2話:リアル男の娘はマジはんぱねーから !

――外に出たい! 俺は今、切実にそう願わずにはいられない――


 あの小さな子供部屋からようやく解放されて早2年、いい加減に限界である。

 2年もの間、来る日も来る日も魔力操作の鍛錬ばかりだ。


 文字の習得にと読んでいた絵本は、全て丸暗記するほど読み込んでいるし、そもそも絵本だけでこの世界の文字を理解出来るはずがないのだ。

 唯一外の空気に当たれるのは、木製の板で四方を囲まれた裏庭のみ。




(いい加減っ限界だっっつーのっと)

 

 裏庭にある自家製の木の的に小石を投げつけて、自称投擲武器の訓練をしながら愚痴をこぼす。

 この投石練習は何とかスキルを取得できないものかと考えて始めた訓練だ。

 ノエルのラノベ知識の中にはゲームのようにステータスやレベルにスキル、などが存在する物語があった。

 その主人公達が、最も簡単かつ初期に取得するスキルの定番が投擲スキルなのである。

 

「くっそぅ、これはもうスキルの概念が存在しない世界で決まりだな」


 左手を腰に当て、右手の小石をポーンポーンと上に投げながら今後の展開を考える。


「ステータスもレベルもスキルもないなら、多分チートも無いだろうな……。となると、これはもう英才教育チートしかないぞ。俺も今日で5歳だし、英才教育を始めるならギリギリの年齢だ。よし、直談判だ」


――瞬間、体内の待機魔力を解放し身体強化を施すと、木の的に向かい全力で小石を投げつける。

 もはや百発百中の投石は、吸い込まれるように的の中心に向かって飛んでいく。

 するとパーンッという乾いた音と共に、木製の的は中心から外側へ向かい木っ端微塵に弾け飛ぶ。


「ちょ、何今のっ すげー怖いんですけどっ!?」


 今までとは違った破壊力に、ノエルは驚き腰が引ける。

 約5年もの間、ひたすら魔力操作の鍛錬にのみ時間を費やしてきたノエルは、自分でも知らぬ間に魔力操作の奥義に近づきつつあった。


「何だ、今の威力は? 別に特別な事はしてないよな……」


 握ったり開いたりしながら自身のてのひらを見つめる。


「散々投げ込んだから的がもろくなってたのかもしれないな、只の小石であんな威力が出るわけがない。うん、きっとそうだ」


「ノエル、ご飯だよ。帰っておいで」


 振り返ると、マイケルが裏口から顔を出して手招きをしている。


「はーい」




 その後ノエルの去った裏庭には、無惨にも飛び散った分厚い木製の的の残骸が散らばっていた。





◇――――――――◇





 食卓に着くと、いつものようにマイケルが隣に座る。


「ノエルも今日でもう5歳だね、お誕生日プレゼントに何か欲しい物はあるの?」


 ニコニコとのぞき込むように聞いてくるマイケルを、ノエルは何やら眩い物でも見るように眺めていた。


(マイケルは年々美少女化していってる気がするが大丈夫か? そのうち人攫いにでも攫われるんじゃないかと心配になるわ)


「どうしたの? ノエル」


 こてっと首を傾げるマイケルを、更にまぶしい物を見るように目を細める。


(もう、マイケルがヒロインで良いんじゃないかな……)


「おい、マイケル。そんな者に構ってないで、さっさと食事を済ませなさい」

 

 父親のリードがマイケルをたしなめる。


 ここ最近になってリードとダズ長男が、俺に対する不快感を隠さないようになってきていた。

 理由は恐らく、俺の容姿に関係が有るのではないかと思っている。

 この家でどう言う訳だか俺だけが黒髪黒目なのだ。

 その事に初めて気が付いた時には、それはもう落ち込みまくったものだ。


 正直な所、あまり両親に思い入れはない。

 それは、俺に前世の記憶がある事に起因している。

 俺にとって今のこの新しい人生は、前世の延長戦のように感じているからだ。

 だから実の父親に疎まれようとあまり気にならないし、むしろ前世の記憶を持って生まれたせいで半ばノエルという少年の人生を奪ってしまったのではないかと、申し訳なさを感じていたぐらいだ。

 故に例え実の父親や兄に嫌われようと、どこ吹く風である。

 あるのだが……。


 一つだけ心底恐れている事がある。

 それは、前世でよんだライトノベルに、とてもよく似た設定が有ったことを思い出したのだ。

 その設定では黒髪黒目はとても珍しく、かつ不吉の象徴であるとされていた。

 忌子と呼ばれ殺され掛けたり、魔王の再来と国から追われたり、散々な目に遭う主人公の話が俺の頭を悩ませている。


(ふぅ、こればかりは考えてもしょうがない……。今はどんな環境でも生き延びられるように、知識と力を手に入れる事を優先すべきだ)


