1話:剣と魔法とラノベ脳

――我が輩は赤ん坊である、名前はまだ知らない――

 

(だって、まだ言葉が分からないからね!)


 あれから既に数日たっているが、今だ何一つ進展していない。

 寝てしまうのだ、それはもうグッスリと、スヤスヤとね!

 2時間から3時間おきぐらいだろうか、母親が来ては授乳とオシメの交換をしていく。

 その後、食後の運動にと手足をバタバタと動かしては、疲れ切って寝てしまう。

 この繰り返しだけで数日経過してしまったのだ。


 ちなみに、赤ん坊の身体になって分かったことがある。

 それは何故、赤ん坊がグズるかと言うこと。

 不快なのだ、寝返り一つ取れないこの未熟な肉体のせいで、とにかく不快感がハンパないのだ。


 想像してみてほしい、ベットに縛り付けられて寝返り一つ打てずに1日中過ごすことを。

 大人であった過去の記憶を持っている俺ですら、こんなにも不快なのだ。

 精神の発達していない赤ん坊がグズるのは、至極当然の事だろう。


(鍛えなければ……。一刻でも早く寝返りが打てるように。じゃないと俺も、いい年してグズりそうだ……)


 てのひらと足の指をグーパー・グーパーと動かして、握力の強化をはかる。

 特に足の握力強化は重要だ。

 体幹が上がり運動神経全般の発達に関わってくる。

 

 ――と、ラノベで書いてあった――

 

 しょうがないじゃないか。

 赤ん坊の頃の身体の鍛え方なんて、知るわけがない。

 と言うわけで、我らが聖書ラノベの教えを、実践して行こうと思う。


 必死の形相で、手足をバタ付かせながら考える。

 どうすれば魔法を習得することが出来るのだろうか?

 あの時、母親は呪文のようなものを唱えていた。


(う~ん、呪文を唱えないといけないのか? しかし呪文があるという事は、無詠唱もあり得るという事では?)


 どうすればいいのか、いくら考えても答えが出ない。

 ならばと俺はまた、頭の中の聖書ラノベを開く。


(ラノベでは、魔法の発動には魔力を使ってたよな? つまり、まずは魔力を感じることから始めるべきだよな?)


 目を閉じて、自身の身体の内側に意識を集中する。

 以前生きていた世界では、魔力なんてファンタジーな物は存在しなかった。

 ならば存在しないはずの物が体内にある違和感を感じればいい、きっとソレこそが魔力の筈だ。

 

 魔力を感じるべく、体内を検索していく。

 しかしいくら探しても違和感を見つけられず、イライラが募る。

 何か良い方法はないかと頭を捻り、結局出て来たのはやはりラノベであった。


 ラノベでの魔力の表現は幾つかの種類があり、それらを一つ一つ思い出してはイメージする。



 ① 血液の中に魔力が流れている。

 ② 身体の細胞一つ一つに魔力が宿っている。

 ③ 対内に魔石と呼ばれる魔力を生み出す物質がある。

 ④ 身体の中に目に見えない内なる宇宙が存在し、そこから魔力が溢れ出てくる。

 ⑤ レベルが上がると魔力を獲る。

 ⑥ スキルを習得する。



(うむ、後半3つは無いな多分……。内なるコスモは感じない! よし、これは飛ばそう)


(しかし、レベルはどうなんだ? 流石にないかな? いやまて、先入観は良くないな……試すのは無料タダだ、やるだけやろう)


 RPGの世界のように、ステータスが存在する物語をよく読んでいたのを思い出し、何とか開けないかと試していく。


あうぅあうステータスあーあうオープン!」

(相変わらず、片言ってレベルじゃねーな!)


 結果ステータスは存在しないことがわかったが、この事を切っ掛けに、以前読んだ物語の展開を思い出す。


 転生主人公の多くは、チートと呼ばれる特殊な力を有していることが多く、

 もしかして自分にも有るのではないだろうか? と。

 

 やるべき事や考えるべき事が多すぎて、あっちへ飛びコッチへ飛びとやや混乱気味になっていると、不意に子供部屋の扉が開く。

 

 現れたのは母親だった。

 なれた手つきでオシメを変えると、優しく抱き上げ胸元をはだけさせる。


(コレばっかりは何度やってもなれないな……)


――何だ、これはっ!


 いつものように授乳を受けていると、いつもと違う感覚が身体中に広がる。

 

 その不思議な感覚は、母乳と一緒に口から入り、食道を通ってに胃入る。

 その後、胃を中心に身体中に広がっていく。


(もしかして、この不思議な違和感が魔力なのか?)


