113話:屋根上の決断
倉庫街から商業地区を抜け、裏道を選んで街の中央を目指す。
既にナインはノエルと同化しており、姿は見えない。闇属性を持っているとはいえ、あまり人目に触れさせない方がいいだろうと判断した為。
せっかくの手札。隠せるうちは隠しておいた方がいい。
教会は高台に建てられているため、遠目にもよく見える。
ノエルは民家の屋根の上に登ると、気配を探るように神経を研ぎ澄ます。
――微かに揺れる属性魔力を、
中にはかなり希薄なものもあり、闇属性の魔石による隠蔽が見て取れる。
「随分と物々しいな……。よほど俺をどうにかしたいらしい」
『みゃー……』
「心配ないさ、教会の中では連中も暴れようがないだろうしな」
待機魔力を光属性へと変換し、圧縮――解放。
そうして光のエンチャントを身に纏うと、改めて気配を探り始めた。
隠蔽の闇属性に対し、看破の光属性。色別魔法と呼ばれる鑑定魔法を始め、光属性には対象の属性を目で見る力や肌で感じる索敵能力に優れている。
幻視系魔法こそ未だ使いこなせてはいないが、監視の目を燻り出すには十二分に効果を発揮するはず。
ノエルは屋根の上で身を貸すように伏せると、匍匐前進で縁へと向かう。
見下ろした先は教会へと続く大通り。商業地区だけあって様々な店が建ち並び、行き交う人々の多さから賑わっている様が見て取れる。
参った――思った以上に数が多い。光属性を使っていなければ気付くことが出来なかったかもしれない。
ウインドショッピングをしている振りをしながらチラチラと辺りを伺っている者。
オープンカフェでコーヒーを啜っている者。さも友人同士で立ち話をしているかの様に装っている者。
軽く索敵しただけで10人はいる。ご苦労なことだ……。
「まいったなぁ。この通りだけでこれだけ居るんじゃ、教会付近は倍以上は覚悟しないといかんな……」
ひとつ、ため息を吐くと立ち上がる。とにかく教会付近まで行ってみよう。
ピョンピョンと屋根を伝って進んでいく。とてもではないが、大通りを行く気にはなれない。
連中の立ち位置から察するに監視と暗殺、その両方の勢力が混在している節がある。
周囲を伺っている者達の距離感が近すぎるのだ。
同じ場所に何人もの人間を配置したところで、その効力は十分には発揮しない。
それぐらいは素人のノエルでも察しが付いた。
あの人数からして、もしかするとディーゼル家すら動いている可能性もある。
――なぜだ?
ヘインズの指示だろうか? だとしたら何のためだ?
いくら考えても結論は出ない。鑑定魔法をもってしても、相手の正体までは分かりようもなかった。
ただ分かることは、連中も本気だと言うこと。
死人を出さないようにと考えていたが、そうもいかないかもしれない。
ノエルは移動中、ナインに属性魔力を補充し続けた。
予想よりも早くナインの力を借りることになりそうだ。
「うっわぁ……。これは酷い。どうしろってんだ? まったく」
高台にある教会の麓、その長い階段の下に、見るからに荒くれ者の格好をした一団が陣取っている。
ただ、彼らからはまったく属性魔力を感じないため先程の連中とは毛色が違って見えた。
ノエルを待ち伏せているのか、それとも別の理由なのか、少し判断に苦しむ所。
教会の周囲をグルリと通る大通り。それを見下ろす屋根の上で、ノエルは様子を見ることに決めた。
ボリボリと干し肉を齧り、水で流し込む。ここから先は長期戦になる。
強行突破をするにしても、真っ昼間に連中と一戦を交える訳にはいかない。
下手に手を出して、暴行罪や殺人罪にでも問われたら大事だ。
(権力者ってのはコレがあるから厄介なんだよな)
そう心の中で愚痴るノエルだった。
………………。
…………。
……。
頭上を照らしていた太陽が西へと傾き、日の光がその色を変えた頃。未だに先の一団は、階段の下から動く気配すら見せないでいた。
ふと見ると、そこへ一人の女性がゆっくりと教会の階段を降りてくる。
