39話:彼らが生き延びた理由

 高さにして3mはあろうかと思われる大きな門を見上げる。

 灰色の灯りに照らされた白黒の世界で異様な存在感を放つ門。

 朱に染められたそれは、まるで血を固めて作られているかの様で畏怖の念をおこさせた。


「行くぞ……」


 両手で押し出すように力を込めると、掌に感じた違和感に思わず仰け反るように手を離す。


 それは半乾きのペンキの様にべと付き、ゴムやシリコンの様な弾力性があり、人肌の如き熱を持っていた。


 妙な感覚に両の掌を擦り合わせるが、特に粘着物が付着した感触はない。

 本当にこの地下空間は、何から何まで一々癪に障る物ばかりだ。


「まぁいい、後からまとめて糞野郎に返してやる」


 妙な温かさと沈み込むような掌の感覚に、不快に顔を顰めながらも足を踏ん張り押し出すように門を押し開いていく。


――ギャリ、ギャギャギャリ……。


 堅い岩盤に、金属を擦り付けるような音が響く。

 地面には門が擦った際に出来たであろう赤い線が曲線を描く様に刻まれていた。


――ヒョォォォ……。


 強い向かい風が拒むようにノエルを出迎え、真っ黒でボサボサの髪がたなびく。

 伸ばしっぱなしの前髪がノエルの目にチクリと痛みを与えると、瞼を閉じて前髪をかきあげる。


「どうやら出口で間違いなさそうだな……」


 これだけの風が吹くと言うことは、外へ繋がる出口は意外と近いのかもしれない。

 しかしそれは同時に相対する敵――糞野郎が直ぐそこに居る可能性を指し示している。


「こりゃぁ、強敵かもな……」


 呟く視線の先に続く道は、驚くほど綺麗に整備されていた。

 床も壁も天井も大きな石畳や石垣で補強されていたのだ。


 これほどの物が単純に土木作業で作られたとは考えづらい。

 恐らくは魔法による施工であろう。

 ここは剣と魔法の世界なのだから。


 それにしても幅5m高さ凡そ8mにも及ぶこの地下道を施工するのには、一体どれ程の魔力を有したのだろうか。

 どうやらイカレた狂人は、高位の魔法使いか魔導士の可能性が高い。

 もしくは複数人居る可能性も……。


――厄介だな。


 気を引き締めるように身体強化とエンチャントを掛け直すと、門を潜って歩き出す。


 辺りには腐った何かと糞尿を混ぜ合わせたような悪臭が漂っており、それは風を纏っていたも尚鼻をつき不愉快にさせる。

 足下は深さがくるぶし程の地下水に覆われており、先程までとは違って黒く淀んだヘドロを思わせる。


「まるで下水道だな……。これじゃぁ折角綺麗に施工しても台無しじゃねーか」


――バシャ、バシャ、バシャ……


 弓を手に、地下道を進んでいく――。

 決して急がず、周囲を警戒しながら。

 不測の事態に備え、自身の周囲には既に九つの水球を浮かべている。 


 途中、扉や脇道などは見受けられず、どうやら一本道のようだ。

 その後もひたすら道成に足を進め、幾度目かの角を曲がると遠くの方にボンヤリと人影らしき物が目に付く。


「――ッ!」


 ノエルの中に緊張が走る。

 番えた矢をキリキリと引くと、魔力を流し威力を高める。


 距離は凡そ100mだろうか。

 強化された視力で捉えたそれは、間違いなく人型をした生命体。

 恐らくは只の人間、もしくはゾンビであろうと思われる。

 少なくとも観る限りでは人の体に人の頭部、異形種には見えなかった。

 

「シッ」


――バシャ


 放たれた矢が胸元を捉えると、崩れ落ちるように水しぶきを上げて倒れ伏せる。

 ノエルはすぐさま二の矢を番えるとジッと観察を続ける。


 立ち上がればゾンビ、そうでなければ只の人間と言う事になる。

 

 体感時間で大凡一分ぐらいだろうか。

 ピクリとも動き出す気配をみせない。

 おそらくは事切れているのだろう。

 しかし、だとするならば只の人間と言うことになる。


――何故?


