幻想世界の残酷少年 ~剣と魔法とラノベ脳~

ヤマダ リーチ

一章:辺境の村アルル

0話:ハイテンション ベイビー

 アルカディア大陸東方に位置するリーリア王国の北平原を、一人の少年が歩いている。

 鼻歌交じりで平原を歩く少年は、クリーム色のワークブーツに麻のパンツ、白いシャツに革のジャケットを着て、その上からモスグリーンの外套を纏っていた。

 ミリル平原は魔獣や盗賊が闊歩する危険地帯で、通常子供が一人で散歩をするような場所ではない。

 ましてこの少年はどう見ても6~7歳のヒューマンだ、とてもまともな状況とは言い難い。


「あー、風が気持ちいい。空気がうまい! ファンタジー最高!」


 両手を広げスキップをしながら楽しげにはしゃいでいるその姿は、年相応の子供に見える。

 しかし何を思ったのか少年はふと立ち止まると、右手のてのひらを額に当て遠くをのぞき込むようにして目を細めた。


 微かに見える遠くの方で土煙が上がっている。

 一瞬怪訝な顔になり周囲を見渡すと溜息を吐く。

 

「参ったな……。隠れる所なんて有るわけ無いよな」


 両手を腰に当て、大袈裟に息を吐いた後ぼそりと呟く。


「ピット」

 

 すると少年の足下に直径80cm程の穴が開く。

 呟いたのは土属性の呪文ピット。その効果は目の前にある穴、只それだけの効果しかない。

 しかし少年は何を思ったのか幾度となく呪文を唱えている。

 呪文を重ねる事で広く深くなった穴は、直径2m深さ3mに及んでいた。


「よし、バレませんように……」


 祈るように呟くと自ら穴の中へと身を投じていった。


(こっちくるな、こっちくるな、こっちくるな、こっちくるな)


 目を瞑り息を殺して身を潜めていると、辺りに蹄の音が近づいてくる。

 

(頼む。マジ頼む、バレないでくれ……)




「――よう坊主。こんな所で隠れんぼか?」


 草原に開いたいかにも怪しげな穴を覗き、しゃがれたような低い声で男が少年に声をかける。


 ピクリと肩を振るわせ恐る恐る上を見ると、少年の顔が絶望に歪む。

 

 悪人顔だ……。

 見上げた男の顔は深いしわが刻まれており、額から右頬に掛けて刀傷が付いている。

 着ている服も薄汚れていてまともに洗濯しているとは思えず、装備している鎧も統一性はなく手入れすらされていない中古品以下の酷い物だった。

 少年は嗅ぎ分ける、目の前の男から漂う暴力の匂いを……。

 

「あっ、えっと……。お構いなく……」

 

「カッカッカッ。おもしれーな、お前」


「ははは……。喜んでもらえて何よりです……」


「ほれ、手貸してやるからとっとと上がってこい」


 如何にも悪そうな笑顔で男は少年に手を伸ばす。


「いえいえ、本当に結構ですので」


 穴の中で両膝を抱えるように座っていた少年は、てのひらを振りながら引きつった笑顔を浮かべる。

 二人の間に微妙な空気が流れる……。どうやらお互いに譲る来はないようだ。


「いいから、早くでろ。痛い思いはしたくないだろう?」


 先に痺れを切らしたのは男の方だった。

 先ほどまでの笑顔は一変し、脅すように眉間に皺が寄っている。


「おいドロー、そんなガキ一人に何てまどってんだ? 早くしろ、獲物が逃げちまう」


 後ろにいる仲間らしき男の声にせっつかれ更に声色が強まる。


「わーってるよ。おいガキッ、何度も言わせるなよ?」


 

 

