41話:アルフィード・フォン・ディーゼル
その男は、アルカディア大陸南西に位置する大国、フェルドナンド王国。
その東側国境付近を自領とするディーゼル辺境伯家に長男として生を受ける。
名をアルフィード・フォン・ディーゼル。
辺境伯家は、代々王国の盾として国境を守護し続けた名門であり、優秀な騎士を輩出する事で名高い武家でもあった。
故に当然、次期領主ロベルト・フォン・ディーゼルの長男として生を受けたアルフィードも、騎士としての道を歩む筈であった。
――あったのだが……。
「ほぎゃぁ、ほぎゃぁ……」
「おおお! 生まれたか!」
「おめでとう御座います旦那様。元気な男の子ですよ」
純白の布にくるまれた産まれたばかりの我が子を産婆から手渡され、恐る恐る抱き取るとその目に涙を
「あなた……」
産後、グッタリとした様子でベットに横たわる妻に歩み寄る。
「ありがとうマーガレット……。本当にありがとう」
「うふふ。いいえ、どういたしまして」
次期領主たるロベルトと第一夫人であり王家の血を引くマーガレット。
その二人の間に産まれた待望の第一子は男子であった。
この噂は瞬く間に寮内を駆けめぐり、
――それから5年後……。
そんなディーゼル辺境領内でまことしやかに囁かれる妙な噂話があった。
曰くアルフィードは病弱であり、とても騎士には向いていない。
曰くアルフィードは、吸血鬼の生まれ変わりである。
曰くアルフィードは、実は既に死んでいる。
曰くアルフィードは、忌み子である。
囁かれた噂話はどれもこれもが誹謗中傷の酷い話ばかりであったが、噂が立った原因も確かにあった。
この世界では生後、子供の生存率が著しく低い。
そのため生後3年に成るまでは、家名を付けることは許されない。
また、3歳の誕生祝いは領内をあげて盛大に行われ、領民への初顔合わせが行われる事になっている。
しかし、アルフィードは既に満5歳を迎えているにも関わらず、未だに領民の誰もその姿を目にした者がいないと言うのだ。
かくして噂話は一人歩きし、寮内を駆け巡る事となった。
◇――――――◇
「マリア、マリアはいるか?」
「はい、旦那様」
「おぉ、マリア。アルフィードはどうしている?」
「はい、坊ちゃまは只今家庭教師の先生と勉強中に御座います」
「そうか……。今の内に出来る限りの事を詰め込んでおけ。その為に必要な物は何であれ、全て用意しよう」
「畏まりました。でしたら魔法をご教授して下さる方を、お願いいたします」
「魔法? アルフィードはまだ5歳だろう。いささか早計ではないか?」
「ですが旦那様、お体の弱い坊ちゃまには魔力操作の技術は是が非でも必要なのです。でしたら誰よりも早く学ばせるのが寛容かと存じます」
「そうか……。確かにそうかもしれんな……。分かった、手配しておこう」
「ありがとう御座います」
産まれたばかりの頃からアルフィードは、乳母を勤めていたマリアと共に離れの屋敷に二人きりで暮らしていた。
離れとはいえ其処は名家の屋敷。
二人で暮らすには十分すぎる程の広さを有していたのだが。
アルフィードが離れで暮らしているのには訳があった。
それはアルフィードの容姿がこの世界の常識から逸脱していた為である。
白髪に赤い瞳、透き通る様な白い肌に儚げな表情。
――先天性色素欠乏症。
しかしながらこの魔法とポーションによる治療が当たり前の世界では、アルビノが色素異常による病である事は分かっておらず、アルフィードはまるで腫れ物のように離れに追いやられてしまう事となった。
元来アルビノとは免疫力の低下と、紫外線に弱い事以外特に余人と変わりはない。
しかし武門で名高いディーゼル家に置いて、免疫力低下による虚弱体質は致命的である。
加えて紫外線に弱い体質と赤い瞳がアルフィードにあらぬ疑いを掛ける事となった。
――吸血鬼の生まれ変わりではないかと……。
そんなアルフィードの危うい立場を最も憂い、気に掛けていたのは他ならぬ乳母のマリアである。
