102話:草原の約束――その6
「何だあの魔法は……。あの距離が届くのか……」
「あー、ありゃあ、この世界の奴らの発想じゃねぇな」
伏せるようにして身を隠し、望遠鏡を覗き込んでいる二人の男。
先に驚きの声を上げたのは、年の頃は40代前半、金髪碧眼で口髭を生やした気位の高そうな男。
後にニヤリと笑んだのは、20代前半、茶髪茶目の如何にも軽そうな物言いの男。
どうにも反りの合わないチグハグな二人は、リリーにより作り出された地獄絵図を眺めながら、これまた正反対の表情を見せた。
「おいおい、アンタ御自慢の騎兵隊が挽き肉になっちまったぞ? ブハハハハッ……」
年若い男が口髭の男の背中を叩き、大声で笑う。
「笑い事ではないわ! とっとと行ってどうにかせんか! お主を借り受けるのにいったいどれだけ掛かったと思ってる」
口髭の男は怒り心頭。憤激を隠せぬようすで声を荒げた。
「何だぁ? 他力本願かよ、情けねぇな。その豪華な
ニヤリ。激高する男を見て、煽るように口を歪ませる。
途端、ランスロットは声色が変わり、殺気を纏うように魔力が立ち上った。
「貴様……私を愚弄するか」
「はっ、止めとけやめとけ。俺にそんな虚仮威しが通用するかよ。それより仕事だ。始めからちゃんと説明してくれよ? じゃねぇと俺は動かねぇぞ?」
「ふんっ! 忌々しい男だ」
言ってランスロットは語りだした。
事の始まりはランスロット公爵領の外れ、国境付近に位置する名も無き小さな村から始まった。
魔獣が闊歩する平原に、突如として町が現れたと言うのだ。
町の名は希望の町だという。それこそ馬鹿げた噂話。
当初、誰もがそう思い、ランスロットも特に気に留めることはなかった。
実際、飢えた民草によるその手の話は後を絶たない。
噂話。民間伝承。取るに足らない願望の産物。そう切り捨てた。
が、ランスロット家お抱えの商人が実在すると言い切ったのだ。
流石にお抱え商人が公爵家に対して、こうもあからさまな嘘を話すとは思えない。
そこで詳しく話を聞いたところ、どうにも聞き捨てならない言葉が飛び出したのだ。
曰く、町を作ったのは黒衣の魔女と呼ばれる精霊魔導師である。
曰く、魔女はダーク・エルフの一団を率いている。
曰く、希望の町ではお金の代わりに大量の魔石が使われている。
これだけの事を聞かされて、動かない権力者など居るはずもない。
精霊魔導師と言えば、一国にひとり居るかいないかの貴重な戦力だ。
それが未だどこの国にも属していないと言うのだから、これを手に入れてようとするのは当然の流れ。
おまけに大量の魔石と言うのも気に掛かる。
聞けば定期的に色付きの魔石まで取り引きされるという。
と、なれば、魔女はダンジョンを隠し持っているのではないか?
