35話:胸のすく様な一矢

「ひぃぃぃっ」


 腰を抜かし、無様にも地を這うようにして小屋から抜け出すと、開いた戸を足蹴にして勢い良く締める。


――バタン


 出て来られては敵わないと、扉を背にして足を踏ん張る。


――ドンドン、ドンドン、ドンドン、ドンドン、ドンドン


 悍ましくも哀れな異形の者達が、その身体を打ち付ける度にノエルの背に衝撃が伝わり、全身に鳥肌が立ち悪寒を走らせる。


「殺してくれぇぇぇぇぇ」

「願いよ、殺してぇぇぇ」

「後生だ、終わらせてくれぇぇぇぇ」


 救いを求めるように自らの死を懇願するその叫び声が、心臓を締め付け呼吸を拒ませる。


「かっこぉ、くっ。……すぅ、ふぅ。すぅ、ふぅ……」


 たまらず目を閉じ耳を塞ぎ天を仰いで必死で呼吸する。


(落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け……)


「スー、フゥー」


――ドンドン、ドンドン、ドンドン、ドンドン……


 その背中に伝わる衝撃が、耳に届く死への懇願が、まるで呪詛の様にノエルをその場に縛り付けていた。


「「ブヒィィィッィィ」」


 突然――豚のような鳴き声が轟く。

 それも四方八方から……。不味い……。

 こんな所に立ち尽くしている場合ではない。


 恐怖に笑う自らの膝を、何度も何度も叩き付ける。


「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、いい加減言うことききやがれっ!」


 やがて痛みが恐怖を越え、どうにか足が利くようになると脇目も振らずに走り出す。


――ヤバイ……。ここはヤバ過ぎる……。


 淡い灰色の光に照らされたモノクロの世界で、ノエルは宛もなく逃げていた。

 異常な程に広い地下空間に存在する村。

 粗悪な木造の建物が並び、剥き出しの岩肌に無理矢理に土を敷き詰め作り出された畑が点在する異様な世界。


 そんな白黒の中を出口を求めて走っている。

 何処をどう逃げてきたのか記憶がない。

 ただガムシャラに脇目も振らずに走り続けた。

 気が付いた時には、四方八方から轟く様に鳴り響く豚の鳴き声に囲まれていた。


――ガサガサッ


 藁をかき分け辺りを伺う。

 込み上げる吐き気を押さえて体内魔力弾丸練り直すリロード


 周囲には鎌を持ち、鍬を持ち、又ある者は鉈を持った豚頭の異形の者がノエルを探して彷徨いている。


 鼻を鳴らし、牙を剥き出しにするその様は、一見するとオークのようにも見える。

 しかし、その肉体は間違いなく人間のそれだった。



――覚悟はしていた。


 地上であれだけの物を見せられた時、そして地下へ下りると決めた時から覚悟はしていた筈だった。

 しかし、いざ地下へ下りると、そこはノエルの想像を遙かに越えた残酷な世界が広がっていた。


 それに小屋の中で見たあれは、幾ら何でも想定外だった。

 あんな物をいったい誰が想像できるというのか。


 朽ちた壁から差し込む灯りによって浮かび出されたそれは……。



 豚の身体に人間の生首を繋ぎ合わせて出来た異形だった……。


 ある物は耳を削がれ、又ある物は瞼を縫い付けられ、体中至る所に虐待されたかのような生々しい傷跡が浮かび上がっていた。

 それらが痛むからだを引き摺る様に、ノエルへと迫ってきたのだ。

 泣き叫ぶように自らの死を懇願しながら……。


 そんな光景を目の当たりにするなど、一体誰が予想できるというのか。


 槍を握る手が今尚ガタガタと震えている。

 先ずは冷静にならなくてはならない。

 目の前を通り過ぎる異形の者達と、同じ様な目に遭いたくないのなら……。


「くそ……。地上で見た、首の無い死体の横に置かれた豚の生首は、こう言うことだったのか……」


 確かにこんな物を人に見られたくは無いだろう。

 もし知られれば、死刑どころか討伐対象の賞金首だ。


 一体何の為に……。

 とは思わない。思ったところで意味はない。

 今考えるべきはその先だ。


 それは、はたして人の手によるものだろうか、と言う事。

 生前、生きていた現代の地球でも不可能と思われる異形の手術……。

 それを成した何者かを、ファンタジー世界だからと言う理由で片付けて良いものだろうか。


 確かに以前ネットで似たような記事を見た事があったが、其れにしたって成功率は極端に低いと書いてあった筈だ。


「人間では無いのかもしれないな……」


 そう結論づけると、ノエルの心は少しだけ救われた気がした。


「そうだ……、ここはダンジョンなんだ。魔物の仕業だと思えば合点がいく」


 自身にそう言い聞かせ、揺れる心を立て直していく。

 そうやって身を縮め、息を潜めてやり過ごす。

 今のノエルには、ただジッとして脱出の機会を伺う事しか出来なかった。




◇――――――◇




――ガサガサッ


 藁の山を這い出て辺りを見渡す。

 どうやら諦めてくれたらしい……。


 一体この村にはどれほどの異業種が暮らしているのだろうか……。


 それにしても先の豚頭達はやけに知能が高そうだった。

 人の体に豚の生首を繋ぎ合わせただけで、あれ程までに知能が上がるものだろうか?


 音も無く走り出す。流れる魔力に淀みはない。

 大丈夫、既に気持ちは落ち着いている。

 短槍をインベントリへと仕舞い、代わりに弓を取り出し矢筒を背負う。


 立ち並ぶ小屋の壁へと身を潜め、腰を低くして進んでいく。

 先を見据えると、遠くの方にやぐらが見える。

 見上げると何やら巨大なワイン樽のような物が天辺に乗っている。

 貯水塔……、なのだろうか……。

 あれをあの豚頭達が作ったと言うのだろうか?

