36話:狙撃

 矢を番え弓を引く。

 まずは事を構える前に確認すべき事がある。


――豚頭コイツラが半生命体で在るか否か……。


 初撃で狙うのは最も手前、自身に背を向けている豚頭の後頭部が良いだろう。

 しかし、先のように頭部が弾けては意味がない。

 出力を抑える為、待機魔力は使わずに自身の持つ潜在魔力を直接弓に注いでいく。


 思ったよりも落ち着いている。

 頭の中は実に明瞭だ。故に疑問が沸き上がる。


――何故自分はこんな事をしているのかと。


 見ず知らずの、ましてや人ですらない成れの果ての死に際に、自らの命を取して花を添え様としている。


――分からない……。


「シッ」


 短く息を吐き弓を射る。その動きに淀みは無い。

 風切り音を立てて放たれた矢が、豚頭の後頭部へと吸い込まれていく。


「ガッ」


――ドサッ


 無様にも短く鼻を鳴らし、前のめりに倒れ伏せる。

 周囲の連中は、未だノエルには気づいてすらいない。

 その視線は中央、頭の弾けた仲間へと向けられている。


「随分とあっさり死んだな……。これならどうにかなるか……」


 頭部を完全に破壊しなくても事切れたと言う事は、半生命体では無いのだろう。

 それはつまり、この不気味な豚頭達は、あくまで人型の動物であるという事を示している。

 認めたくは無いが……。


 更に重要なことも分かった。

 彼らはノエルが放つ魔力を察知出来ていないと言う事。

 もしかすると魔法は疎か、身体強化すら使えないのかもしれない。


 だとしたら、やりようはある……。


「シッ」


 続けざまに矢を放つ。

 連中の注意が此方へ向く前に、出来る限り数を減らしたい。

 いくら魔法が使えないとは言え、これだけの数を一度に相手には出来ない。


――ズシャ


 小さな水しぶきを上げながら地面に倒れ伏す。

 死亡確認もせずに次なる目標に狙いを定める。


「シッ」


 小さく息を吐き、矢を射る度に一人、又一人と崩れ落ちていく。

 流れるような動作で放たれた矢は、その全てが的確に頭部を捉え、一撃必殺で命を刈り取っていった――。


「ブヒィィィ」


 倒れた仲間に気付いた一人が鳴き声えを上げる。

 

――瞬間。

 ノエルは踵を返し、屋根から飛び降りると路地裏へと逃げ込んでいく。

 欲張ってはいけない、囲まれては不利になる。


 広場を中心に、時計回りに走り出す。

 身体強化にエンチャント、その両方を纏い走り抜けていく。

 相手に魔力関知が出来る者が居ないのなら、最早遠慮する必要はない。

 出来る事は全て使わせて貰おう。


 走りながら、自身の足下を見ると目を細める。

 剥き出しの岩盤に流れる地下水が、足音を殺しても尚ピシャリと水音を立てている。

 視線を前へとむき直し、水溜まりを避ける様に歩幅を伸ばす。


 先の狙撃位置とは広場を挟んで反対側へと回り込む。

 其処まで行けば、又狙撃で数を減らせるはずだ。


「ンッガッガッガ」


 前方から鼻を鳴らす声が聞こえてくる。

 壁を蹴り、風を纏って屋根へと飛び上がると、頭を低くして近づいていく。

 どうやったかは分からないが、ノエルの位置を捉えた輩がいるようだ。

 足音一つ立てずに屋根から屋根へと飛び移り、声のする方へと近づいていく。

 

 見下ろすと、2人の豚頭がフガフガと鼻を鳴らして辺りを伺っている。

 その様子を確認するや否や、ノエルは身を縮めて後退る。


(匂いで索敵してるのか? そうか……、そう言えば豚は元来鼻がよく利くと聞いた事がある)


 屋根の上に身を伏せて、息を殺して隠れていると、やがて二人はノエルが今し方通って来た細い路地裏へと遠ざかっていく。

 その姿を確認すると、ゆっくりと膝立ちで構え弓を引く。 


 他の連中が気付かない所を見ると、あの二人は特に鼻が利くのかもしれない。

 それなら、今この場で仕留めておいた方が良いだろう。


 照準を後ろを歩く豚頭の後頭部へと合わせると、短く息を吸い、止める。


「シッ」


 吐いた息と共に放たれた矢は、頭部へと吸い込まれるように突き刺さる。


――ドサッ


 前方へつんのめるように倒れ伏せる仲間に気付き、慌てて振り返る。


「シッ」


 続け様に射られた矢が、もう一人の豚頭の喉元に突き刺さる。


「カッカァ……、コォ……」


 突如として呼吸を奪われた豚頭は、もがく様に両手で首元を掻き毟ると、断末魔を上げる事すら敵わずに、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちていく。

 その額には、いつの間にかノエルの放った、3本目の矢が深々と突き刺さっていた。


「ふぅ……」


 その視線は、未だ仕留めた豚頭達に向けられ、構えた弓は既に次の矢が番えられている。


――調子がいい。

 狙った場所に狙った通り、飛んでくれる。

 それになんだか不思議な気分だ――。

 殺し合いの最中だと言うのに、やけに気持ちが落ち着いている。

 殺り合う相手が人間では無いからだろうか?


