38話:果たされた約束

――ピシャ、ピシャ


 歩く度に真っ赤な血が跳ねる。

 少女の元へと向かうノエルは、その距離を縮める毎に胸の中にチクチクとした、言いしれぬ痛みが広がって行くのを感じていた。


 無惨にも異形の姿へを変えられ、力なく横たわる隻眼の少女が此方を見つめている。

 唯一残された左目がノエルの姿を捉えて離さない。

 その目は瞳孔が開き、瞳は黒々としている。


――そんな眼で見るなよ……。


 少女はノエルを天使と呼んだ。

 聞き間違いでなければ、確かにそう呼んだのだ。


 然りとてノエルは天使などでは無い。

 さて……、どうしたものか……。


 しかし状況が状況だ。真実をそのまま告げるのは、流石に気が引ける。

 とは言え、天使は流石に謀り過ぎではないだろうか。 


(仕方が無いか……)


 覚悟を決め、少女の元へと戻ったノエルは、片膝を付くと道中に練った即席の設定を口にする。


「悪いが俺は天使では無い。……死神だ」


 少女は口角を上げ、ゆっくりと一度だけ瞬きをする。

 頷いているつもり……なのだろうか……。


「だから俺が君に与えてやれるのは、癒しではなく死だけだ・・・・……。君は死を望むかい?」


 その口角を上げたまま、もう一度ゆっくりと瞬きをする。

 少女の表情に躊躇いは感じない。

 そしてそれこそが、ノエルにこの小さな少女が抱えた痛みが、自らの想像を遥かに越えた地獄であったと突き付ける。


「……わかった。……では、最後に――」



――彼らの死を望むか?――

 

 そう言って指し示した先には、今尚、悲鳴を上げて横たわる異形の者達がいた。

 大きく瞬きをすると、口元が歪む。


「……分かった」


 立ち上がると、短槍を仕舞い弓を握る。

 これからノエルがしようとしている事は、一方的な虐殺でしかない。


 少女から見れば彼らは其れこそ怨めしい加害者だろう。

 しかし、彼ら自身は被害者でもあるのだ。


 そう……、この村にいる総ての者が、何者かの手によって異形へとその姿を変えられた哀れな被害者……。

 そして、その中に置いてノエルは何の関係もない第三者でしかない。


――馬鹿な事をしている……。

 そんな事は始めから分かっている。

 分かった上で弓を握ったのだ。


 キリキリと弓を引く。最も軽傷の者を探し、狙いを定める。

 殺されると分かった瞬間、死なば諸共で特攻してくる輩が居ないとも限らない。

 そうやって頭を巡らせていると、ふと思う。

 随分と冷静に、残酷な計算が出来るようになったものだと。


「シッ」


 矢を放ち命を刈り取る。

 視線だけを動かし少女を見ると、歪んでいた口元がニヤリと上がっている。

 視線を戻し、二の矢を番える。

 言いしれぬ悲哀に似た何かが胸の奥をチクチクと突き刺していた。


「ブヒィィィ」


 次々と命を奪われていく仲間を眺め、一人の豚頭が血走った目でノエルを睨みつける。

 次矢を射ろうと定めていた狙いを、自らを今にも襲いかからんと睨みつけてくる豚頭へと合わせる。


――二人の視線が交差する。

 その瞳には沸々と沸き上がった憎しみの色が浮かんで見える。

 

 ノエルはこの時、漸く気付く。

 自分だけが事この場に置いて、唯一純粋な加害者で在るという事に。


(だからと言って、一向に俺の心は痛まんがな……)


「シッ」


 カクンッと頭を仰け反らせ、そのまま仰向けに倒れ伏せる。

 見ると、豚頭達は涙を流し、諦めにも似た悲痛な表情でノエルを見つめている。

 しかし、ノエルの動きは止まらない。

 その後も次々に矢を放っては、その命を奪っていく。


――これは処刑。

 たった一人の少女の為に繰り広げられた公開処刑だった――。


「ふぅぅ……」


 眼を閉じ深々と息を吐く。

 処刑を終え、弓を仕舞うと右手のナイフをキツく握りしめる。


(思ってたよりしんどいな……)