 幾ら何でも其処までの事が出来るようになるとは思えないが……。


「これはもう完全に知能の高い魔物と思った方がいいな……」


 矢筒から矢を抜き出し、一本を番えもう一本を口に咥える。

 あの貯水塔に上れば、出口を見つける事も容易だろう。


 なるべく細い路地を選び、頭を低くして進んでいく。

 本来なら物影に隠れたい所だが、この空間には物影と言う物が存在しない。

 その為、少しでも油断すれば、遠目にでも発見されてしまいそうだ。


 十分に周囲を警戒しながら進んでいく。

 連中に見つかる訳にはいかない。

 下手をすれば、この村にいる全ての異業種を相手にしなければならなくなる。

 流石に其れはゴメン被りたい……、と言うか関わりたくない。

 気持ち悪いし……。


「「ブヒィィィッィィ」」


「――ッ!」


 不意に聞こえた鳴き声に、ビクリと肩を震わせる。

 身を屈め辺りを見渡すが、此方を伺う輩は見受けられない。


 どうやら小屋の中からのようだ。

 こっそりと粗悪で風通しの良さそうな小屋へ近づくと、壁の隙間から中を覗き込む。


(うげ……。またかよ……)


 目の当たりにした出来事に不快に顔を歪めると、その場を後にする。


(なんで俺が巻き込まれるエロハプニングは、こんなのばっかりなんだよ……)


「豚の交尾なんて見たくもないわ――」





 やがて遠く、小さく見えていた櫓が見上げるほどの距離へと近づくと、辺りに何やら焦げたような臭いが漂ってくる。


「「ブヒィィィッィィ」」

「「ブヒィィィッィィ」」


 聞こえてくる多くの豚の鳴き声。辺り漂う焦げた臭い。

 一体全体何事かと目を細めて様子を伺う。


――祭りでもやっているのか?


 見ると櫓の下は広場になっており、かなりの人数の豚頭達が集まって騒いでいる様子が伺える。

 どうにも豚頭達は、輪になって中央へ向かい声援を送っているようにも見える。


 その異様な光景に、ノエルは途端に怪訝な表情へと変わる。


――嫌な予感がする。


 近くの小屋の屋根へと飛び乗ると、屋根伝いに近づいていく。

 待機魔力を解放し、両の目に注ぎ込むと遠くを見るようにして目を細めた。


 輪の中央に立つ豚頭の足下に、一頭のブタが倒れている。


――ギリッ


 その音はノエルが奥歯を噛みしめた音だった。


 ブヒブヒと不快な声を発しながら、豚頭が横たわるブタの腹部を蹴り上げる。 


「「「「ブヒィィィッィィ」」」」


 歓声が上がる……。何がそんなにも楽しいのだろうか……。


「やめて……。やめて……。もぅ、ゆるして……」


 後ろ足をピクピクと痙攣させ、泣きながら懇願する。

 豚頭達はその姿を満足そうに眺めて哄笑していた。


「「ブヒィィィッィィ」」


 その後も彼らの虐待は止むことはなく、不快な鳴き声が響き続けている。


――ギリッ


――弓を持つ手に力が入る。


 今出て行く訳にはいかない。

 広場に居るだけでも連中の数は優に30は超えている。

 戦闘にでもなれば、一体どれほどの数が集まってくるか想像すら出来ない。


――何の為にこんな事をするんだ……。


 蹴られ、殴られ、踏まれ、嘲られ……。

 いよいよ吐血し、グッタリと横たわり、今度は周囲で眺めていた者から一斉に石をぶつけられている。


 その身体には数え切れない程の古傷が刻まれており、何度もこうして虐待を繰り返されて来た事が容易に想像できた。


「――ッ!」


――不意に目が合った気がした。


 その黒い瞳は大きく広がり、瞳孔が開いている事を示している。

 其れなのに――


――ドクンッ


 心臓が激しく脈打つのを感じる。

 自分の心臓の筈なのに、まるで自身の中にいる誰かが暴れているようだ。


 だめだ……。今出て行けば、此方の身が危険に晒されるだけだ。


 ボコボコと血の泡を吹きながら、少女がパクパクと口を動かしている。

 その時ノエルは確かに見た。

 何もかもに絶望した少女が確かに言ったのだ。

 その微かに動く口元が――




――こ ろ し て――

 



 心臓の鼓動が回転数を上げていく。


――あぁ、分かった……。


 ノエルは無意識に弓を構えていた。

 魔導弓へと魔力を注ぐ。

 番えた矢には風属性を……。

 惜しげもなく注いでいく――


 少女へと照準を合わせ、短く息を吸い込み、止める。

 その時、少女とノエルの間に豚頭が割り込む。

 あろう事か少女の頭を踏みつけ、牙を剥いて雄叫びを上げた。



――パァーン

 

 豚頭の頭部が弾け飛ぶ。

 脳味噌が飛び散り、血の噴水が上り、辺りを静寂が支配する。

 やがて立ち上った血の噴水が、雨となって倒れ伏す少女へと降り注ぐ。


――笑った……。

 その瞬間、確かに少女が笑って見えた。

 その口元が、広角が、上がって見えたのだ。


 そうか……、そうだよな。

 今際の際に、恨めしい相手の無様な死に様を拝めたのだ。

 そりゃぁ、胸のすく思いだよな……。


 待ってろよ、今から良い物を見せてやるからな……。




 

 

 

 

――コイツら全員殺してやるから――

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