112話:ダンジョン 3日目――その3

「出来るのか? お主にそんな事が本当に出来るのか?」


「まぁ、やってやれないことは無いだろうな。だがそれは最後の最後、本当にどうしようも無くなったらの話だ」


「なんて事じゃ……、まさかお主がそんな事を考えておったとは」


 セバールは嫌悪感を露わに顔を歪めた。先の大戦の生き証人たるセバールからすれば、ノエルの発言はとても看過出来るものではなかった。

 血と臓物。悲鳴と怒号。泣き叫ぶ幼子と、その盾となって死んだ母親の姿が今も目蓋の裏に焼き付いている。


 見たくない。あんなものは、もう二度と見たくない……。


「神子殿は戦場を知っておるのか? あれは地獄じゃぞ?」


 思わず声色を強め、セバールがノエルへと詰め寄る。

 すると、ドンッ。と、ノエルは机を叩きつけて立ち上がった。


「勘違いするなよ爺さん。神子ってのは聖人って意味じゃないんだぜ? 俺は自分の身がカワイイだけのどこにでもいる擦れたガキだ。妙な期待はしないでくれ」


「……分かっておる」


「ならいいがな……」


 吐き捨てるように呟くと、ノエルは小屋を後にした。

 お人好しには付き合いきれない。あれだけの目にあったと言うのに、ダーク・エルフ達は何も学んでなかったのだろうか?


