101話:草原の約束――その5

「やっぱりおかしいわ。いくら何でも数が多すぎる」


 希望の町から東へ1kmほど離れた草原。

 魔力により強化された視界が捉えたのは、凡そ300にも及ぶ盗賊化した農民達の姿だった。


「あれは一体……」


 リリーの背後に並ぶセバールや戦士達も驚きの声を上げる。

 ダーク・エルフ30、ヒューマン10、ワービースト25、の混成部隊。

 最も戦闘に秀でた者達を、各種族から選んだ結果だ。

 当初ダーク・エルフとワービーストの部隊編成だったのをリリーが変更させた結果だった。

 理由は、『自分達が戦ったのに何故あいつ等は戦わないのか?』と言う不平等をなくすため。

 皆が衣食住を享受するのだから、血を流すのも同じでなくてはならない。

 そうやって生まれる団結心もある。


「参ったわね。もしかすると、只の略奪では無いのかもしれないわね」


 リリーが怪訝な面持ちで口を開くと、セバールが顔を歪ませた。


「裏に誰かいるのでしょうか?」


「まず間違いなくそうでしょうね。あれだけの人数で、国境を越えてここまでたどり着くには、それなりの物資が必要になるわ。今の彼らにそれがあるとは思えない。それに――」


「隊列ですか……」


「えぇ、まるで指揮官でも居るみたいじゃない……」


 着ている衣服はボロボロで、手にしている武器は鍬や手鎌などの農具ではあるが、どうにも統率が取れすぎている。

 それに餓えているとも思えないほどに肌艶もいい。

 何よりもあのギラついた目。あの目の色がなにより気にかかる。


「どうしますか? どちらにしても彼らやる気みたいですが……」


「もちろん戦うわ。どのみち話し合いには応じないでしようしね」


 リリーは視線を更に奥へと飛ばし、目を細めるようにして睨みつけた。


――これは予定を変更した方が良さそうだ。


 ただの農民相手なら、リリーは手を出す必要はなかった。

 むしろ多少の被害を覚悟で指揮に専念するつもりだったのだが……。


「セバール、悪いけどあなた達はここで待機してて頂戴」


「まさか、お一人で向かわれるつもりですか?」


「えぇ」


「なりません! いくら相手が農民崩れとは言え、万が一があります。とても看過出来ません!」


「悪いけどこれは命令よ。それに、おそらく本命は彼らの背後に身を潜めているはずだから。あなた方の出番は後よ、分かった?」


「なりません!」


「うるさい、お座り!」


「――っ! お、お座りって……」


 クツクツと声を殺して笑う部下を睨みつける。脳天気にも程がある。

 確かにリリーの強さは常軌を逸している。

 平原では盗賊や魔獣を狩り、ダンジョンではソロで際深部まで行ってのける。

 それも息切れひとつ無く、涼しい顔で。

 だからと言って不死でもなければ無敵でもないのだ。


――少し甘やかしすぎたか……。


 セバールは今日のきょうまで、おんぶに抱っこでリリーに守られてきた部下達の不甲斐なさに頭を抱えた。

 





………………。

…………。

……。





「ここから先は私達の町よ。そんな物騒な得物を抱えた集団を通すわけにはいかないわ、引き返しなさい。あなた達だって死にたくはないでしょう?」


 農民達を前に、リリーが馬上から告げる。

 綺麗に隊列を組んだ様は、農民と言うより農兵だ。

 いったい何のためにこんな事を?


「うるせぇ! どかねぇと殺すぞ?」


 先頭に立つ、一際ギラついた目をした男が叫んだ。これではとりつく島もない。

 しかしこのまま終わらせるわけにもいかない。少しでも情報が欲しい。


「やめておきなさい。あなた達では相手にならないわ。こっちには魔法使いもいるのよ? 分かるでしょ、帰りなさい!」


 魔法。その一言に周囲の者達は色めき立った。

 リリーの魔力感知によれば、農民達の中には魔法の心得のある者はいない。

 そもそも感じた魔力の流れは、どれも淀んだものばかりだ。

 おそらくは身体強化すら覚束ず、いいとこ生活魔術を覚えた程度だろう。

 と、なれば、いくら数を集めたところで、リリーとっては烏合の衆でしかない。

 だからこその牽制。こちらの様子を遠くから眺めている何者かを燻り出したい。


「う、うるせえ! ぶっ殺してやる」


 先頭の男が、手にしていた鍬を肩へ担ぐとリリーに向かって走り出した。


――妙だ。


 先の男は、まるで集団の代表かのような立ち振る舞いだった。

 にも関わらず、単身でリリーに特攻よろしく駆けてきている。

 おまけに周囲の者達は虚を突かれた様にポカンと見送っていた。


(この男が指揮官と言うわけでは無さそうね。なら、悪いけど犠牲になってもらうわよ?)


