108話:ダンジョン 2日目――その5

「頼む、姿を変化させる魔法を教えてくれ!」


 大急ぎで五階層まで駆け抜るようにして戻ると、セバールをとっつかまえた。

 この後、孤児院へと帰らなければならないノエルとしては、是が非でも欲しい魔法だ。

 自身の姿を少しでも偽る事が出来るならば、行動範囲も格段に広がる筈。


「なんじゃ藪から棒に。こ、これ引っ張るな!」


「まぁまぁ、ちょっとこっちで話そうじゃないか。今後の事も含めてさぁ、な?」


「その顔で笑うな、怖いわっ!」


 ニマニマと悪い笑みを浮かべてセバールの手を引く。

 ダーク・エルフ達が街から脱出する手伝いをする際の報酬を決めていなかったのだ。

 なにしろ彼らは無一文。お金で報酬を支払うことが出来るわけがない。

 そこでノエルは彼らが持つ知識を報酬として手に入れようと目論んだのだ。

 これならば彼らとしても助かるし、まさにwin―win。文句はあるまい。


 セバールの自宅へと移動すると、簡素なちゃぶ台を挟んで向かい合う。

 なぜかリリーがノエルの隣を陣取っているが、それはまぁいい。

 ノエルとしては自身の知らない魔法の知識を手に入れる事さえ出来れば他はどうでも良かった。


「さぁ報酬の前払いだ! とっとと吐きやがれ!」


 ダンタンとちゃぶ台を叩き、セバールを急かす。


「取り調べみたいになっとるぞ? まぁいいがの……」


 ひとり興奮した様子のノエルに、些か引き気味のセバールがヤレヤレと話し始めた。


「最初に言うとくが、幻視系の魔法は普通の魔法使いや魔導師には決して使うことは出来ん特殊な魔法でな」


「ふむふむ」


「ざっくり言うとなんじゃよ」


「精霊魔法? そんな魔法があるのか……」


 ノエルは途端に難しい顔へと変わる。

 オンディーヌの残していった書物の中には精霊魔法などという記述はどこにも書かれていなかった。

 そこでまたもラノベの知識を引っ張り出してみると、記憶の中にあるのはエルフ特有の魔法として描かれているものが殆どだった。

 となると、ヒューマンには使えないのだろうか?

 確かに姿を変化させる魔法を実際に使っているのを見たのは、オンディーヌとセバールだけ。

 そしてそのどちらもがエルフだったのだ。


「なんじゃ? 難しい顔をして」


「うーん、もしかして精霊魔法ってのはエルフにしか使えない特殊魔法だったりするのか?」


 セバールはノエルの疑問になるほどと手を叩くと、話の進めた。


「そんな事はないぞ。ヒューマンだろうがワービーストだろうが、精霊魔導師なら皆使えるはずじゃぞ?」


「本当か! あぁ……、でも精霊魔導師じゃないと使えないのか……」


 ヒューマンでも使えるといっても精霊魔導師じなきゃ使えないとなると、今のノエルでは結局使えないという事。

 聞いてガッカリしたようにうなだれるノエルに、セバールは不思議そうに首を捻った。


「何をガッカリしとるんじゃ? お主も精霊魔導師じゃろ?」


「へ? あ、いや、俺はただの魔法使いだぞ? 残念ながらな」


「ふむぅ、おかしいのぅ。初めて合ったときから、お主より精霊の気配がしとるんじゃがの」


「精霊の気配? 俺からか? そんな筈はないと思うが……」


 精霊の気配と言われても、ノエルにはまったく心当たりがなかった。

 今のいままで精霊を目の当たりにした事があるのは、オンディーヌが出した白虎型の精霊ただ一体だけ。

 それ以外で精霊との関わりと言えば、死霊の森で遭遇したゾンビなどの半魔法生命体ぐらいだ。

 ましてや自身が精霊と契約をかわした記憶など有るはずもない。

 どういう事だろうか……。


「しかしのう。実際に、お主の中からお主自身以外の魔力を感じるんじゃよ。精霊使いであることを隠したいならそれでも構わんが、本当に身に覚えがないとなると、ただ事ではないぞ?」


