第2話 魔法袋とラビット

「……んん? 入らない?」


行商人の遺体を【空間収納】に入れようとしたところ、途中でつっかえるようにして入らなくなった。


【空間収納】の使い方自体は、なんとなく理解していた。


入口を作って、モノを入れて、入口を閉じる。入口は真っ暗な亜空間になっていて、突っ込んだ手を横から見ると失われたように見える。


出す時は出口を作って、モノをイメージして出口付近に現れたものを引っぱり出し、出口を閉じる。


出し入れにはモノの大きさに従って若干ながらMPを消費するようだが、出し入れする門を一度作れば、以降はそこまで消費しなくなる。


そんな、覚えた記憶がないスキルの使い方に関する記憶があるのは、非常に気持ち悪いということを知った。もしかして認知症ってこんな感じなんだろうか。


話を戻すと、男性の腰のちょうど皮鎧の辺りでつっかえる感じがして、押し戻されるのだ。


水泳の時にあったビート板のような。水に押し込んでも手を離すと吐き出されるような、強く押し込んでも一定以上はもう入らなくなるような感じ。


「これかな?」


皮鎧を外して原因を探ると、裏の隠しポケットのような場所に一つの皮袋を見つけた。


【空間収納】の入口で試すと、なるほどビート板の反発力を感じる。これだ。


しかし、持った時から分かってはいたが、これは拳1つ分ぐらいの小銭入れのような大きさで、軽い。軽く振った感じでは、何も入っていない。


完全にやってることが死体漁りなので気は引けて悩んだ上、罪悪感を押し込めて中身を覗いたものの、銅貨の一枚すら入ってなかった。


「となると、だ……」


頭に浮かぶのは、異世界ど定番アイテム。魔法袋だ。


その仕組みは様々あった気はするけど、中身の入った魔法袋は空間収納に入らない設定になっているケースがあった気がする。


そして、大抵はこの袋を縛る革紐についた石が宝石や魔石で……。


『持ち主が亡くなっています。空間魔法で持ち主を書き換えますか? はい/いいえ』


「うわっ、なにこれ親切!」


革紐の石に触れた途端、ステータスオープンの画面が自動で表示され、下部のログにチュートリアル的な案内が入る。


ご丁寧に『以降は自動で表示しない』チェックボックスまである。


持ち主の書き換え……か。


これをやったら完全に死体漁りだしカルマ低下しそうではあるけど、そもそも身元不明で聞き回るしかないかと思ってたからなぁ……と多少悩む。


が、実際のところ他に情報もなさそうだったので『はい』を選んだ。もちろんチェックボックスもオンにしてだ。


『持ち主が書き換えられました』


『空間収納レベルが上昇しました』


『成長ポイントを割り振ってください(この操作は後からでもできます)』


「親切に次ぐ親切っ!」


期待していなかった実に丁寧な案内が入る。


スキルには成長機能があり、スキルを使用した行動によって成長し、成長の方向性にポイントを割り振るシステムがあるらしい。


画面を見てみると、【空間収納】スキルに「Lv.2」という表示と共に色が濃く表示されている。


表示に触れると、新たなフォームが重ねて表示されて、『成長ポイント:1』という表示とともに、成長方向として6つの項目が出てきた。


「【容量拡大】、【時間経過】はいいとして……【距離延長】、【空間切削】、【格納門増加】、【格納門移動】……?」


【容量増加】とか【時間経過】なんかは予想していた方向性だったものの、なんかピンとこないオプションがいくつもある。


しかも、【距離延長】以下の項目はグレーアウトしてるというか、選択できない項目になっている。


レベルによって選択できる項目が制限されてる、とかだろうか。あるいは、【容量増加】と【時間経過】にポイントを振り終わることで解放されるのかもしれない。


「うーん、やっぱりご遺体あるし、ここは時間経過を遅くしておくか……」


初めてのスキルポイントは、【時間経過】に振ってみた。【時間経過】は現状で3段階あるらしく、3マスあった目盛りが1つだけ点灯する。


改めて、魔法袋を外した男性の遺体を【空間収納】へと入れる。


なんとなく、【空間収納】に入った項目ってのが記憶に出てきて、また門を開けば取り出せるという段取りが頭にイメージできた。便利な記憶だ。


「さて……やるか」


改めて、魔法袋を手に取る。完全に盗人ムーブだとは思いつつ、これが初めてこの世界の文化に触れる行為なので、少し胸が高鳴っているのもまた事実だ。


袋の中を覗くと、先ほどの【空間収納】で出た門と同様に真っ暗な亜空間となっていて、手を入れると中に何が入っているかが浮かんできた。


「あれ、この人もしかして……凄い商人だった?」


中に入っていたのは、それなりの量の貨幣や宝石、ナイフやロングソードといった武器に金属製の防具一式。


鉱物のインゴットなんてのもある。魔法陣が刻印されたものは魔道具だろうか?