「チッ、ついてねぇな……」


 そう呟いた少年の目はまるで猛禽類のように冷たく鋭い眼差しに変わっていた。


――瞬間、少年の纏う空気が変わった。

 それは、雰囲気や表情と言った意味だけではない。

 文字通り空気を、そして風を纏っていた。


 魔法――魔術とは違い詠唱を必要としない高等技術である。

 元来魔法とは、長い年月を掛け知識と魔力操作の技術を磨き上げる事で、ようやく手に入れる事が出来る高等技術だ。

 しかし僅か6~7歳にしか見えないその少年は、当たり前のように風を操っていた。



「――インベントリ」それが少年に向かって手を伸ばす男が聞いた最後の言葉だった。

 カクンッと首を後ろに仰け反らせたかと思うと、糸の切れた人形の様に穴の中に吸い込まれてゆく……。


「ドロー! おい、大丈夫か?」

 

 足音が近づいてくる。「ヒュー」と短く息を吸い、止める。

 その手には銀色に輝くショートボウが握られている。

 やがて来るであろうその瞬間に備え、ゆっくりと弓を引く。



「おい、無事か!」

 そう声を掛け覗いた穴の中には、弓を構えてニヤリと笑う少年の姿があった。


――ドサッ


 鈍い音を立て男が穴へと落下する。


 馬上に構え様子を見守っていた男たちが色めき立つ。


「何だ今のは! どうなってやがる?」


「おい、誰か行って見てこい」


「てめーが行けよ!」


「あぁ? 喧嘩売ってんのか?」


 男達に纏まりは無い。所詮は盗賊、有象無象の集まりだった。

 そんな中、一人の男が馬上から降りる。男の名はジーン、自称魔術師である。 

 ジーンは遙か西、魔の森の先にあるゼリュース聖法国から逃亡してきた咎人とがびとだった。

 南にある辺境の村で人攫いをしていたが、あえなく捕縛され処刑される寸前の所を見事に逃げおおせて見せたのだ。

 

 魔術には自信がある。特に火の魔術には。

 あの時のように卑怯な方法で奇襲されでもしない限り、負けるはずがない。

 現に自分は逃げおおせたのだ、あれだけの数の騎士達を前にして……。


 ジーンは両のてのひらを穴に向けると迷いなく呪文を唱える。

 まだ落ちた仲間が生きている可能性がある……。

 そうと解っていて尚、ジーンを止める者はいない。

 男達は皆、そういう者の集まりだった。


「我が意に応え、眼前の敵を灰燼に帰せ『ファイヤーボール』」


 直径にして1mもの大きな火の玉が穴に向かって放たれる。

 熱によって周囲の景色を歪めながら轟々と燃える火の玉が穴へと落ちる。


――辺りが静まり帰る。

 おかしい……。確実に決まった筈だ……。

 しかし着弾音もなければ火柱も上がらない。


「どう言う事だ?」


 その眉間にしわを寄せ、両のてのひらを穴へと向けながらジーンが呟く。


「おめーの魔術がしょっぺーからだろ?」


 馬上の仲間が笑い出す。ジーンは顔を歪めながらケタケタと笑う男を睨みつける。


「ならテメーで試してみるか?」


 言われた男は両手を上げるとおどけた様に笑みを浮かべた。


「冗談だって。そうマジになるなよ……、なっ?」


「チッ」舌打ちをすると直ぐに視線を穴へと戻す。

 

 コイツ等は何も分かっていないが、あの中には何かヤバイ物がいる……。 

 常識的に考えて、直径1mもの火の玉をかき消す事など出来るはずがない。

 土属性で防御すれば着弾音のあと火柱が上がるし、水属性で防御したなら水蒸気があがる筈だ。


(いったい何をどうすれば、火球をかき消すなんてまねが出来るんだ?)


「無理だ……。撤退しよう」


 それがジーンの出した答えだった。


「は? 冗談だろ? 相手はガキだぞ?」


「お前は見たのか? その穴の中にいるってガキを」


 問われた男は口ごもるが仲間を見渡すと、馬上からジーンを見下ろし妥協案を出す。


「なら全員でやろう。俺たちが穴を囲んで、お前が火球を放った後同時に攻撃する」


「おっ、いいなそれ。それで行こうぜ」


 口々に頷く仲間を前にジーンは呆れたように溜息を吐く。


――馬鹿げている。そもそも何故戦うんだ?

