3話:Q、アナタは他人の頭をバットでフルスイング出来ますか?

「よっはっほっと」


 ひょいっとギリギリでユーリの手を交わし三歩程の距離をとる。

 ムキになり真っ赤な顔で手を伸ばすが身体をひねり躱し続ける。

 

 十数年ぶりの鬼ごっこは中々に新鮮で楽しかった。


「なっ、ちきしょぅ 動くなぁぁ!」


 無理な相談である


「俺に任せろ!」


「僕も僕も」


 気が付くと鬼ごっこが7対1のケイドロへと変わっていった。


 今生でのノエルの肉体は実に素晴らしい性能をしていた。

 5年間必死で鍛え上げたかいもあり、思い通りによく動いてくれる。


「おいっそっち回り込め、挟み撃ちにするんだ!」


「よしきた、任せろ!」


「それは卑怯」


「うるせぇ、ちょこまか逃げるお前が悪いんだ!」


 実に子供らしいとんでも理論である。


 両手足を大きく広げ、通せんぼをする少年の股下を”ザザッ”とスライディングで抜けていく。


「なっ、マジか!」


 少年は悔しそうな顔で振り返ると、大急ぎで逃げるノエルを走って追いかける。

 その後も付かず離れずの追いかけっこは続いたが、遂に少年達は力つき、息も絶え絶えに地面に座り込む。


(調子に乗って途中で身体強化使っちまったからな……。流石にっちょっと大人げなかったな?)


 ノエルは息一つ乱れていない涼しい顔で、へたり込む少年達を眺めていた。

 その時、不意に背中に視線を感じたが、恐らくはマイケルであろうと空気を読んで気づかない振りをする。

 すると”ガシッ”と後ろから両手ごと抱き締められる。


「つ~かま~えた~」


 抱き締められたまま首だけで振り返り後ろを見ると、得意げな顔でニコニコと笑うミラの顔があった。


「ミラちゃん、流石にそれはないよ」


「あぁ、流石にないな……」


「何でよっ?! 勝ちは勝ちじゃない!」


 口々にズルいと非難され、ミラはプクーっと頬を膨らませる。

 するとどこからか”ゴーンゴーン”と鐘の音が響いてきた。

 この村は2時間おきに教会の鐘が鳴り、人々に時刻を教えてくれる。

 今なった鐘は夕方の6時を示す鐘の音だった。


「やべっ、早く帰らなきゃ母ちゃんにどやされる!」


 疲れ切って座り込んでいた筈の子供達は、鐘の音を聞くや否や立ち上がると、衣服に付いた土をはたき落とす。

 流石に子供だけあって体力の回復速度も早く、つい先ほどまで荒げていた筈の息もすっかり整い「またな」と言葉少なくそれぞれの家に向かい駆けていく。

 ノエルはと言えば、そんな微笑ましい子供達の後ろ姿を自分の子供時代と重ね合わせ、懐かしそうに目を細めて眺めていた。


 ノスタルジーな雰囲気に浸っていると、自身の後ろにつまらなそうにポツンと突っ立っている一人の少年がいた。


「んっ? ユーリ、帰らないの?」


「うるせぇな、俺はいつもこもんなもんなんだよ!」


(ふ~ん、鍵っ子みたいな感じなのかな?)


「人攫いくるよ?」


「はっ、俺がそんなもんに負けるかよ」


「良いから帰る!」


 ユーリの背中を押して公園の外へと向かって歩き出す。

 ノエルは公園で子供達と遊んでいる間中なにやら纏わり付くような視線を感じていた。

 初めの内は大方マイケルであろうと思い気づかない振りをしていたのだが、ここに来て感じる視線の数が増えた気がするのだ。

 