 授乳の恥ずかしさも吹き飛び、身体中に広がる不思議な感覚に集中しながら、いつもより多く吸い続ける。


 

(そうか、これが魔力か! やったぞっ! この感覚を忘れないようにしないと)


 授乳を終え、母親にアヤすようにユラユラと揺らされながら、目を閉じて先ほどの感覚を思い出す。


(血管の中と言うより細胞一つ一つに染み渡っていく感じだった、これは②のパターンだな、よし)


 集中力を上げ、身体中に染み渡っていった魔力らしき物を、時間を巻き戻すようにして胃に集めるイメージをする。


――瞬間、身体の中の何かがズレた。

 まるで、自分の中にもう一人の自分が居るような感覚に陥る。


 例えるなら、リアル分身の術といった所だろうか。


(ぐっ、そうか魔力全体を一度に動かそうとすると、こうなるのか)


 頭の先からつま先までを、一度に揺らされ目眩を起こす。

 まるで、マナーモード時の着信で、ブルブル震えるスマートフォンになった気分だ。

 

 クラクラとする頭を動かし、もう一度集中する。

 今度は身体中の細胞から、少しずつ魔力をへその下にある丹田に集めるようにイメージしていく。


 集中し、イメージすると身体全体の体温が上がる。

 細胞という目に見えない極小の物質を、操作すると言うのは容易ではない。

 そもそも明確なイメージが、湧かないのだ。


(細胞ってどんな形だっけ? 魔力って何色だ?)


 見た事のない物。触れた事のない物。感じた事の無いもの。

 それらを、イメージなど出来るはずも無く、途方にくれる。

 

(ダメだ、そんな事より今解っている、あの不思議な感覚をイメージした方が良いんじゃないか?)


 身体中に広がった、ほんのりとした温かな感覚を思い描く。

 微かな熱量、その熱こそが恐らく魔力なのだ。 

 

 やがて不思議なその感覚は、ボンヤリと温かな魔力であることを確信する。


(ぐっ、う……動かない……。これは予想以上に難しいぞ、コツコツ訓練して行くしかないな)


 魔力を感じることは出来るようになったが、動かすことは出来なかった。

 その後も魔力操作を会得しようと試み続けるが、未だ赤子の身体は体力がなく、やがて知らぬ間に眠りに落ちていた。


「すぴー……、くーくーZzzz……」







================


 魔力の感覚に目覚めてからおよそ一年ほどが過ぎていた。

 やたらと俺を猫っかわいがりする美少年のお陰で、言葉も理解できるようになり、赤ん坊ライフを満喫している今日この頃。

 食っちゃ寝の間にひたすら魔力操作の鍛錬をし、漸(ようや)く動かせるようになるまでに3ヶ月も掛かり。

 更に魔力を練るという操作が出来るようになるまで、半年以上の時間が経過していた。


 魔力を動かせるようになった切っ掛けは、あの身体全体がズレるような感覚を何度も試した事だろう。

 細胞一つ一つから魔力を取り出すイメージを具現化するなど、初心者に出来るはずは無かったのだ。

 そこで俺は、自身の身体全てを一塊の魔力であると定義付ける事にした。

 頭・両腕・胴体・両足の、4つのパーツから少しずつ千切って集めるようにイメージする。

 この大雑把なイメージが、結果的に功を奏し魔力操作を取得する切っ掛けとなった。

 その後も訓練を継続していると、魔力について幾つか分かったことがある。

 魔力は一カ所に集めて粘土のように練り上げると、膨張し密度が上がっていくようだ。

 そして密度の上がった魔力を身体中に浸透させると、身体強化魔法のような効果を生むことが出来る事が分かった。

 また、魔力は圧縮することで練った時と同じ効果があり、両方を合わせ行えばより効果がある。

 つまり体内の魔力を一カ所に集め練り上げた後、圧縮すれば1の魔力で4の効果が期待できるという事だ。


「むむむむぅ」


 ベビーベットの上で胡座(あぐら)を掻き、日課の魔力操作の訓練を行う。

 そろそろ魔力が尽きそうになり、グッタリとして横になる。


 以前、魔力量を増やす方法を色々と考えて、ラノベのテンプレを思い出し試したことがある。

 それは、魔力が完全に無くなるまで放出し、筋トレのように超回復で増やすと言うものだ。

 目指せ魔力チート・・・・・・・・の名の下に実践してみたら、気を失ったあげく身体中が痙攣するかの如く強烈な痛みが走り、3日3晩うなされ続けることになった。

 どうやらそう簡単には魔力は増やせないようで、仕方なくこうして毎日コツコツ訓練しているのだ。


(しかし暇だな…… こう毎日訓練ばかりだと流石に飽きるな、しかもまだ肝心の魔法の使い方が判明して無いしな)


 しばらくの間ジッと休憩した後で、俺は意を決しベビーベットから出ることを決意する。


(よし、まずはこの部屋から出よう!)


 回復した魔力を練り上げ圧縮し解放する。

 身体強化を施した1歳児は、ベビーベットの上で立ち上がり腕を組んでいる。

 端から見れば異様な光景であるが、本人は至って本気である。


(うっしょ、とっとと……、おりゃ!)


