148話:ポップコーン・ファイト
ノエルは憮然とした面持ちで、目の前に広がる惨状を眺めていた。
聞けばとあるファンタジー世界では、空から女の子が降ってくるらしい。だというのに――
「うわぁぁぁっ!」
「オーホッホホホッ」
また一人、ノエルの目の前におっさんが降ってきた……。
――これじゃない感がハンパない!
これで丁度20人目。犠牲になったおっさん達を眺めながら器用なものだと感心する。全員が白目を剥いて意識を失っているものの、命には別状がないようで一応五体満足で転がっている。絶妙な手加減。余程の実力差がなければ、こうはいかないだろう。
それから少しして、ドッタンバッタンと続いていた打楽器の演奏も終わり、屋敷が静けさを取り戻す。
「終わったか……」
ノエルはそれそろ頃合いかと重い腰を上げた。正面玄関に立つが、扉がない。見れば室内はハリケーンにでも見舞われたように酷いありさまになっている。
とうやらエリスは文字通りにやりたい放題暴れ回ったらしい。
「お邪魔しますよっと……」
そこかしこに散乱するガラクタと化した家具や調度品。足の踏み場もない室内へと踏み入ると、階段へと向かう。勘じた気配の数は三つ。エリスらしき魔力の気配が小さくなり始めているところをみると、おそらく力による格付けが済んだということだろう。
それにしても――と、ノエルは改めて屋敷内の惨状を見渡した。
あとになって請求書を叩きつけらでもしたら、大変なことにねりそうだ。まぁ、あのエリスが大人しく支払うとも思えないが……。
階段を上り、奥まった部屋の扉の前まで来ると、中から話し声が漏れてくる。
言い争いと言うよりは、一方的にまくし立てている様子。エリスだ。どうやら思ったよりも状況は進んでいたらしい。
「失礼します。お嬢様、ただいま戻りました」
「あら、随分と遅かったわね。修行がたりなかったのかしら……。もう少し真剣に鍛えるべきだったわね」
入室早々とんでもないことを言い出したエリスに、慌てたように取り繕う。
「いえいえ、お嬢様がお忙しそうでしたので、しぱらく待機していただけですから! いや、もう本当に!」
「そう? ならいいけど……。ほら、あなたもコッチに来て座りなさい」
「はい……」
言われて入った室内では、なんとも奇妙な光景が繰り広げられていた。
見るからに高そうなソファーにエリスがドンと腰を掛け、その正面にはボコボコに顔を腫らした男が二人、垂らした鼻血もそのままに正座させられている。
傍目に見れば、エリスの方が完全に悪役だ。
(まぁ元々正義の身方ってわけでもないか……)
ノエルは男達を一瞥すると、エリスの隣に腰掛け耳打ちした。
『これから先の交渉は予定通り俺がやるからな』
『むぅ……。やることは分かってるんだし、別に私がやっても良いんじゃない?』
『ワガママ言うなよ。もしも荒事になったら、その時はエリスに任せるからさ。な?』
エリスは頬を膨らませると、しぶしぶながら無言で頷く。
「さて、お二人様。まずは改めて自己紹介をさせていただきます。こちらにおわす方は、さるエルフ族のご令嬢であらせれるエリス様です。そして私は従者を勤めさせて頂いているノエルと申します。以後お見知りおきを……」
ノエルの言葉に、二人はブンブンと首を縦に振る。その後、沈黙――
「あの……出来ればお二人の名前を伺ってもよろしいですか?」
完全に怯えきっている。いったいどれだけ痛めつけたのか……。エリスの顔を伺うと、当の本人は悪びれた様子もなく、照れた表情で舌を出した。
「あっしはアレン。一応このカジノの責任者をやっておりやす。この隣におりやすのが弟のシガンであっしの補佐をさせておりやす」
「そうですか。アレンさんにシガンさん、よろしくお願いします」
「へ、へい……よろしくお願いしやす……」
では、とノエルは説明を始めた。
まず始めに、ハッキリとさせておきたい事がある。あくまでもノエル達は被害者で、カジノ側が加害者であるということだ。これを認めさせないと後々面倒なことになる。エリスのせいでカジノ側は想像以上の被害を出している。損害賠償請求でもされたら面倒だ。