 『嫌な予感がする』そう感じたノエルは、何とかしてユーリを家に帰そうと公園の外まで連れ出した。


「わかった、わかった。帰る、帰るよ。だから押すな」


「んっ、ならいい」


「じゃぁな……」


 そうふてくされたように両手をポケットに突っ込み、古い石畳の道を歩いていく。

 その少年の後ろ姿はなんだか少し寂しそうで、それでいて何やら絵になっているように思えた。


「さて、俺も帰るかな。マイケルはっと……」


 公園を振り返り、先ほどまで感じていた視線の先を見るが誰もいない公園は、シーンと静まり返り視線も気配も感じない。


「ふむ、帰ったのかな? まぁ、そりゃそうかこんな時間まで隠れて監視するほど暇じゃないだろうしな」


 そそくさと来た道を引き返し家路を歩いていると、広い石畳の両端に道沿いに並んでたっている魔柱からボンヤリと明かりが灯り始めた。

 魔柱の明かりはガス灯のようにユラユラと揺れ、青白い温かな雰囲気を醸し出している。


「おおぉ、雰囲気あるなぁ」


 優しげな光の中で見る景色は、来たときとは全く違う印象を受ける。

 青白い光を受けた家々はそれぞれが最初にみた印章とは違い、とくに円錐えんすい状の屋根の家などは、まるで子供の頃に読んだ悪い魔女が住む家のように見えた。


「すげーわ、やっぱり本物はテーマパークにせものとはまるで別物だな」


 見るもの全てに感激しながら家路を歩いていると、やがて自宅が見えてくる。


 ノエルの住む家はクリーム色の塗装が施された木製の壁に青い屋根、大きな煙突が二つ付いた平屋の一戸建てだった。


「こうして見ると家って結構デカいよな?」


 辺りにある家を見回しても、ノエルの家はほかの家々よりも大きく立派な家に見える。

 

 ノエルの父リードは、この世界では比較的よくいる農家なのだが、野菜などの作物ではなく茶畑を営んでいた。

 通常農家の税金は作物を納めるのだが、お茶の葉は乾燥させるなどの加工が必要なため税金はお金で支払っている。

 そのため育てた作物を二束三文で持って行かれるほかの農家よりも比較的裕福な暮らしをしていた。


「リードって意外とやり手なんだな……」





◇―――――――――――◇




「ただいま」


 ドアを開け家に入るが、案の定誰の返事も返って来ることはない。



(せつねぇ……、まぁいいけども)


 このままリビングにいても少々居心地が悪い気がするので、その足でそのまま裏庭へと向かう。

 裏庭へ出ると木っ端微塵に砕けきった木製の的だった物を、ほうきを使って片づけていく。


「また作り直さないとな、次はもう少し頑丈に作るかな」


 一通り掃除し終えると今度は庭の中央で芝生の上に胡座あぐらを掻く。

 へその前辺りで両手を輪っかにし、修行僧よろしく目を閉じて意識を集中させる。

 

 身体中の細胞から少しずつ均等に魔力を取り出し体内で練り上げていく、その後膨張した魔力を一気に圧縮しその場に留める。

 現在ノエルは日常生活の中でも、常に3つの待機魔力を留めて置くことが限界なのだが、こうして集中している間は5つの待機魔力を留めて置くことが出来る。

 目下の目標は日常生活であまり意識することなく、5つの待機魔力を維持できるようにする事だ。

 未だ魔法の使えないノエルは、こうして待機魔力マガジンの数を増やすぐらいしか自身を鍛えるすべを思い描けないでいた。


(3つ以上になると急激に難易度が上がるな……)


 うっすらと額に汗をにじませながら集中していると、裏口のドアの開く音が聞こえ鍛錬を中止する。

 見るとそこには少しオドオドとした様子のマイヤが立っていた。

 最近になってマイヤはどうもよそよそしい態度が目立つ、話をしている時もあまり目を合わせようとしないのだ。


 もじもじと両手をこね回し、俯き加減でノエルに口を開く。


「ノエル、マイケルを見なかった? もう夕食の時間だって言うのに帰ってこないのよ」


「見てないよ」


「そう……、どこに行ったのかしら……」


(まさか、公園から帰ってないのか?)


「いつから帰ってないの?」


「3時間ぐらいかしら、4時頃一度帰っていたんだけど、そのあと制服を取りに行ったっきり帰ってこないのよ」


(一度公園から帰ったのか……、それなら帰り際に感じたあの視線はマイケルじゃなかった? う~ん)


「制服?」


 ふと気になった事が口をついて出る。


「あっ、ノエルはまだ聞いてなかったのね、実はマイケルは聖都の聖騎士学校に行く事になったのよ……」


「聖都……、遠い?」


「そうね……、寄宿舎に入ることになると思うわ」


「そぅ……」


「じゃ、じゃぁね。ノエルも、もう夕飯だから中に入りなさいね」


 マイヤはそう言って取りつくろうように笑うと、さっさと家の中に入ってしまった。


「聖都の騎士学校かぁ……。あのマイケルがねぇ」


 などと考えていると体内にある4つ目の待機魔力の存在に気付く。


「お、おおぉぉ? 出来た? すげぇ! いつの間に出来るようになったんだ?」


 一つ目の待機魔力を解放し身体強化を掛け、更に体内で魔力を練り圧縮する。

 飛んだり跳ねたり走り回ったりしながら、4つ目の待機魔力が安定しているかどうかを確かめる。


「うん、問題ないな ようやく残弾数が増えたか。この調子でガンガン増やしていかないとな」



………………。

…………。

……。




 夕飯時、食卓に着くといつもの定位置にマイケルの姿は無かった。


 嫌な予感がした、いや正確にはずっと嫌な予感がしていた。

 食卓を囲う家族の顔を見ると、それぞれが皆考え込むように渋い顔をしている。


「あなた……」

 

