68話:主人公は女運がない

 なにやら懐かしくも暖かな温もりに包まれながら、徐々に意識が覚醒していく。

 チュンチュンと可愛らしい小鳥のさえずりも聞こえてくる。


(朝か……)


 まさか気を失ったまま朝を迎えるとは思わなかった。


 あの時――バブルスライムの攻撃をまともに食らったノエルは、こみ上げる興奮に意識を失った――訳ではない。


 単純に窒息したのだ。

 所謂、落ちたと言うやつだ。

 

 アニメのラブコメじゃあるまいし、鼻血を出して意識が飛ぶなんて有り得ない。

 にしても、息をするのもままならない中で、カチコチに固まっていたのは事実なのだが……。

 もしもアナベルに悪意や殺意が有ったのならノエルは今頃どうなっていたか判らないだろう。


――死因、おっぱい。

 

 笑えない。まったくもって笑えない。


 女性経験の乏しさが、ここに来て仇になってしまったようだ。

 唯でさえ女運のないノエルだ。

 これから先のことを思うと気が重くなってしまうのも無理はあるまい。


(はぁ……、先が思いやられるな……)


 日が昇り始めた空が幾ばくか白みがかり、カーテンの隙間から差し込む明かりがノエルを照らす。


 いい加減、起きなくては。


「ふわぁぁ……」


 大きな欠伸を一つ吐くと、起き上がろうと体を捻る。


――むにゅ……。


「…………」


 昨日の惨劇が脳裏を過ぎる。

 まさか止めを刺しに来たと言うのか!


「あら、おはようノエル君。昨日はお楽しみだったわね」


 目覚めたアナベルは開口一番、お色気全快で挑発じみたセリフを放つ。


 『楽しんだのはお前の方だけどな!』

 と、言いたい気持ちをぐっと抑える。


 小さな子供が女性の裸に反応するなんて明らかに不自然だ。

 これからの事を考えれば迂闊な行動は避けねばならない。


 ノエルはベットから飛び起きると、コテッと首を傾げてみせる。


「何でアナベルさんがここで寝てるの?」


「ふふふっ、それはね。この部屋が私の部屋だからよ」


 アナベルは被っていたシーツを胸元まで下ろすと体を起こす。


 この女、子供相手に挑発してやがる!


「何で……裸で寝てるの?」


「寝るときに服を着る必要はないからよ」


「何で俺は裸なの……?」


「私が裸なのと同じ理由よ」


「そ、そうなんだ……」


 ノエルは思わす歪めた顔を調えると急いで服を着る。

 危ない……、この女超危ない。

 目覚めてからと言うものアナベルの視線は終始ノエルの股間へと注がれていた。

 油断すると喰われかない。

 急いで服を着なければ……。


 いそいそと服を着込んだノエルを見て、残念そうに眉尻を下げるアナベル。


 この女、もはや隠す気ゼロである。


「そ、それじゃぁ俺、錬金ギルドで言霊証明作りに行かなきゃいけないから……」


「あら、まだ朝ご飯もまだじゃない? 食べてからにしたら?」


「そう言う訳にもいかないんですよ。本当は昨日のうちにやらないといけない事だったから」


「そう……。それじゃいってらっしゃいのハグしましょう!」


「――ッ!」


 慌てたように顔を背けるノエル。

 その耳は赤く染まっている。


 裸にシーツ一枚の格好だったのだから、抑えていた両手を広げれば自ずとアナベル自慢の肢体が露わになるわけで――。


「い、行ってきます!」


 慌てたように部屋を飛び出したノエルを見て、満足げに口角を上げるアナベル。


「ふふふっ……。逃がさないわよ、ノエル君」


 自重をしらないアナベル変態だった。




◇――――――――◇





 ノエルは言霊証明を得るために錬金ギルドへと向かっていた。

 場所は既にわかっている。

 先日、魔導車での移動中に、ジャックに教わったのだ。


 出来るならば薬師として身を立てたいノエルである。

 登録するなら魔導師ギルドより錬金ギルドの方が好ましい。

 

 朝日は完全に上り、町もいよいよ活動を始めようとする時刻。

 先程の朝チュンの恐怖を脳裏から振り払うように頭を振ると、移動がてら気分転換に散策と洒落込んだ。


 フェリー・ベルの街並みは辺境の村しか知らないノエルにとって刺激的なもだった。

 綺麗に組み敷かれた石畳の大通りに、その真ん中を走る魔導車の線路。

 現代で言う路面電車、もしくはチンチン電車に似ている。


 ただし電気ではなく魔石を燃料としている為、集電装置パンタグラフなどがなく景観を損ねるような事もない。

 建ち並ぶ家々は石や煉瓦造りで出来ており、木造の建物か見当たらなかった。


 確かに、所狭しと並ぶ建物が火事でも起こせば大惨事だ。

 木造の建物がないのはそのせいもあるのだろう。


(むっ? つけられてるな……)


 身を刺す様な視線が三つ、ノエルの後を付いてくる。

 

(今まで気付かなかったのは失態だな……。にしても、随分と可愛らしい追跡者だな)


 何気なしに視線を飛ばすと、ノエルとちょうど同じ年の頃と思しき子供が三人、建物の影に身を潜めるように隠れている。

 恐らくは教会から後をつけて来たのだろう。


――となると、孤児院の子供達だろうか?


