33話:その手にはナイフを、メイドには安らぎを

――ガチャ


 半身となり、開いた扉を盾にするように身を隠す。

 どうやら右に連なる部屋は引き戸で、左に連なる部屋は押し戸になっていた様だ。


 隣となる部屋の中で目にした光景が、今も瞼の裏側にハッキリと残っている。

 握った引き戸が、ノエルにその光景をより鮮明に思い起こさせた。


――その時、恐怖心を煽るかのように屍の絶叫が響き渡る。


『ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛』


「…………」


 ビクリと肩を震わせ振り返る。

 度重なる辛労の連続に、ノエルはまさに鬼胎きたいし限界をとうに越えていた。


「死んだ奴がうるせぇってんだよ、クソッタレが……」


 そう弱々しくも吐き捨てるように呟くと、インベントリからポーションを取り出し一気に煽る。


「プハー。不味い……」


 此処に至るまで、血にまみれ、泥にまみれて必死に生き延びてきたのだ。


――こんな所で終わってたまるか……。

 その思いだけが今のノエルを支えていた。


 灯りを付与した幾つかの小石を左手に握ると、扉を盾に中へと投げ込む。

 すると、ノエルの眉間に皺が寄り、途端に怪訝な顔へと変わる。


――落下音がしない……。


 まさか、この部屋も奈落へと通じているのだろうか?

 ナイフの刃を突き出し、鏡のように室内を伺う。

 淡く曇った刃に写し出されたそれは、以外にも散乱する衣服の山であった。


 扉から顔を出し中を覗き込むと、ホッと息を吐く。

 どうやら只の倉庫のようだ。

 落下音がしなかったのも、散らばる衣服がクッションになったせいだろう。


 取り敢えずの安全を確認したノエルは、扉を開け放つと手にしたフォークを蝶番へと上から差し込み細工を施す。

 その後、切っ先を掲げて改めて室内を見渡していく。

 中は、所狭しと衣服が散乱し、山の様に積み上げられている。

 左右の壁際には、剣や盾、弓にやりなど武具が立て掛けてあり、

 部屋の奥を伺うとプレート・アーマーやブーツなど、防具類が積み上げられていた。


 何の変哲もない只の倉庫。

 かに思えた――


 しかし、ノエルの視線は部屋の壁に注がれている。

 山の様に積み上げられた衣服でも鋼の武具にでも無く、壁に……。


「おかしい……。これじゃぁ、面積に対して間取りが合わない」


 その部屋は、やけに細長い造りになっていた。

 奥行きが5m程も有るのに対し、横幅が1,5m程しかないのだ。


 室内へ足を踏み入れると、他へは目もくれず壁へと向かう。

 其処は、倉庫と隣り合う部屋を分かつ壁。

 それは、忌まわしき人間解体部屋だった……。


――壁に掌を当てると――静かに目を閉じ想像する。


 浮かんでくるのは悍ましい光景。

 血と臓物と肉塊。折り重なる死体の山。

 鼻を刺す死臭に纏わりつく湿気。


 苦虫をかみ殺すように歯噛みする。


――余計な事は思い出すな、必要なのは部屋の大きさだ。


 頭の中で室内をぐるりと見渡す。


――やはり思った通りだ……。


「壁の向こうに何かある……」


 ゆっくりと目を開く。

 その顔は、今にも吐きそうな程に蒼白としている。

 二度と思い出すまいと、すぐさま壁に背を向ける。

 天井を見上げ、二度三度深く深呼吸をすると、ズルズルと滑り落ちるようにへたり込む。


 そのまま膝を抱くように座り込んだノエルは、顔を伏せるとピクリとも動かなくなっていた。


 気付いてしまったのだ。

 壁の向こうに何があるのかを……。


 外から見えた唯一の希望の脱出口。

 煙突はその実、煙突ではなかったのだ。


 ノエルは気付いてしまった……。

 煙突だと思っていた其れは、地下へと続く通気口であったと。


「行きたくねぇなぁ……」




――そこで、意識がプツリと途切れた――




◇――――◇





「――ッ」


――突然の息苦しさに目を覚ます。


 

 何かがノエルの首を締め付ける。

 問答無用に。殺意を込めて、キリキリと締め上げられていく。  


「ガッ……。ぐっ……」


 己の首に絡み付くその何かを両手で握り締めると、うつ伏せに倒れ込む。


 全ての小石に付与した灯りが、その効力を失ない辺りは真っ暗な闇が支配している。


 その何か・・は冷たく、腐り土へと還る寸前の倒木の様に柔らかく、それでいて力強さを持っていた。

 

 必死に引き剥がそうともがき、首と絡み付く何か・・との間に指をねじ込み、引き千切る様に力を込める。

 そうして漸く気道を確保すると、短く息を吸い込み呪文を唱える。


「ら……ライト」


「クソッ! 何だ此奴!」


 発現した光球によって照らされ、目に映ったそれは……。


――腐乱し、腐り落ちる寸前の人間の右腕であった。


 身体強化を発動し、自らを締め付ける手の指を握り潰すかの様にして、こじ開け引き剥がす。

 そのまま床へ叩き付けると、膝を乗せて押さえつけ、取り出した食事用ナイフを突き刺し縫いつける。


 すかさず瞬時に立ち上がり、ナイフを取り出し辺りを伺う。


 状況が今一掴めない。自分は気を失っていたのだろうか?

