第97話 ヴァルキューリャ
「カスくぅ〜〜ん!! 会いたかったよぉおおお!!」
一瞬だった。
ヴァル氏の目がいきなり開いて身体を勢いよく起こしたところまでは目で追えたけど、その直後に姿が消えていた。
後ろから声が聞こえたかと思って振り向いた先には、両手を広げて抱きつこうとするヴァル氏と、その顔を片手で押さえつけつつその手を振り解こうとするスケさんの姿があった。
ハイエルフだというヴァル氏の整った顔が押さえつけられて台無しになっている。
あれ、ハイエルフって残念じゃなければいけないってルールとかあったっけ? ……いや、あったような気もする。
声は……ハスキーとも言えるし、オネエとも思えるしで、ちょっと分からない。男にしては高めな声のようには聞こえた。
「抱きついてくんな言うとるやろ暑っ苦しい! 自分の図体を考えぇや!」
「つれないこと言うじゃないか! キミがいくら待っても戻ってこないから、ボクもあんな装置を作ってまで待つことにしたんじゃないか! 何年振りの再会だと思ってるんだい? …………おや、そういえばあれから何年経ってるんだろうね?」
「おう、そうや。お前の後ろにおる人らのおかげで450年ぶりの起床やそうやで。おはようさん。ほら、礼の1つでもしたったらどうや?」
「おっと、これは失敬。改めて、ボクはカスくんの唯一無二の親友にして魔道具師、ヴァルキューリャ。無事目を覚ますことができて助かったよ」
……なんか高速コントをする漫才師みたいなのを見せられて、どう反応すればいいのか分からない。それはリナやクララも同じようではある。
「あ、ああ。俺はスケさん……カサニタスさんにダンジョンの探索を手助けしてもらってる、運び屋のロブ。それから剣士のリナ、あと聖職者のクララ。無事蘇生できたようで何よりです」
俺は固まっている2人に代わって、とりあえず返事代わりにパーティの紹介をしておいた。
「……それで、カスくんはどうしてそっちに行ってしまったんだい?」
一瞬ヴァル氏から解放されたスケさんが、俺を盾にするように後ろへと移動していた。
……まあ、距離を置きたくなる気持ちは分かる。なぜ蘇生させた。
「大体何だい、その姿は。いつもの愛らしいぽっちゃりとした姿じゃないなんて。キミの魅力が半減してしまっているじゃないか。カロリーバーなら、いつ戻ってきてもいいように山のように作り置きしてあるんだよ?」
……あの自身で描いたと聞いた絵画で、もしやとは思ったけど、独特の感性をなさってる方だということが確定した。
いや、まあ、性別を逆にすれば俺も痩せてるよりは少しぐらいだらしが……ゲフンゲフン、何でもない、うん。
「この姿になっとるんは
「あ、ああ、うん。では拠点の方に案内しますので……あっと、スケさんはリナとクララを連れてきてもらっていい?」
一旦落ち着かせてから話した方が良さそうというのは同意だったので、俺は拠点に案内することにした。
スケさんは、まだしばらくヴァル氏からの
若干不満そうなヴァル氏だったけど、案内を無視するほどの無作法は避けたようで、渋々ながら俺の案内に従ってくれた。
◇◆◇
「………………」
ハイエルフって残念じゃなければいけないってルールとかあったっけ?(2回目)
ちょうど拠点に戻ってきたのが
試作品だと言うそれは、大きな木皿の上にドミグラスソースのハンバーグ、タルタルソースがついたエビフライ、軽く炒めたウインナー、ケチャップソースのナポリタンに、付け合わせのマッシュポテト。それらが旗の立った台形のチキンライスをぐるりと回るように配置されていた一皿。
うん、前の世界じゃお馴染みの『お子様ランチプレート』ってやつだ。量だけは大人向けに調整されているけど。
スケさん用に至っては、それぞれが一食分ぐらいある量を盛られている特別製だ。やっぱり、一食分が何個も作ってあるよりもインパクトがある。
ご丁寧にも旗に描かれているのは、郷にいれば郷に従えということか、日の丸ではなくキファイブン家の紋章だ。
まあ、ヨンキーファが既にウェスヘイム家へ移っている点についてはご愛敬ということで。
数日前に「今度作りたいものがあるんだよねぇ」とラビット氏から相談を受けて、木材を【空間切削】で指定された大きさの皿に加工して渡したんだけど、こういうことだったようだ。
スケさん用の皿は、昔バイトで何回かホテルのウェイターをやった時に見たビュッフェで並ぶような大きさだったから、バーベキューとかシュラスコとかを想像していたら、まさか一人前用の皿だったとは。
既に空になってしまった
……考えてみれば、絵では見ていただけで実際にお子様ランチってものを食べるのは初めてかもしれない。
いざ食べるとなると、どれから手をつけていいか迷うね、これ。
…………。
うん、なんて言ったらいいんだろう、全てが嬉しい世界。
なるほど、これは食事の途中に飽きてしまいがちなお子様でも、夢中になるわけだよね。
とりあえずひと口ずつ味わってみたのでもう一周……と思ったところで、唐突に横で
「ひ、卑怯だぞ、君たちッ! こんなものでボクのカスくんを籠絡しようだなんて!!」
……まあ既にラビット氏の料理から離れられそうにないのは認めざるをえないけども。
とはいえ、ヴァル氏のところをスケさんが訪ねなかったのは、そういった理由ではないわけでね。
「誰が誰のものやって? ええから静かにしとき。ええ子にしとったら食後の
スケさんが軽くあしらっている間に、俺も空いたグラスへ再びオレンジジュースを注ぐと、ヴァル氏も座って大人しく飲み始めた。
そんな様子をチラチラと見ながらも目の前の料理も気になるようで忙しそうなのは、リナとクララだ。
彼女たちが来てくれたことはラビット氏も見ていたからか、2人の分も皿を用意してくれていた。
どうやら口にあったようで何よりだけど、今日の服装は冒険用ではないだけに、ナポリタンが
まあ、後で【
スケさんは豪快に塊のように巻いたナポリタンを口に入れてイケメンを輝かせつつ、完全に口の周りが真っ赤に染まった子供のそれになっていた。
「あの……ヴァル様、とお呼びしても?」
食べ終わった様子のリナがフォークを置き、
「ああ、呼び方は自由にしてくれてかまわないよ。ヴァルでもヴァーリャでも。ただ、カスくんが時々言うクソエルフだけは勘弁してもらいたいかな」
いや確かに言いそうだな、スケさんがクソエルフって。
「では、ヴァル様と……それで、もしかして勇者様のお知り合いで魔道具師と言いますと、王立研究所の最高顧問をされていて『勇者の右腕』とも呼ばれていた、あのヴァルキューリャ様でしょうか?」
「おお、『勇者の右腕』か! そこのお嬢さんはよく知ってるじゃないか! そう、ボクこそがッ──」
「あーホンマうっさいなクソエルフ、お前なんざ『勇者の金魚のフン』が精々やろ」
スケさん、食事時にフンとか言うんじゃありません。
それにしても、ヴァル氏が王立研究所の最高顧問か……そりゃ時々どころかで王城に通わなきゃいけない重鎮てやつだよな。
でも、この残念っぷりを見た後だと……なんかその看板も少し
ああ、そうそう。魔道具師であるその最高顧問の
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