「むぅ……」


 言って頬を膨らませ、渋々食事に取りかかるマイケルを横目にノエルはこの世界に生まれて初めてのワガママを口にした。


「外に出てみたい……」


「出たければ出ればいいだろう。別に無理して家にいる必要はない」


 父親から帰ってきた言葉は意外なものだった。


(あれ? 俺を外に出さないようにしていたのは、リードじゃなかったのか?)


「だ、ダメだよそんなのっ! ノエルにもしもの事があったらどうするの?」


 マイケルは、まるで大切なぬいぐるみのようにノエルをギュッと抱き締める。


(お……お前が原因かぁぁぁぁぁ!)


「はっ、そんないつもボーッとしてるような無愛想なガキを欲しがる奴なんて誰もいねーよ」


 ダズは吐き捨てるように言うと、ニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべノエルを見ている。


(同じ笑顔でもこうも違うものかねぇ。もしかして、この家の三兄弟は全然似ていないのではないだろうか?)


「でも、でも……」


 そう悲しげな顔で俯(うつむ)くマイケルを見て、居たたまれなくなったノエルは、


「家の近所だけなら良い?」


 と、マイケルの顔をのぞき込むように言った。


「本当? あんまり遠くにいったらだめだよ?」


「んっ、約束する」


「そう……それなら……。最近、ここいら辺りには人攫いがでるって悪い噂があるんだ。だから本当に、あまり遠くへ行ったらだめだからね?」


「んっ」

(人攫(ひとさら)いとか、むしろマイケル方が心配だわっ!)






――ゴクリッ。


 玄関の前で一人、緊張のあまり生唾を飲み込む。


(俺は今日、ついに本当の意味で異世界デビューを果たす! いざっ剣と魔法の異世界ファンタジーへ旅立たんっ!)


 両手を胸の前で祈るように握りしめ、心配そうな顔でノエルの背中を女神マイケルが見つめている。

 背中越しに感じる視線を振り払うかのように、ノエルは勢いよく玄関の扉を開く。


 眩いばかりの日の光に思わず右手で目元を覆い目を細める。

 やがて日の光に目が慣れると、そこには5年間もの間恋い焦がれたファンタジー世界が広がっていた。


(お……おぉ……うぉぉぉぉぉ、リアルファンタジーきたぁぁぁ!)


 ノエルの前には三角屋根の可愛らしい家々が立ち並んでいた。

 足下には石畳が並んでいるが、その間からは所々雑草のようなものが生えている。


 ポカンと口を開けたままキョロキョロと辺りを見回しトテトテと歩いていると、


「あんまり遠くへ行ったらだめだらね~!」


 と背中越しに女神マイケルの声が聞こえてきくるが、ノエルは振り返らずに右手の親指を立ててサムズアップで答える。


(ヤバイ、本物だ! ここにある何もかもが本物なんだ!)


