第96話 幾千の時を重ねても

「随分と重い愛やなぁ……」


そうつぶやいてスケさんが顔を上げ、手紙を長机へと置いた。


「え、本当に恋文ラブレターだったの?」


そういえばヴァルって人の性別とか関係性とか全然気にしてなかったけど、そういう関係だったとかなの? 聞いてる感じだと気の置けない友達って感じだったんだけど。


「ああ、『君が不在な人生なんてもう耐えられないから、幾千の時を重ねても君を待ち続ける』やって」


そう言って、スケさんは巨大な装置へと顔を向けた。


「ヴァルが見た目も効率も運搬も度外視で作った最大出力の『魔法袋』が、こいつらしいで」


見た目としては、前の世界における核融合装置とか粒子加速装置とかのような複雑な配管を備えているそれは、これまで目にしてきた『魔法袋』とは似ても似つかない見た目をしていた。


その性能、約1000万倍、だそうだ。


『約』というのは、性能が高すぎて1年に3秒しか経たないため、正確な経過時間が判定できなかった都合で、あくまで理論値だとか。


「その魔法袋に、ヤツは己自身を入れよったんや」


「ヴァル様は体温低下による仮死状態であれば魔法袋に入ること、および仮死状態で入れた野うさぎが常温への復元後に【聖魔法】によって【蘇生】することを確認されておりました。こちらの魔道具には冷却と加温の機能も組み込まれておりますので、あちらの操作板で処理を開始いただければ、すぐに復元いただけるかと存じます」


…………うん、確かに愛が重い。


スケさんが来ることを信じて冷凍コールド睡眠スリープに身を投じてしまうのもそうだし、自分の研究した魔法袋や魔道具に対する信頼もそうだし。


大体、恐らくスケさんがアジトダンジョンに封じられて、世間では崩落で亡くなったことが知らされていたはずなのに、生き続けてると信じられたのがもう怖…………愛が重いなって。


「まあ、魔道具師としてコイツはホンマもんの天才や。その腕が確かなんは、目の前におる500年近く動き続けとるレーヴァンを見ての通りやろうけどな。ロブ、悪いんやけど運搬とクララへの連絡を頼めるか?」


あ、解凍するんだ。いや、別にするなって言うつもりは全然無いんだけど。


「了解、こっちはいつでもいいよ」


「ほんなら……レーヴァン、どれを押せばええんや?」


「こちらが保存解除の操作具になっています。押し下げていただければ、解除処理が開始されます」


「よっしゃ、ポチッとな!」


スケさんが操作盤にある赤いボタンを人差し指で押下おうかすると、振動と共に巨大装置の上部が発光し始めた。


しばらくして蒸気音と共に前部分が観音開きになり、ちょうど棺ほどの箱が押し出されてきた。


「……カサニタス様、ロブ様。ヴァルキューリャ様のことを何卒なにとぞ宜しくお願いします」


レーヴァンが深々と頭を下げるのを見て、なんだろう、やはりこう言う時に『機械に感情は存在するのか』ということを考えずにはいられないんだな、と思ってしまった。


俺は棺を開けて、魔道具師ことヴァル氏の身体と対面した。


「…………エルフ?」


典型的な細長く横に伸びた耳を見て、クロエのそれを思い出してしまった。


おっと、こうしちゃいられない。仮死状態とはいえ残り時間も不明だし、さっさとヴァル氏を【空間収納】へと格納した。


「たしかハイエルフやったか? レーヴァン」


「はい、ヴァル様はエルフ種の中でも長命のハイエルフと呼ばれる古代種に近い血族と伺っております」


ハイエルフは300年とも500年とも言われる長寿らしい。


もしかしてスケさんを魔道具無しで待ち続けることも出来たのかもしれないけど、それこそ手紙にあった『耐えられない』が行動の理由の全てだったんだろうな…………うん、重い。