 ついにマイヤが泣き出しリードは立ち上がって慰めるように肩を抱く。


「まだそうと決まった訳じゃない。だが、一応教会騎士師団の詰め所に相談に行ってくるよ」


 ボロボロと涙を流すマイヤの目元を拭うと玄関先に提げてあった外套を羽織り外へと飛び出して行く。


「お前が居なくなれば良かったのに……」


 濁ったような目で言い放ったダズの言葉は、確かにノエルの方を向いていた。


(くそっ、俺か? 俺のせいか? 何時からだ、何時からあの違和感を感じていた?)


 ノエルは漠然と感じていた嫌な予感の正体を考えていた。


(今日一日だけで何度あの言葉を聞いた? フラグはずっと立っていたんじゃないのか? なぜ気付かなかった? バカやろうがっ!)


「やっぱり攫われたんだ……人攫いに……」


 迂闊にもダズが口にしたその言葉はマイヤの心を抉り、ノエルが新たに手に入れたばかりの不安定な4つ目の弾丸まりょくを暴発させる。


――バキッ


 泣き叫ぶマイヤの声にかき消されたその音は、確かにノエルが握りつぶした木製のスプーンの音だった。


 泣き叫ぶマイヤと一人ブツブツと呟き続けるダズに背を向け、裏口から裏庭へと食卓を後にする。

 裏庭に出ると右手に持ったスプーンだった物を脇へ放り投げ、手頃な石を拾っては両ポケットへと締まっていく。


「足りない……、まだほかにも何か……」


 周囲を見渡すが武器になりそうな物は見あたらない。

 此処ならばと庭の隅にある物置を物色すると、1mほどの手頃な角材を見つける。

 ブンッ、ブンッと2度3度角材を振るうと「うんっ」と頷き扉を閉める。


(どこだ? まずはどこへ向かえばいい? 視線だ! 公園で感じたあの視線……。あれがマイケルを攫った連中の物だったとするならば……)


「まずは公園からだな!」


 裏庭を囲う塀を見上げると、改めて待機魔力を解放し身体強化をかけ直す。

 「ふんっ」と飛び上がり約2mほどの塀を飛び越えると、公園へ向けて走り出した。


 走りながらノエルは考える、犯人は何故マイケルを攫ったのか? 動機は何だ? 方法は? そもそも犯人は一人なのか?

 前世の記憶を持っていても経験した事のない事態に対処しきれず苛立ちが募る。


「くそっ、わからねぇ。どうすればいい……こんな経験あるはずが……。人攫い……そんな話ラノベにもあったような」


 考えて頭を横に振る、これは現実でありフィクションとは訳が違う。

 ノエルにはチートも無ければMAPや索敵スキルも無いのだ。

 しかしいくら頭を捻っても今のノエルには頼れる物が何もない。

 半ばヤケクソ気味に頭の中のライトノベルのページを捲っていく。


(どうすればいい、どうすれば……。こんな時、主人公はどうしてた?)


 ①MAPスキルで周辺を検索し人攫いのアジトをつき止める。

 ②魔法を使い相手の魔力の痕跡をたどる。

 ③索敵スキルを使い片っ端から捜索する。

 ④精霊や使い魔を使い捜索させる。

 ⑤情報屋に金を握らせ情報を得る。


 そこまで考えてノエルは頭の中の本を閉じる。


(無理だ、どれもこれもチートじゃねーか! 唯一出来そうな⑤も情報屋なんて知らないし、そもそも俺には金がない)


「くそぉぉぉぉっ!」


 身体強化を使い全速力で駆けていくとやがて目的の公園が見えてくる。

 辺りは完全に日が落ちて、魔柱の青白い光だけが足下を照らしていた。


 公園の入り口に立ち辺りを見回すが、真っ暗で何も見えず途方に暮れる。

 しかし兎に角行ってみなければ始まらないと視線を感じた辺りを目指し歩き出す。


「***********」


 遠くの方で何やら話し声が聞こえる。

 こんな真っ暗な公園で何をしているのか、あから様に怪しいその声にノエルは警戒を強めた。


 やがて闇に目がなれ、月明かりでも少しづつ周囲を確認できるようになると、遠くに複数の人影が見えてくる。


 その怪しげな人影に悟られぬよう足音を殺し、丸太で出来たアスレチックのような遊技に身を隠すように近づいていく。


「痛ってぇぇ! このクソガキ思いっきり指噛みやがった」


「はなせっ、はなせよ! はなせったら、はなせぇぇぇ」


(なっ! ユーリか? 何でこんな所に……。くそ、ちゃんと家まで見届けるべきだった)

