109話:ダンジョン 2日目――その6

 ノエルは魂石を手にすると、改めて姿勢を正す。

 まずは本人の意思確認をしなくてはならない。

 封じられた精霊と子供達の魂が、契約を受け入れる気がなければやる意味がない。


「契約の為に、今から魔力を流すけど大丈夫か?」


――トクンッ!


 何故だかやる気満々に脈打つ魂石。バッチコイとでも聞こえてきそうな勢いだ。

 ならばと手にした魂石を掲げると、セバールとリリーがいつの間にやら部屋の隅へと移動していた。

 リリーはセバールを盾にするように背後に隠れ、セバールは身を守るように結界障壁を張っている。

 その様子を見たノエルは、何事かと口を開いた。


「何してんの?」


「いや、爆発したら危ないじゃろ?」


「爆発すんの?!」


「どうじゃろうな……」


「怖いこと言うなよ。俺も一応、障壁を張っとくか」


 一度魂石をちゃぶ台に戻すと、立ち上がって結界障壁を発動。

 更に腰を屈めて恐る恐る手を伸ばす。


「いくぞ? 魔力を流すぞ?」


「うむ、いつでもいいぞ」


 ノエルは、よしっと小さく気合いを入れると、いよいよ魂石へと魔力を注ぎ始めた。


――トクンッ……。


 魂石が脈打つ。ノエルはそのたびにピクリとしながらおっかなびっくり注ぎ続ける。

 すると魂石はどんどんと魔力を吸い続け、待機魔力にして凡そ五つ分ほど注ぎ込んだ辺りで、突如として黒い煙を噴きだした。


「――っ!」


 その様子に慌てたノエルは、部屋の隅へと飛び退くと、新たに障壁を展開して身構える。

 大丈夫だろうか? 失敗した挙げ句、粉々にでもなったら洒落にならない。


「ほっほぅ、これは珍しいのう……」


「どう言う事だ? 早く説明してくれ!」


 爆発でもするのかと、些か興奮気味のノエルが先を急かすと、セバールは物珍し気に答えた。


「心配せんでも契約は完了しとるよ。ただ随分と珍しい属性を持った精霊じゃのう」


「分かるのか? 俺は何も感じないが」


「魔力を感じる事は出来んよ。なにせその精霊は闇属性じゃからの」


「あぁ、なるほど。魔力を感じないから闇属性って事か。で? この煙は普通なのか?」


「いや、コレは初めて見たのう」


「本当に平気なのか?」


「さぁのう。じゃが悪い感じはせんし、問題ないじゃろう」


「そんな格好で言われても説得力ねぇな……」


 セバールはいまだ障壁を張ったまま、リリーを庇うようにして手を広げている。

 大丈夫と言いながら、その格好では説得力がない。


 見ると、煙を吹き上げていた魂石は、徐々にドロリと溶けていき、真っ黒なスライムの姿になっていた。


 煙が引き、ウネウネと形をくねらせる。スライム型の精霊だろうか?


「この後はどうなるんだ?」


「ふむ、徐々に姿を変えて顕現するはずじゃが……。おぉ、始まったみたいじゃぞ」


 真っ黒なスライムがムクリと上に伸び、やがて卵のように丸みを帯びていく。

 すると、次の瞬間――卵に亀裂が入る。


「産まれるのか?」


「うむ、出て来よるぞ」


 結界障壁を解除して、三人は取り囲むようにして卵を見つめた。


 





――ニャァァァ!――



 

 

 