「――という訳で、あなた方はお嬢様に多大な迷惑を掛けました。そうですね?」
「確かに……、だがそれもこれも「そうですね!」――はい……」
ノエルはアレンの抗議を強引にねじ伏せ、半ば脅したように認めさせた。そのさまは完全にヤクザのソレ。
見れば二人はピクリと肩を震わせ、怯えたように身体を縮めていた。子供に恫喝されるオッサンの図。なんともシュールな絵図等である。
「ご理解いただけたようで何よりです。それでは本題に入りましょうか」
「へい……」
「改めて言及する必要もない気もしますが、こちらの要求はシンプルかつ正当なものです。賭で勝った分の配当金の支払い。おわかりですね?」
ノエルは出来る限り丁寧な言葉でアレン達を説き伏せる。作戦が上手く行けば、今後も彼らと顔を付き合わせることになる。必要以上の角は立てたくない。
「そんな大金ここには無い……です」
「そうですか。それでは、お金のある場所へ案内していただけますか?」
「へ? いやいや無理だ! そんな事したらボスに合わせる顔がねえ」
「それはコチラの知った事ではありませんね。そこの方、確かシガンさんでしたか? すみませんが一足先に行って、先方に我々が向かうことを伝えて置いてもらえませんか?」
「は、はい!」
よほど居心地が悪かったのか、シガンは勢いよく飛び上がると、これ幸いと部屋から飛び出した。
「あっ! あの野郎……」
アレンが呟く。
「アレンさん、案内して頂けますね?」
「くっ……、わかった……」
………………。
…………。
……。
こうしてノエル達ふたりはアレンの案内で、リッジ・ファミリーの本拠地へと向かうことになった。
道中はこれといったトラブルはなく、時間にして30分ほどで屋敷が見通せる所まで来ると、ノエルは白々しく首を傾げる。
「随分と傷んだ建物にお住まいなんですね」
「少し訳ありでして……」
「そうですか、まぁ訳は聞かないでおきましょう。荒事を生業にしていれば色々とおありでしょうしね」
「はぁ……」
あった筈の立派な門は、真っ黒に炭化して焼け落ち、窓ガラスの殆どが割れている。よく見ると、修理が追い付かないのか所々に板で塞いで凌いでいたようす。
勿論これらはノエルとエリスによる嫌がらせの傷跡で、分かった上でしらばっくれているのだが……。
「ホント懲りない人達……。いい加減、身の程をわきまえて欲しいものね」
その時――ワラワラと男達が門から姿を現した。手には物騒な得物を抱え、闘志向きだしで睨んでいる。お出迎え――という雰囲気ではなさそうだ。
ノエルがチラリと隣を見ると、エリスは笑みを浮かべていた。すでにスイッチが入っているらしい。
ノエルはポリポリと頭を掻くと、黙ったまま後ろへ下がった。
下手に介入して、へそを曲げられてもこまる。約束通りに任せた方が良さそうだ。
「じゃあちょっと行ってくるわね!」
「はい、お気をつけて……」
エリスはゆっくりと歩き出した。心なしか背中越しにも楽しんでいるのが分かる。足取りにも迷いはなく、スキップでもするかのように軽やかだ。
「止めなくていいのか? いくら何でもあの人数は死んじまうぞ?」
「問題ありませんよ。家のお嬢様は強いですから」
――刹那。エリスの姿が一瞬ぶれて掻き消えた。
ドンッと地を叩く音とともに男がひとり宙を舞う。
「アハハハハッ、とんだとんだ。ウケるぅ……」
そこには一匹の鬼がいた。エリスがはしゃぐように手を叩くと、男達が一斉に襲いかかる。まさに一方的。百人はいるであろうヤクザ者達を突き上げ、叩き伏せ、蹴り飛ばす。まるで脅威になっていない。
ここまで行くと、見ようによってはコメディだ。現にノエルは、次から次へと宙へ投げ出される男達を見てクスリと笑っていた。
「なんかポップコーン見たいですね」
「いや、それは……」
これには流石のアレンも突っ込めなかった。
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