149話:お嬢様の就職活動

「さて、いったいどう言うつもりなのか、教えていただけますか? さん」


 ものの十数分でポップコーンが出来上がり、ノエル達はリッジ・ファミリーの本拠地へと突入。幾度となく訪れては観察してきただけあって、目的の場所はすぐに見つかった。そうして二人は、お目当てのリッジ・ブラディッシュが要るであろう執務室へと足を踏み入れた。


「どうもこうもねーな。てめぇらが売った喧嘩だろうよ」


 深々とソファーに腰掛けたまま、ふんぞり返ったリッジが歯を剥き出した。その態度が気に入らなかったのか、エリスが一歩前へ出る。と、ノエルがそれを阻止するように行く手を遮り口を開いた。


「これ以上、家のお嬢様を刺激するのはやめて頂けませんか? 私達はあくまでもに訪れただけなんですよ。これ以上争っても無駄に消耗するだけです。聞けば色々と厄介事を抱え込んでいるようですし、頭数が減れば減るだけ困るのはあなた方でしょう?」


「ガキが言ってくれるじやねぇか……。だがな、俺達は漢を売って商売してんだ。女子供相手にケツを捲っちまったら商売上がったりなんだよ!」


 言うが否やリッジが眼前のテーブルをノエルへ向かって蹴り上げた。クルクルと回転しながら弧を描くテーブルが四方八方に弾け飛ぶ。乾いた破裂音。舞い上がる粉塵。その後訪れた沈黙の中でただひとり、リッジだけが不機嫌そうに舌を鳴らした。


「チッ、これだから魔導師は嫌いなんだ……。いったい何が望みだ? 煮るなり焼くなり好きにしやがれ!」


 白炎に黒炎、ずらりと並んだ魔法の数々。一瞬で粉微塵にされたテーブルを見て、流石に死を覚悟したのかリッジはその場で胡座あぐらをかくと雄叫びを上げるように啖呵を切った。


「だから我々に争う気は無いと言ったじゃないですか。困った人だなぁ……」


 集めた情報から、短気な性格であることは知っていた。が、一つの組織を束ねる人間が、こうも直情的に動くとは少々予想外だ。

 ノエルは浮かべていた魔法を掻き消すと、衣服に付いた木屑を払いエリスと共にソファーに腰掛ける。色々とやりすぎた感は否めないが、それはどちらもお互い様。ここはいたって冷静に、話し合の流れに持って行きたい。


「リッジさん、私は闇金じゃないんですよ? 元々あなた方をどうこうしようとは思っていません。そこだけは誤解無きようにお願いします」


「ならこの有様はどう説明するってんだ? こっちがどれだけの被害を被ったか分かってんのか?」


「そう言われましてもね、先に襲い掛かって来たのはそちらでしょう? 身に降りかかる火の粉を、払っただけとしか言えませんね」


「おいシガン! てめぇ……話が違うじゃねぇか!こいつはどういう事だ?」


 リッジが鬼の形相で振り返ると、背後に控えていたシガンが飛び上がった。さながら蛇に睨まれた蛙。蒼白とした顔で壁際まで後ずさる。


 話の流れからして、先に使いを頼んだシガンがリッジに何かを吹き込んだらしい。それならば誤解を解くことさえ出来ればどうにかなりそうだ。


「どうやら行き違いがあったようですね。誤解を解くためにも、どのような報告をお受けになったのか、聞かせていただいても宜しいですか?」


「あぁ――」


 リッジの話によると、シガンは全身ズタボロになりながらも、命辛々逃げ延びたと言う。


――それはおかしい……。


 ノエルは一瞬、眉をしかめた。そもそもシガンは逃げたのではなく、ノエルが使いを頼んだのだ。この時点で既に事実と異なるが、シガンがボロボロだったというのは否定できない。


 チラリとシガンを伺うと、ばつが悪そうにキョロキョロとしている。もしかしたら、なんの躊躇いもなくアレンを置いて行った事で、自分の立場が危うくなると考えたのかもしれない。浅はかなことだ。


