57話:脱出の算段

「あのガキ本当に逃げ切りやがったんじゃねーだろうな?」


 シュタールと以下、傭兵達はノエルの去った牢の中で出された食事に舌鼓したづつみを打っていた。


「なぁシュタール……。ここの食事って普段俺たちが食っている物より美味くないか?」


「言うなラング、余計に腹が立つ……」


「そう拗ねるなよ。それよりどうするんだ? あのガキ、恐らく始末されてるぜ?」


「かもな……。だが、約束は約束だ。死んだと確信出来るまでは動かねえ……」


「ふぅん……、相変わらず律義な男だな。まぁアンタに従うさ、飯も旨いし意外と居心地も悪くない事だしよ」


 脳天気にも食事を楽しむラングを見て、他の傭兵達も苦笑いしつつも習うように食事を続けた。

 なにもラングとて思う所が無いわけではない。

 ただ、生死の懸かった危機的状況下では、副団長であるラング自身が団長であるシュタールを信頼し、その命もひっくるめて丸投げにする様を見せ付ける必要があった。

 特にノエルの無謀とも言える特攻劇を目の当たりにして、未だ動揺を隠しきれない部下達には。


――コツッ、コツッ、コツッ、コツッ。


「おい、聞こえたか?」


「あぁ、食器でも下げにきたんじゃねーか?」


 近付いてくる足音に、途端に険しい表情へと変わるシュタール。

 対して未だ呑気な顔で食事を頬張るラングと部下達。

 そんな部下達の姿を見て、シュタールは盛大に溜め息を吐くと共にどっと肩の力が抜けていくのを感じた。


 曰く、うちの副団長は本当に得難い存在だと。


 現れたのは黒い革鎧に身を包んだ二人の男。

 ノエルに散々煽られた挙げ句、牢から逃げられた髭面の男と、その片割れの短髪だった。


 シュタールは相手を刺激しないよう顔を伏せたままチラリと視線だけを向ける。


「――っ! あのガキ、本当に生きて帰って来やがった……」


 シュタールの呟きを聞き傭兵達の視線が一斉に動くと、誰ともなく息を呑む。


 二人の男の間に引きずられる様にして現れたノエルは、意識を失っているのか俯いたままピクリとも動かない。


 その様子を見たシュタールは、眉間に皺を寄せ険しい顔になる。


――ひどくボロボロだが死んではいない筈だ。


 わざわざ此処まで運んで来たのだから生きてはいるのだろう。

 辛うじて、ではあるが……。


「オラッ! これに懲りたら二度と舐めたことするんじゃねーぞ?」


 髭面の男はノエルの襟元を掴むと、まるで焼却炉にゴミでも捨てるように牢屋の中へ投げ入れた。


「全く、手間を掛けさせやがって」

「ざまぁねーな」


 言うと、二人は興味がないと言わんばかりに踵を返し、歩き去っていく。


「おい坊主、生きてるか?」


 のぞき込むように掛けられた声に弱々しくも鬱陶しそうにノエルが応える。


「あぁ……。問題ない……」


「バカ言え、ボロボロもいいとこじゃねーか。無茶しやがって」


「カカッ……。顔に似合わず優しいこと言うじゃねーか、おっちゃん」


「うるせぇ! それより何があった? 見たことを教えろ!」


 いくら大人びた子供とはいえ、所詮、子供はこども、これほどまでに痛めつけられれば程なくして命を落とす事になるだろう。

 そう考えたシュタールは、生きている間に出来る限りの情報を聞き出そうと試みる。

 しかし返ってきた答えは予想以上のものだった。


「慌てんなよ、まずは治療させてくれ」


「治療って、一体どうやって……」


 口ごもるシュタールを余所に、ノエルは待機魔力を解放し、身体強化と水属性のエンチャントを身に纏う。


「ま、魔法使いだと……」


 目の前に横たわる小さな少年の予想を超えた行動に、傭兵達の目の色が変わっていく。

 脱出の際、この少年は十分な戦力になり獲ると。


――インベントリ。


 さらにノエルは敢えて呪文を唱えて取り出したポーションを一気に煽ると、大の字になって横たわり目を閉じる。


「悪いなおっちゃん、少し休む。起きたら改めて作戦会議だ……」


 言われて我に返ったシュタールが、分かったと返事を返す頃には既にノエルは小さな寝息を立てていた。





 

◇――――――――――◇





 ギシギシと関節が突っ張るような痛みを感じ目を覚ます。

 どれぐらい寝ていたのだろうか?