ゆったりとした黒いトゥニカを身に纏い、これまた黒い頭巾を被った女性。
大きな胸は修道服を着ていても尚、階段を降りる度に大きく揺れている。アナベルだ。
階段下の一団は、アナベルを見るや否や下卑た表情へと変わる。
ギラ付いた目に歪んだ口元。降りてくるアナベルを遮るように横へと広がっていく。
――あぁ、コレは拙いかもしれない……。
咄嗟に嫌な予感に苛まれたノエルは、弓を取り出し矢を番えた。
見るとアナベルは階段途中で立ち止まり、困り顔で立ち往生している。
もしかしたら連中は余所者なのかもしれない。その様子を眺めていたノエルはそう感じていた。
この巨大な、それこそ百年都市と言われるフェリー・ベルで、領主館ではなく教会が街の中央に建つ意味。
少し頭を捻れば分かりそうなもの。あれは権威の象徴なのだ。
領主ですら、国ですら無視できないほどの巨大組織。それが教会であると、連中は全く理解していない。
ノエルは弓を構えながら、どうするべきか迷っていた。
そもそもアナベルは魔法使いだ。それも、恐らくは闇属性すら扱える程の高位の魔導師。
チンピラの集団などものの数ではないだろう。しかし彼女は仮にもシスターだ。
信仰上、暴力を禁忌としているのなら手を出せないのかもしれない。
「参ったな……。手出しをしない方が無難なのは分かってるんだがな……」
欲に歪んだ男達の顔を見て、ノエルは酷く不快そうに眉を顰めた。
ノエルの理性は手を出すことは悪手だと告げていた。
元々教会はノエルの味方ではない。それどころか誘拐に関与していた可能性すらある。
ならば見に廻るべきだ。アナベルがどう行動するのか知っておいた方がいい。
そんな事、頭では分かっている。たが、感情がソレを許してくれない。
暴力にものを言わせて奪う者、壊す者、汚す者。ノエルにはそれがどうにも我慢ならなかった。
「不愉快なんだよぁ……」
何時まで経っても降りてこようとしないアナベルに、業を煮した幾人かの男達が遂に階段を上り始めた。
両手を広げ、何かを話している。距離があるため、内容こそ分からないが、禄でもない事だけは分かる。
見ればアナベルの顔には怯えが浮かんでいる。魔力で強化された視力が捉えたのは、胸元で祈るように組んだ両手の震え。
恐怖で身動きが取れないのか、後ずさることすら出来ずに佇んでいた。
――彼女は暴力を知らない。
様子を眺めていたノエルはそう感じた。一連の誘拐事件にアナベルが関与していた可能性は否定できないが。
今の彼女の反応を見る限り、凡そ荒事に向いているとは思えない。
――しょうがない、一肌脱ぐか。
番えた矢を引き絞る。
「膝に矢を受けてしまってなってか?」
――シッ。
射った矢が男の膝裏に突き刺さる。と、ノエルは風を纏って屋根から飛び降りた。
周囲にいた監視者達の視線が集まる。が、誰一人として動けない。
宙を翔るように飛び出したノエルの先に、教会があったからだ。
単純に速度では敵わない。そうなれば魔法を放つしかないが、外した先に待っているのはアナベル。
教会のシスターであり、聖なる鐘の護り手だ。万が一は赦されない。
ノエルはチラリと周囲を確認すると、してやったりと微かに笑んだ。
やはりものを知っている者ほど動けない。つまり例の一団は、正真正銘チンピラ集団と言うわけだ。
――これで遠慮する必要がなくなった。
ノエルは全速力で翔ながら、弓をしまうと代わりに二本の棍棒を取り出した。
ダンジョンでゴブリンから奪い取ったものだ。簡素にして粗悪な棍棒ではあったが、チンピラ相手ならこれで十分事足りる。
「ナイン、同化したまま魔法は使えるか?」
『ニャッ!』
「そうか、なら水魔法をぶちかましてやれ!」
ノエルとナイン、二人の力を合わせた魔法は、一瞬にして100を超える水球を作り出した。
「しゃぁおらぁぁっ!」
『ミャー!』
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