「知ってるさ。地獄ならつい最近通ってきたばかりだからな」


「ミャー」


 落ち込んだ様子のノエルを見て、ナインが心配そうに鳴き声を上げた。

 肩口にしがみつき、オデコを頬に擦り付けている。

 小さな身体を目一杯使い、慰めようとするその姿に、ノエルは自らの鼻面をボリボリと掻いた。


 産まれたばかりの小さな子供に心配されるとは、何とも情けない話だ。


「大丈夫、別に落ち込んでいる訳じゃないさ。そんな余裕も無いしな」


「ミャッ!」


 そう、考えるべき問題が山積なのだ。

 ノエルは当面、自身がどう動くべきか思案を巡らせていた。


 真っ先に考えなくてはならない事が、大まかに分けて三つある。

 一つ。孤児院、及び教会についての情報収集。

 おそらく連中は今回の一件に教会が関与している事を、ノエルが感づいているとは知らないはずだ。

 聖なる鐘の事も含めて、調べるなら孤児院にやっかいになっている今しかないだろう。


 二つ。明日より四日間の身の安全の確保。

 ランスロットの屋敷を出てから追跡してきた五人組を含めて、暫くの間は暗殺の危険が付きまとう事になる。

 最悪の場合、返り討ちにする事もあるだろうが、最善は逃げ切ることだろう。

 これは、間に合うがどうかは分からないが、幻視系魔法を使って対処したいところ。

 ナイン次第……、かな。


 三つ。マガークとの決闘。これが一番の難関だ。

 最も憂慮すべきはどうやって落とし所を見つけるか。

 単純に勝負をするだけなら間違いなくノエルが勝つだろう。

 だがそれは拙い。悪手も悪手、最悪の選択だ。

 そんな事をしてしまえば間違いなく遺恨を残すし、後々まで命を狙われることになるだろう。

 かと言って負けは文字通り死を意味する。故にこの選択もあり得ない。


 となれば、必然的に引き分けに持ち込みたいところなのだが。

 それはそれで貴族としての誇りを傷付けられたと捉えられる可能性も残る。

 面倒な話だが、あと一つ決め手が欲しい。落とし所を探るにはどうしても、その後ひとつが必要になるのだ。


 うーんと頭を捻るノエルに声が掛かる。


「神子様、少しよろしいでしょうか?」


「んっ?」


 振り返った先に居たのはリリーだった。ノエルを呼び止めたはずの彼女の視線は、当人ではなく頭の上にへばりついているナインへ向けられている。

 リリーは先日の精霊契約の時から、どうやらナインにご執心のようで、どこに行くにも付いてくるのだ。

 ノエルとしては彼女の関心が自分から移ってくれたのは有り難いのだが、結局変わらない現状に少しばかり困っていた。

 大方リリーは今日もナインがお目当てなのだろう。


「はい、何かご用でしょうか?」


「あっはい、あのう……これからナインちゃんの修行に行かれるんですよね?」


「ええまぁ」


「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか? 決してお邪魔は致しませんので」




………………。

…………。

……。





 風属性のエンチャントを纏い、空間属性の障壁を張り、水球を放つ。

 そうして昏倒した相手に弓を放ちとどめを刺した。


 かれこれ小一時間ほどの間、ノエルは六階層でひたすらゴブリンを狩続けていた。

 あえて火球を使っていないのには訳がある。

 ノエルは今、ナインに属性魔法の扱い方を教えているのだ。

 精霊とは言え、初心者であるナインに教えるには黒炎や白炎は些か危険すぎる。

 そのため、火属性以外の魔法だけで戦っていたと言うわけだ。


「基本的な扱い方は闇属性と一緒だから、大体のコツは掴めただろ?」


「ミャッ!」


 ノエルの胸元から、にょろりと顔だけを出してナインが応えた。


 精霊は契約者の身体に同化することが出来る。

 オンディーヌにしてもセバールにしても、普段精霊の姿が見えないのはそのためだ。

 さらに同化した精霊は宿主である契約者と、僅かながら感覚を共有する事が出来る。

 事実上肉体の一部になっているのと変わらない訳だから、当たり前と言えば当たり前だが。

 とにかく、ノエルはその感覚の共有を使い、ナインに魔法を指導しようとしていると言うわけだ。


「よし、じゃぁ取り敢えず水球からやってみるか」


「ミャッ!」


 ナインがノエルの頭の上にちょこんと姿を現す。

 と、ノエルは属性魔力をナインへ注ぎ始めた。

 精霊魔法とは契約者から精霊へ属性魔力を注ぎ込み、その魔力を使って精霊が行使する魔法を指す。

 そのため魔力を注ぎ込んでいるのだが、それには一つ条件が存在する。

 契約者と精霊が、物理的に接触していることだ。ナインがノエルの頭の上に顕現したのは、そういう理由もあっての事だった。

 まぁ、単純にお気に入りの場所だったりもするのだが。


 今か今かと待ちかまえているリリーを後目に魔力補充を終えたナインは漸く地面へと降り立った。


「ミャーミャッ!」


 ナインの可愛らしい気合いと共に水球が現れる。

 初めての精霊魔法の構築だと言うのに、流石は精霊。魔法生物と言われるだけあって、一度に六個もの水球を作り出していた。


「すげぇな、初めてでこれは自信無くすなぁ……」


 水属性、風属性、空間属性。その後も一通りの属性を試したが、ナインは教えられたことを難なくこなして見せた。

 このまま練度を上げていけば、幻視系魔法もそう遠くないうちに使えるようになるだろう。


「凄いです! ナインちゃんは天才なんですねぇ」


 ナインを胸に抱き、リリーはモフモフと撫でくり回す。

 定期的な魔力補充の時以外、ナインは終始リリーの腕の中にいた。

 どちらかと言えばリリーの方がナインを離さないわけだが。

 当のナインも満更でもない様子のため、ノエルとしては注意する気にもなれず、なすがままに訓練を続けている。


 しかしながらナインが魔法を行使する度に、大袈裟なまでにリリーが褒め称えるのが功を奏したのか、予想以上に修行の成果が出ていた。

 ナインは褒めて伸びるタイプらしい。


「そろそろいい時間ですし、今日はここまでにしましょう」


「そうですか……、それでは部屋までは私がナインちゃんを運びますね!」


「ミャー」


「あ、はい……」


 ほんの少し寂しさを感じたノエルだった。

 


――翌朝。セバールに孤児院戻ることを告げる為、自宅へと足を運ぶ。

 前もって告げていたのでとくに話すことも無かったのだが、一応礼儀という奴だ。


「そうか、戻るのか」


「あぁ、昨日はすまなかったな。少し迂闊だった……」


「いいんじゃよ、ここ3日間お主を見ていて人となりは分かっておるつもりじゃ」


「年の功ってやつか?」


「そうじゃの。伊達に長生きしとらんわい」


 自然と笑いがこぼれる。なるほど、確かに年の功だ。


「じゃあ行くわ」


「うむ、気を付けての。儂らの事はあまり気に病むことはないんじゃぞ?」


「馬鹿いうなよ。こっちも商売だからな、仕事はきちんとこなすさ」


「「じゃあ五日後に会おう」」

 




――こうして、ノエルにとっての長い長い五日間が幕を上げた――



 

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