 更に聞くと、ノエル達二人は強盗よろしく彼らを襲撃し、散々蹂躙した後で多額の金銭を要求。金が無いと知るや、今度はアレンを人質にして身代金をせしめようと目論んだらしい。シガンは人質を盾にされたため抵抗出来ず、やむなくノエル達の目を盗んで逃げ出した。仲間の命を救うべく、ボスの力を借りるために、だ。

 酷い……。ノエルは想像以上のひどい内容に頭を抱えた。これではノエル達二人はとんだ大悪党だ。


 確かにこれをまんま信じれば、リッジとしては黙ってはいられないだろう。それに屋敷の前に出てきた構成員。今思えば彼らは大事な仲間を取り返すため、決死の覚悟でエリスに挑んでいたのかもしれない。次から次へと仲間が倒されていく中、勝てる見込みのない怪物エリスに立ち向かっていくのだ。相当の覚悟がいった事だろう。


「はぁ……、話はだいたい分かりました。次はこちらの言い分を聞いていただけますか?」


「あぁ、分かった。言ってみろ……」


 ノエルはただ、事実だけを淡々と語った。エリスがカジノで大勝ちしたこと。それをアレン達が握りつぶそうとしたこと。そして、彼らの方から先に暴力に訴えてきたと言うこと。全てを包み隠さず淡々と……。


 一つ事実を述べる度にリッジの顔は赤く染まり、握った拳がプルプルと震えだしていく。


「――とまぁ、こんな具合です」


「アレン……」


 リッジは怒りをかみ殺すように呟いた。終始ノエルの背後で無言を貫いていたアレンが頷く。決定的瞬間というやつだ。事実を知らされたリッジは怒りにふるえ、露呈したシガンは恐怖に震える。


 血を見る。直感的にそう判断したノエルは、リッジが動くよりも先に話を前へと進めた。出来ればすべての片が付くまでは人死には避けたい。身内への制裁は後に回してもらおう。


「とは言えリッジさん。今のところ命に別状のある者はいません。カジノでも、この屋敷前でも……ね。ですからどうでしょう、先に我々の用事を済ませませんか?」


「あぁそうだな……。おめぇさんらには迷惑を掛けちまったな、すまねぇ。アレン、地下に行って金を持って来い」


「分かりました」


 アレンは分かったと頷くと、シガンをひと睨みしてから部屋を後にした。

 見れば子鹿のように震えたシガンが、壁際で腰を抜かしてへたり込んでいる。自身の行く先に恐怖でもしているのだろう。馬鹿なことをしたものだ。


 と、ノエルが哀れな視線飛ばしていると、リッジが思い悩むように腕を組んだ。


「ところでおめさんらはいったい何者なんだ? いや別に詮索するつもりはねぇんだが、街を預かるもんとしちゃあ気になってな。もちろん言いたくねえんなら無理にとは「よくぞ聞いてくれました!」――?」


「実はコチラにおわすお嬢様は、さるエルフ族のご令嬢でしてね」


 思わぬところで話のきっかけを掴んだ。この機会を逃す手はないと、ノエルはこれ幸いとまくし立て始めた。


「この度は一族の掟に従い、社会勉強のために街を訪れていたのです。森の中で生活しているエルフは、どうしても世情に疎くなってしまう。そこである年齢に達した者は外の世界に出て、自分の力だけで世界を見て回り、世の中を知ろうと言うわけです」


「なるほどなぁ、そんな事情があったって訳かい」


 即席にしてはまあまあの作り話。なにしろつい今し方、ノエル達を疑ったことを謝罪したばかり。一応の筋は通っているし、そんな状況だけにリッジは盲信的になっていた。


「えぇ、ですが一つ困ったことがありましてね」


「ほう、何だ? 言ってみな、わびと言っちゃなんだが、出来ることなら手を貸してやれるかもしれねぇぞ?」


「それは有り難い。実はお嬢様の働き口が見つからなくて、困っていたところでして……」


「働くって、金に困ってるようには見えねぇが?」


「いやいや、これはあくまでも社会見学ですから。労働そのものに意味があるのですよ。で、ですね」


 ここでノエルは考える素振りで一拍置くと、いよいよ本題を切り出した。


「用心棒を雇う気はありませんか?」



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