第98話 また1人犠牲者が
「ヴァルキューリャさん、ちょっとこちらを見ていただきたいんですが……」
「ん? ああ、キミも呼び方は長いからヴァルでいい。それで、これは……ああ、昔カスくんにあげたバニッシュマントだね。今はキミが使っているのかい?」
「はい、カサニタスさんに譲ってもらいまして。それでなんですが……これっていくつか作ってもらうことは可能ですかね?」
当初は資料を探す予定だったけど、ご本人がこうして蘇生されたなら話は早い。作ってもらえないか交渉してみることにしたわけだ。
「そんなものは魔力の通った魔物の皮でもあれば簡単だろう? 貴族風を吹かせた人間の研究者どもでも作れる奴なんていくらでもいるだろうに」
……
魔力の通った魔物の皮、というのは、ワイバーンやドラゴンの飛膜とかでいいんだろうか。
それであれば、ラビット氏が解体したものが在庫として山のようにあるんだけど。流石に一気にオークションで流せなかったし。
「……ヴァル、なんや450年経って、お前が作っとった【結界】の魔道具やらも失伝されとるらしいで? 今の時代の商人は誰も持っとらんし、聞いたこともない言うてたで」
「まさか……あの馬鹿どもはボクの忠告を無視して独占しようとしたんだな! あれほど大衆のスキル持ちをかき集めて産業にすべきだと言っておいたのに、貴族の既得権益なんて下らないものに拘って……」
ああ……もう450年前からそんな感じだったんだな、この世界の貴族ってやつは。
一部の貴族がヴァル氏の残した技術を独占すべく秘匿しようとした挙句、技術を渡したお抱えの魔道具師ですら満足に作れなかった結果、その技術自体が後世に残らなかった、といったところのようだ。
そこからしばらくは、ヴァル氏の貴族関連の愚痴大会だった。
ヴァル氏がしばらく関わることになった学園では、威張りくさるばかりで努力もしない貴族の子女たちに
魔王大戦後に受けた名誉伯爵やら勲章やら、貰える年俸を全て放棄することを条件にしてまで、国の仕事から距離を置く決断をするのには、そう時間もかからなかったそうな。
大半は貴族モノの中でよくある話で、でも残念ながら現実ではそうそうザマァ展開してくれる庶民出身の英雄なんて現れるもんじゃないんだなと思いながら聞いていたが、そんな中で興味深い話も出てきた。
スケさんが閉じ込められた直後の話だ。
「……それじゃ、やっぱり当時は生存した貴族からの第一報で、『勇者様が亡くなった』とされてたんですね」
「ま、ボクはそんな芝居じみた貴族の
そういえば、あんな
「ヴァルさんには何か、カサニタスさんが生きているという根拠でもあったんでしょうか?」
「そりゃそうさ。魔法陣がカスくんの名前に反応をしていたからね」
……ん? 魔法陣が反応??
「魔法袋に所有者権限を刻む時は固有名が必要だろう? その文字列が有効である限り、その当人の生存も保証されるのさ。逆に、当人が死亡したら所有者の文字列も反応しなくなる。魔法袋の例であれば、文字列が反応しないことで権限は無効化されるから書き換えが可能になる、ってわけだよ」
あー、ラビット氏の魔法袋に触れた時のアレか!
あの時は死亡判定で権限の書き換えが可能になってたわけだけど、考えてみればどうやって生死を判定してるのか不思議な点だった。
なるほど、所収者権限のあったあの魔法袋には所有者であるラビット氏の名前の文字列が保存されていて、それが無効だったことで書き換え可能と判定されたわけだ。
「それじゃ、カサニタスさんの名前はずっと有効だったと?」
「そうさ。ボクの研究所にはカスくん専用に作った魔道具なんていくらでもあったからね。ボクはてっきり貴族に転移罠でも踏まされて深層にでも飛ばされたのかと思って、でもカスくんのことだからそのうち出てくるに違いないと待っていたんだけどね」
まあ、勇者のギフトに不具合があって不死バグを踏んでました、なんてことは想像もしないよね。当人だって考えもしなかったんだから。
「はい、お待ちどおさま。やっぱりお子様ランチといったらデザートはこれだよねぇ」
そんなヴァル氏の愚痴がひと段落したタイミングを見計らったかのように、ラビット氏がお盆に乗せていた皿を配り始めた。
冷やされた黄色くふるえる固形物に茶色いカラメルソースがかかったもの……なるほど、確かに向こうでは定番でカップに入ったものが添えられていた気がする。
そう、プリンだ。
向こうであれば、皿の上にカップをひっくり返して底にある突起を折ることで、底に空気が入って台形のものがつるりと出てくる仕組みだったけど、ラビット氏の今回作ったものは量を作る都合なのか四角く切られたものにカラメルソースがかけられている。
ああもう、完全にリナとクララは餌付けされきってるな。目が輝いている。
先月のことだっただろうか、毒素材の解体が一通り終わった後、ラビット氏から【蘇生】のお礼ということで、2人を呼んで『スイーツビュッフェ』というのを拠点で開催した。
以降、ラビット氏の出す甘味に関する信頼度は最大となっているようだ。
いつもダンジョンに潜る際も、食事時に間に合うように帰るし、食後のデザートのために料理を控えめにしていたりもするぐらいだ。
その期待に応えるように、もう滑らかな舌触りと香ばしく甘いカラメルが口の中で溶けていくこの気持ちよさがね、うん。最高に美味しい。
「……キミ! 名前はなんと言うんだい!?」
再び立ち上がる、ヴァル氏。指さす先にいるのは当然、ラビット氏だ。
「あ、ああ、うん。
「そんなことよりも、だ! キミの料理をボクの研究所にいるレーヴァンに教えてはもらえないだろうか? 礼ならば可能な限り用意しよう!」
ああ、ここにもまた1人、餌付けされた犠牲者がいるようだ。
まあ、俺もだけどね。
「それじゃ、さっきロブ君……そこの彼が言っていた、バニッシュマントというのを何枚か作ってもらいたいかな。それがあると、旅が幾分楽になるかもしれないんだ」
おっと、ラビット氏からマントの件を交渉してくれた。これは助かる。
「そんな簡単なことでいいのかい? それだけじゃこの
そんなに簡単に作れてしまうものだったのか……個人的には
「うーん、それじゃ解体前の魔物ってあるかな? 僕の
「ふむ……レーヴァンに確認する必要はあるが、カス君が戻ってきた時のために確保した食材はそれなりにあったかと思う。それでよければ是非とも提供させていただこう。そちらから受け取れる
……なんかガチ目で金に糸目をつけず
まあ、ハイエルフは長寿らしいし、
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