110話:ダンジョン 3日目――その1
「みゃー」
猫特有のザラザラとした舌で舐め回されて目を覚ます。
結局、昨日は寝る直前までナイン相手に魔力操作の指導をして過ごすことにした。
流石は精霊。魔法生物と言われるだけあって、荒削りながらも既に自身の魔力を動かすことは出来ていた。
そのため、魔力を練り上げて待機魔力を作り出すと言う行程の指導をした。
結果は上々。とんでもない速度で魔力操作をマスターしていく。
ノエルとしては、あまりの物覚えの良さに自信を無くしたぐらいだ。
ノエル自身、初めて魔力を動かせるようになるまでに3ヶ月も掛かったのだから。
「んー、おはようナイン」
「みゃー」
いまだ眠い目を擦りながら起きあがる。と、ナインはノエルの肩に飛び乗ると、ヨチヨチと頭の上に登っていく。
よほどそこが気に入ったのか、ナインは昨日から事あるごとにノエルの頭の上に陣取っていた。
「まぁ、いいけど。落ちるなよ?」
「みゃ!」
顔を洗って歯を磨くと小屋を出てセバールの元へと足を運ぶ。
今日はダンジョン攻略を休んで人に合う約束をしていたのだ。
明日にはここを出て、孤児院へと戻らなければならない為、今日中に話を聞いておきたい。
セバール宅へ付くと、既に準備を終えていたようで、挨拶もそこそこにその足で目的の小屋へと移動する。
道中にミリル平原での一幕を掻い摘まんで説明し、セバールに要らぬ手出しをしないように釘を刺す。
ダーク・エルフは子供をことさら大事にする。そのため、これからノエルが何をしようと、恐らくは黙って見守っているだろうと言う計算があっての事。
「ここか?」
ダンジョン内に作られた村の一画、最も端に位置する小さな丸太小屋まで案内されて立ち止まる。
どうやらここが目的の場所のようだ。
「うむ、お主がやってきてからというもの、あ奴は小屋から出て来ようとはせんのじゃ。よほど怖がられておるようじゃのう」
「はっ! アイツの所為で散々な目にあったからな。たっぷり仕返ししてやるさ」
「止めはせんが、程々にのう。アレはアレで役に立つからの」
「まぁ、一応考慮してみるよ……」
そう、口にした瞬間――ノエルは力一杯に扉を蹴破った。
口にしては見たものの、どうやら手心を加える気は無いらしい。
「な、何だ?! 誰だ、こんな事をしやがったのは!」
慌てふためくように、男が部屋の奥から顔を覗かせた。
――ニタリ。ノエルの顔が歪む。
「よう、久しぶりだなキンドー」
「お、お前は! ひぃぃぃっ、く、くるなぁぁ!」
ノエルの顔を見た途端、腰を抜かしたキンドーはその場にへたり込むと、後ずさりながら手当たり次第に物を投げつける。
ノエルは飛んでくるコップや皿をヒラリと交わすと、足早にキンドーへと近付いていく。
その顔は、嬲るように微笑んでいた。
「おいおい、随分な歓迎じゃないか。せっく会いに来てやったんだ、茶の一杯でも出したらどうだ?」
「う、うるせえ、帰れ。お前と話すような事なんて何もねぇ!」
すっかり部屋の隅まで押しやられたキンドーに、ノエルの蹴りが炸裂する。
鉄板の入ったブーツの爪先が、キンドーの脇腹に突き刺さり、横倒しに倒れ伏せる。
と、途端に言葉を失った様に体をくねらせ悶絶を始めた。
「はっはっはっ、そうかそうか身悶えするほど嬉しいか。
キンドーは涙と鼻水で顔をくしゃくしゃに歪め、酸素を求めて身を捩る。
ノエルの言葉が聞こえていないらしい。
が、それでもお構い無しにノエルはキンドーを蹴りつけた。
「ぐぇっ……」
くぐもった悲鳴が漏れる。キンドーは身を守るように身体を縮め、抗う気力もないのか只々ノエルから受ける暴力に堪え忍んでいる。
それでもノエルは止まらない。
蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る――。
腹を蹴飛ばし、腕を蹴飛ばし、顔を蹴飛ばす。
「ちっ、気を失ったか……」
吐き捨てたように呟いたノエルの足元には、白目を剥き、口から泡を吹いたキンドーがいた。
