160話:救出作戦−−その4

「チッ、留守番かよ。ツイてねぇな……」


 ラングが部屋から出て行くのを見送ると、途端に顔をしかめて悪態を吐く。


 ウルグを返り討ちにしたという少年を仕留める事が出来れば、組織内でも一目置かれる存在になれるはず。そう思い、チャンスを伺っていたのにこのザマだ。


――別の奴を呼びに行かせればよかったぜ……。


 だいたい魔法が使えると言っても、自分たちは100人からの集団だ。たった一人の子供を相手に、遅れを取るとは思えないし、何より人質まで用意してある。ことが済むのも時間の問題だろう。


 せっかくの機会を逃し、やや不貞腐れ気味の男は、不機嫌に鼻を鳴らすと室内を見渡した。


 部屋に残された人質は二人。床でのびている少年と息を切らせながら身をよじっているシスター。


 それを見た男の口元が醜く歪む。


「たまんねぇなぁ……」


 縛り付けられた縄がアナベルの体に食い込んで、体の一部をより強調している。その様子に加虐心が揺さぶられると、堪らず男はアナベルへと近づいた。


 殺してしまえばいい。


 白仮面の男も言っていた。妙なことをしたら始末してもいいと。ならいただいた後に始末しても問題はないだろ?


「せっかくのチャンスを不意にしたんだ。これぐらいの役得はあってもいいよな。くひっ……」


 男はアナベルの上にまたがると、アゴを掴んで顔を覗き込んだ。


「苦しいか? 俺が今から気持ちよくしてやるからな」


「黙れ気持ち悪い!」


 グシャリと、立ててはいけない音を鳴らし、男が壁まで吹き飛んだ。派手にぶつけられた壁には真っ赤な血がべっとりと付着し、側頭部がコの字にヘコんでいる。


 心底どうでもいいという目つきで男の死体を見下ろしたエリスが舌を鳴らす。一歩遅かった。肝心の子供が1人いない。おそらくはノエルへの人質に連れて行かれたのだろう。ゲスの考えそうなことだ。


「まいったわねぇ……後で絶対嫌味を言われるわぁ」


 プンスカと怒るノエルを想像してため息を吐くと、今なお恐怖で顔を強張らせているアナベルの縄を解き始めた。


「助けに来たわ。とにかくここを出るわよ」


「あっあなたは?」


「私はエリス。ノエルに頼まれてあなた達を助けに来たの。連中が来る前に逃げるわよ!」


 言うとエリスは縛られたままのダズを抱えて窓に足をかけた。


「ま、まって! もう一人女の子がいるの。お願い、彼女も助けてあげて!」


「もちろん助けるわ。でもその前にあなた達をここから連れ出すのが先よ。分かるでしょ? 足手まといなの」


「−−ッツ! それは……」


 アナベルは言いかけて口を噤んだ。返す言葉が見つからなかった。だけど納得も出来なかった。力も覚悟もないやりきれない思いだけが、しこりのように胸に残る。


「早くなさい。急がないと連れて行かれた子を助けられなくなるわ。早く!」


 語彙を強めてエリスが言うと、アナベルはビクリと跳ねたようにあとに続いて行った。




  ☆ ☆ ☆




「クズどもが……ゾロゾロと雁首がんくび揃えやがって……。てめぇら数さえいれば俺をれると思ってんじゃねぇだろうな?」


 それぞれが得物を持ち、虎視眈々と待ち受けていたヤクザ者たちを前にして、ノエルが怒りを露わにする。


 三十人かそこいら。その程度の数に負ける気がしない。しかも属性魔力も毛ほども感じないときいてる。魔法の魔の字も知らないただのチンピラ。そんな連中が自分に勝てると本気で思っている。


 ノエルにはこれが我慢ならなかった。舐められるということはこう言うことだ。痛めつければ言うことを聞く弱者。だから何をしようがどうとでもなる。


 それこそ世のクズどもの共通認識って奴なのだろう。


−−反吐が出る。


 吠えたノエルを見て、男達はクククッと笑う。子供を甚振るだけだ、大したことはない、と。


「もういい……死ね」


 ノエルは呆れたようにボソリと呟く−−そして、男達はひとり残らず炎に包まれた。


 エリスが言っていた。「数は力なの、気をつけなさい」


 確かにそうかもしれない。近づかれれば……。


 ノエルは坦々と黒炎と白炎を打ち続けた。一定の距離を保ちながら、一方的な虐殺。忌避感はない。慈悲もない。害虫駆除と何ら変わらない。面倒なだけだ。とっとと死んでくれ。


「エリィィィス!」


 ノエルが叫ぶ。大事なのは人質の安否だ。チンピラの存在など、もはやどうでもいい。子供達さえ無事なら……しかし−−。


「ごめんなさい、一歩遅かったわ……」


 見上げると、屋根の上には三つの人影。心配そうに涙目で見つめるアナベルと、バツの悪そうな顔でダズを小脇に抱えたエリスがいた。


 フランの姿が見えない。ノエルはハッとした表情で視線を扉へと向けた。


「やっでぐれだなぁ、ガギィ……」


 カサカサに掠れた声。白い仮面を付けた男がフランを抱えたまま扉を蹴って現れた−−。


「ごろじでやるよぉ! でめぇだげは許すざねぇ」


 人で出来た松明が辺りを照らす。白炎の乳白色に黒炎の影が揺らめき、ノエルと白仮面の間にモノクロの世界を作る。


 ノエルの怒りは頂点に達しようとしていた。白仮面の男は、フランを盾にするように抱え直すと銃口をノエルへと向ける。


 男は始めから生き延びる気はなかった。ノエルさえ殺せれば、敵さえ打てればそれでいいと思った。


 男の目から見たノエルは、残酷さと甘さを併せ持つ異常な子供。自分たちを残酷な囮に使う一方で、子供たちを救うことに固執していた。だからそこを付く。


 本心を言えば甚振り、なぶり殺してやりたい所だが、確実に殺すことを選んだ。理由は1つ、ノエルが強いから。


 この選択自体は正しかっただろう。事実、ノエル怯み、一瞬たじろいだ。


 しかし、白仮面の男は決定的なミスを犯した。ノエルはまさに今、我を忘れかけている。男はそれに気づいてすらいなかった……。


「なぐ……られたのか……?」


 フランの頬が腫れ上がっている。見れば口元からは薄っすらと血が滲んでいた。


−−ぶち殺す!


 極限まで高まった魔力がノエルを包み、さっきを載せて地をけろうとしたその瞬間−−。


「逃げてぇぇぇ! 来ちゃだめぇぇ!」


 目を覚ましたフランが男の腕の中で暴れ始めたのだ。


 年端も行かない少女を何がそこまで駆り立てるのか。フランは懸命に身を捩りながらも、ノエル向けて精一杯の大声で叫んだ。


「大丈夫だからっ、あたしは強いからっ! 悪いやつになんて、絶対に負けないからっ。だからっ……逃げてぇぇぇ!」


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幻想世界の残酷少年 ~剣と魔法とラノベ脳~ ヤマダ リーチ @ri-chi_yamada

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