「ん、俺以外の魔力? ああっ、そう言う事か!」


 自分以外の魔力。その言葉を聞いて、漸くノエルは思い当たった。

 恐らくは魂石の事だろうと。まぁ、魂石を解放する手段に心当たりがないか相談する予定だった為、話すことも吝かではない。

 が、その前に悪魔のことについて話しておいた方がいいかもしれない。

 下手に魂石を取り出して、ノエル自身の仕業などと要らぬ誤解を招いては面倒だ。


「なにか心当たりでも見つかったか?」


「あぁ、だけどそれを話す前に少しだけ話を聞いて貰ってもいいかな?」


「うむ、構わんぞ。話してみるがいい」


 言われてノエルは語り出した――。

 魔の森を横断する途中に巻き込まれた悪魔の話を。

 当初、終始変わりのない態度で聴き入っていたセバールであったが、ノエルが手を掛けることになってしまった哀れな少女の話に入った当たりから、その表情が一変した。

 少女に感情移入でもしたのか、眉間に皺を寄せ、拳を堅く握り込み。

 怒りを露わにするような素振りを見せ始めた。傍らを見ると、リリーに至っては目に涙まで浮かべている様子。

 子供を愛おしむダーク・エルフ達にとっては許し難い事なのだろう。


「――と、まぁそんなことがあってな……」


 ノエルが一連の事情を話し終えると、セバールとリリーが同時にちゃぶ台を殴りつけた。


「赦せん!」

「赦し難いですね!」


「あぁ、そうだな……」


 二人のあまりの憤慨っぷりに、ノエルは些か居心地が悪い。

 何しろ少女を手に掛けたのはノエル自身だし、どんな理由であれ未だに魂石の力を利用しているのもノエルだったからだ。


「それで、魂石とやらは今どこにあるんじゃ?」


「あぁ、俺がもってる。これなんだが、解放してやる方法を知らないか?」


「これは……。なんと恐ろしい事をしよるんじゃ」


 ノエルが恐る恐る魂石を取り出しちゃぶ台へ置くと、二人は食い入るようにそれを見つめている。


「解放か……、絶対とは言えんが可能性が一つだけあるのう」


「本当か? 何でもいい、教えてくれ!」


「ふむ、お主は気付いてないかもしれんが、この魂石とやらには魂だけではなく、精霊も封じられておる。しかもどうやら精霊が子供達の魂と同化しておるようじゃのう」


「精霊……。そうか、それで俺から精霊の気配がしたのか。で、俺はどうすればいい?」


「ふむ、お主……この精霊と契約してみる気はないか?」


 セバールの話をまとめると、ノエルが精霊と契約すら事により、同化した魂達も同時に解き放たれるという。

 あくまでも可能性の話らしいが。


「それで解放してやれるなら構わないぞ。俺としても精霊契約は願ったりだしな。で、どうすればいいんだ?」


「方法自体は簡単じゃよ。お主の魔力を精霊に与えてやればよい。相手がそれを受け入れ、お主に魔力を少しでも返してくれば完了じゃ。ただし、その前に一つ気になる事があるんじゃがのう……」


「んん、何だ? 何かあるならはっきり言ってくれ。精霊契約に関しては、俺は完全に素人だからな。言ってくれないと分からんぞ?」


「うむ、では言うがのう――」


 セバールの言葉にノエルは耳を疑った。

 彼が言うには、封じられている精霊が子供達の魂と同化した結果、歪な魂へと膨れ上がり、もしかすると上位精霊へと進化を遂げている可能性があると言うのだ。


 精霊には階位が存在する。それらが決まるのは、生命体としての魂の器の大きさと、長い年月を掛けて磨き上げられた知識と経験である。

 しかし、魂石に封じ込められてしまった精霊は、産まれたばかりの下位精霊だった。

 それが生け贄とされた子供達の魂と結び付く事により、知識も経験もない器だけが大きい歪な形へと進化してしまったのだ。

 結果、上位精霊のポテンシャルを持つ赤ん坊のようなアンバランスな存在へと至ったと言う。


 だとすると、果てして精霊は契約に合意するだろうか?

 そもそもの話、精霊が魔導師と契約を交わすのは自身の力で魔素を魔力へと変換する力が無いからである。

 しかし上位精霊は違う。自分の力でそれが出来てしまうのだ。

 だからこそ上位精霊は、その類い希なる力で森に結界を張り、下位精霊達を保護出来るわけだ。


「うーん、どうだろうな。やるだけやってみてもいいかな? 契約が嫌だってんなら後から解除も出来るんだろ?」


「うむ、まぁ出来るのう」


「なら話は早いな。精霊契約をしてみるよ!」



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