(まぁ、調子が悪いよりは良いか……)

  

 この分なら、思ったよりも楽にれそうだ。

 少なくともザンバ達、間者連中と殺り合った時よりは……。


 ノエルなりの死亡確認と言うやつだろうか。

 10秒ほど数えてから立ち上がる。

 恐らく死んでいるだろう、と。


 番えていた矢を口へ咥えると、もう一本の矢を矢筒から抜き出し、すぐさま屋根の上から飛び降りる。

 細い路地裏を通り、回り込むように走り抜けていくと、ちょうど櫓の裏へ躍り出る。

 見ると、豚頭の集団は先程射殺した5人を囲んで辺りをうろうろと見渡しているようだ。


 ノエルはチラリと櫓を見上げると、弓をしまい登り始める。

 これ以上ない程の狙撃位置だ、使わない手はないだろう。

 

 スルスルと頂上まで登りきると、貯水槽と思しき大きな樽の横へしゃがみ込む。

 見下ろすと、眼下には輪になって周囲を警戒する豚頭達の姿が見える。

 その手には鎌や鉈、鍬を持ち鼻息荒く全身から殺気を放っている様が見て取れた。


(やる気満々だな……。まぁいい、精々派手に踊って貰おうか)


 矢筒から矢を抜き出し床板に突き刺していく。

  

――最高の狙撃位置だ。


 直線距離にして大凡200mといった所だろうか。

 この距離なら外さない。今のノエルには自信があった。

 つい先日、遥か先にあった小さな革袋を見事に射抜いて見せたのだ。 

 200m先とは言え、あれほど大きな的を外す筈が無い。


 視界、思考、魔力、共に明瞭。

 すこぶる調子が良い。昨日の体調不良が嘘のようだ。


「さて、そろそろ始めようか」


 弓を引くと待機魔力を注ぎ込み狙撃対象を考える。

 先ずは何奴から射殺してやろうかと……。


 やはり今日の自分はおかしい……。

 此処まで殺意剥き出しになった事は一度もなかった。


 瞬きする度に瞼の裏にチラツくのは、異形と化した少女の姿。

 自分は彼女の為に、此ほどの怒りを感じているのだろうか?


――有り得ない……。


 彼女の姿を見て感じるのは憐れみだ。

 それは決して怒りの感情などではない……筈だ。


「まぁ、良い。終わってから考えよう……」


 照準を一人の豚頭へと合わせる。

 選んだ理由は、その手に持つ得物の特性。

 その手に握られていたのが鍬だったからだ。

 

 鎌や鉈も十二分に怖いが、未だ手足の短い少年の姿のノエルには、得物の長さの方が驚異に思えた為だ。


「シッ」


 放たれた矢が空気を切り裂き、深々とコメカミに突き刺さる。


――やはり調子が良い。


 思わず笑みがこぼれる。


「シッ」


 床に刺した矢を引き抜くと、間髪入れずに二の矢を放つ。


――ドサリッ


 一人目が倒れるまでの間に、二人目の後頭部へと突き刺さる。

 その後も次々と矢を放ち続けていく――。


「ブヒィィィ」


 どうやら連中の内の一人が、此方に気付いたようだ。

 だがもう遅い――豚頭達は、既にその数を半数にまで減らされていた。


 後は、恐怖に駆られ逃げまどう輩を、一人ずつ狙撃していくだけだ。


「――っ! マジか……」


 予想に反して豚頭達は、ノエルに向かって一斉に走り出す。

 連中には死への恐怖は無いのだろうか?


 すぐさま矢を番え、放つ。

 又も倒れる仲間を後目にノエルへ向かって走り続ける。


――何故だ? これではまるで特攻だ……。


 迎え撃つべく弓を構えたノエルの目に、横たわる哀れな少女が写り込む。


「くそっ、やらせるかよ!」


 一瞬の躊躇いもなく、ノエルは高さ15mもの櫓の上から飛び出した。


 これは、自分のミスだ。

 広場の中央に少女が居るのだから、反対側に回り込めばそうなるのは当たり前だ。


「くそったれがぁぁぁ!」


――殺らせない。そんな死に方は絶対にさせない!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る