 自分達は偶然見つけた子供を、小遣い稼ぎに拾っていこうとしただけだ。

 それがいつの間にか死んだであろう仲間の弔い合戦の如き状況へとすり替わっている。

 安いプライドだ……。要するにただ舐められたくないだけなのだ。


「本気で言ってるのか?」


「あぁ、まさかビビってんのか?」


「チッ、しょうがねぇ。付き合ってやるよ」


 ジーンは結局その安いプライドの為に命を懸ける事になった。

 盗賊という人種は金もなければ学もない。

 唯一残った、なけなしのプライドを守ろうとする馬鹿な生き物なのだ。

 

 広大な草原にぽつんと開いた直径2m程の穴。

 それはまるで異界へと通じる地獄の落とし穴のように異質な存在感を放っている。

 それぞれが思い思いの武器を手にして、その穴を囲うように立っている。


 両の掌を穴に向けて構えるジーンに、仲間の一人が手を挙げて合図をださす。 

 周りの男達は、巻き込まれないように少し離れたところで片膝を付くと、それぞれの武器を体の前に盾のように構え防御態勢を取る。


 仲間の合図に頷いたジーンは呪文を唱える。


「我が意に応え、眼前の敵を灰燼に帰せ『ファイヤーボール』」


 再び放たれた火球が穴に着弾すると思われたその瞬間、突如として穴の入り口に巨大な水球が現れた。

 放たれた火球が宙を浮かぶ水球へと激突すると、辺りは濃密な霧に覆われる。


「なっ。やられた!」


 腰に差したバスタードソードを引き抜くと腰を落とし、周囲を警戒しながらジリジリと穴を目指す。


――ドサッ


 何かが倒れる音がする。

 その音が切っ掛けとなり緊張が恐怖へと変わり仲間達が声を張り上げ始める。


「くそ、ふざけやがって」


「何処に隠れていやがる!出て来やがれ!」


 怒気を孕んだ仲間の声が一つまた一つと消えていく。

――辺りを静寂が包む。小さな物音一つ逃さぬよう耳を澄ます。

 沸き上がる恐怖を必死に抑え、ジリジリとり足で進んでいく。 


(まさか全滅したのか? そんなばかな……)


 やがて草原に吹き荒ぶ風が霧を絡めて運んでいくと、足下には悲惨な光景が広がっていた。

 

 死体・死体・死体、その死体のどれもが額に深々と矢を受けている。

「ゴクリ」あまりの惨状に思わず生唾を飲む……。


――不意に視線を感じ直感に従い振り返ると、そこには銀色に煌めく弓を構えた少年が立っていた。


慌てて左手を少年に向けると、出てきたのは命乞いの言葉であった。

 

「わ、悪かった。謝る、だからちょっとまっ」


 言い終わる前にジーンの頭が仰け反ると、その額には深々と少年の放った矢が突き刺さっていた。



================七年前=================




 薄ぼんやりとした明かりを閉じたまぶた越しに感じ、ゆっくりと目を開く。


 目の前には古ぼけた木製の天井が見える。

 雨漏りでもしたのか所々がシミになっており、蛍光灯すらついていなかった。


「んっ、あうぁ? うああうあ?」

(なんだ? どうなったんだ?)

 


 起きあがろうと試みるが、どうにも体を上手く動かす事ができない。

 何とか動く両手を見ると、そこにはプニプニとした赤ん坊のような可愛らしい小さな手が見える。


 グーパー・グーパーと、握っては開いてを繰り返すと再び目を閉じる。


(マジか! おいっマジかぁぁ! 夢じゃないのか? 俺は死んだはずだぞ、何で生きてる? 何で赤ん坊?)


 混乱する頭を何とか落ち着かせ、もう一度事の始まりを思い出す。


 あの雨の日に俺は確かに死んだ。

 あれで生きているとは思えない。

 では今のこの状況は?

 ここが何処かは分からないが俺は今、赤ん坊の姿になってベビーベットで寝ている。

 にわかには信じられないが、俺の知る限りこの状況を表現する言葉は一つしかない。


(転生……したのか? この俺が? あの憧れたラノベの主人公達みたいに……)


 自身を取り巻く不思議な現象に、次第に巻き起こる興奮が限界を超え思わず雄叫びを上げる。


「おぁうあぁぁぁ!」

(俺すげぇぇぇ!)