 右手のナイフを背中に隠し、少女の前に膝を突くと優しげに声をかける。


「何か言い残したい事は有るか?」


 息をするもやっとと言った少女が、最後の力を振り絞り必死に言葉を紡いでいく。


「お母さんを――皆を――殺し――お願い――ます……」


 少女は止め処なく涙を流し、祈るような眼差しでノエルを見つめている。


「……分かった。彼らがそう願うのなら、必ず死を与えると約束しよう」


 少女がゆっくりと瞬きをすると、こぼれ落ちた涙が血溜まりに小さな波紋を立てる。


「今までよく頑張ったな。安心して良い、君には天国行きが約束されている。其処にはもう、痛いことも辛い事も無いし、君に酷い事をする奴も居ない。だから安心してお休み……」


 そう告げると左の掌で、優しく包み込むように少女の目元を覆い隠し、後ろ手にした右手のナイフを振り上げた――。




◇――――――――◇




 どれほどの時間が経っただろう。

 我に返った時、ノエルは少女の頭部を胸に抱き、血溜まりの中、たった一人で佇んでいた。


――ピチャリ


 頬に水滴が落ちる。灰色の世界で剥き出しの岩盤を見上げる。

 目元を伝う雫が、返り血で真っ赤に染まったノエルの頬に、まるで泣き跡の様な線を描いていく。


「あぁ……。そうだ、空がよく見える場所に墓を作ってやるよ。此処には、空が無いもんな……」


 抱えていた少女の亡骸を大事そうに麻袋へ納めると、インベントリにしまい込む。


(約束は、守らないとな……)


――パシャッ

 音を立てて歩き出す。その手には短槍が握られており、その眼差しは、鋭さを増していく。


 ノエルは隠れる事無く、堂々と道の真ん中を歩いて行く。

 自身の中を蠢くどす黒い何かを吐き出したくて仕方がないのだ。


 恐らく此は八つ当たり、そんな事は分かっている。

 分かってはいるが……。


――ギリッ

 奥歯を噛みしめる。

 その足は、真っ直ぐ豚小屋へと向かっている。

 あまりの恐怖にガタガタと体を震わせ、無様に逃げ出したあの場所へ。


 道は憶えている。忘れようもない。

 待機魔力を解放し、身体強化とエンチャントをかけ直す。

 これ見よがしに道の真ん中を歩いていると言うのに、豚頭達は一人として姿を現さない。


 もしかすると彼らは今日初めて死の恐怖と言う物を学んだのかもしれない。

 だとすると今頃はそれぞれの家の中で恐怖に怯え、隠れているのかもしれない。


「まぁいいさ。別に殺しを楽しむ趣味は無い」


――暫く歩いているとやがて見窄らしい長屋の様な豚小屋が見えてくる。


 彼らは今も死を望んでいるのだろうか?

 もしそうなら又も自分はこの手を汚さなくてはならないのか……。


 一歩、又一歩と豚小屋に近付くたびに憂鬱な顔が酷く歪んでいく。

 

――ギィィ


 立て付けの悪い戸口を開くと、むわっと悪臭に襲われる。

 目を細め奥の方へと視線を向けるとズリズリと藁を引きずる音が近付いてくる。


「「「殺してくれぇぇぇぇ」」」


「はぁ……。分かった……」


 質問するまでもなく、彼らの悲痛な叫び声が豚小屋に木霊する。

 二度目の邂逅。

 しかし今度は、哀れな彼らの瞳をジッと見つめ逃げる事無く豚小屋へと足を踏み入れた。


「望むなら死を与えよう――」

 

――ギィィ・バタンッ




◇―――――――◇

 

 

 

――バシャバシャバシャバシャッ


 フワフワと浮かぶ水球に顔を突っ込み、顔と頭をゴシゴシと洗う。

 透明だった筈のそれは、血と泥と埃が混ざり合い焦げ茶色に染まっていく。


「汚なっ!」


 目の前に浮かんでいる汚れた水球を捨てるように遠くへ飛ばす。

 スンスンと両の袖口の匂いを嗅いでクシャリと顔を顰める。

 酷い臭いだ……。物凄く風呂に入りたい……。


「しゃーねーか……」


 溜め息を吐いて歩き出す。

 目指すは出口。既に大凡の見当は付いている。


 先に櫓の上に上ったときに見えた真っ赤な扉。

 恐らくそれがこの村の出口だと思われる。


――ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ


 手にした短槍を、意味もなく何度も何度も横へ凪ぐ。

 今、ノエルはこれ以上無いほどにイライラしていた。

 

――不愉快だ。

 本当に不愉快だ。

 当初の予定では、出来うる限り戦闘を避けて脱出を最優先すると決めていた。

 しかし、流石に我慢の限界である。


「待ってろよ糞野郎……。必ず見つけ出して――」

 

 

 

 

 

――ぶっ殺してやる!――

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