 意を決し高さ80cmの崖から飛び降りると、両手足を使い4点着地を決める。

 トテトテと歩いていき部屋のドアを開けると気持ち悪がられても困るので、念のためハイハイで進んでいく。


 しばらく進むとリビングのような場所にでる。

 どうやらこの家は平屋の一戸建てのような作りで、見渡してみても2回へ上がる階段が存在しなかった。


「あっ! ノエルぅ、出て来ちゃったの?」


 目ざとく俺を見つけたマイケルに運悪く捕縛されてしまう。


「まいうぅ~」


「まったく、仕方ないなぁ」


 そう言って抱き上げられると、リビングらしき部屋にあるソファーに連行されていく。


 マイケルは俺の意識が目覚めたときに最初にあった美少年だ。

 他にも一人兄が居て名前はダズといい、金髪碧眼だが少々目つきが悪く頬にソバカスがある悪ガキ風の顔をしている。

 父親の名前はリードで、どちらかと言えば強面な顔をしておりこちらも金髪碧眼だ。

 母親であるマイヤは毎日合うのだが、実は父親は1度しか見たことがない。

 なぜだろう? と疑問に思う反面、別にどうでも良いかな、なんて思ってもいる。

 恐らく前世の記憶が父親という物のイメージを最悪な物にしているのかもしれない。


「ノエルはどうやって出てきたの?」


 俺を膝の上に載せ頭を撫でながら優しげに聞いてくる。

 そんなマイケルを無視してソファーの上に絵本を見つけると、「あうあぁ~」と言って表紙に向かって手を伸ばす。

 膝の上から転げ落ちそうになる俺を、ぎゅっと抱きしめ絵本を持ち上げると、

 「よし、絵本読んで上げよっか?」といって表紙をめくる。


(ふはははっ計画通り!)


 これこそが今日の俺の計画だった。

 

 絵本を読んでもらい文字を覚える、異世界転生系ラノベの主人公達がほぼすべてと言っていいレベルで通ってきた英才教育法なのだ。

 それを知っていてやらない手はないだろう。


 絵本の内容は所謂(いわゆる)テンプレなお伽噺(おとぎばなし)だった。



 

 あるところに凶悪な邪竜がいました。

 邪竜は世界中で暴れ回り、人々を苦しめていました。

 ある時、とある国の勇敢なお姫様が邪竜に言いました。


「人々を苦しめるのをやめてほしい」

 

 すると邪竜は言いました。


「ならば俺の妻になれ、そうすれば暴れるのをやめてやろう」


 お姫様は国のため、民のために自分を犠牲にする決意をしました。

 しかし、王様や国民はそれを許しませんでした。

 ある物は剣を取り、またある物はクワをとり、心優しきお姫様を守ろうと立ち上がりました。

 そんな皆を守るためお姫様は、伝説の勇者を召喚する儀式を行いました。

 そうして現れた勇者は、見たこともない強力な魔法を使いあっと言う間に邪竜を倒してしまったのです。

 その後お姫様と勇者は恋をして結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。


(実にテンプレだな、しかし居るんだドラゴン!しかも勇者召喚って……いやな予感しかしねぇ……)


 その後も眠くなるまで絵本のおねだりをすると、出来る限り文字数の多い絵本を一冊抱えた状態でベットに連行されていった。


 こうして俺の、この世界で初めての冒険は幕を閉じたのであった。



「くぅ~、すぴ~Zzzz…」



==============


 翌朝目覚めると早速ベビーベットから抜けだし、ハイハイでリビングへと向かう。

 

 マイケルに見つかる→ソファーへ移動→絵本を読んでもらう→ベットへ連行

 

 そんな日課を繰り返していたある日、いつものように部屋のドアを開けようとすると……。


(な、なんだと……)


 どうやらドアの鍵を閉められてしまったらしい。

 

 この日から実に2年もの間、俺はこの凡そ10畳程のベビーベット以外ほぼ何もない殺風景な部屋で過ごすことになる。

 世話をしてくれる母親以外は、たまにマイケルが絵本を読みに来てくれるだけのボッチ生活が続いていた。


 しかしながらその間、孤独と反比例するように魔力操作の熟練度と体内魔力量はメキメキと上がっていく事になる。

 他にすることがなかったとも言えるが……。


 無論平行して魔法の発動にも挑戦し続けていたが、ある時からパッタリとやらなくなった。

 

――これほど魔力操作を使えるようになったのに魔法が発動しないのはおかしい。

 

 そう思ったからだ。

 そこで俺は魔法の発動は一時的に横に置いておいて、魔力操作の鍛錬を集中して取り組むことにした。

 その結果として魔力操作で出来ることが幾つか増えたのだ。

 

 体内に魔力を練って圧縮した物を複数待機状態にしておくという技術を体得した。

 この技術は将来きっと役に立つと確信している。

 一つの魔力を使ったら新たに待機魔力を作り出しておく。

 これを繰り返す事により瞬時に魔法を発動出来るのではないかと期待している。


 そんなことを繰り返し最早3歳にして、自由自在に身体強化を使いこなせるようになった俺は、いよいよこの部屋から出ることを許された。


 早速と家中を探検して回る。

 両親の部屋、兄の部屋、リビング、キッチン一通り見て回って思うことは”本がない”である。

 俺がこの家で読んだ本と言えば絵本のみである。

 流石にコレには参ってしまった……。






(これは、どげんかせんといかん!)

 

 

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