 ノエルは彼らが見失わない様に、少しばかり歩く速度を落とす。

 子供だけで街中を歩いて、妙な連中に絡まれては心配だ。

 ここは彼らの遊びにつき合ってやるのが大人の寛容さと言うものだろう。


(変なのに絡まれなきゃいいがな……)


――トクンッ。


 脈打つ魂石も心配なようだ。


「このガキ! どこに目ぇ付けてやがる!」


 轟く怒声にホラ見たことかと振り返るノエル。

 しかしそこには先程と変わらぬ頭隠して尻隠さずの子供達が隠れている。


「どこ見てやがる? てめぇの事だくそガキ!」


「え?! 俺?」


「てめぇ以外に誰がいるってんだ? おぉっ!」


 ノエルは、突然目の前に現れた男に襟元をねじり上げられ目を丸くする。

 まさか自分が絡まれるとは……。

 ドヤ顔で『ほら見たことか』とか恥ずかしい。赤面する。


「ちよっと、こっち来いや、な?」


 男はノエルを持ち上げたまま路地裏へと入っていく。

 かつ上げでもするつもりなのだろうか? 

 犯罪が少ない街だと聞いていたのだが……。


 ノエルの疑問ももっともだが、事実フェリー・ベルは他の街に比べれば発生する犯罪率は少ない。

 ただ、他が極端に多いだけなのだが。


「おい、自分がすべき事……わかってるよな?」


 ニヤニヤとニヤ付く男はノエルを壁に押しつけると、更に滑らせるように持ち上げる。


「おっさんもしかしてワービーストか?」


 頭上にねじり上げされたノエルが男を見下ろすと、その頭からは可愛らしい犬のような耳がピョコンと二つ生えているのが見える。


「ああん? だったらなんだ? 舐めてんのか?」


 声を荒げる男にため息を吐くノエル。

 せっかく初めてお近づきになったケモ耳が、よりによっておっさんとは……。


「がっかりだな……」


 思わず本音が口から漏れる。


「てめぇ……舐めた口ききやがって。口の使い方・・・・って奴を教えてやる」


 挑発されたと感じた男は、ニヤリと笑むと自身のベルトへ手をかけた。


――瞬間。男の顎がち上がる。


――ドサッ


 仰け反るように弾き飛ばされた男は、そのまま壁に激突すると、ずり落ちるように膝から崩れ落ちる。


「まったく……。この街は変態だらけかよ……」


 ノエルは掴まれていた首元をさすりながら、吐き捨てるように呟く。

 見れば先程の男は完全にのびているようだ。


――取りあえずお仕置きがてら身包みを剥いでおこう。


「ふぅ……。エラい目にあったな……」


 何事も無かったかのように路地裏から大通りへ戻ると、隠れていた子供達と視線が交差する。


――ビクッ。


 身を震わせた少年二人と少女一人が慌てて身を隠す。

 見られただろうか? まぁ、さして問題はないのだが。


 着崩れた衣服を調え、改めて錬金ギルドへと向かう。

 どうにもツイてない。寄り道せずに目的地へ急いだ方がいいだろう。


 変態シスターショタコン変態ケモ耳おやじショタコン

 まったくもって嬉しくないモテ期が到来したらしい。


(二度あることは三度あるって言うしな……。気を付けないと)




………………。

…………。

……。




「ここが錬金ギルドかぁ……。なんかワクワクするな!」


 煉瓦造りの大きな三階建ての建物を見上げる。

 掲げられた看板には魔法陣に交差した羽ペンの文様が描かれ、その横に錬金ギルドとデカデカと書かれている。

 錬金術については、ノエル自身いまだ知らないことだらけ。

 それを学べるとあっては、思わず胸を高鳴らせるのもしかたない。


――さて、行こうか!


 よしっ、と気合いを入れるように頷き、一歩踏み出そうとした瞬間――。


――ドバァンッ……。


 扉をぶち破り、一人の男が吹き飛んでくる。

 『うぅぅ……』と、うなり声を上げながらのたうち回る男を見下ろすと、ひきつるような笑みを浮かべて後退るノエル。


 もうトラブルの臭いしかしない。

 ここは大人しく出直した方がいいだろう……。


 ノエルには予感があった。


――いま行けば必ず絡まれる。それも変態に……。


 ノエルは即座に踵を返し、来た道へ戻ろうとする――が……。

 無情にもまったを掛ける者が現れた。


「ちよっと待て小僧!」


――あぁ……、ツイてない。


 思わずピタリと足を止めてしまうノエルであったが、どうにも振り返る気にはなれなかった。


 振り返ったらろくでもない事が待ち受けているに決まってる。

 どうしよう……。


 すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られる。

 しかし続く言葉にノエルは思わず目を見開く。


「お前だってなぁ、あたしの可愛い妹を殺してくれたのは?」


「――ッ! 何でお前がここにいる?」


 振り向きざまに目に飛び込んできた人物。

 それは、確かに自身の手で命を奪った筈の女――。

 

 

 

 

 

――ミルファだった――

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