 出て来たのは小さな子猫だった――

 大きさは、見たところ生後一ヶ月といった手のひらサイズの子猫。

 ふさふさとした長い毛は全身真っ黒で、パチリとした大きな目はサファイアの様に蒼く透き通っている。

 さらにはポテリとした子供らしい体つきに、やや短い四本足。

 所謂マンチカンと呼ばれる種類の猫だろうか。


「なんで猫? しかも子猫……」


 ノエルは現れた精霊を見てガックリと肩を落とす。

 どう見ても戦闘力があるとは思えないのだ。


 いや、確かに可愛いのは認める。認めるが、戦闘時に子猫の姿では戦いようがないだろう。

 この可愛さが戦闘力に直結すると言うのなら、そりゃあ子猫無双だろうが……。


「キャー可愛いっ! 何ですか、この動物は? 何ですか、この可愛さは?」


 瞳を輝かせたリリーが、子猫を抱き上げモフモフと顔を擦り付けている。

 ダンジョン生まれのダンジョン育ちのせいか、どうやらリリーは猫を知らないらしい。

 ミャーミャーと鳴き声を上げる子猫を、愛おしそうに撫でくり回わす。


「それは猫。名前は無い。悪いけど、少しセバールに話があるから其奴のこと頼めるかな?」


「はいっ、お任せください!」


「ほっほっほ、どうやらリリーはいたく気に入ったようじゃのう」


「あぁ、そうだな。それより精霊について色々と教えてもらえないか?」


「ふむ、良いじゃろう」


 改めてちゃぶ台を挟んで向かい合うと、セバールによる精霊講義が始まった。


 まず、ノエルが真っ先に疑問を持ったのは、なぜ猫の姿なのか。と言うこと。

 コレについてはセバール曰く、契約者の属性に対するイメージが大きく反映される結果らしい。

 つまりノエルにとって、闇属性の動物のイメージが黒猫だったという事。

 さらには、何故子猫なのかと言う点については、恐らくは精霊と同化した子供達の魂が影響を及ぼしているのではないか、という。


 ただ、それはどうだろうとノエルは首を捻った。

 実際の所、ノエルのイメージでは闇属性の動物と言えば真っ先にカラスを思い浮かべるのだ。

 なのに出て来たのが黒猫だとすると、ノエルが思い浮かべたイメージより、子供達のイメージの方が色濃く反映されているのではないだろうか?


「難しいのう。儂もこの様な変わった精霊は、始めてみたからのう」


「そうか、まぁ分からないものはしょうがないけど……」


 いって頭を抱えるノエルに、セバールは話を続けた。


「もしかして姿が戦闘力に直結すると思っておるのか? だとしたら大間違いじゃぞ?」


「え? 姿は関係ないのか?」


「まったくという訳ではないの。じゃが、精霊の持つ本来の力は、あくまでも魔法じゃ。それは理解しておいた方がええのう」


「魔法か……、確かにそれなら姿は関係ないか。もっと精霊に付いて詳しく頼む」


「うむ!」


 ノエルは、精霊の使う魔法。精霊魔法に付いての説明を受けた。

 精霊は産まれい出た瞬間に、必ず一つの属性をもって産まれてくる。

 水場に近いところで産まれた精霊は水属性を、火山の近くで産まれた精霊は火属性を。

 と、いったように環境による差はあれど、あくまでも持って産まれる属性は一つだけ。

 しかし魔導師との契約をした精霊に限り、複数の属性が使用可能になる。

 それは、契約者から属性に変換された魔力を受け取り行使するといった方法でだ。

 それが所謂精霊魔法と呼ばれるものらしい。


 更に聞くと、面白いことに精霊は契約者から魔法を学び、魔法使いとしての才能を磨くという。

 本来、契約をしていない精霊は、それこそ魔物と同じ様に魔法を扱う。知性ではなく野生で、だ。

 しかし、それでは魔法はその本領を発揮しない。

 そこで契約者は、精霊をまるで弟子のように指導し育てていくと言う。

 それこそ魔力操作の鍛錬から始まり、各オリジナル魔法に至るまで余すことなく伝えられる。

 そうやって知識と経験を得た精霊ほど強さを増し、それが精霊魔導師の力量へと直結していくのだ。


「なるほど……。あれ、じゃあヒューマンの精霊魔導師よりエルフの精霊魔導師の方が有利じゃないか?」


「うむ、その通りじゃ」


 ノエルが口にした疑問に、セバールは満足気に頷く。


 知識と経験がものを言うのであれば、長命種たるエルフに一日の長があると言うことになる。

 なるほど、オンディーヌが規格外に強いのも頷ける。


 その後もノエルは散々セバールへと質問を繰り返し、結論として当面は精霊を育てることに生活の重きを傾けることに決めた。

 特に魔力操作に至っては直ぐにでも始めた方がいいだろう。

 

「よし、暫くは一緒に修行だな!」


「ミャ!」


 リリーの腕の中でモフられていた精霊に話しかけると、身を捩るようにして振り解き、ノエルの腕の中へとジャンプする。


――ヤバいな、ムチャクチャ可愛い……。


 こてっと首を傾げながらノエルを見つめ、ミャーと甘えてくる。

 油断したら甘やかしそうだ。修行に差し障りが出ないと良いが……。


「あらあら、やっぱりちゃんはご主人様がいいのねぇ」


 トロンとした目で子猫を見つめ、リリーが呟く。


「え? いつの間に名前を?」


「ええ?! 神子様が先ほど名前はナインって仰ってましたよ?」


「あぁ……、そう言う事か」


 確かに言った。と。

 無いが、ナインに聞こえたのだろうか?


「どうするかなぁ。お前はどうだ? その名前が気に入ったのか?」


「ミャ!」


「あぁそう、じゃあしょうがないか。よし、今日からお前はナインだ! よろしくな」


「ミャミャ!」


 名付けが出来なかったのは残念ではあるが、本人が気に入っているのならまぁいいだろう。

 何はともあれ、これでノエルは晴れて精霊魔導師へと華麗なるジョブチェンジを果たしたのだった。


 


 

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