 

 自分が強引に帰そうとした事で、この少年は逆に意地になって舞い戻ってきたのかもしれない。

 そんな考えが浮かび、ノエルは後悔の念に苛まれる。


(結局これも俺のせいなのか? くそぅ、何なんだコイツらは、何だってこんな酷いことが出来るんだ……)


「おいっ、いいから早く黙らせろ」


「わーったよ、おお痛ぇ」


 男はおどけたように噛まれた右手を振ると、ニヤニヤと嫌らしいい笑みを浮かべる。


「はなせってんだろっ、はなっむぐむうっ」


 10歳にも満たない子供が大の大人の腕力に敵うはずもなく、簡単に左手で担がれると右手で口を塞がれる。


 向かいにいる男が麻袋を広げると、足下からすくい上げるように少年を袋に詰める。


 この時ノエルは迷っていた、一か八か助けに入るかそれともこのまま見守るのか。

 もしもまた選択肢を間違えれば、今度こそ本当に取り返しが付かない事態になりかねない。


――ピキッ……。


 右手に握った角材が乾いた音を立てる。


(勝てるのか? 俺は……。そもそもこんな子供の身体で……)


 前世も含めて、凡そ暴力という物を振るったことのないノエルはイメージすら出来ずにいた。

 果たして自分は躊躇ためらわずに他人を殴れるのかと。


 右手に握った角材を見て問いかける。


――問題です:アナタはバットで人の頭をフルスイング出来ますか?――



 答えは:分からない……。


 当たり前だ、出来る訳がない。

 もしそんな事をすれば殺人者犯もしくは殺人未遂犯だ。


(このままコッソリ後を付けて、コイツラのアジトを見つける事が出来れば全部解決する。そうだ、それが最善だ! 俺が出て行って返り討ちにあったら全て水の泡じゃないか)


 言い訳するように頭の中で状況をツラツラと並べ立てる。

 もしも相手も身体強化を使えたら?

 魔法を使えたら?

 強力な武器を持っていたら?

 ほかに仲間が隠れていたら?

 そもそも自分はまだこの世界の常識を知らないし、判断を謝る可能性の方が高いのではないか?


 そうして並べ立てた言い訳はどれもこれも正解に思えた。

 丸太の影に身を潜めノエルは自分に言い聞かせる。


(これでいい、これが正解なんだ……)




「よし、行くぞ」


「へいへい」


 ユーリを詰め込んだ麻袋を、男が担ごうと手を伸ばす。

 その時、本来ならば怯えて抵抗すら出来筈の少年は、なけなしの勇気を振り絞り麻袋の中で暴れ出した。


「ってぇ、このガキ俺の顔を蹴りやがった!」


「だせぇぇ、俺をここから出せよぉぉぉ」


 大声を張り上げ暴れ回る麻袋の中の少年に向かい、男はまるでサッカーボールでも蹴るかのように躊躇いなく蹴りを入れる。


――ドゴッ


「うるせぇぞ、このクソガキ! 大人しくしていやがれ」


 気付けば先程まで大声を張り上げ暴れ回っていた少年は、ピクリとも動かなくなっていた。


――瞬間。

 ノエルは身体の奥底から煮えたぎるどす黒い何かが沸き上がってくるのを感じた。




「おいっ、まさか殺したんじゃ無いだろうな?」


 慌ててもう一人の男が麻袋の前に片膝をついて確認しようとする。


「けっ、死んだらまた攫って来ればいいだろうが、くだらねぇ」


 男はそう言ってグチを垂れる男を見上げながら口を開く。


「あのなぁ、コイツは俺達の大事な商品なん…っ!」





 その時、男の目には信じられない物が映っていた。

 月の光を背に受けて信じられないほどの速度で宙を駆ける少年が、仲間の頭を角材でフルスイングしようとする姿が。




「ぶっとべぇぇっ、こんのっクソ虫がぁぁぁぁぁっ!」




――問題です:アナタは他人の頭をバットでフルスイング出来ますか?――



 答え:YES ! 






――ボギャ

 

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