 敷かれてから長い年月がたったであろう石畳の道は所々欠けており、雑草が顔を出している。

 そんな石畳の道を歩きながら、建ち並ぶ家々を見て回る。


 家のデザインには統一性はなく、それぞれが個性的な形をしている。


 三角屋根に煙突の付いた、丸太がむき出しのバンガロウのような家。

 円錐えんすい状の屋根の先端に、クルクルと風見鶏が回っている可愛らしい家。

 煉瓦の壁で出来た、2階立ての立派な家。

 周囲には花壇が並び、様々な花が咲き誇り壁には真っ白な塗装が程こされた歌に出てきそうな白亜の家。


 そんな個性的な家々を見ているだけで、ノエルの心は弾むようにワクワクしてくる。

 ふと気づくと、家々の間を通る広い石畳の道の両側には、太い丸太をT字に加工した柱が立ち並んでいた。

 上を見ると柱の先には、それぞれスイカほどの大きなガラス玉がぶら下がっている。


「電柱? 街灯? 電線は無いみたいだし、電気が通ってる訳じゃないよな?」


 ポカンと口を開けながら、真下から上を見上げるようにぶら下がるガラス玉を観察する。

 上半分には魔法陣のような物が書き込まれており、中央にはキラキラと輝く石のような物が埋め込まれていた。


 ノエルはラノベの知識を引っ張り出し、このガラス玉が何なのか察しを付ける。


「う~ん。上にあるのが魔法陣で、中央に有るのが魔石かな? 魔石? の魔力を魔法陣に流し、魔法陣が灯りを生成するってところかな?」


 口を閉じて右手で顎を摘まみ、左手を肘に添えて考えるポーズを取る。


「魔石……か。この世界に置ける魔石は、どうやって産出されるんだろう?」


 ノエルは可能性を頭の中で幾つか並べる、もちろん全てライトノベルで得た知識だ。

 ①魔物と呼ばれる異形の生命体から抜き取る。

 ②ダンジョンの不思議な宝箱の中に入っている。

 ③鉱石として採掘場から採取される。

 ④錬金術によって作り出される。


「②や③だと魔石は貴重な物って事になるよな? ①だと魔物がいるって事だし……。う~ん」


 そこまで考えてハタと気づく、ファンタジー世界特有の人種はいるのだろうか?


「そういえば人間……じゃなかった、この世界ではヒューマンだったっけ? それ以外見たことがないな。エルフとか獣人とかいないのだろうか?」


 キョロキョロと今度は道行く人を見て回るが、右を見ても左を見てもヒューマンしか見あたらない。

 ただし、中にはらほらと黒髪黒目の人たちが見受けられ、ノエルはそれを確認するかのようにジッと見つめると、ほっとした様に息を吐く。


「良かった、別に黒髪黒目は珍しくないみたいだ……。これで最悪の展開は免れたな。しかし、だとすると……。まぁ、そうなるよな……」


 ため息をはくと両手をポケットに突っ込み、背中を丸めるようにして歩き出す。


「そう考えると、リードやダズの態度も含めて何もかも辻褄が合っちまうなぁ……」


 せっかくのワクワクした気分に水を差され落ち込みながら歩いていると、どこからか子供達のはしゃぎ回る声が聞こえてくる。

 見るとその先には木で出来た滑り台や丸太のアスレチック、ロープで作られたブランコなど公園らしき広場が見えた。


「へぇ、意外とちゃんとした公園があるんだなぁ」


 物珍しさもあって手作りの遊技を見物しようと公園の中に入っていくと、あっという間に7人ほどの子供達に囲まれてしまう。


「おい、お前ここいらじゃ見ない顔だな、どこの子だ?」


 茶髪で短パンをはいた腕白小僧と行った風体の少年が話しかけてくる。


「だめよ、ユーリ。そんな聞き方をしたらこの子が怯えるじゃない」

 

 少々くせっ毛な金髪の髪をお下げに結って、フリフリのレースの付いたワンピースを着た少女がたしなめる。


「いいんだよ。男が女みたいな喋り方すんじゃねーって、俺の父ちゃんが言ってたしな」


「そう言うのは男らしいんじゃなくてチンピラって言うのよ? うちのママが嘆いてたわ、最近村の東はチンピラが増えたって」


「何だよミラは、俺がチンピラだって言いたいのかよ?」


「そんなこと言って無いじゃないっ、バカじゃないの?」


「なにぃ~、じゃぁ俺の父ちゃんがチンピラだってのか?」


「だからそうじゃないって言ってるじゃないっ! このおバカ!」


「なにお~?」


「なによ~?」


 周りにいる子供達は、また始まったと苦笑いでため息を吐いている。


(めんどくせぇ、子供に理屈は通じないからなぁ……。さて、どうしたものか……)


 これは参ったと頭を悩ませていると、周りで見守っていた子供の一人がノエルの後ろを指さして大声を上げた。


「あっ、マイケル兄ちゃんだ!」


 振り返るとハッとした表情をしたマイケルが、魔柱の影に隠れる姿がみえた。


(ちょ何、今の可愛い生き物。連れて帰りたい!)


「えっどこどこ? 私のマイケル様はどこに?」


 フリフリのワンピースを着たミラと呼ばれた少女は、キラキラと目を輝かせながら辺りを見渡している。


「けっ、あんな男女のどこが良いんだよ」

 ユーリと呼ばれた少年が悪態をつく。


(なるほど、ミラちゃんはマイケルに惚れていて、ユーリ君はミラちゃんに惚れていると。だが残念、マイケルは俺の物なのです! ふわっはっはは)


「俺マイケルの弟ノエル」


 胸を張り、自慢げに自己紹介をする。


「「「え?」」」


「んっ」


「「「まじで?」」」


「間違いない!」










「「「似てねぇぇぇぇ!」」」


「やかましいわっ!」

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