105話:ダンジョン 2日目――その2

 十六階層。ここから先は完全に初見の為、歩く速度をやや落とし、慎重に気配を探りながら進んでいく。

 ダンジョン内において魔物相手に優位に戦闘を行うには、まず相手より先に気配を察知する必要がある。

 どんな種類の魔物が何体いるか。それを知るだけでも、どう対処すべきかを予め想定出来るからだ。

 またノエルの場合、更に闇属性と風属性のエンチャントを纏う事により、敵からの索敵を阻害していた。


「来たか……」


 数は3。感じる魔力の気配からいってオークだろう。

 どうやらこの階層からはオークが同時に三体出現するらしい。

 ノエルは浮かべていた黒炎と白炎の数を、各六発まで増やすと、手にしていた弓に矢を番えた。


 すると、程なくして三体のオークが、その巨体を揺らすように姿を現す。

 先頭を行くオークは粗悪ながら棍棒の様なものを手にしており、フガフガと鼻を鳴らしながら辺りの臭いを嗅いでいる。


「武器を所持しているのは一体か。まぁ何とかなるだろ」


 壁際で屈む様にして身を隠していたノエルは、オークを確認するや否や2発の白炎を先頭のオークへ向けて発射した。


 結果は見事着弾。一発は胸元、もう一発は顔面を捉え、上半身が白い炎に包まれた。


「残り二匹は一気に行くか!」


 後方を行く二匹の頭部目掛けて六発の黒炎を放つと、続けざまに残りの白炎を撃ち放つ。

 三体ともが視界を奪われた上でその身体が炎に包まれた様を確認すると、ノエルはゆっくりと距離を取るべくジリジリと後退する。


 あとは死んでいくのを待つだけ。この分ならもう一体オークが増えても十分に対処が出来るだろう。


 階層の主戦力を把握したノエルは、その後も慎重に足を進めていく。

 道中、現れたオーク達はどれもが三体一組で、内一体だけが棍棒を持ち、何故か毎回先頭を歩いていた。


 ノエルとしてはその様子に少しばかり違和感を感じていた。

 まるでゲームの様だと。十階層のボス部屋で戦ったゴブリン達も、まるで予め決められていたかのように初見の時と全く同じ隊列を組んでいた。

 探索する側としては都合がいいが、些か良すぎる気がするのだ。


 他のダンジョンも同じなのだろうか?

 今にして思えば環境型とは言え、死霊の森に出て来たゾンビ達にはパターンと呼べるものはなかった気がする。


――考え過ぎか?


 しかしこのダンジョンは、先代の神子により魔改造されいるらしいし――。


「自然発生したダンジョンって感じがしないんだよなぁ……」


 疑問に思うところはあるものの結局、その後も危なげなくオーク達を職滅しながら、十七階層へと足を進める。


 と、十七階層に出現する魔物は、オーク三体とゴブリン二体だった。

 ゴブリンを弓で倒し、オークを炎で燃やす。そうやって、この階層もさしたる問題もなく先へと進む。

 更に十八階層はオーク四体。十九階層はオーク四体にゴブリン三体。

 ほとんど間に休憩を挟む事もなく階層を下っていく。

 

