58話:突撃前夜

「コイツは……。本物なのか?」


「おいおい、すげぇじゃねーか! どうするんだシュタール。こんな美味しい話し滅多にねぇぞ?」


 目の前に差し出されたお宝にシュタールは目を見開き、ラング達は歓声をあげる。

 ノエルの手に収まっているそれは、精巧な細工の施された銀製の小箱。

 死霊の森で手に入れたアルフィードの遺品であった。


「おい坊主、一体俺たちに何をさせようってんだ?」


 さも宝石箱には興味がないとでも装うように腕を組み、憮然とした表情のシュタール。

 しかしながらチラチラとノエルの手元へ泳ぐ視線が、隠しきれない物欲を物語っていた。


「なぁに、結局やることは変わらないさ。俺が欲しいのは、おっちゃん達が後ろにいるあの子達を置いてとんずらしないって言う保証かな」


「保証ねぇ……」


 何やら物憂げに渋ってみせるシュタールに、ラングが背後から顔を覗かせる。


「いいじゃねーか、やろうぜシュタール」


「ラング、いつも言ってるだろ? 美味い話しって奴には必ず裏って物があるんだ。簡単に請け負う訳にはいかねーんだよ」


「確かにそうかも知れねーがよ。今回ばかりはどの道ここの連中とやり合わなきゃ俺たちの命だって危ないんだぜ? どうせやるなら報酬があった方がやりがいがあるってもんだろ?」


「しかしなぁ……、値打ち物とは言えたかが箱一つ・・・・・・に命を掛けるってのもなぁ」


 言ってチラチラと視線を漂わせるシュタールに、ノエルはチャンスとばかりに箱を開いてみせる。


「なら、これならどうだ? おっちゃん」


「「――ッ!」」


 ノエル開いた箱の中にギッシリと詰まった大小色とりどりの宝石。

 それを目の当たりにした傭兵達は、思わずノエルを取り囲む様に覗き込む。


「マジか! こんだけありゃ、何だって出来るぜ? これはもう決まりだろ、シュタール」


「あ、あぁ、確かにな。こんな物を見せられて渋るようじゃ、流石に傭兵失格だぜ」


「よっしゃ! 野郎ども、気合いを入れろ! 一攫千金の大仕事だぜ!」


「「おおおおおっ!」」


 洞窟内に男共の野太い雄叫びが木霊すると、慌てたノエルの注意が入る。

 

「シィィィ! 声がでかいよ、バカなの?」


「おぉ……、すまん坊主、ちょいと興奮しちまったぜ」


「全く……」


 呟くと、呆れた様に溜め息を吐くノエル。

 ともあれ、これで何とかなりそうだと漸く胸をなでおろしたのだった。


……………………。

………………。

…………。

……。




 夜も深まり子供達が寝静まった頃、メイドのメイを含めノエルと傭兵達、計7名による作戦会議が執り行われていた。

 会議の主役は勿論ノエルで、牢から抜け出した際に獲た情報を掻い摘まんで彼等に語って聴かせていた。


 ただし、ノエルとしてはとてもではないが正確な情報は渡せない。

 連中が悪魔崇拝者と思しき事や、現在この洞窟内に看守らしき二人を含め、20人以上も居るなんてとてもではないが言えたものではない。

 更に言うなら魔法使いが6人も居て、その内の一人は魔導師クラスだなんて言おうものなら、恐らく傭兵達は脱出を早々に諦めるか、子供達を置き去りに自分達だけで逃げようとする筈だ。


 そうなったら流石に詰む。それだけは避けたい。

 そこでノエルは、これなら何とか勝てそうと思わせるギリギリの偽情報を差し込んでいく。


「出口が一本道ってのはありがたいな。しかし魔法使い3人か……、ちと厳しい気もするが」


「ああ、そうだな、逃げ場のない中で炎系の爆発なんて食らったひにゃ一瞬で全滅もあり得るぞ……」


 出口までは一本道で途中に連中の食堂らしき物があり、総勢10名、内3人が魔法使いである。

 と、ギリギリ勝てるだろうと思しき設定を作ってみたが、どうやらそうでも無いらしい。

 かと言ってやっぱり止めた、では困るのだ。

 

