114話:ニャー……(ジト目)

 撃ち出した水球がアナベルに絡んでいた三人の男達を襲う。

 腹、肩、胸、顔面。圧縮により打撃力を高めたとはいえ、殺傷力を持たせるには些か遠い距離。

 それでもマシンガンの様に撃ち出された法撃は、男達を昏倒させるには十分威力を発揮した。


 声を出す間もなく滅多打ちにされると、前のめりに倒れるように階段から足を踏み外す。


 と、ノエルは風を受けて飛び上がった。

 いまだ下で待ち構えている四人の男達はノエルに気付いてはいない。しかし――


 無惨にも階段から転げ落ちる仲間を見上げていた一団が振り返る。


――瞬間。一人の男が錐揉きりもみ状に飛んでいく。


 振り返りざまにノエルが棍棒で男の顔を殴打したのだ。


(あっ、やべぇ殺しちゃったかも)


「まぁいいけどなっとぉ!」


 風を纏ったノエルは、空中で身を捩る様にして着地を決めると、右手に持った棍棒をひょいっと上へと放り投げた。


――男達の視線が、誘導されるように宙を浮かぶ棍棒へと泳ぐ。


「せーのっ! そりゃ!」


 ノエルは左手の棍棒で、すくい上げるように近くにいた男の脛をかっ飛ばす。

 と、男はクルンと前方宙返りで頭から地面に叩きつけられた。


 残るは二人。もしかしてと思ったが杞憂だったようだ。

 どう考えても素人の動き。この連中は文字通りただのチンピラだ。


――そうと分かればとっとと終わらせよう。


「ナイン!」


『ミャッ!』


 ノエルがナインの名を呼ぶと数十にも及ぶ水球が男達を襲う。


「ぶへばっ!」


 言葉にならない声をこぼして、二人の男が宙をまった。


「無事ですか? シスター」


「ノエル君!」


 叫ぶようにアナベルの注目を引くと、すぐさま振り返り大通りへと視線を飛ばす。

 見ると、行き交う周囲の人々の目がノエルへと集まっていた。


 目を見開き首を竦ませる驚きの表情が見て取れる。

 それはそうだろう、こんな人目のある場所での大立ち回りだ。

 誰だって振り返るし、最後に立っていたのが年端も行かない少年なら驚きもする。


 ただ、その中には明らかに困惑の色を浮かべた者達がいた。

 監視者に暗殺者達だ。ノエルはゆっくりと後ずさるようにアナベルの元へと歩いていく。


――お前達のことは気付いているぞ……。


 そう言わんばかりにノエルの目端は鋭さを増し、視線だけが右へ左へ威嚇する。


 彼らにしてみれば、予想以上の戦闘力を見せつけられて困惑を隠せない様子。

 しかもノエルの背後にはアナベルが佇んでいるのだ。

 これでは動くに動けない。


 ノエルはアナベルを人質にしたのだ。さらに言うなら自らの盾として利用している。

 知っているもの達からすれば、許し難い行いだろう。


「ノエル君……。あなたは今の今までどこで何してたの? 心配したんだから!」


「ちょ……」


 いつの間にやら背後に立っていたアナベルが、強引にノエルを抱き上げた。

 突然身動きが取れなくなった事に危機感を覚え、バタバタと足をバタつかせるが、アナベルは決して離してはくれない。


 この細腕のどこにこんな力があったのか。もしかしたら身体強化でも使っているのかもしれない。


「し、シスター。大丈夫ですから、自分で歩けますから」


「ダメよ! まったく、私がどれだけ心配したと思ってるの? 罰として今日から暫く外出禁止よ!」


「えぇぇ……」


 うなだれるノエルを抱えたままアナベルは踵を返し、階段を登っていく。

 その間もアナベルによるお説強は続き、ノエルは只々なすがままに項垂れるしかなかった。




………………。

…………。

……。





 結局、一時間にも及ぶ説教を受け。

 その後またも担ぎ上げられると、鼻息荒いアナベルに風呂場で丸洗いにされると言う苦行を強いられた。

 

 ノエル自身、身を隠していたことの言い訳が思い付かず、仕方無しと諦めるしかなかった。

 そもそも夕暮れ時にアナベルが教会から出かけた理由が、ノエルを探すためだったらしい。

 そんな事を聞かされてしまうと、どうにも逆らえなくなったのだ。


 アナベルは誘拐の事は知らないのだろうか?