 あの後、これから進むべき道が地下しかないと理解し、落胆した、あの時……。


――記憶はそこで途切れていた。


「よく生きてたな……。死にかけたけど……」

 

 大分長い間寝ていたようだ。

 随分と身体が軽い、寝覚めは最悪だが……。


 見下ろすと床に縫いつけられた右腕が、今尚バタバタともがいている。

 肘の先から切断されたその右腕には、確かに見覚えがあった。


「あのゾンビメイドの腕か……」


 見下ろすその表情は、苦々しく歪んでいる。

 始末しておくべきだった……。

 しかし、あの時はノエルの体力も既に限界を迎えつつあり、等のゾンビも吊されてていた為、大丈夫だろうと高を括って放置してしまった。


 とは言え、幾ら言い訳を並べてみても、死んでしまえば後の祭り。

 死んでしまったら、言い訳すら出来ないのだから。


 周囲を見渡し、落ちている小石に灯りを灯していく。

 せっかく倉庫があるのだ、使えそうな物は戴いて行こう。


 散乱する武具は、そのほとんどが錆ついて使い物にならなかったが、比較的サビの少ないナイフを幾つかインベントリへと入れていく。

 多少錆び付いていても、使い捨ての投擲用武器ぐらいにはなるだろう。


 更にゴソゴソと散らばる衣服や武具をかき分け、使えそうな物を探していく。

 すると幸運な事に使えそうな道具類が幾つか見つかった。


 大量の矢が収納された魔法の矢筒に魔法のランタン。

 剣帯に小さなウエストポーチとリュックサックなどだ。


 ウエストポーチを剣帯に括り付けるて腰に巻く。

 右手に握ったナイフを鞘に収めて左腰に差すと、右腰にはランタンを括り付ける。

 ランタンは魔道具のようで、底を開くと魔石を入れる穴が開いていが、スイッチらしき物は付いておらず魔石を付け外しすることで切り替えるようだ。


 ノエルはランタンに魔石を投入し灯りを灯すと、長さ150cm程の短槍を拾い上げる。


 目指すは暖炉。地獄の入り口。

 倉庫を後にすると、開け放たれたままの扉を閉め、つっかえ棒の様に床に拾ったナイフを突き刺す。


 その後、向かいにある寝室の扉に手を伸ばすと、躊躇うかの様にその動きを止めた。


「始末した方がいいな……」


――ノエルの視線は、隣り合った従者の部屋へと向いていた。



 部屋の前に経つと身体強化をかけ直し、風を纏う。

 すると、目覚めたかの様にゾンビの雄叫びが木霊する。


「まったく……。面倒な女だ」


――ドンドンドンッ


 ゾンビが扉を叩き付ける。

 どうやら吊していたロープが切れたらしい。

 厄介な事だ……。

 しかし、このまま捨て置く訳にはいかないだろう。

 また後ろから襲われでもしたらたまったものではない。


 ロープを取り出し扉の取っ手に結び付けると、反対側を少し余裕を持たせるように弛ませて、向かい側の扉へと結び付ける。


「よし、やるか……」


 呟くと、ゆっくり取っ手を握り、捻る……。


――瞬間

 ゾンビが扉の隙間から手を伸ばし、ノエルの手を掴む。

 慌ててその手を振り払うと、後ろへ飛び退き短槍を構える。

 

 ピンと張ったロープに拒まれるように、扉はそれ以上開く事はなく、ゾンビは上半身をねじ込むように突き出すと、左手をノエルへと延ばし雄叫びを上げる。


『ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ』


 両手で短槍を握り締め、刃先をゾンビへ向けるとゆっくりと近づいていく。


――ゾンビ、生きながらにして死んでいる、その異形の魔物の弱点は頭部にある。

 とは言っても、既に脳は死んでおり脳を破壊すれば死ぬという訳ではない。

 頭部を完全に破壊しなければならない。

 それこそグチャグチャに潰すように。


 ノエルはゾンビへと近づくと、振り上げるように刃先を滑らせ、延ばされたその左腕を切り落とす。


――ドサリッ


 切り落とされた左腕は床へ落ちると、バタバタと暴れ始める。

 インベントリからナイフと取り出すと、腕へと投擲し床へと縫いつける。


――ドンッ




――この状況は異常だ――


 ゾンビは通常、切り落とされた四肢が勝手に動き出したりはしない。

 あくまで頭部に繋がっている肉体が動くのだ。

 にもかかわらず、先ほどの右腕も眼前でのた打つ左腕も、自分勝手に暴れだしている……。


――此奴は本当にゾンビなのだろうか?

 そこまで考えて首を振る。

 これ以上謎を抱えてどうするのかと……。

 どの道行けば分かる事だ、暖炉の下の闇の中へ……。


 改めて向き直ると、切っ先を喉元へを突き立てる。

 左足を軸に身体を捻ると、遠心力と梃子の原理を利用して力一杯横に凪ぐ。


――カシュ

 と、乾いた音を立て凪ぎ払われた槍の刃先が、首を飛ばし戸口を切り裂く。


 途端、先程まで響き渡っていた雄叫びは鳴りを潜め。

 ゾンビの身体は崩れ落ち、縫い付けられた左腕も動かなくなっていた。

 どうやら首を切り落とせば殺せるようだ。

 ゾンビの生態は本で読んだ程度の知識しかなかったため、貴重な情報が手には入った。


 念のためにと、切り落とされた頭部を蹴り飛ばし、室内へと押し込んで扉を閉める。

 その後、床に刺さったナイフの柄を踏みつけ、しっかりと奥へと差し込むとその場を後にする。


――出来れば今日中に、この忌々しいホラーハウスから脱出したい。


 遂に目的の部屋の前に付くと扉へと手を伸ばす。


 向かうは暖炉、行き着く先は……。


 

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