46話:悪魔は語る

――漸く見つけた。


 自身の腹の奥底で沸々と煮えたぎるどす黒い殺意に似た何か。

 その全てを叩きつけるべき相手が漸く現れたのだ。


 ノエルは何度も深く深呼吸を繰り返し、息を調えると立ち上がる。


「ふぅ……。よし、殺るか!」


 気安く、それこそ『ちょっとコンビニ行ってくる』といった気軽さで呟いたノエルは、自分でも知らぬ間にその顔に喜色の色を浮かべていた。


「オッサン、幾つか聞きたい事があるんだが良いか?」


「かまわんぞ。私は今、すこぶる機嫌が良い。但し話をしたいなら隠れてないで姿を見せろ。臆病者の話に耳を傾ける程、私は優しくはないのでね」


「はぁ、さいですか。まぁ、いいさ」


 ノエルは、これまた緊張感の欠片もなく答えると、身を隠していた石柱から姿を現す。

 相対した二人の距離は大凡15m。

 悪魔を名乗った男は左手に持った槍を立て、対するノエルは魔導弓を手にしている。

 そんなともすれば一触即発の筈の二人は、どういう訳か互いに喜色満面な表情を浮かべていた。


「どうした少年。額から血が流れているぞ? 何かあったのか?」


 どの面下げて言ってやがる。

 と、言いたい所をグッと押さえ、右手の袖口でゴシゴシと額に付いた血を拭うと、意趣返しとばかりに口を開く。


「あぁ、問題ない。ちょっとそこでつまづいただけだ。それよりオッサンこそ大丈夫かよ? 右手が一本ちょん切れてるぜ?」


 自身の切断された右手首を忌々しく掲げると、言われた男も負けじと言い返す。


「少々五月蝿い蜂にたかられてね。だが問題はない、私は人より右手が多いのでね」 


「そうかい……。ソイツは便利なもんだ。だが、せいぜい気を付けな。油断してるとその蜂の一指しは、アンタの命に届くかもしれないぜ?」


 そうニヤリと笑ったノエルは、『どうだ! 言ってやったぜ!』と言わんばかりに胸を張る。


「くはははははっ。小僧め、言いよるわっ。まぁ良い、それで? 私に聞きたい事とは何なのかね?」


 アゼルは今、すこぶる上機嫌だった。

 年端もいかぬ少年に傷を付けられるなど、悪魔として魔界に落ちて以来、数千年もの長きにわたり初めての経験だ。

 胸が躍るとは正にこの事である。


 死や寿命と言う概念のない悪魔は、初事ういごとを尊ぶ所がある。

 そのせいか、アゼルはこの目の前にいる少年の事をいたく気に入っていた。


「聞きたい事は沢山あるが、アンタの興が冷めたら面倒だ。手早く三つだけ聞かせて貰う。構わないか?」


「くくくっ、小賢しい小僧だ。悪魔相手に言質を取ろうとするとはな。安心するが良い、最低でも三つ・・・・・・の質問には答えよう。これで良いかね? 少年」


「流石は悪魔だ。目聡いね」


 肩を窄めシニカルを気取るノエル。

 姿が少年なだけに端から見ると些か滑稽である。

 しかしながら、そんなノエルの様子すらもアゼルからすれば興味深いようで、益々口角が上がって行く。


「さて、それではまず一つ目の質問だ」


 ノエルはアゼルの目を真っ直ぐ見つめると人差し指を立てた。


「ここに来るまでの間に妙な扉が二つあった。ありゃ一体何だ? 生きた扉なんて聴いた事もない」


 ノエルの質問を受けたアゼルは、大袈裟に頷いて見せると腕を組む。

 その様子を見たノエルの頬がヒクヒクとひきつった。


 四本だと思っていたアゼルの腕が、実は六本あったのだ。


――ちょっとびっくり。そしてキモイ。

 戦う前に分かって良かった……。


「ふむ、あれは私が作ったものだ。両方ともな。分かりやすく言えば、物質に精霊を宿して操っている。どうにもこの世界のセキュリティーはザルも良いところだったのでな」


(なるはど……。しかしこの世界・・・・と来たか……。)