 ノエルは自身の持ち物全てと照らし合わせて、どうにか勝てる算段を捻り出していく。


「なぁ、そっちの嬢ちゃんはどうしても戦力に加わっちゃくれねぇのか?」


「言ったろ、おっちゃん。メイさんには子供達の護衛をしてもらうって」


「いや、しかしなぁ……。嬢ちゃんだってそう思うだろ? どっちにしたって勝てなきゃ死ぬんだ、出来ることは何でもするぐらいじゃねーと後悔してからじゃ遅いんだぜ?」


 何とか食い下がろうとするシュタールに、作戦の変更を許さないノエル。

 二人の話し合いが平行線を辿る中、怖ず怖ずと申し訳無さそうにメイが口を挟む。


「あ、あのう……。ちょっと宜しいでしょうか?」


「おう、何だ嬢ちゃん。言いたい事があるなら遠慮せずに言ってみな」


「はい、実は……その……」


「なんだ? モゴモゴしてねぇで言ってみろ」


 そうシュタールが急かす様に口にすると、傭兵達に囲まれ小さくなっていたメイは、勇気を振り絞るように顔を上げた。


「は、はい、実は私、魔法が使えないんです……。すいません!」


 言って慌てたように頭を下げるメイに唖然とした一同。

 シュタール達としては、事と次第によっては最大戦力にすらなり獲ると言う期待を裏切られ、思わず言葉を失っていた。


 しかし対するノエルはその表情こそ驚いて見せていたものの、実は大凡の検討は付いていた。

 その理由は、メイの右腕にはめられた如何にも無骨なデザインの腕輪である。

 恐らくは魔法を制限、もしくは使用不能にする道具であろうと当たりを付けていたのだ。


「――で、その腕輪を外せさえすれば問題なく魔法を使えるんだよな?」


「はい……。でも、たぶん無理だと思います」


「その腕輪はそんなに大した物なのか?」


 メイの掲げた右腕を一同で眺めつつ何とかならないかと頭を捻るが、続く説明に流石に無理と肩を落とす。


魔牢石まろうせきで造られているので、オリハルコンの剣でもない限り難しいかと……」


「あぁ、魔牢石か……。確かにそいつは厄介だな……」


 途端にガックリと肩を落とす一同。

 それもそのはず魔牢石とは、魔力を強制的に吸い取り強度を増す性質を持ち、さらには触れている者の魔力の流れをかき乱す所謂いわゆるジャミングの様な効果まで持っているのだ。

 まさに魔法使いにとっての天敵とも言える物質である。


「ならいっその事、手首からチョンギっちまうか?」


「――ッ! や、やめて下さい!」


 突然物騒なことを言い出すラングに、おののく様に素早く右手を後ろに隠して後退るメイ。

 その様子の見て溜め息を吐いたシュタールがヤレヤレと言った風に止めに入る。


「手首を切ったところで、もはや戦力にはならんだろう……」


「まっ、それもそうだな」


 ラングの悪びれない言い様に一同の緊張がやや緩む。

 どうやらこのラングと言う男、場の空気を操る才能があるようだ。


(こう言う腹の中で物を考えるタイプは要注意だな……)

 と、ノエルの中でラングへの警戒心が一つ上がる。


「所でおっちゃん達はインベントリは無いのか?」


 戦うにしても丸腰ではどうにもならないと、ノエルは疑問を口にする。


「あん? そんなもん根刮ぎ抜き取られたに決まってるだろ」


「抜き取られた? 他人のインベントリから中身を抜き取れるのか?」

 

「当たり前だろ。まぁ、専用の魔道具はいるがな」


 何を当然な事をと不思議がるシュタール。

 そこでそう言えばと先にノエルがインベントリからポーションを取り出したのに気付く。

 

「そう言えばお前インベントリからポーションを取り出してたよな?」


「あぁ、まんま残ってるぜ、おっちゃん」 


 それを聞いたラングが口を挟む。

 あざとい奴は嫌いだと、ノエルの口元がほんの少しだけ歪む。


「え? 何でだ? インベントリなんて普通真っ先に探るだろ?」

 

「どう見ても平民の子供にしか見えない俺が、インベントリを持ってるなんて思わなかったんじゃないか?」


 確かに子供だからと警戒を怠るような甘い相手ではない。

 恐らくはノエルの場合、魔術ではなく魔法としてのインベントリだったからではないだろうか。

 ともあれ、この件に関してはこれ以上突っ込まれては面倒だと早々に受け流す。


「はっ! そいつはツキが回ってきたな。おい坊主、何か武器になりそうな物はないか? なんでもいい、串だろうがフォークだろうがな」


 待ってましたと言わんばかりにノエルはニヤリと笑むと、勿体付けるようにゆっくりと立ち上がる。


――むろんいつものドヤ顔でだ。

 

「フォーク? 串? バカ言っちゃいけないなぁ、おっちゃん……」


――インベントリ。


 そう呪文を唱えるや否やノエルの前に、次から次へと山の様に武器や防具が溢れ出てくる。

 それは平原に出た当初、散々襲われた盗賊達の置きみやげ、戦利品である。 


 そんな様を眺めていた傭兵達は、いまだ溢れ出てくる武具の山とノエルの顔を何度も交互に眺めながら大口を開けて言葉を失っていた。




――さぁ、好きな得物を選びな――

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