47話:アゼル VS ノエル

 ノエルは、募る焦燥を慌てて覆い隠しながら、必死で頭を巡らせていた。


――マズい……、非常にマズい。


 早急に打開策を捻り出さなければ、それこそ命に関わる。


 残る質問は後一つ。

 生き残るため。勝利するため。一矢報いる為にも失敗は許されない。


 ここに至るまでに手に入れた、なけなしの情報を思い返す。

 先ずは其れを精査し、抜き出し、キーワードにまで落とし込んでいく。


――思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ……。


――考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……。


 ユリウス、アルフィード、マリア、豚頭、人面豚、やせ細った狂人たち、赤ローブ。


 精霊、悪霊、祭壇の生け贄、黒い大鎌、宙を漂うクリスタル。


(後は何だ? 見落としは無いか?)


 無表情を装いながらも、思考は目まぐるしく回転していく。


「どうした、怖じ気づいたか? 無理をするな凡人・・


 十で神童十五で才人二十歳過ぎれば只の人。

 幾ら子供の容姿をしていようと、転生者である以上、中身は固定概念に凝り固まった只の凡人。


 もはやアゼルにとって、ノエルは完全に興味のない存在へと成り果てている。

 こと、この場にいたっては、無理に時間を引き伸ばそうものなら何をしでかすか分かった物ではない。


――残念ながら、時間切れの様だ。


「あ、あぁ、質問だろ? 勿論……するさ……」

(そうだ! 祭壇の上の子供の生死だ。まだきちんと確認してなかった……、ちきしょう)


「早くしろ、これ以上私を煩わせるな!」


 不快感を隠しもせずアゼルが怒鳴るように急かす。


「待たせて悪かったな。するべき質問がたった今決まったよ」


――少年の生死確認は必須項目だ。

 それを踏まえた上で今一番知らなくてはならない事はなにか?

 そう考えれば自ずと答えは決まってくる。

 

 

 ノエルは弓を握っていた手を掲げ、迷い無く祭壇を指し示し口を開いた。


「あのクリスタル・・・・・はいったい何だ?」


「それが貴様の最後の質問か? 本当にそれで良いんだな?」


 確認する様に聞き返すが、その瞳は今にも飛びかからんばかりにギラつき、開いた口からは犬牙が覗いている。


 煽り威嚇し動揺と恐怖を誘い、主導権を握ろうとしているのか?

 それとも単にノエルを格下と断定し、猫がネズミをいたぶるように遊んでいるのか?


 恐らく、答えた瞬間に切り掛かろうとしているのだろう。

 槍を持つ手がピクリと動き、重心が僅かにつま先へ移動したのが垣間見えた。


 その様子を目の端で捉えたノエルは、何食わぬ顔でソロリと矢筒に手を掻ける。


「あぁ、構わない。だが、言葉尻を取るような真似はするなよ? それこそ興醒めだろ?」


「……。良いだろう、教えてやる」


――そう言って、悪魔は語り始めた。


「あのクリスタルは魂石だ」


「魂石?」


「あぁ……。魂石とは文字通り魂を押し固めて、人工的に作られた結晶だ。魂石の良し悪しは凝縮された魂の質と量で決まり、用途は様々だが、基本的に召喚の触媒に使用される事が多いな。私を呼びだした際にも使われたはずだ」