 矢を受けて死んだ男が魔法の心得を持つものなら、エンチャントを纏い周囲に水球まで浮かべていたノエルに気づけないとは考えづらい。


「チッ、コイツも拉致された被害者ってことか……」


 油断する事無く、弓を構えて近づいていく。

 しかし、ノエルの視線は倒れている男を通り過ぎ、その先へと向けられていた。


 声が聞こえる――。

 足を進める度にブツブツと複数の話し声が聞こえるのだ。

 やがて距離を詰めると、それが意味を成さない複数の奇妙な独り言の様であると気付く。


 何やら数字を数える者。同じ様な言葉を繰り返すもの。

 唸るように低い声を繰り返す者。カチカチと歯を鳴らす者。

 

 それらが歩く度に跳ねる汚水の音と合わさり、より一層不気味さを演出していた。


 足下に転がる死体の先は曲がり角になっており、未だそれらを視界に捉えることは出来ないが、どう考えてもまともな状況ではない。


 弓を構え水球を前面へ配置し、大回りをするようにゆっくりと横歩きで覗き込む。


――ゴクリッ……。思わず息を飲む。


 それは、何と言葉にすればいいのか躊躇われるような光景だった。

 

 汚水の中に座り込み、膝を抱えて顔を伏せる者。

 壁に向かってブツブツと意味のない言葉を繰り返す者。

 体を揺らしながら天井を見上げ、ひたすらに数を数えている者。


 目に映る全ての人々が狂っている様に見えたのだ。


 いや、様にでは無く気が触れているとしか思えない。

 その様は、過激なホラー映画に出てくる精神病棟を思わせる光景だった。


 構えていた弓の照準を合わせるも放つことが出来ない。

 しかし自身の身の安全を考えるなら今この場で殺すべきだ。

 彼らは確かに被害者であろうが、気が触れているのだ、いつ襲われてもおかしくはない。

 ならば距離を空けて一方的に攻撃できるこの機会に射殺すべきではないだろうか。


――ギリッ

 思わず奥歯を噛みしめる。


「くそっ、駄目だ。殺す理由には軽すぎる……」


 弓を仕舞い短槍を取り出す。

 待機魔力を解放し、更に九つの水球を作り出すと合計18個の水球を身を守る様に周囲に配置する。


「警告だ、全員その場を動くな。少しでも妙な動きをしたら……、殺す……」


――バシャ、バシャ、バシャ


 呟くように口にすると、不気味な男達に向かって歩き出す。

 恐らくは発した警告も彼らには聞こえてはいないだろう。

 しかし、構いやしない。

 結局の所、それはいざと言う時に躊躇わずに殺せるように口にしただけの只の言い訳なのだから。


 両手で槍を握りしめ男達の間を抜けていく。


 両目は窪み頬は痩せこけ、手足は枯れ木のように細い。

 気が触れているとは言え、彼らはどの様にして今まで生き残って来たのだろうか……。


 この地下世界の主が彼らに食事を与えるとは思えない。

 かと言って先の村へ行けば、豚頭達にどの様な目に合わされるか分かり切っている。


――もしかしたら……。


 汚水の中で膝を抱えて座り込んでいた男が、カチカチと歯を鳴らす。

 不意に視線を男へと向けると、虚ろな瞳で此方をジッと見つめている。

 瞳孔が広がり黒々とした瞳が、まるで猫の目の様にキュッと集束すると、大口を開ける。


――ゴキュッ


 ノエルは考える間も無く、反射的に男の喉元へ槍の穂先を突き入れていた。


 短槍を抜き放ち身構える。

 傍らからバシャリと水の跳ねる音を耳の端で捉える。

 周囲を見渡すが、男達が動き出す気配は感じられない。


 興味がないのか。気付いていないのか。

 もしかすると彼らは最早自身が生きている事さえ朧気なのかもしれない。


 チラリと倒れた男を観るとすぐさま歩き出す。

 警告はした。悪いとは思うが構っている余裕はない。


 不意にある事に気付くと、ノエルは視線を少しばかり下へと落とす。

 どうやら彼らは互いに視線を合わせない様にしているようだ。


 思えば先程の男も自分と目があった途端に妙な行動を取った気がする。

 ならば出来る限り自身もそうすべきだろう。


 その後も足を進めるが男達に動き出す気配は無く、遂に次の曲がり角へと差し掛かる。

 チラリと覗き込むとその先にはもう人気は見受けられない。

 漸く抜けられたかと息を吐き振り返ろうとしたその時――。


 突如男達がノエルに背を向け走り出す。


「ーーッ!」


 咄嗟に身構えその背を見つめていると、踵を返し逃げる様に走り出す。


「糞……。冗談じゃねーぞ……」


――共食い。


 男達はノエルに喉元を貫かれ息絶えた死体に、争うように群がっていた。


 彼らが何の食料も無い状況下で生き延びた理由……。

 最早、考えるまでもなくそう言う事なのだろう。

 そしてその中に女性が一人も居なかったのも……。


 背後から響いてくる争う音から逃げる様に速度をあげる。

 大方の予想はしていたが、又も観たくもない物を見せられてしまった。


「漸く出口か」


 呟き睨みつけたその先には、金の彫刻が施された漆黒の扉が待ちかまえていた。

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