「なる程ね。その割には簡単に入れたが、まぁそこは突っ込まないでおくよ」


「ふっ、わざわざ煽らんでも一つ目の質問の範疇として答えてやる。あれは侵入者を拒む為ではなく逃がさない為にあるのだ」


「そう言う事かよ。俺はまんまとアンタの仕掛けた罠に掛かったってわけだ」


 悔しげに歯噛みするノエルを見て、してやったりと笑うアゼル。


 ここまで言われれば流石のノエルも気付く。

 丸太小屋自体が既に罠だったのだ。

 人里離れた深い森の中に、突然煉瓦作りの建物が現れば流石に誰もが怪しむ。

 下手をすれば調査の手が及ぶこともあるだろう。

 しかし丸太小屋、それも今にも崩れ落ちそうなボロ小屋なら話は変わる。

 いざとなれば内側から破壊して脱出すればいいのだから。


 まさに人の持つ深層心理の裏を付いた、何とも嫌らしい罠である。


(クソっ……。建物に窓が付いていなかった時点で気付くべきだった。やられたな……)


 やや俯き加減のノエルは続く中指を立て、いまだ苦々しい面持ちで口を開く。


「二つ目の質問だ。アンタを呼び出した契約者はどこにいる?」


 先程まで、やけに嬉々としてノエルとの会話を楽しんでいたアゼルの顔色から表情が消え失せる。


 それを確認した瞬間、ノエルの目の色が変わる。


――見逃してはならない。目の前にいる男の一挙手一投足を。


「悪いがそれは答えられん。契約に反するのでな……」


 アゼルの左眉がほんの僅かにピクリとせり上がり、心なしか視線が泳いだように感じた。


 ノエルはワザとらしく、躊躇うようにゆっくりと口を開く。


「仕方がないさ。最低でも三つの質問に答えるとはいったが、どのような質問にも答えるとは言ってなかったからな。大方の予想はしていたさ」


 この質問にも大袈裟な演技にも実は対して意味はない。

 ノエルとしても、まさか悪魔相手にミスリードに導けると思うほど自惚れてはいない。

 ただ単純に相手の反応を確認したかっただけなのだ。


「貴様、本当に子供なのか?」


「さてな、アンタの目にはどう映る?」


 アゼルは興味なさげに鼻を鳴らすと、不機嫌そうに顰めっ面で顔をそらす。


「フンっ、転生者か。つまらん、興が削がれたわ」


「おいおい、今更約束の反故は無しだぜ? アンタは俺の質問にまだ一つしか答えていないんだからな?」


「あぁ、言われなくても分かっている! とっとと質問を続けろ」


「へいへい、それじゃあ遠慮なく。改めて二つ目の質問だ。お前ら悪魔の正体は一体何だ?」 


「聞いてどうする?」


 アゼルはノエルをギロリと睨み付ける。

 その殺意を隠そうともしない態度にノエルは思わず鼻白はなじろむ。


「ただの知的好奇心って奴さ。それとも、この質問も禁則事項だってのか?」


「いや……。いいだろう、答えてやる。悪魔とは、無念の内に死んだ人間の成れの果てだ」


「――なっ! 人間だと?」


 ノエルは思わず声を荒げる。

 悪魔が元は人間で、しかも成仏し損ねた魂の成れの果てとは思っても見なかった。


(やべぇな……、まさか不死じゃねぇだろうな……)


 焦りの表情を浮かべたノエルに気を良くしたのか、アゼルは途端に饒舌に語り始める。


「成仏した後の魂が何処に行くかは知らんが、し損ねた魂は永遠とも言える長い時間を現世で彷徨う事となる。大抵はいつかアストラル体事風に流されていく霧の如く消滅するが、そうでない者も極々稀に現れる。それはやがて怨霊となり、悪霊へと至って魔界に落ちる。ソレが悪魔だ」


 衝撃的な事実に、流石のノエルも慌て始める。

 もしこの話が本当なら、悪魔を殺すのは不可能と言うことになる。


「はははっ……。そいつは……すごいな……」


「言っておくが、元よりお前に勝ち目は無いぞ? 我らは不死だからな。そもそもお前は死んでいる人間を殺せるのか?」


「へ、へぇ……。た、確かにソイツは想像もつかんな」


(や、やべぇ……。今から作戦を立て直す時間……、有るかな?)


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