 アゼルの話を大袈裟に頷いて聞きながらも、ノエルは背後に隠し持った矢に、闇と風の魔力を注ぎ込んでいく。


「召喚魔法の使い手は数が少ないと聞いていたんだがな?」


「さぁな……。私はこの世界では召喚されて間もないのでな、聞かれても分からんな」


「意外だな……。そんな事を簡単に話してくれるとはな」


「気にするな。代金は頂くさ、お前の魂をな!」


 瞬間――アゼルの魔力が膨れ上がった。


 ノエルは予め練り上げていた水属性の魔力を使い水球を作り出すと、間髪入れずに発射する。

 対するアゼルは手にした槍を横へ凪ぐと、肩とわき腹を含め計六本もの腕を左右に広げ、撃ってこいとばかりに憮然たる表情で顎をしゃくりあげた。


 その様は慢心か、それとも余裕の現れか。

 どちらにしてもノエルにとっては、有り難いことこの上ない。


――シッ。


 瞬時に番えた矢を、狙いもそこそこに射ると、すぐさま二の矢に取り掛かる。


 アゼルはそんな最中、何の感慨もなく迫り来る水球と矢に対処するべく肩口から生えた右手を掲げた。


――つまらん。


 ノエルが予め練り上げていた水属性の魔力も、コソコソと手に掛けた右手の矢も、アゼルには見えていたし、どう使うのかも大方の予想は付いていた。

 只、ほんの少しばかりノエルがワザとその様子を見せつけ、裏を掻こうとしてくるのでは無いかと期待していたのだ。


――不快だな。


 掲げた右手に魔力が集まる。練り上げたのは空間属性。


 アゼルが結界による防御壁を展開する――その刹那――掲げた右手が宙を舞う。


「――ッ!」


 先に放った筈の水球を追い越し、ノエルの矢がアゼルの右肩を穿ち爆ぜる。


 風属性と闇属性を練り合わせる事により射られた一矢。

 風属性による射速強化と、闇属性による魔力の隠蔽。

 ノエルが今を持って放つことの出来る最大最速の一撃。

 ぶっつけ本番でありながら見事に成功せしめた渾身の魔弓術が見事開幕を飾る。


 身を守るために展開する筈だった結界防壁が不発に終わり、続く水球までその見に受けたアゼルは、ものの見事に吹き飛ばされると、二度三度と石畳に身体を打ち付け転がり滑っていく。


「ざまぁ見やがれクソ悪魔が!」


 たけるノエルが二の矢を放つと、三の矢、四の矢と番えるそばから射続ける。


 まさか此処まで旨くいくとは思っていなかったが、またとない機会だ。


――削れるだけ……、削る!


 矢を放ち続けながらも待機魔力を補充し、練り上げ、無数の水球を生み出していく。


「図に乗るなよ小僧がぁぁっ!」


 体中に矢を受けたアゼルが叫ぶと、遂に不可視の結界がノエルの矢を弾く。

 それを見るや否や、ノエルは踵を返しアゼルから距離を取るように走り出す。


 巨大な円形空間に建ち並ぶ石柱。

 ノエルはその外側を全速力で走り抜けていく。


 虚を突かれたとは言え、針の筵にされた挙げ句吹き飛ばされたアゼルは、逃げるように走り去っていくノエルに憤激し、割れ鐘を突くような怒声をまき散らす。


「ふ……ふざけるなよ糞ガキがぁぁぁ! 逃がさん、絶対に逃がさんぞぉぉぉ!」


 激高したアゼルの周囲に次々と魔法が浮かび上がる。

 石槍、氷槍、火球、そして左掌の上でバチバチと弾ける雷。

 その数は優に100を越え、その全てにべとつく程の濃密な殺意が込められていた。


「死ねぇぇ!」


 アゼルが口角泡を飛ばしながら叫ぶと同時に次々と魔法が放たれる。


 火球が熱風をまき散らし石槍と氷槍が石畳穿ち石柱を削っていく。


 風を纏い円を描くように駆けるノエルは弓をしまうと、右手にナイフを握り左手の平を突き出すようにアゼルへ向ける。


「はっはは……。腕二本をオシャカにされたぐらいで、マジ切れしてんじゃねーよ。まだ四本も残ってんだろーが」


 熱風と石粉と轟音がノエルの後を追うように迫る中、せっつかれる様に歩幅を広げ、逃げる速度を上げていく。


「ちょこまかと鬱陶しいわっ!」


 叫ぶアゼルが左手を掲げると同時に閃光が走り、後を追うように破裂音が続いて鳴り響く。


――ゴギャガギッ。


 音速を遥かに超えた秒速150kmもの速度で放たれた雷がノエルへ落ちると、アゼルは大きく息を吐き姿勢を正すようにして髪を掻き上げた。


「ふぅ……。今のはヤバかった……、マジで。だが概ね予定どうりだな」


 掌をアゼルへ向けたまま佇むノエルの前に張られた結界防壁に、バチバチと雷の残光がまとわりつく。


――この配置を待っていた。


 ノエルから向かってアゼルと祭壇が直線に並ぶこの位置。

 正に理想的な配置。絶好の好機。


 ノエルを仕留め損ねて歯噛みするアゼルを前に、したり顔でニヤリと笑う。





――さて、命がけの化かし合いを始めようか――

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