その腕はあらぬ方向へとへし折れ、顔はジャガイモのように晴れ上がっている。
ノエルから受けた暴行の激しさが伺いしれた。
「ふむ、気が済んだかの?」
「あぁ、悪いな少しやりすぎた」
「まぁ、最悪死んだとしても構わぬが、流石にさっきのお主には儂も引いたぞ……」
言われたノエルがばつが悪そうに振り返る。
「ここまでする気はなかったんだ。だがな……俺にだって堪忍袋ってやつがあるんでな。開口一番にあんな悪態をつかれちゃな……」
「まぁそうじゃろうの。で、どうするんじゃ? 叩き起こすのか?」
「いや、暫く転がしておこう。俺も少し頭を冷やしたい」
倒れた机や椅子を元へ戻すと、ノエルとセバールは腰掛けた。
「ところで少し聞きたい事があるんだがいいかな?」
「なんじゃ?」
「なんでキンドーを匿ってたんだ?」
「偶然じゃな。偶々水路の入り口を開けたときにあ奴がおったんじゃよ。見られた以上そのまま返すわけにもいかんしの。それに本人も行くところが無いと言うとったからのう」
「なるほどねぇ……」
そこまで聞くと、ノエルは机に顔を突っ伏した。
さっきの事は自分でもどうかしてたと思う。
確かに腹はたったが彼処まですることはなかった筈だ。
我を忘れるなんてらしくない事をしてしまった。
「みゃー……」
ナインはピョンとノエルの頭から飛び降り、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「大丈夫、もう平気だ」
そう言って優しく撫でてやると、ナインはゴロゴロと喉を鳴らす。
――こうしてみると只の猫だな。
ノエルは顔を綻ばせた。と、そう言えばとノエルは手を叩く。
昨日聞く筈だったことを聞き忘れていたことを思い出したのだ。
「そう言えばさ、姿を変える魔法。幻視系魔法だっけ? それの使い方教わってなかったんだが、教えて貰えないか?」
「いきなりじゃの。まぁいいか、奴も暫くは起きんじゃろうしの」
セバールの話では幻視系魔法と呼ばれる魔法は、須く精霊魔法により実行されるらしい。
理由は一つ。幻視系魔法は人間では行使しきれないからだという。
魔法とは属性変換された魔力を、術者のイメージで具現化し、構築するものである。
また、一度構築の完了した魔法は基本的にその状態のまま発射、もしくは防御壁として使われる。
しかしながら幻視系魔法は、常に変化を要求される。
この変化が、人間では行使しきれないイメージの限界だという。
例えば、髪の色を変える魔法を使うには一体どうすればいいのか。
一般的には光魔法を使い、光の屈折を利用して見え方を変える方法が使われる。
しかし、風が吹けば髪はなびくし、歩くだけでも髪は揺れ動いてしまう。
そうなればそのたびに髪色が変化し、どうしたって違和感が出てしまうのだ。
それを解決するには、毎瞬魔法を発動し直す必要が出て来てしまう。
それは流石に無理である。そこで、人間の変わりに精霊が行使した魔法を制御する。
そうすることで常に変化に対応する事が可能になる訳だ。
つまり術者がユーザーで、精霊がサーバー。精霊魔法とは、さしずめクラウドコンピューティングの様なものである。
「なるほどね、となると幻視系魔法を使えるようになるのはもう少し先になりそうだな……」
「まあ、お主の精霊の成長次第じゃろうな」
「だなぁ、頑張ろうなナイン」
「みゃ!」
ノエルはナインを抱き上げ幾度か撫でると、よしっと椅子から立ち上がる。
時間は有限だ。修行時間を稼ぐためにもキンドーにはとっとと起きて貰うとしよう。
「よし、そろそろ始めるか」
「なんじゃ、結局たたき起こすのか?」
「まぁな――」
………………。
…………。
……。
――バシャリとキンドーの顔に水を被せる。
気を失っている間にポーションを振りかけ、一応の応急手当は済ませてある。
お陰で、ジャガイモの様に腫れ上がった顔が、幾分かましに見えた。
「起きろ、お前に聞きたい事がある」
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