――ダダダダダッ


誰かが小走りに走る足音が聞こえてくる、と。


――ダンッ


 勢いよく部屋の扉が開く。


「************」


 何やら聞いたこともない不思議な言葉を大声で叫びながら、小さな少年が入って来る。

 一見するとまるで美少女と見間違いそうな、金髪碧眼のクリっと大きな目をした美少年だった。

 

 少年はニコニコとした笑顔でベットの上にいる赤ん坊をのぞき込むと、そのほほを”ツンツン”とつつき始める。


(や、やめてっ、くすぐったいからっ、ちょっとやめっ)


 我慢しきれず「きゃっきゃ」と笑う赤ん坊を見て、少年もつられて笑い出す。


――守りたいこの笑顔


 (なに考えてんだ俺は……それにしてもすげー美少年だな、これは俺の容姿も期待できるではないだろうか?)


 つついては笑う、つついては笑うのローテーションを繰り返し、

 流石に横っ腹が痛くなってきた頃、部屋の扉から女性が現れた。


 少年は嬉しそうに女性に話しかけ、女性は笑顔で何度も頷きながら少年に答えている。

 どのような会話が繰り広げられているのかはさっぱり分からないが、二人はとても幸せそうに笑っていた。

 やがて女性はベビーベットをのぞき込むと、ツンツンと頬をつつき始める。


(や、やめて、ちょっ……親子だ、この二人絶対親子だ)


 またしても「きゃっきゃ」と笑う赤ん坊を見て、今度は二人そろって笑い出す。


(まったく、酷い目にあった……。でもまぁこの感じだと、仲のいい幸せそうな家庭に生まれたって事でいいのかな?)


 俺は一人ベビーベットの中で人知れず胸をなで下ろした。

 すると女性はおもむろに俺の下半身をモゾモゾとし始める。

 慌てて下を見ると、赤ん坊らしく小さくて可愛らしいアレ・・がついているのが見えた。


(良かった、今生も男だったか……、本当に良かった)


 未だ前世を生きていた頃、俺には唯一と言っていい趣味があった。

 それはライトノベルと言われる小説を読むことだ。

 当時のライトノベルは異世界転生や異世界転移といったファンタジーなジャンルが幅を利かせていて、

 各言う俺もその手のジャンルが大好きだった。


 こんなクソッタレな人生を、やり直せる物ならやり直してみたい。

 そんな妄想をしては、物語の主人公達の波瀾万丈な生き方に憧れたものだ。


 そしてそんな物語の中には、色々とぶっ飛んだ面白い設定がありその一つがTSと言われる女体化だ。


 TSとはtranssexualの略で物語の位置付けとしては、文字通りの意味とは少し違い、

 生前男だった主人公がその記憶を残したまま女性に転生すると言うものだ。

 

 物語として読む分には面白いが、実際にそれが現実になろうものなら正に地獄である。


 とにもかくにも俺には付いていた、小さく可愛らしいアレ・・


 なすがままにオシメを脱がされながら「ふぅ」と、またも胸をなで下ろす。


(今のところは怖いぐらいに順調だな。

 それにしても、まさか自分がラノベの主人公のような経験をするとはな……)


 などと考え事をしていると女性がてのひらを上に掲げて、何やら歌うように唱え始めた。


「**********」


(うそだろ……。マジか、マジなのか!)


 驚き目を見開いたその先には、女性の手のひらの上で”ふよふよ”と拳程の水球が浮かんでいる。

 立て続けに巻き起こるサプライズに最早俺の脳内は沸騰寸前だった。


(魔法だよな? いや魔術かも? ってそんなもん、どっちでもいいわ !)


「あっあーあうあぅああうぁー!」

(やったぞー異世界転生だぁー !)