 随分な時間、寝ていた気がするが。


(くっそ、あの暴力女め……。本当に殺す気で殴りやがって……)


 ノエルは、自身のポケットの中の感触を確かめると、思わずニヤリと顔を歪める。


――どうやら賭には勝ったようだ。


「ニヤ付いてんじゃねーよ、ませガキめっ!」


 唐突に掛けられた冷やかし混じりの言葉に首を傾げて漸く気付く。

 どうやら自分はメイドさんに膝枕をされていたようだ。


「あっ、気が付いたのね! 本当によかったわ、死んじゃったのかと心配したのよ?」


 そう言ってグイッと顔を近付けられ、慌てて身体を起こしたノエルの耳は心なしか赤らんでいた。


「あ、あぁ、ご心配お掛けしました……」


「ぷっ……、あのガキ照れてやがる」


「うっせーぞ、ダメオヤジ共!」


「「アハハハハハッ」」


 冷やかされ、つい声を荒げてしまうノエルであったが、続く子供達の笑い声に振り返る。

 見ると子供達の顔には、いつの間にか以前まであった不安の表情が消え去っていた。


「俺が寝ている間に何かあったのか?」


「まぁちょっとな……。そこのお嬢さんは大した玉だよ」


「ん……んんっ?」


 バツが悪そうに顰めっ面をしたシュタールを前に首を傾げるノエル。

 その様子を眺めていたラングが仕方なしにと口を挟む。


「いつまで経っても意識の戻らない坊主を叩き起こそうとしてな。うちの団長がひっぱたかれたのさ、そこにいるお嬢さんにね」


「なる程、確かに大した肝っ玉だ」


 目を覚ましたノエルを中心に、傭兵達やメイドさんと子供達を交えて情報交換も兼ねた雑談が始まった。


 やはりと言うか、子供達は全員が貴族階級の出だそうで中には嫡子の立場の子供までチラホラと。


――これは流石に大事だ。


 聴けば、それぞれ所属する国が違い、ミリル平原に国境を接する三国から攫われて来たようだ。

 ただし攫われた時と場所は全員が一致していた。


 リーリア王国のフェアリー・ベルと言う名の城塞都市。

 三年に一度、各国の要人や国境を護る辺境伯等が一堂に関して執り行う晩餐会があり、その移動中の隙を付かれたらしい。


 ノエルとしては、何故そんな国同士の思惑が渦巻く伏魔殿に子供を連れていくのか納得の出来ないところだが、自身の子供を連れて行くことが敵意がないと言う意思表示であり、しいては戦争を回避する大事な意味がある、との事。


 どうやら貴族に生まれるというのは良い事ばかりでは無いらしい。


「どうして他は子供達だけなのにメイさん一人だけ大人なの?」


 ふと疑問に思い、メイと名乗ったメイドに話を振ると、困り顔で首を振るばかり。

 自分でも心当たりが無いようだ。


「んー、もしかしてだけどメイさんて魔法使いだったりする?」


「え? どうしてわかったの?」


「なる補、それが理由かもね……」


 ノエル自身、実は一目見た時からメイが魔法使いである事は見抜いていた。

 しかしながらそうかと聴かれて、そうだと答えるとは思えない。

 そこで暫くの間、知らない振りをしていたのだが、ここいらが頃合いだろうと聴くに至ったわけだ。


「おいおいマジかよ、こりゃいよいよ俺たちにも運が向いてきたな」


 思わぬ戦力の増強に浮き足立つ傭兵達。

 ノエルはそんな彼等に言い聞かせるように口を開く。


「悪いけどメイさんには子供達の護衛に回ってもらうつもりだから」

 

「待て、魔法使いだぞ? 使わない手はないだろ?」


 迫るように声を荒げるシュタールに、子供達が怯えた様に身体を震わせる。


「おっちゃん、だから落ち着けって。脱出の算段は既に整えてあるんだからよ」

 

「なっ! 本当かよ? 一体全体どうしようってんだ?」


「その前におっちゃん、一つ聴いて欲しいことがあるんだ……」


「な、なんだ? 金ならねーぞ?」


「そうかそうか、金がないのか。それじゃーさ、おっちゃん――」

 

 

 

 

 

 

 

――俺に雇われる気はないか?――

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