40話:赤い瞳

 眼前に存在する漆黒の扉。

 ノエルはその扉に描かれた金の彫刻に見覚えがあった。


 それは以前ケイジ魔道具屋で観た魔術鍵。

 描かれた幾何学紋様はその魔法陣に酷似していた。


「確か魔力を流せば良いんだよな……」


 この世界の鍵はあまり品質がよろしくない。

 魔法の存在がその理由だ。

 どんなに頑丈な鍵を作ったとしても、魔法の力を持ってすればいとも容易く破壊できてしまうのだ。


 その為、この様な魔術鍵が開発されたのだが、それも魔力操作に長けた者ならばあまり意味を成さないのが現状だ。


 しかしながら、わざわざ施錠しているのならそれ相応の理由はあるのだろう。

 ノエルは今一度気を引き締め直すと、扉に手をかざし魔力を流し始める。


「おいおい、えらい魔力をもってくな……」


 かなりの魔力を注いでいるのだが、未だ魔法陣は起動する素振りを見せない。


 やがで半分もの体内魔力量を注いだ辺りで、漸く魔法陣が光を放ち術式が起動を始める。

 恐らく成人男性5人分ぐらいは使ったのではないだろうか。

 それをたった一人でそそぎ込み、今尚余裕のあるノエルも大概ではあるが。


 何となく気付いてはいたが、自身の持つ体内魔力量が大幅に上昇しているのを実感する。

 おそらく少女を手にかけた辺りからだ。

 どの様な絡繰からくりかは分からないが、魔力量が増えて損をする事は無いので特に気にはしていなかった。

 しかし原因不明のまま放って置くのも気持ちが悪い。

 ここを無事出られた後にでも考えてみることにしよう。


 光を放った魔法陣から、まるでホログラフィックの様に幾何学紋様が宙に浮かび上がると、カタカタと機械音を立てながら右に左に回転を始める。


 以前、魔道具屋で見た現象と同じだ。

 後は回転している魔法陣が停止すると同時に扉が自動で開く筈だ。


 ノエルは弓を取り出すと数歩下がって矢を番える。

 やがて扉が観音開きに音を立てて開き始めると、眉を顰めて口を開く。


「相変わらず悪趣味な事しやがって……」


 扉の開いた先にあったのは、広さにして大凡20畳程の執務室だった。

 中央にはオーク材で出来ていると思しき重厚な机と革張りの椅子が一脚があり、その向こうには壁一面に本棚が並び、ぎっしりと書籍が詰まっていた。


 弓を仕舞い短槍を握ると、ゆっくりと室内に足を踏み入れる。

 入って右手にはフラスコ、ビーカー、ガラス瓶など実験器具の様な物が並んでおり、左手にはガラス瓶に入った臓器らしき標本が並んでいた。


 ノエルは真っ直ぐ執務机へ向かうとその中央へと視線を向けている。

 その表情は今も険しいままだ。


「侵入者に対する警告のつもりか?」


 そう呟いた視線の先、机の中央には背を向けた白髪の生首が鎮座していた。


 反対側へと回り込み、その顔を覗き込むと目を閉じ穏やかな表情をしている。

 最後は眠ったように息を引き取ったのだろう。


 両手を合わせ冥福を祈る。せめて死後は穏やかで有りますようにと……。


「さて、どうするかな……」


 呟き周囲をぐるりと見渡す。

 壁一面に棚が備え付けられており、出口が見あたらないのだ。


「隠し扉とか? かな……」


 本棚に並べられた書物を一冊一冊確認していく。

 各種図鑑や医学書、神話や英雄譚など、その種類はたきにわたっていた。


 ノエルは手にした本を片っ端からインベントリへと仕舞っていく。

 すると一冊の本の前でその手がふと止まる。


――魔導書だ。


 手に取り表紙に書かれた文字を伺うと闇魔法と書かれた文字が見て取れる。


――闇属性――

 主に複合魔法に使われる属性である。

 その特徴は隠蔽、及び認識阻害。

 術者の属性魔力を隠蔽し、潜伏や鑑定魔法を阻害する際に使われる。

 因みに闇魔法自体に攻撃性はない。


「闇か……。出来れば攻撃力の高い属性がよかったな……。他にないかな?」


 その後も書物を調べるが、闇魔法以外魔導書は存在しなかった。

 ただ、召還魔法に関する研究書が何冊か有り、後ほどじっくり読み解きたいところだ。


 次に並べられた標本を見て回る。

 臓器の大きさや形から見て恐らく人間の物であろうそれがずらりと並んでいる。

 流石に手に取る気にはなれないので、端から目で見て観察するに留める。


 最後に実験器具が並べられている棚を確認するが、これらは薬師の道具と差ほど変わらず、特に変わった物は見受けられなかった。

 ただ一つ、比較的大きなミスリル樽を発見した。

 埃を被ったそれは、指先で弾くと「キーン」とクリスタルグラスの様な澄んだ音色を奏でる。