 両拳を天へ掲げ、まさに魂の雄叫びを上げると、勢い余って”ぴゅぅぅ”とオシッコを漏らしてしまった。


(あっ///)


 その後、もう一度大事な部分を綺麗に洗われると、新しいおむつと、タオル地のようなズボンを履かされる。


 ハイテンションの収まらない俺は、キョロキョロと改めて周りを見渡す。


 今目の前にいる女性は、おそらく今生の母親だろう。

 髪の色は茶色で、目の色も茶色、服装はロングスカートに白いワイシャツ、その上にエプロンを掛けている。

 顔は少しタレ目でソバカスがあり、美人とは言えないが愛嬌のある可愛らしい顔をしている。


(優しそうな人で良かった……)


 母親と思しき女性は優しく赤ん坊を抱き上げると、左肩のエプロンの肩紐を外し、次にYシャツのボタンを外し始めた。


(ま、まさかこれは……異世界転生のプロローグに置けるクライマックス、その名も授乳!)


 次から次へとやってくるラノベ的な展開にハイテンションになるが、ふと横を見ると例の美少年がニコニコとコチラを見つめていることに気付く。


(俺はこんな汚れのない少年に見られながら授乳せねばならんのか?マジか……これが異世界転生の洗礼だと言うのか!)


 結局――少々耳を赤く染めながらも、”ちゅぅちゅぅ”とオッパイを吸い続ける。

 その間ガリガリとSAN値が減り続けたが、必至で耐えしのぐ。


(赤ん坊だからね?しょうがないよね?)


 以前読んだラノベでは、授乳シーンは大きく分けて2通りの表現があった。

 

 1つ目は、あくまで相手は母親なので全くなにも感じず平然と授乳を終えるパターン。

 2つ目は、うひょ!おっぱいおつぱーい!となるが、結局体が赤ん坊なのでアレがアレな事にはならないと言うパターンだ。


 かく言う俺はと言えば……。

 結論から言おう、2パターンだ!

 当たり前だろう?オッパイだぞ?頭の中は大人だぞ?1つ目のパターンはあり得ないっ、マジ心臓バックバクです!


 俺の顔よりも大きなおっぱいが、目の前に”デーン”と存在している。

 あまりの大きさに思わず妙な効果音を付けてしまったぐらいだ。


 俺は乳首に吸い付きながら、思いっきり顔を埋めてみる。

 するとおっぱいは俺を拒絶するかのように弾き返す。

 負けてたまるかとおっぱいに顔を押しつける。

 しかしおっぱいは尚も俺を弾き返す。

 

 むにゅ、ぽよ~ん、むにゅ、ぽよ~ん、むにゅ、ぽよ~ん。




――おっぱいドリブルである――



 故に手は使わない。

 ルール違反である。

 

 そんなバカなことを実に10分以上も続けていると流石に満腹になってしまい、あえなくベットへ戻されることとなる。


 とは言え結局身体は赤ん坊なのでテンプレ通り、アレがアレする事はなく無事に洗礼を終えることが出来た。

 やはり我らが聖書ラノベは偉大である。


 こうして怒涛どとうのように迫り来るテンプレ展開をこなし終えた俺は、ベビーベットへと無事に帰還を果たしたのであった。

 

 グッタリしたように目を閉じる俺を見て、二人は口元に人差し指を立てながらそっと部屋を出ていった。


(異世界でも”静かに”の仕草は同じなんだな……)


 ゆっくりとまぶたを開く。

 そこにはこの世界で目覚めた際に、初めて目にした古ぼけた木製の天井がある。

 しかしソレは数分前に見た光景とは、全く違った印象を受ける景色だった。

 その天井にあるシミですらどうにも愛おしく思えてくるのだ。

 

 先ほど出会った新しい家族と殺風景な木造の家。

 そして母親の手のひらの上でプカプカと浮かんでいた水の玉……。

 

 俺は剣と魔法の西洋風ファンタジー世界に転生したのだ。


 これからの事を考えて、ウキウキ、ワクワクしていると、何やら天井のシミが歪んで見えた。


(あれ……ははは、嬉し涙なんて流したのはいつ以来だろう?)


 小さな手で涙を拭うと、その手のひらを天へ掲げギュッと握りしめる。


(今度こそ……、俺は俺のために生きるんだ!)

 

 

 

――握りしめた拳を掲げたまま、俺は心に固く決意した――








(まずは魔法の習得だ!)

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