「ちなみに、ヴァル氏がこの装置に入ったのって、どれぐらい前になるの?」


「448年と2カ月18日が経過しております」


ここにスケさんが来たのが496年前だっけ……50年近くも待ってたってことか。


思ったよりも悠長ゆうちょうだとは思ったけど、その辺りはエルフ基準の『もう耐えられない』ってことなのかもしれない。


あと、その50年以上の年齢なんだろうけど、それを感じさせない20代のような美人さんだったことは、エルフの標準的スタンダードな性質といったところなのだろうか。


結局、中性的な見た目ゆえにヴァル氏がどちらの性なのか分からなかったけど……まあ、その辺りはとっとと【蘇生】していただけば分かるだろう。


「ほな、レーヴァン。ヴァルは預かっていくで」


「お早いお戻りをお待ちしております」


そう言って玄関で頭を深く下げるレーヴァンを背に、俺はどこにでもあるドアで再び北に浮かべたいかだへ渡った。


◇◆◇


「いきなりの連絡で悪かったけど……家の仕事の方は大丈夫なの?」


「問題ないわ。実質的にはその場に立ち会ってるという名目で居るだけだったから退屈だったのよ。むしろ抜け出せて助かったわ」


リナにクララを呼び出してもらうよう連絡したところ、一緒にリナも仕事を抜け出してきたらしい。


ウェスヘイム家では現在、カスパーリナ父アンナリナ母が引き続き外交や渉外、ワルターリナ兄が素材関連全般の管理と事務作業、そしてリナは現場監修という名目で現場にいなければならない当主の代理となっているようだ。


一応、外への依頼ではなく管理下で行われているという体裁のために関係者を置くという、いわゆる面子の都合らしいので、側から見るとどうでもいいと思ってしまうけど。


2人には早速、アジトダンジョンに移動してもらって、蘇生の準備に入ることにした。


準備とは言っても、実際には安全地帯セーフエリアに木の板を置いて絨毯カーペットを敷くだけなんだけど。


「そういえばクララ、【聖魔法】の性能が高いと【蘇生】にどういった影響があるのかって分かる?」


ふと、何か日常的な体感とかで違いはあったりするのかな、ぐらいの気持ちでクララに訊いてみた。


「あ、それは、すてーたす、でしたっけ。あれに成長させた時の効果が出てました」


え、そうなの? 今まで使ってきて全然そんなの見た覚えがないし、気づかなかったんだけど。


「成長スキルの【聖魔法】のところを触ると出てきましたよ、今のLv.7であれば『使用可能:【回復ヒール】【高回復ハイヒール】【範囲化レンジ】【解毒アンチドート】【状態異常回復イレース】【蘇生リバイブ】……』って書いてありますね。その後は各魔法効果の補正が書いてあります」


あー! 長押しでの説明機能か!


あの時は2人にステータスを説明したりスケさんが【受肉】したりと色々あったから、そういうのを全然じっくり調べたことがなかった。


その後も長いこと【空間収納】も上がらなかったし、簡易表示の『成長レベル』を確認する時ぐらいしか見なかったからなぁ。


しかし、そうか。各魔法属性とかの成長スキルを上げると、その魔法効果や使える魔法とかに効果補正が入ってくるわけか。


……うん、なるほどね。そりゃ出力を抑え目にしないとマズいわな。


ちなみに、クララの現在のステータス説明としてはこんな感じだそうだ。


クララ Lv.20

▼聖属性 Lv.9 成長ポイント 2

・聖魔法 Lv.7

使用可能:

【回復】【高回復】【範囲化】【解毒】【状態異常回復】【蘇生】

性能補正:

 魔力消費量35%減

 回復効果35%増

 範囲化距離30%増、

 範囲化回復量20%増

 蘇生時体力回復40%

 解毒の知力補正35%増

 状態異常回復の知力補正20%増


・聖属性付与 Lv.3

使用可能:

【付与】

性能補正:

 魔力消費量15%削減

 付与時間10%短縮

 武器への使用時効果5%上昇


……うん、この性能補正が普通はポイント振られてなくて入ってないと考えると、相当だよね。


単純に【回復ヒール】だけでもMPを10使うところを7で済むし、回復量だって50だったら65になるわけだし。


HPを500回復させるのに、MPを100使うのと56とでは圧倒的に差が出るもんなぁ。


「ほんなら、クララ先生にヴァルをお任せしても安心そうやな。よろしゅう頼んだで」


「は、はい……がんばり、ます」


流石にまだ【蘇生】の担当として外に駆り出されているわけではないだけに、これで2例目だろうからなぁ……緊張するのも無理はないか。


とはいえ、一般に『一人前』とされる【聖魔法】使いに比べても、彼女の【聖魔法】は成長スキルの補正によって段違いの性能だろうからな。あとは慣れていくだけだと思う。


「それじゃ……クララ、準備はいい?」


「……はい、大丈夫です!」


クララの準備を確認して、俺は絨毯カーペットの上へと移動する。


「3、2、1……それじゃ、よろしく!」


「…………【蘇生リバイブ】!」


絨毯カーペットの上にヴァル氏の身体が出された直後、すぐさまクララが魔法を発動して魔力が注がれていき、やがて定着するように収まっていった。

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