「おっ、羊皮紙があるな。読めるといいんだけど」


当初の目的だった、この人の身元がわかりそうなものを見つけてさっそく取り出してみる。


うん、スキル一覧には無かったが、自動翻訳は効いてくれているようだ。よかった。


『運び屋ラビットへ。村まで素材を受け取りに行ってほしい。量はそれなりにあるから複数回になるかもしれないが、運べるだけ運んでくれ。報酬は銀貨20枚で前金として半分渡す。何か仕入れていくのは自由だ。よろしく。サミュエル』


契約書……とは違うが、まあ伝言メモみたいなものだったのだろうか。


何にせよ、欲しい情報が手に入った。彼の名前と職業、そしてその身元を知る人。


紙の内容からすると、中に入っている宝石やら鉱物やらの大半は、この依頼人サミュエル氏への輸送品だった可能性がありそうだ。


馬車に積んでいた分があったとすれば盗られてしまったのかもしれないが、この袋に入っている量からすると微々たるもんだろう。


そう考えると、中に入ってる商品よりもこの袋の方がよっぽど価値があるんじゃないだろうか。


食料や薬品を山のように詰め込んでダンジョンに潜れるとしたら、冒険者なら金をいくら積んでも欲しがると思う。


先の羊皮紙にある通り、運び屋という職があって、複数回に渡って運搬する依頼が発生する以上は、【転移】や【空間収納】といったスキルは一般的なものではないのだろうし。


よし、当面の目標はこの先の町にいるだろうサミュエル氏に荷物を届けることと、ラビット氏の身元を知ることになりそうだ。


◆◇◆


「……あっさり入っちゃったな」


一通り魔法袋の中身を確認し終えたところで、出発するにあたってダメ元で試してみたいことが一つあったので、俺はおもむろに馬車へと近づいた。


今の身長の2倍はあろうかという馬車を【空間収納】の門に押し付けるようにした途端、入り口がぬるりと拡大して飲み込まれ、収納されてしまった。


地面に残るのは、ラビット氏の流したと思われる血液の痕だけ。下手すりゃ完全犯罪できるな、これは。


MPもそこそこ減った。男と馬車とで10%といったところか。恐らく取り出すのも同じ分だけ必要になりそうだ。


維持費はどうなんだろうな……物理的な重さこそないが、漠然とした圧迫感がある気がする。なんとなくだけど。


【空間収納】はまだまだ分からないことだらけで、足を休めてる時間にでも色々と調査してみないといけなさそうだ。


ステータスオープンで時間を確認すると、9時半を回ったところ。少し時間を食ったが、とにかく森を抜けなきゃだよな……。


◆◇◆


太陽がてっぺんを回った13時。ようやく森の先が見えてきた。


最悪、野宿になるだろうけど、森の中よりはマシだろう。


……正直、近接の戦闘能力がほぼ皆無な現状では、魔物や野盗などはあまり遭遇したいものではない。


体調は至って好調。幸いなことに魔法袋には旅の道具が結構揃っていて、軽く確認しただけでも水筒や保存食なんかが結構入っていた。


運び賃としてと言い訳しつつそれらを失敬して、街道と思われる轍に沿って森を進んできた。


途中、馬車を襲った何者かが来ることに戦々恐々だったが、ここでは幸運が味方をしてくれたようだ。


野営をするにしても、行動限界はあと3時間ってところだろうか。


森を抜けると、膝上ぐらいの草が生えた草原といった感じの場所に出た。ところどころで視界を遮るような高い草もあるが、森に比べればおおむね見通しは良い感じだ。


引き続き轍を追って、道をひたすら歩く、歩く。


その間、少しの期待をしながら周りの音へと気を配りながら進んでいた。


町があって森があって、剣と鎧と魔法があるとなれば、そろそろ出会でくわしてもいい頃だと……


「……いて…………すけ…………」


いた!


そうそうそう、冒険者ってやつだよ! 魔物こそまだ出会ったことはないけれど、狩猟とか採集とかで生計たててるもんだよな!


「こんにちわー! ちょっとお聞きしたいこと、が…………」


「あ?」


声のした草むらの向こうに人影が見えたので、草をかき分けながら声をかけてみたのだけれど。


そこにあったのは、倒れる少年一人に気弱そうな少女を守る革鎧を着た女の子、そして体格のよいリーダー格と思しき金属鎧の男と、ニヤつきながら周りを囲むモブ2名。


ああ、うん。こういう展開は別に求めてなかったかな。


なるほどなるほど、ガキ相手にチンピラがカツアゲってやつですか……。


うーん、タイミングが悪い!


まだ戦闘のチュートリアルしてないじゃない!!


そういや、あの街道と言っていいのかわからない轍跡の道は、魔物や獣ってやつが全然出てこなかった。何か魔物避けのようなものが仕掛けられているのだろうか。


本来なら、ああいったところでスライムとかツノウサギ、ゴブリンなんかとバトルして初回レベルアップやステータス上昇を体感するもんじゃないのか?


こんなチンピラが初回バトルなんて、どこかのヤクザゲームの動画でしか見たことないだろ!


「なんだぁ、このガキ……」


リーダー格と思しき男がこちらを振り向く。トサカみたいに頭を尖らせていて、なんかいつぞや見た劇画調?の核の炎が地上を焼き尽くした世紀末っぽい見た目。冒険者崩れって感じがする。


とはいえ、確実にステータスは高そうな肉付きをしていて、冒険者なら一人前一歩手前のDランクやブロンズランクぐらいまではいってそうだ。


状況的には、ガキサイドは皮鎧の女子が腰に片手剣を差してるけど、負傷者がいるから逃走は困難、戦闘能力としても期待できない。


カツアゲサイドは戦力としてかなり優位、人数も1人減って優位。


そして、そこに戦闘チュートリアル未満のワイ登場、といったところ。


圧倒的不利……!


「おい、なに黙ってんだよ、何のようだ」


「あ……いやー、えーと」


困った、この状況で取れる行動といえば逃走一択。


なんだけど、せっかくだし善人ムーブしたいって決めてしまったもんなぁ。


この状況の勝利条件を考えると、おそらく殴られて倒れた少年がいる以上は逃走が難しく、せめてチンピラ3人の行動不能が必須だろうか。


現状で出来る行動といったら……


「おっと、お前はまだ動くなよ、リナ」


世紀末男が視線を外した……と同時にモブの視線もこちらから外れる。


よし、このタイミングしかない。そんなナリして魔法感知なんて持ってないでくれよ……。

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