 ゴブリンは兎も角、オークは言うほど弱いわけではない。

 むしろ魔物の中でも凶悪で凶暴。恐ろしい魔物の一つとして上げられている。


 身長が2mを超え、筋骨隆々で防御力が高く、手先が人のそれと酷似していて原始的でありながらも武器を扱う魔物。

 ここまで聞けば分かるだろう、オークは間違いなく強い。

 ダンジョン外でオーク出現の一報が流れれば、国が動き、騎士団が即時派遣される程度には恐れられている魔物である。

 それにも関わらず、ノエルがこうも軽快に足を進めることが出来るのは何故なのか。

 一つは、遭遇するオークの数が限定されていると言うこと。

 もう一つは、ノエルの作り出した魔法との相性の良さだ。


 特に白炎は、一発でも胸元を捉えればそれだけで確実にオークを仕留められる性能を持っている。

 が、それはあくまでも魔法を使えない一般的なオークに限定したことである。


 ダンジョン二十階層。次のボス部屋が存在するこの階層で、ノエルは遂に属性魔力の気配を関知した。

 感じた気配は一つだけ、しかしそれは今までとは比べ物にもならない程に一際大きな気配だった。


「土属性か、くそっ厄介だな……」


 ノエルは近いてくる気配から逃げるように来た道を引き返す。

 考え無しに戦闘に入るのは危険すぎる相手だ。

 作戦を立てた上で事に当たった方がいい。


 十九階層へと上る階段付近まで後退し、休憩がてら作戦を練る。


 今回、問題なのは相手が魔法を使えると言うこと。しかもよりにもよってかなり厄介な属性ときてる。

 土属性と言えば、攻防一体の強力な属性。その土属性を只でさえ力と防御力の高いオークが所有している。


「参ったなぁ……」


 ノエルは途方に暮れたように天井を見上げた。


 考える限り、土魔法の驚異は主に三つ存在する。

 一つ目は土壁などで物理、魔法問わず遠距離攻撃を防御出来ると言うこと。

 二つ目は土槍や石槍などで遠距離攻撃を放ってくること。

 三つ目はエンチャントだ。只でさえ高い防御力を誇るオークが、更に堅くなると言うのだから堪らない。


 恐らく唯一の弱点と思われた腹部にも、只の物理攻撃ではもはや通用しないだろう。

 更に言えば、身体強化も使ってくる可能性がある。


 そうなれば、強化された膂力に防御力を持ち合わせ、攻防一体の魔法を使いこなす棍棒使いの魔物と言うことになる。


 厄介だ……とてつもなく……。


 敢えて救いがあるとするならば敵が単独で徘徊していると言う所か。


「これはもう、流石に手段を選んでいられる状況じゃないな」


 正直なところあまり使いたくはないが、相手があいてだ仕方がない。

 ノエルは自身の胸に手を当てると、少しばかり申し訳なさそうに言った。


「悪いけど、状況次第ではソウル・リーパーを使うことになるかもしれない。また頼めるか?」


――トクンッ!


 魂石は、任せろとばかりに力強く脈打つ。


「ありがとう……」


 と、苦笑いで返す。

 魂石は生け贄にされた哀れな子供たちの成れの果てだ。

 そんな彼らを自分の勝手な都合で利用する事に、ノエルは少なからず罪悪感を抱いていた。

 今まで、強力なアイテムでありながらも、ソウル・リーパーを使わなかったのにはそう言った訳があった。


 ただ、先々の事を思えば、このように制限無しでダンジョンに入り、魔導書を手に入れる機会などそうはない。

 それに今後、自身を待ち受けている頭痛の種を数えると、ここでの戦力強化は必須だ。

 是が非でも手に入れたいところ。

 そんな訳で、申し訳ないとは思いつつも、ノエルは魂石の力に頼らざるを得なかった。


「よしっ、それじゃあいっちょやってやりますか!」

 

――トクンッ!


 黒炎三発、白炎四発を浮かべると、弓に矢を番え歩き出す。

 捉えていた気配は先程の場所から動いていないのか、その場に止まり続けている。


「チッ……待ってましたってか? この野郎」


 通路の先に微かに見えたオークは、ノエルを睨み付ける様に仁王立ちで突っ立っていた。


 これだけ距離が離れていながら視認できると言うことは、身体強化が使えるということだろう。

 ただ、何故見えていたのに襲ってこなかったのだろうと言う疑問が残る。


――ダンジョンの魔物は常に飢えている。


 ダンジョンに召喚された魔物は食事をしなくとも死ぬことはない。

 それはダンジョン・コアと呼ばれるクリタルより何らかの手段で、生存に必要な栄養、もしくは力を与えられているから。と、言われている。

 また、魔物達はその行動も制限されており、ダンジョン内において、魔物同士が喰らいあう。所謂共食いなどが出来ないでいる。


――とは言っても腹は減る。


 飢えた魔物達がダンジョン内を徘徊するのは、守るためではなく喰らうため。

 そのためだけに、お宝欲しさにやってくる探索者を探し回っているにすぎない。


 だからこそ疑問が沸く。何故このオークは襲ってこようとはせずにじっと待ちかまえていたのかと……。


「まぁいいか、手段を選ばないと決めたしな」


 ノエルは手にした弓を構えると、煽るようにニヤリと笑った。


「まずは何が出来て、何が出来ないのか。お前の手札を晒して貰おうか?」


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