それらを秘密裏に全て手に入れる事が出来れば……。
ただし、懸念もある。精霊魔導師の戦闘力とダーク・エルフの存在だ。
誰にも知られずに、秘密裏に事を成そうとすれば、動かせる戦力にも限界がある。
そこでランスロットが考えた手段は、農民兵と横にいる忌々しいこの男だった。
「なるほどね、流石は貴族様だ。えげつない事を考えやがる」
農民達を突撃させ、相手の威力偵察と人間性を計ろうと言うのだろう。
しかし――
「最小限の出費で、最大限の利益を得る。当然の考えだと思うが?」
「で、結局計りきれず無駄死にさせたわけか? イカレてんのか? アンタはよ……」
「貴様……」
「何度も言わせるなよ、ランスロット。俺はお前ら異世界人が死ぬほど嫌いなんだ。あまり図に乗ってると村人同様、挽き肉にしちまうぞ?」
「くっ……、忌々しい。何故貴様の様な者が勇者なのだ」
「俺がそんなこと知るかよ。で? 次はどうすんだ?」
◇――――――――◇
血と悲鳴が飛び交い、肉と大地が弾ける戦場で、リリーはチラリと丘の上を一瞥すると漸く手を下ろした。
向かってきていた騎兵隊は全滅。300からいた農民達も残すところ数十人程度。
ここいらが頃合いだろう。後は連中が彼らをどう扱うかだ。
「セバールッ!」
「はっ! ここに」
いつの間にやら控えるように傍らに居たセバールにリリーは苦笑いで返す。
「あら、いたの? まぁいいわ、それより貴方はどう思う?」
「どう、と申されますと?」
「このあと連中がどう動くかってことよ」
リリーの言葉に、聞かれたセバールは数瞬ほど悩む素振りを見せたあと、物憂げに口を開いた。
「あくまでも相手の兵数にもよりますが、私なら全戦力を投入するでしょうね。撤退が許されない場合に限り、ですが」
「そう、私も同意見よ」
言って二人は頷き合い、血に染まった鉄火場を眺めた。
命からがら逃げ出した農民達が必死に丘を駆け上がっていく。
おそらく何の変哲もない小さな村を襲うとでも聞かされていたのだろう。
彼等にしてみればウサギ狩りがドラゴン退治に様変わりしたようなものだ。
哀れだとは思う。思うが、同情は出来ない。
略奪者には死、あるのみ。それがこの世界共通の常識だった。
「来ます!」
丘の上の異変に、いち早く気付いたセバールが腰に差した剣に手を掛ける。
と、リリーは止めるように手を掲げて促した。
「待って、どうも様子が変よ」
その時、全身にプレートを着込んだ、100人程の騎士が横一列に並んで現れた。
互いの隙間を塞ぐ様に長方形の大盾を構え、更に槍を水平に構えている。
――まさか……。
嫌な予感を覚え、リリーの顔が訝しげに歪んだ瞬間。
丘の上から、農民達の絶叫が木霊した。
騎士達は逃げ帰ってきた彼らに向かって容赦なく槍を突き出したのだ。
ある者は胸を突かれ、またある者は腹を突かれ。
後れてあとから続いた者は、逃げるべく踵を返す。
が、投げられた槍が逃げ出した農民達を串刺しにしていく。
悲鳴と絶叫。絶望と断末魔。彼らは逃げることさえ叶わず、次々にその命を散らしていく。
――そう……、それがあなた達の答えなのね。
リリーはギリリと奥歯を噛みしめると、きつく拳を握り込む。
これは見せしめだ。逆らう者には容赦はしない。
そんな彼らのメッセージが込められているように思えた。
「どうなされますか?」
「まだ動かないわ。ここまでは互いに譲る気は無いと意思表示しただけ。問題はここからよ。最後までぶつかり合うのか、それとも落とし所を探るのか」
「それでは全戦力で来られたら、どうなさるおつもりですか?」
「そんなもの、降伏するに決まってるじゃない。まぁ、相手に話の通じる者が居れば、の話だけどね」
「あれを見ても通じるとお思いですか?」
「正直なところ望み薄ね。あっ本命か動いたわよ」
戦場から遂に全ての命が奪われた時、丘の上に並ぶ騎士達を掻き分け、何者かが姿を現した。
麻のズボンに麻のシャツ、革のジャケットを着込んだ男。
それは血溜まりの鉄火場には凡そ似つかわしくない風体。
それでいて途轍もなく分厚い存在感と力の塊。
――強い。リリーは一目見ただけで男の力量を垣間見た。
力を見せつける為なのか、はたまた話し合いに応じる気があるのか。
未だその真意は計りかねるが、とにもかくにも相手は一人。
落とすなら絶好の機会。何より、あの男以上の力の持ち主は相手の陣営にはいないだろう。
そう断言できる程、感じた男の力量は凄まじいものだった。
「行ってくるわ! 全員そのまま待機よ」
有無をも言わさぬ物言いに、先制されたセバールがしずしずと後ろへさがる。
「御武運を……」
リリーの背中を見送る事しか出来ないセバールは、呟くと思わず腰に差した剣の柄を固く握り締めていた。
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