彼女は産まれたばかりの自身の子供を、赤ん坊特有の突然死により失っていた。
「アルフィード様、そろそろお昼に致しましょう」
大きなソファーにちょこんと腰掛け、一心不乱に本を読み耽っているアルフィード周りには大量の書物が山のように積み上がっている。
身体が弱く外に出ることの出来ないアルフィードにとっては、書物こそが世界であり学ぶことが唯一の遊びだったのだ。
「はーい。マリアー、今日のご飯はなぁにー?」
「はい、本日はフェルナンド様の大好物の、オークのソテーで御座います」
「やったー!」
満弁の笑みでソファーから飛び降りると、トテトテと走りよりギュっとマリアにしがみつく。
そんなアルフィードを眩しそうに目を細め、笑顔で頭を撫でているマリア。
二人の関係は良好だった。
寧ろ過ぎる――と言っても良いほどに……。
家族の温もりを知らぬアルフィードにとって、マリアは唯一本当の家族のように優しさを与えてくれる存在であった。
そして、自らの子供を失い、失意のどん底を彷徨っていたマリアにとっては、掛け替えのない本当の息子のように思っていたのだ。
――依存。
端から見ればそうとしか思えない歪な関係ではあったが、当の二人にとって、其処には紛れもない幸せがあった。
――あの男が来るまでは……。
男の名はユリウス。魔導士である。
ロベルトの手配により離れを訪れた家庭教師。
高位の魔導士であり、数多くの論文を執筆し、今正にその名を轟かせている有名人でもあった。
この時点でロベルトはフェルナンドを次期領主候補として育て上げる気でいたのだ。
ディーゼル家では、長兄の第一夫人の長男が代々当主を勤めてきた。
それをこの程度のことで変える訳にはいかなかったのだ。
例外を作る事は破滅を生む。
初代ディーゼル家当主の言葉である。
国境を守る特殊な立場であるディーゼル家にとって、跡目争いは最も忌諱すべき事であった。
もしもその様な事態にでもなれば、これ幸いに他国に攻め居られかねないのだ。
故にロベルトは、大金を叩いてでも王都で噂の新進気鋭の大魔導士を家庭教師へと引き入れたのだ。
「スゴいスゴい。君は天才だよアルフィード君!」
「本当? 僕もいつか先生みたいになれる?」
「あぁ、勿論さ。君ならきっと私なんて軽く越えて仕舞うだろうね」
「えへへ。僕がんばる」
アルフィードには才能があった。生まれつきの才能が。
体内魔力量が常人の十数倍も存在していたのだ。
これにはロベルトも大喜びし、ユリウスも嬉々としてアルフィードを鍛え上げていった。
しかし、そんな一見微笑ましい師弟関係を見守るマリアは、嫌な予感が拭いきれずにいた。
原因はあのユリウスの目だ。
アルフィードを見つめている時のあの目……。
マリアはそれを知っていた。
たびたび屋敷を訪れる商人。
脂ぎったあの中年男が自分を見る目と酷似していたのだ。
その為、余程の事がない限りマリアは決してユリウスが屋敷に居る間はアルフィードから離れる事はなかった。
しかし、そんなマリアの思いも虚しく、破滅の時を迎えることとなる。
◇――――――◇
――時が過ぎること10年余り。
その日15歳の誕生日を迎えたアルフィードは、既に魔導士へと成長を遂げていた。
この成人の儀を持ってめでたくもディーゼル家の家名を名乗ることを許されるのだ。
今の今まであらぬ噂の絶えなかった領内も、この日ばかりは呑めや歌えやのドンチャン騒ぎ。
盛大なお祭り騒ぎとなっていた。
――そんな
ディーゼル家に大凡その場に似つかわしくない完全武装の一団が訪れる。
教会直属の部隊。聖騎士団である。
彼らが訪れた理由。
それは、異端者ユリウスの捕縛であった。
そしてその罪状は事も有ろうに、禍々しくも恐ろしい――。
――悪魔崇拝であった――
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