配したのよ?」


 叫ぶように大声を張り上げたマイヤが、力一杯にノエルを抱きしめる。

「しまった!」とノエルは自身の考えの浅はかさを悔やんだ。


(どうしよう……。言い訳なんて何にも考えてなかったぞ……)


 グルグルと頭の中で言い訳を考えながら、マイヤが自身の身を案じてくれていた事に嬉しさを覚えていた。

 




――ぐぅ

 

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