 だとしたら子供一人が姿を消しただけで、動揺するさまも頷ける。


「うーん……取り敢えず今日は、夜まで動くに動けんな……」


 うーん、と手を伸ばしてベットに倒れ込む。

 自分の部屋で一緒に寝ればいいと言って聞かないアナベルを、何とかな宥めて個室を手に入れたのだ。

 まぁ、アナベルの隣室をあてがわれただけなのだが。

 それだって3日に一度は、アナベルと共に入浴すると言うヘンテコな条件付きで。


「まぁ、どうせ引っ越すから良いんだけどな」


 呟くと、ゴロゴロとベットの上を転がる。

 まともにベットで寝るのは何時以来だろうか?

 前回は気を失っていたので無しとしても。


 枕に顔を埋めながら、これまでの事を思い出す。

 オンディーヌに別れを告げたあの日の夜。その日がまともにベットで睡眠を取った最後の日だ。

 と言ってもまだ半月足らずしか経ってはいなかった。


 あの日から今日までが濃密すぎて、時間の感覚がすこしおかしくなってくる。

 考えようによっては冒険ともいえるが、思い描いた冒険とは違いすぎた。


 うつらうつらと船を漕ぐ。少しぐらいなら睡眠を取っても罰は当たらないだろう……。

 少しだけだし、夜には、夜中には……。




………………。

…………。

……。

 



「ミャー、ミャミャー」


「んっ……」


 ナインの鳴き声で目を覚ます。いまだ覚醒し切れていないのか、身体がゆうことを利いてくれない。

 心なしか瞼も重く感じる。しかし起きなくては……。


 ミャーミャーと鳴きながら、ふわふわとした柔らかくて暖かいものが顔にのし掛かっている。


――邪魔だな。


 ナインだろうか? にしては少し重い気がするが。

 いい加減に起きようと、身体を捻るが思うように動かせない。

 その状況に漸く頭が覚醒し、よくよく自身の置かれた様子を見てみると、あられもない姿のアナベルに抱きつかれている事に気が付いた。


 おかしい、彼女の部屋は隣のはずだ。何故こんな所で寝ているのだろう。しかも裸で……。


 抱き枕でも抱くように、ノエルをカニばさみにして離してくれない。


――これは困った……。


 目の前に並ぶ二つのたわわなを眺めながら考える。やはり彼女は変態だ。

 しかしこのまま寝ている訳にもいかない。出来れば夜中の内に教会の鐘を調べておきたいのだ。


 何とかこの場を逃げ出そうと試みる。

 ムチッとした太股にそっと手を差し入れて、気付かれないよう、起こさないようにそっと開く。


 別にやましい気持ちはない。本当……だ……。

 兎に角――ムッチムチのカニばさみから解放されたノエルは、今度は胸元から逃れようと、そっと頭を抜きに掛かる。


「むぐっ」


 と、無意識に何かを察したのか、ノエルを抱き締める手に力が入る。


(い、息ができな……死ぬ……)


 フガフガとスライムに挟まれ藻掻き続けると、不意に力が緩み、何とか脱出に成功する。


(あぶねぇ、今のはヤバかった)

『ニャー……』


(違うんだ、別に喜んでる訳じゃないんだ)

『ニャー……』


(くっ……)

 

 なにやらナインに白い目で見られている気もするが、気のせいだろう。

 気を取り直してノエルは自分の枕を手に取ると、アナベルの腕に抱かせてそっとベットから降りた。


(よし、行くか!)

『ニャー……』


(気のせいじゃなかった!)


 子供たちの魂と結びついた所為か、精霊のわりにナインは些か人間臭い所があるようだ。


(機嫌直せよナイン)

『みゃぅ』


 ナインのご機嫌を伺いながら、ノエルは一人頭を抱えやるのだった。

 これは先が思いやられるぞ、と。


 

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