 汚れを落とし綺麗に磨き上げるとミスリル特有の美しい銀色の輝きを取り戻した。


「これはラッキーだな。30リットルはありそうだ」


 ミスリル樽を仕舞うと魔導書を取り出し、机に備え付けられた椅子に腰掛ける。

 手早く取り込んでしまおう。闇属性はきっと役に立つ。


――が、その前に……。


 チラリ――卓上へと視線が泳ぐ。

 何やら見られている様で、どうにも居心地が悪い。


 ノエルは今一度両手を合わせると、インベントリから取り出した綺麗な布を、頭部だけとなった遺体に被せる。

 魔導書は読み直しが出来ない。

 気を散らして失敗しては目も当てられないのだ。


 気を取り直し魔導書へと意識を集中させると、その表紙へ手を書けた――。


=============



  ノエル (性別:男 / 年齢7歳)

 種族:ヒューマン


 所持魔術:7


 火:着火  水:クリエイトウォーター


 土:ピット 風:ブリーズ 


 光:ライト 光:プロフィール 


 空:インベントリ 


 所持魔法:4


 水魔法:8/10


 風魔法:6/10


 闇魔法:7/10


 空間魔法:7/10

==================




 無事に闇魔法を取り込むと今後の展開を考え思考する。


 この部屋は恐らく主の部屋だろう。

 あれほどの魔術鍵を使用していたのだ間違いない。

 となると、敵は一人の可能性が高い。

 いくら広い部屋とはいえ複数人で使うには無理がある。

 

 それに出口だ……。

 此処に至るまで一本道だったにも関わらず、先へ進む為の出口らしき物が見当たらない。


「困ったな……」


 首を捻り、考え込んでいた様子のノエルがハッとした表情へ変わると、おもむろに机の下へと潜り込む。


「隠し扉のスイッチは、机の下と相場が決まって……、あった!」


 机の下には細い鎖に繋がれた三角形のグリップがぶら下がっている。

 隠し扉のスイッチだろうと伸ばした手が、躊躇うように動きを止める。


――罠の可能性は?


 スイッチを起動した瞬間、床が抜けて奈落の底に真っ逆様――何て事にでもなったら死んでも死にきれない。


 ノエルはインベントリから麻紐を取り出すと、目の前にぶら下がっている銅製のグリップに括り付ける。


「こう言う時は臆病ぐらいで丁度良いって言うしな……」


 机の下から這い出ると短槍を取り出し左手に握った麻紐を引く。

 すると――。


――コトッ


 小さな音と共に卓上の端がせり上がる。


「えぇぇ……。これだけ?」


 どうやら隠し扉のスイッチと思しきそれは、その実ただの隠し金庫の絡繰りだったようだ。


 ため息混じりに開いた机を見下ろすと、文庫本程の大きさの黒革の書物が収められている。


「本……ねぇ……」


 特に危険は無さそうだと、手に取った瞬間――。


――カチッ、カタカタカタカタ……


 突如として部屋の至る所から機械音が鳴り始める。

 咄嗟に机を飛び越え入り口を背に槍を構えると、空になった本棚が音を立てて開き始める。

 

「おおぉぉ……。一々予想の斜め上を行きやがる……」


――ヒョォォ……。


 吹き込んでくる風に微かに土の匂いを感じ、思わず顔が綻ぶ。

 これは、いよいよ出口の目と鼻の先まで来たようだ。


 一度周囲を見渡すように一蹴すると、開いた出口へと歩きだす。

 覗き込んだ先は、合いも変わらず石畳の地下道が続いている。

 しかし、その先からは今も尚、風が吹き込みノエルの髪を揺らしていた。

 

 短槍を握る手に力が入る。

 その目は鋭く尖り、眉間には皺が寄り、更には額に脂汗を滲ませる。


――やばい……。


 とてつもない魔力の気配を感じる……。

 これは本当に人なのだろうか?

 実はドラゴンです。と言われた方が、まだ説得力が有る。


「ヤバ過ぎるだろ……。一体何者なんだ?」


 何か情報は無いものかと思案していたノエルの視線は、左手に握られたタイトルすら無い黒革の本へと向けられる。


「読んでおいた方が良さそうだな」


 そう思い振り返って机へと向き直ると、卓上に鎮座していた遺体を見て愕然とする。

 先程の風で飛ばされたのかノエルが被せた筈の布は無く、白く今尚艶やかな長髪がたなびいていた。


 ただ、穏やかに眠るように死んでいた筈のその表情は、怨めしそうに歪み、大きく見開かれた真っ赤な瞳は、ノエルをギロリと睨み付けていた。

 






――その生首は生きていた――

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