「うぉぉぉ!」


 走り込んできた男は目一杯に鍬を掲げ、リリーに向かって振り下ろす。

 と、まるで何かにズボンのベルトを引っ張られたように後方へと弾き返された。


「ひっひぃぃ。し、死んでる……」


 地面を弾み転がって、力無く倒れた男の土手っ腹には大きな風穴が開いている。

 それを見た周囲の者達は悲鳴を上げ、脅えたように後ずさった。


「言ったはずよ? あなた達に勝ち目はないわ。死にたくなければ帰りなさい。略奪者に手心を加えるほど、私は甘くはないの」


 シンと静まり返る中、リリーは悠然と踵を返し、仲間の元へと戻っていく。


 どうにも腑に落ちない。彼らは本当に餓えているのだろうか?

 死んだ仲間を目の当たりにした時のあの反応。

 怯えばかりが先に立ち、ギラついた欲望の色が簡単に色褪せていった。


――目的は何?


 リリーはチラリと後ろを見やると、遠くにある丘の方を見つめていた。


――出て来ないなら力ずくで引っ張り出してやるわ。見てなさい。


「主様、よくぞご無事で……」


「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるの?」


「そうはもうしますが、見ている我々は生きた心地がしませんでしたよ」


「はぁ……、セバールは心配性ね。まぁいいわ。隊列を縦二列横長に組み直して頂戴。それと、私の馬をお願い」


 ポンポンと労るように馬の背中を叩くと、出迎えに来たセバールに馬を託し、部下達の前へと歩きだした。


「皆聞いて頂戴。これから少し大掛かりな魔法を放つわ。各自、騎乗している馬の手綱をしっかりと握ってなさい」


「「「はっ!」」」


 リリーは部下達を背にして、腕を組むと眼前を睨み付ける。

 農民達は未だ動揺しているのか、進軍してくる気配を見せない。

 どんな手を使ってくるのかは分からないが、死を厭わない特攻をさせるつもりなら、それ相応の餌と理由と大儀が必要だ。

 そこまでしてこの町を欲しがる理由は何なのか。

 それを知るためにも遠くに見える、丘の裏に身を潜めているであろう黒幕を引っ張り出す。


「本当、舐められたものね。私が彼らに手心を加えると思ったのかしら?」


――その時。


 ボーっと角笛の音が響き、丘の方角から土煙が立ち上る。

 騎兵だろうか? 数にして三十程の馬が向かってくるのが見えた。

 大方、後込みしている農民達の尻でも蹴飛ばしに来たのだろう。


――好都合だ。

 

 リリーは両手を前へ突き出すと、練っていた魔力を解放した。

 バチリと火花が飛び交うと、今度は目の前に巨大な氷の杭が現れる。


――目標、騎兵隊。距離、300。


 背後にいる部下が息を飲み、振り落とされんと歯を食いしばった、次の瞬間――。


 視界を奪うほどの閃光が辺りを包み、空気を切り裂く雷鳴が轟いた。

 世界が凍り付き、誰もがおののく様に後ずさる。


 レールガン。電磁誘導により、物体を加速させて撃ち放つ現代兵器である。

 リリーは氷魔法により作り出した巨大な氷の杭を雷で打ち出したのだ。

 実にV2にまで圧縮された高密度の氷の杭は、空間に白い和を描きながら全てを切り裂き飛んでいく。

 その軌道上にいた農民達を物言わぬ肉塊に変え、遂には騎兵を馬ごと貫き大地を穿ち爆ぜた。


 ツンとしたオゾン臭がその場にいた人々の鼻孔を撫で、彼らの意識を覚醒させていく。

 と、恐怖に駆られた人々の絶叫が響きわる――


 黒衣の魔女による蹂躙劇が始まった。

 


 

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